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火のない所に煙は立たない(それが噂)



 ホワイトデーに、真っ白なワンピースが届いた。

 しっかりとした生地で、華美過ぎないデザインが可愛らしい。前はシンプルで飾り気がない代わりに、背中にはレースが覗いている。腰に向かってレースの幅が小さくなり、最後はリボンで終わって、そこからスカートがふんわりと広がるのだ。ふんわりしている分、少しスカート丈は短めだが、気になる程ではない。上着などで遊べば、フォーマルにもカジュアルにも着られるだろう。


 浮気宣言をして彼のマンションを飛び出して以来、連絡を絶っている悠紀さんからだった。もう一度連絡をくれればきちんと応じようとは思うが、私から連絡を取る事は何だか悔しくて出来ていなかった。変な意地を張っているだけなのは、一応分かっている。それでも、それくらい悠紀さんの発言に私はいたく傷付いたのだと、分かって欲しかった。


 そんな、それこそ子どもみたいな意地を張る私に、その後悠紀さんから連絡が来る事はなく、ホワイトデーのワンピースだけが律義にも届いた。

 悠紀さんに真っ白なワンピースをもらうのはこれで二度目だ。出会ったばかりの頃にも、一度貰った事がある。


 一緒に出掛けた際に真っ白なワンピースを見付け、私はそれに目を輝かせて見惚れた。まるで花嫁さんのドレスのようだと思って憧れたのだ。けれどそれは、大人用のワンピースで、私にはまだ手の届かないものだった。悠紀さんと同じ年頃の女性ならばきっとよく似合うだろう、と思われるサイズで、憧れと同時に悔しい思いをした事をよく覚えている。


 その後日、悠紀さんが誕生日でも今回のようにホワイトデーでも何でも無かったのに、私が憧れたワンピースとよく似たデザインで、当時の私にぴったりのサイズのワンピースをプレゼントしてくれたのだ。私は大喜びでそのワンピースを着てどこへでも出掛けたがり、飛んだり跳ねたりしてはしゃいだ。その結果、真っ白なワンピースはすぐに汚れ、ほつれ、破れてしまった。


 大泣きしてそれを惜しむ私に、悠紀さんはまた買ってあげるから、と慰めてくれた。けれど、私はいらない、と悠紀さんの優しささえ拒絶するように泣きやむ事は無かった。その真っ白なワンピースは大切で特別なワンピースだった。例え同じものを貰ったとしても、二着目のそれには、もうそのワンピースを特別にする『何か』は失われてしまっているのだと感じた。

 今ならば分かる。悠紀さんが私の事を想って、わざわざプレゼントしてくれたその心が、ワンピースを『特別』にしていたのだ。だから二着目では意味がなかった。


『そんなに泣かないでよ。いつか、本物を着るんだから良いじゃないか』


 そう言って悠紀さんに宥められて、私はようやく泣き止んだ。彼の言う本物を着るとき、それは悠紀さんの隣でだと、信じて疑っていなかった。だから、彼のその言葉が、当時の私を何よりも慰めた。

 けれど今、私には分からない。悠紀さんもまた、その未来を当たり前の事のように思い描いていてくれたのか。悠紀さんが、私の事をどうすれば女性として見てくれるのか。


 汚れて破れてしまった、もう着られない真っ白なワンピースは、今も私の部屋のクローゼットで大切に保管されている。悠紀さんはあのワンピースを、今も覚えてくれていたのだろうか。










 そんな私の感傷的な想いは、木っ端微塵に弾け飛んだ。


「何で返信が来ないの!」


 ホワイトデーにもらったワンピースを着て、少しだけ泣いて意地を張るのはもう止めよう、と決めた。例え悠紀さんが未だ私の事を子ども扱いしていても、私が悠紀さんを好きな気持ちは変わらない。それならば、意地を張らずにそれを正直に伝えた方が余程建設的だと思えた。


