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自称可愛い婚約者(愛が重い)



 隙あらばのらりくらり誤魔化そうとする悠紀さんに対し、この際すっきりさせたいと必死に問いただした結果、私は悲しい経緯を聞いた。

 曰く、桐生のお嬢さんなら家柄としても申し分なく、とても慕ってくれているし今から自分好みに育ってくれるとラッキー、という程度の理由で私の求婚に頷いてくれた。しかし、相手は未だ小さな女の子である。今は慕ってくれているが、いずれ年の近い男の子に心変わりするだろう、と考える。それでも実家からの見合いを断る良い口実になるし、数年は親の望む御令嬢を押し付けられずに済むだろう、という打算があったらしい。


「つまり、悠紀さんは私の一途な愛情さえ信じてくれていなかった訳ですね」


 正面からしがみ付いたまま文句を言っても、彼は特に悪びれる事もない。隙あらば引き離そうとする悠紀さんがまた悔しくて、私は意地でも離れるつもりがなかった。いっその事、今着ている彼のワイシャツをぐしゃぐしゃになるまで涙で濡らしてやる。洗濯するのもアイロン掛けるのも私ですけどね!悠紀さんはクリーニングに出せば良い、と言うけれど、そんな奥様らしい事が出来る好機を私が逃す訳がありませんよね!


「光源氏計画とか、お見合いを断る口実にしていた事は、百歩譲って納得しましょう」

「納得してくれるんだ」

「百歩譲ってです!」


 厳しく強調した。その勢いのまま、イメージとしては胸倉を掴み上げるように、ワイシャツをぐっと強く掴む。


「私の愛の告白を信じず、その内に心変わりするだろう、と思われていた件に関しては大変心外です」

「仕方ないじゃないか。君はあのとき八歳だった。成長する過程でいろんな人に出逢い、新しい恋をする事も極自然な事だ。むしろよく八年も変わらずにいられたと、素直に感心するよ」

「当然です。私の愛はそう簡単に移ろうような浅はかで軽いものでは無いんです」


 息をするのと同じように、悠紀さんを好きだと思う。それは私の人生に沁みついて、けれど惰性のようなものではなくて、いつもいつも改めて好きだなぁ、と実感する。私には、世界で一番悠紀さんの良いところを知っていて、世界で一番悠紀さんを好きだという自負がある。


「でも、椿」


 彼の胸倉を掴む私の手に、彼の手が添えられる。思わず見上げれば、悠紀さんはいつもよりほんの少し真剣な表情で私を見返す。しかし、いつも通り、何を考えているかはさっぱり分からなかった。


「本当に良いんだよ。今だけでは無く、この先君を大切にしてくれる男が現われたなら、この婚約を反故にしても。けして椿や椿の家の悪いようにはさせない」


 だから結婚は急がない方が良い、彼はそうあっさりと口にする。こんなに、こんなに好きなのに、悠紀さんはそんな事を言う。まるで私への思いやりのような言葉を、優しい声で口にして、私の気持ちを否定する。それがどんなに残酷な事か、分かっているのだろうか。


「それは最早、私にとっては侮辱に等しいです」


 睨み据えるようにしてはっきりそう告げれば、悠紀さんもまた、私を真っ直ぐに見詰める。


「どうして信じてくれないんですか。私は真剣に貴方が好きです。この気持ちはけして変わりません」

「それは椿がまだ子どもだから」

「大人も子供もありません!」


 悠紀さんは、きっと勘違いをしている。それは、思いやりでも優しさでも無い。私の口にする『好き』というたったの二文字を、ただの二文字として受け取っている。そのたった二文字に込めた沢山の感情にはまるで気付いてくれていないのだ。

 こんなに愛しいのも、切ないのも、憎らしいのも、全部貴方だけなのに。


「どうして信じてくれないんですか。どうしても分かってくれないなら………悠紀さんを殺して私も死にます!」

「え、いきなり重い」

「可愛い婚約者の愛情を重いとはなんですか!それとも貞節の証に小指でも落としましょうか!?」

「君はいつの時代の遊女なんだい」


 そのくらい真剣なのだと訴えれば、君のご両親に申し訳が立たないから絶対止めてね、と止められた。私は不貞腐れて悠紀さんから目を逸らす。


「良いんです。分かってます。どうせ、好きなのは私だけなんです。私の片想いなんです」


 もちろんその状態を維持し続けるつもりなど毛頭ないけれど。婚約者という地位に食らいついたまま出来るだけ早く妻の座に収まり、一生懸けてでも悠紀さんを骨抜きにしてやるのだ。私なしでは生きていけない、と言ってくれるくらい。残念ながら私自身そんな悠紀さんを全く想像出来ないのが悲しい所だけれど。夢は大きい程良いと言うし。


「これでも僕なりに椿を大事にしているつもりなんだけど」

「それは何となく分かっていますけど………」


 問題は手段だ。悠紀さんの私のあしらい方は、大抵いつも親戚の子どもに対するようなものである。少なくとも、可愛い婚約者へ向けてのそれではない。


「確かに僕は、八割くらいは条件の良さで君の求婚に頷いた」

「八割も!?むしろ残り二割は何ですか!」

「気分とタイミング?」

「予想以上に酷い理由!」


 せめてもうちょっと取り繕う事は出来なかったのだろうか。いつものように私が気付かぬ内に適当に誤魔化してくれればいいものを、変な所で素直だ。まあ、誤魔化されても後でそれに気付いたときに当然私は怒るけども。


「でも、」


 宥めるように、私の頭をぽんと軽く撫で、悠紀さんが言う。


「例えば、地球上の全ての女性が君と同じ条件で、僕と結婚したいと言ってくれても、僕は椿を選ぶと思うよ。それじゃあ、ダメかな」


 思いもよらない言葉に、私は自然と大きく目を見開いていた。悠紀さんの口にした言葉の意味を上手く理解出来ない。何度も何度も反芻して考えた。

 同じ条件を持つ多くの女性。地球上の全ての女性の中で、この私の手を取ってくれるとしたら。


「………それって、私の事が好きだという事ですか?」


 彼は、肩を竦めて笑う。


「さあ。どうだろうね」


 そう言ってまた、悠紀さんはいとも容易く誤魔化してしまう。はっきりとした言葉が欲しいのに、はっきりとした言葉じゃないと不安になるのに、彼は私の言葉をかわす。

 だからもっと追及しないと、と思うのに、ささやかな可能性が嬉しくて、今日はもう良いかな、ってそんな穏やかな気持ちになってしまう。


「仕方が無いですね」


 にやけそうになる表情を隠す為に、わざと得意げにそう口にした。








読んで頂き、ありがとうございます。

次で終わります。しかし、またもや更新まで少し時間が空きそうです。

なるべく早く頑張ります。


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