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明かされる陰謀(小規模)

そう言ったシーンは出てきませんが、際どい発言を考慮してR15です。





 恋に堕ちた。


 大きなホテルで行われたパーティーでの事だった。立食形式のパーティーで、キラキラした会場内では、大人達が思惑と親しみをない交ぜにして談笑する。料理の乗せられた台よりも背の低かった当時の私にとって、沢山の大人達は私の行く手を阻む壁のように思えた。


 広いパーティー会場で、周囲に見惚れている内に逸れてしまった両親を探していた。心細くて寂しくて今にも泣いてしまいそうだった。壁のように私を阻む大人達は、誰も小さな私に気付いてはくれなくて、言葉も分からないどこか恐ろしい世界に迷い込んでしまったような気分だった。

 張り切った母に着せられたヒラヒラのドレスも、お転婆だと揶揄されていた私には身動きを制限されてもどかしい気持ちになるだけだ。ドレスの裾が皺になる事も考えられず、ぎゅっと握って挫けそうな心を保っていた。


 そんなとき、急にふわりと抱き上げられた。突然の事で、幼かった私は驚いてもがくように暴れた。すると、私を落とさないようにだろう、余計に抱く力が強まって私はますます混乱した。


『大丈夫だよ』


 しかし、宥めるような優しい声にそう言われて、自分でも不思議なくらいその言葉がすとんと心に響いた。途端に私は落ち着いて、その人の顔をじっと見つめる。

 この国では当たり前の黒髪黒目の青年で、けれど一般的なそれとは違い、艶があって綺麗だと思った。薄い唇が釣り上がるようだったけれど、眼鏡の奥の目が少し細められていて、優しい印象がした。


『迷子になったのかな。一緒にご両親を探そうか』


 彼は私が落ち着いた事を悟ると、抱き上げた腕から下ろして手を繋いでくれた。その途端に緊張の糸が切れた私は、彼の足に縋ってとうとう泣きだした。

 手を差し伸べてくれた事も、事情を察してくれた事にも安堵した。手を繋いでくれたのが嬉しかった。足に縋りつく私に、彼は困ったな、と口にしながらも頭を撫でてくれた。


 そうこうしていると、声を上げるのは我慢していたはずなのだが、気配を感じ取ってくれたのか、私を探してくれていた両親がすぐにそばまで駆け付けてくれた。

 両親は、私が申し訳なくなるくらい必死に彼に頭を下げてお礼を言って、彼はそれを構いませんよ、と軽く受け流していた。それから、私の目の前でしゃがみ込むと、小さな私の頭を撫でて優しく笑ってくれた。


『良かったね』


 その笑顔が優しくて、温かくて、男性にこう言うのは変かもしれないが、綺麗で。私の目は彼に釘づけになった。心臓はドクドクと脈打ち、顔が一気に熱くなった。そう、私はたったそれだけの事で恋に堕ちたのだ。

 子どもらしい素直な心を持っていた当時の私は、その気持ちを正直に叫んだ。子どもであるからこそ持ちえる大胆さが、私を勇気づけていた。


『わっ、わた、わたしと、けっこんしてくださいっ!』


 彼は驚いたように目を見開くと、すぐににっこりと笑った。





 そして、八年の月日が流れた。当時八歳だった私も十六歳である。フリフリのエプロンを身に付け、勢いよく玄関の扉を開けた私は元気よく口にした。


「おかえりなさい!ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・しっ?」


 彼は笑う。整っているけれど冷たい印象の顔で、特に冷たい印象の薄い唇をつり上げると、眼鏡の奥の目元だけほんの少し優しそうに和らげ、穏やかに。


「ご飯かなあ」


 彼はそう言って私の期待を裏切った。









 私が恋に堕ちた人の素性はすぐに割れた。というか、両親が彼を既知であった。彼は綾瀬家の本家の跡取り息子である、綾瀬悠紀あやせゆうきだった。

 かつては爵位も持っていた代々続く名家であり、今もありとあらゆる方面への影響力を持つ『あの』綾瀬家である。あのときのパーティーの出席者の中でも別格だった。我が桐生家きりゅうもそこそこの家柄ではあるが、それでも綾瀬家とは比べ物にならない。


 当然、両親は娘の突然のプロポーズに大いに焦った。子どもの戯言とは思いつつも、相手は綾瀬の跡取り息子である。失礼は出来ない、と恐縮して娘の突然の言葉を詫びた。

 しかし、彼が目を見開いたのは一瞬で、僅かに考える素振りを見せると、唇をつり上げて笑みを深めた。


『君が十六になって、それでも君の気持ちが変わらなければ、良いよ』


 私は舞い上がった。十六歳になったらこの人と結婚出来る、と。早く十六歳になりたかった。彼に相応しい女性になって、彼のお嫁さんになる。その未来を、私は一欠片だって疑っていなかった。―――――――それなのに、


「そこはもちろん君だよハニー、って応える所じゃないですか!」

「仮に僕にその気があったとして、そんな風に言うと思う?」

「そんなの悠紀さんじゃないっ!」

「はい、答えは出たね」


 ご飯とお味噌汁をよそいながら不満を訴えている間も、スーツからラフな格好に着替えた悠紀さんは、ダイニングの椅子に腰かけて夕飯が並ぶのを待っている。

 ここは悠紀さんが一人暮らしをしているマンションで、私は彼の帰宅が早い日には決まってこうして夕飯を作って彼の帰りを待っていた。綾瀬の家が所有しているマンションで、最上階のワンフロアが彼の現在の住まいだった。


