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目指せ元鞘(まずは胃袋を)



『新しい婚約者って何ですか!?』

『私を捨てるんですか!』

『やっぱり私の事なんてただの遊びだったんですね』

『その優しさを信じていたのに』

『せめて一度説明して下さい』


 晴之からの情報を得て、我に返った私は悠紀さんへの気遣いも、鬱陶しいかもという遠慮もすっぱりと投げ捨て、メールと電話を連続して発信した。電話は繋がらなかったが、悠紀さんのスマートフォンは私からのメール受信履歴で埋まっている事だろう。しかし、それでも悠紀さんからは何の反応も無い。


 一応、結納を交わしているので、私と悠紀さんの婚約は家同士の問題でもある。その為、昼休みの内に父に問い合わせれば、私の剣幕に恐れおののいたのか、娘との電話であるのに父はしどろもどろになりながら答えた。八つ当たり気味に電話を掛けたのは悪いと思うが、あのときの私に父を気遣う余裕は無かった。


『確かにそんな噂は聞こえて来るが、先方からは何も正式な打診はない』


 そんな父の返答がこれだった。最近、悠紀さんの家に行かずに帰宅する私の様子を見て、まさかあの噂は事実なのでは、と綾瀬の家と縁続きになりたい父は戦々恐々としていたようだが、下手に突いて藪蛇になりたくない、と黙っていたそうだ。

 どうして早く教えてくれなかったの!というのが私の正直な想いである。そんな噂が流れていると知っていれば、いつまでも拗ねたりなんてしなかった。悠紀さんからの返信がないまま、一週間も悠長に待ってなんていなかったのに。


『根も葉もない噂よ。気にしすぎるだけ損』


 苑子はそう言って私を宥めてくれたけれど、実際に悠紀さんと連絡の付かない今、私の不安は収まってくれなかった。ちなみに、その噂を教えてくれた後、晴之はまたもや私を完全無視している。彼の怒りは根深い。


 昼休み後の残りの授業も全く手に付かず、表面上だけはしっかり取り繕っていたつもりだが、その心はずっと上の空だった。これほど早く授業が終わって欲しいと願った事はない。いっそ午後からの授業を全てサボってしまいたかった。

 それでも一応、授業だけはしっかり出て、部活はサボってすぐに学校を飛び出した。迎えの車に乗り込み、スーパーにだけ寄って、大急ぎで悠紀さんの家まで向かってもらう。


 いつものようにエントランスのコンシェルジュさんに挨拶をして、エレベーターに乗り込み、最上階を目指す。辿り着くとすぐに悠紀さんの家への扉があり、私はいつものように合鍵を取り出したが、そこで固まった。しばらく訪れなかっただけで、途端に入りづらく感じてしまう。

 しばし迷ったが、やがて私を不安にさせる悠紀さんが悪い、という結論を出し、開き直る事にした。もし不満を持たれれば、私に合鍵を渡していた事自体を運の尽きと思って頂こう。


 悠紀さんの家に入り、玄関を通り抜け、とりあえず食材をキッチンに置くと、リビング、ダイニング、バスルームにトイレ、仕事部屋から寝室に至るまでくまなくチェックする。キッチンは私が使いやすいように自分でセッティングしたままで、バスルームに長い髪が落ちているという事も無く、寝室には私が無理矢理置かせてもらった私とのツーショット写真がそのまま飾られていた。少なくとも、女性が悠紀さんの家に出入りしている気配はなさそうだ。


『悠紀さんの家で待っています。一度お話をしましょう』


 一旦安堵した私は、努めて落ち着き払ってそうメールした。後は、彼の帰りを待つしかない。

 キッチンに戻って、冷蔵庫の中身を確認すると、すっかり空っぽになってしまっていた。悠紀さんはやれば出来るのだが、進んで料理をする人ではない。料理をしていた私が通わなくなり、古くなった食材は処分したもののそこから補充する事はなく、だんだんと中身を減らしていったのだろう。


 とりあえず買って来た食材を整理して、すぐに使わないものを冷蔵庫に収め、必要な物を出して調理の準備をする。悠紀さんの仕事が終わるまではまだ時間が掛かるだろうし、その間に夕飯を作って彼の帰りを待とうと思う。

 私の恋愛ハウトゥー本に『男性を射止めたいならば胃袋を掴め』と書いてあった。仮に、例え、万が一、億が一、例の噂が本当だとしても、悠紀さん取り戻す為に私は気合を入れて夕飯を作り、彼の心を繋ぎとめる。例えそれが、小さな子どもを可愛がるような、追い縋るその子どもを憐れむような、そんな感情でも良いから。


 綾瀬の家と私の家では先方の方が、家格が上だ。だからと言って、我が桐生家もそこそこの家ではある。結納まで交わした手前、この縁談を突っぱねれば体裁が悪く、婚約破棄をするにも綾瀬家は穏便に済ませようとするはずだ。私が粘れば無碍にはできない、はず。

 その間に、また私が悠紀さんのマンションに入り浸って料理を作り、その帰りを待つのが当たり前の生活を取り戻す。


 私は、婚約破棄されるのではないかという怒りと不安を叩きつけるように、黙々と自慢の料理を作り、悠紀さんの帰りを待った。


 けれど、午前零時を過ぎても、悠紀さんが帰宅する事はなかった。







読んで頂きありがとうございます。

この世界観において、綾瀬家と御代家がツートップで、そのすぐ下くらいに桐生家。一段開けてその更に下に佐久間家があり、そのまだ下に佐嶋家というヒエラルキーです。

個人的には同じ世界観に篠宮さん家があってもいいなあ、と思います。その場合はツートップに並びます。このシリーズには関係ないお家なのでスルーして下さい。


佐久間さん家は財産に限ればツートップに迫りますが、歴史が浅いのであの位置。商才があるが、口さがない人には『成り上がり』と言われている。

佐嶋さん家は綾瀬さん家の分家。


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