 何より、こんな風に悠紀さんは私に優しくしてくれる。ホワイトデーや誕生日など、イベント事では必ず何かプレゼントを用意してくれて、お祝いの言葉をくれる。ご飯を作れば、いつもお礼と美味しかった、の一言を伝えてくれる。普段あまりメールをしない彼が、私のつまらない文句にもわざわざ返信をくれる。

 そんな悠紀さんの優しさに対して、いつまでも意地を張る訳にはいかない、と思えた。


 だから、一時間掛けてメールを打った。ワンピースのお礼と、突然部屋を飛び出した事へのお詫び、また悠紀さんの部屋でご飯を作って待っていたい、というお願い。我ながら拙い言葉ばかりになってしまったが、真剣に文面を作成し、送信した。

 しかし、一日経っても、二日経っても、ついには一週間経っても悠紀さんから返信はなかった。


「何で!?もしかして悠紀さん怒ってる?私が意味分からない事を叫んで怒った挙句に、メールを無視したから!」

「あの人がその程度の事で怒るとは思えないけど」


 昼休み、旧校舎の空き教室で苑子に泣き付けば、彼女からは冷静にそう返された。一応、晴之もこの場にいるが、彼は私の嘆きになど耳を貸さずにスマートフォンを眺めている。

 私がその恋路の邪魔をしてしまって以来、晴之は私とは一言も口を利いてくれない。あの後、教室から去っていった苑子にはすぐに誤解を解く為のメールをし、晴之には謝罪のメールをした。放課後には顔を合わせてもう一度苑子に誤解だと説明し、晴之にも再度謝ろうとしたが、睨まれた上で無視された。


 それ以来こんな調子だが、晴之は今も以前と変わらずにこうして空き教室に顔を出す。それも全て、苑子といたいが為なんだろうなあ、と思うといじらしいやら申し訳ないやらで、何だかもう胸が一杯になってしまう。

 今はそれ以外の事でぽっかりと胸に穴が空いた想いですが。


「だったら何で返信来ないの!?何だかんだいつも返信をくれていたのに!遅くなっても、精々一日くらいだったのに」

「忙しいのよ、きっと。あれでも綾瀬の跡取りなんだから、色々あるんじゃないかしら」

「色々って何!」

「さあ?私があの人の事を知るはずないでしょう?」


 苑子は今日もクールなビューティーです。大きく嘆く私にサラッと返されました。

 私は机に突っ伏して項垂れる。様子を窺うメールをもう一通送ってみようか、とも考えたが躊躇ってしまう。本当に忙しいなら私の事で煩わせるのは申し訳ないし、何より連続してメールを送る事でしつこく思われて鬱陶しがられるのではないか、と心配になってしまう。何度も何度もメールの新規作成画面を開いては閉じるを繰り返していた。


「教えてやれよ」

「ハルくん」


 すると、あの日以来、一切私の事を無視していた晴之が、スマートフォンから目を離さないままに呟いた。それに何故か、苑子が咎めるように彼の名を呼ぶ。


「え、何?何を?二人とも何か知ってるの?」

「別に何でもないわ」

「知らずに全部終わってた、っていう方が惨めだろ」

「ハルくん」


 苑子がじっと晴之を見詰めれば、彼はようやくスマートフォンから顔を上げて、彼女を見返した。苑子の眼には厳しいものが込められているが、それに晴之が怯む事は無かった。


「ただの噂でしょう。いいえ、噂にも満たないわ。精々、暇人の戯言ね」

「俺の耳にもおまえの耳にも入っている時点で、もう戯言じゃ済まねえだろ」


 そう言って晴之は、あの日以来初めて私へ目を向けた。元々晴之は私にあまり興味がなく、こんな風に視線を向けられる事自体が珍しい。思わず身体を起こし、背筋を伸ばした。苑子は晴之を止める事を諦めたのか、一つ、小さな溜息を吐く。


「噂があるんだよ。綾瀬本家が跡取りに『新しい』婚約者を探してるって」


 私は真剣に晴之の言葉に耳を傾け、理解不能なその言葉に思いきり首を傾げる。そして出て来たのは、単純な一音だった。


 ……………………………は?







読んで頂き、ありがとうございます。

今年は白が流行るそうですね。

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