「そうですけど!だってだってだって、悠紀さんがいつまでも結婚してくれないから、それくらい!」

「結婚って、椿はまだ十六じゃないか」

「十六になったら結婚してくれるって言ったじゃないですかぁああ!」


 弄ばれた!と嘆きながら彼の帰宅に合わせて作った夕御飯を並べる。今日は悠紀さんのリクエストで和食である。私の恋愛ハウトゥ―本に男性を落としたいならばまずは胃袋を掴め、とあったので幼き頃より料理の腕を磨き、今はなかなかのものであると自負している。ちなみに、玄関での出迎え方もその本で学んだのだが、これはどうやら外してしまったらしい。残念。


「口約束だけだったのを、椿の高校入学に合わせて正式に結納したじゃないか」

「私は十六の誕生日に籍を入れてくれるんだと思っていたんです!」

「椿はまだ高校生だ」

「悠紀さんはもう二十八です!先延ばしにして三十越えたらどうするんですか!十代と三十代なんて、何だかとっても犯罪的な響きになってしまいます」

「大丈夫。端から見れば今でも十分僕はロリコンの変態だよ」


 二人分の料理を運び終えた私が向かいの席に座ると、料理に手を合わせて味噌汁をすすりながらそう言った。几帳面に『いただきます』と『ご馳走様』を欠かさずに言う彼が、ますます好きだ。


「悠紀さんはロリコンでも変態でもありません!」

「ああ、うん。そうだね。ありがとう」


 何だかすごく適当な返事だが、まあ良しとしよう。そう、お互いに愛さえあればロリコンも変態も存在しないのである。


「私はいつだって準備万端なんです!何なら結婚前にちょっとくらい悪戯してくれても良いんですよ!勝負下着は常に身に付けています!」

「君はもう少し貞節という言葉を考え直すべきだね」

「そんなの、悠紀さんがいつまでも私を子ども扱いするからじゃないですか!」


 私への接し方が、八歳に出会った頃からまるで変わっていない。ちっとも女性扱いをしてくれない悠紀さんが悪いのだ。身長だって伸びて、胸だって我ながら立派に育った。最早立派な淑女である。

 彼がお風呂に入っているところに乱入しようとすれば、全力で抵抗された上に次の日には扉に鍵が取り付けられていた。早朝に訪問してベッドに忍びこめば、まるで小さな子どもにするようにお腹をポンポンと撫でられて寝かしつけられた。それで本当に眠ってしまったのが悔しい。


「僕としては、合鍵を渡している時点で十分婚約者として扱っているつもりだけど」

「私は婚約者では満足出来ないんです!悠紀さんの奥さんに早くなりたいんです」


 綾瀬本家の跡取りであり、本人の能力面も申し分ない。その上容姿も端麗であるならば、彼を虎視眈々と狙う女狐共が後を絶たないのである。その女狐共から悠紀さんを守る為にも、私は早く奥様の座を手に入れたいのだ。


「良いよって言ったのに。約束を守ってくれないなら、どうして良いよ、なんて言ったんですか?」


 悠紀さんは、私お手製の漬物をポリポリと食べながら、んー、と少し考える素振りを見せる。


「あの頃、そろそろ結婚相手くらい見付けろとせっつかれていたんだけど、中々良い女性がいなくてね」


 今度は鯖の味噌煮をほぐしてそれを口に放り込み、飲み込んでから衝撃的な真相を教えてくれた。


「桐生家のお嬢さんなら家柄的にもまあ、ちょうど良かったし。良い女性がいないなら自分好みに今から育てるのもアリかな、と思ってね」

「そ、それはつまり……?」

「有り体に言えば、光源氏計画的な?」


 あっさりとそう答えた悠紀さんは、無駄に洗練された動作で再度味噌汁に口を付ける。

 私はポカン、と思わず大口を開けて固まり、事実を理解すると叫んだ。否、叫ばずにはいられなかった。


「そそそそんな理由でーっ!?幼い私が可憐だったとか、純真な想いに胸を打たれたとかではなくて?」


 そんな私に、悠紀さんは軽く笑う。


「それなら本物のロリコンの変態じゃないか」


 私はこれまでの悠紀さんの発言を思い返していた。悠紀さんはおそらく、普通に子どもとして私を可愛がってくれていた。ただ、時折『こういう女は嫌いだな』という発言をするのだ。その後は決まって『椿はもちろんそんな女性には成らないよね』と私に微笑みかける。悠紀さんの期待に応え、彼の理想の女性に成りたかった私は、当然意気揚々と『ならないよ!』と応えていた。


「あああああれもこれも全部計画の上だったんですかーっ!?」


 衝撃のあまり声を上げた私に、悠紀さんは感情の読めない顔で微笑んだ。






読んで頂きありがとうございます。

こういうのは勢いが大切だと思い、思いついてプロットを立てるとすぐに開始してみました。なのでサラッと短めに終わりたいです。

ところで、私は男性が幼い少女を自分好みに育てる事を『紫の上計画』というのだと思っていたのですが、ググってみると『光源氏計画』の方が一般的――――という言い方も語弊があるかもしれませんが、そうみたいですね。一応ググってみてよかった。


このお話は、いつまでも自分の事を子ども扱いする何を考えているか分からない婚約者に、何とか婚姻届に判を押させようと奮闘する女の子のお話です。そして空回ります。


最後までお付き合い頂けるような、そんなお話を掛けるよう頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。

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