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戦場の道化師(2)

 合気道は、実戦での護身方や肉体の鍛練以上に、精神の鍛練に重きを置く。その意味では、麟太郎の態度は完全にNGである。だが団式合気術には裏の奥義があった。一対多の戦いを考慮に入れた、実戦的殺人武術の面である。今まで団式合気術の師範が認めた門弟にのみ代々と受け継いで来たものだ。その中には、妖しの物を退ける、呪法のようなもの含まれていた。そのため裏奥義は、時の為政者にとって危険と判断され、歴史の影に封滅されてきたのだ。

 弦柳は、そんな裏の奥義を麟太郎と吾朗に伝授しようか否かを考えていた。麟太郎は一族の中でも傑出した才能を持っていた。麟太郎ならば、奥義を100%伝授出来るだろう。問題は彼のあの性格だが、それは今後の修練で何とかするしかない。

 では、吾朗はどうだろう。彼ならば無闇に奥義を使わず、どうしても必要な時にのみ使うだろう。資質としても全く問題が無かった。だが弦柳は吾朗に不気味な違和感を持っていた。自分の愛娘の子である。内孫の中では唯一の男児だ。合気の技量も麟太郎に匹敵するほどであるし、心の鍛練も麟太郎よりも遥かに高い。だが、弦柳は吾朗からしばしば『人間らしからぬ』モノの気配を感じているのだ。それは弦柳ほど歳を経て団式合気術の奥義を身に付けている者にしか分からない微かなものだった。しかし、弦柳には、どうしてもそれが気になっていた。



 一方、厨房では、麟太郎と吾朗の従姉妹である鈴華が、お昼の準備をしていた。毎週日曜日の修練で、これを目当てに参加している者も多い。近くの私立大学に通う彼女は、この辺の町のアイドルであった。

 今日のお昼は、握り飯と豚汁である。大鍋の豚汁の味見をして、鈴華は、

「もうちょっとかなぁ」

 と言って、少し塩を足した。


 鈴華の父は、兄弟姉妹の末弟にして長男の、団京史朗である。彼も団式合気術の奥義を伝授された者達の一人だった。京史朗は団家の長男として早くに結婚して鈴華をもうけたが、吾朗の父と同じく欧州連合に派兵されて行方不明になっていた。彼は、団式合気術の達人として自衛隊の特殊部隊にいたのだ。残された母娘は、それなりに道場と家庭を切盛りしていたが、その苦労が祟ってか、鈴華の母は五年前に病死していた。それで、今は鈴華と伯母達で家事全般を担当している。


 弦柳には、昨今のダークナイトによる殺傷事件に対抗するために、古来から歴史の影に隠されていた団式合気術の裏奥義を伝授して欲しい旨の要請を、宮内庁から直々に頼まれていた。弦柳は自身の子供達が欧州で相次いで行方不明になっていることから、これ以上の要請は断ろうかと考えていた。

 そもそも、息子達の死は団式合気術の後継者問題に突き当たる。中でも一人息子の京史朗が行方不明になった時、弦柳は心底落胆したのだ。そんな弦柳を支えてくれたのが鈴華や他の子供達や孫達であった。他の孫達ほど合気術の修練は積んでいないが、鈴華が父の京史朗の資質を受け継いでいることは間違いなかった。弦柳は、吾朗のあの不気味ささえなければ、鈴華を吾朗の下に嫁がせて一族の血を残せるのではないかと思案していた。それは、一族の長老達も同様な考えであった。弦柳がそんなことを考えていることは、誰にも知らされてはいなかった。しかし孫達は、祖父の考えていることは、皆薄々感じていた。



 今は、技量の高い者達が約束組手を行っている。もう後十五分ほどで、修練が終わる。弦柳は、子供達の修練の最後に、ストレッチをさせているところだ。


「はーい、皆さんお待たせぇ。お昼だよ」

 鈴華が豚汁の鍋とオニギリの乗ったお盆を持ってきた。

「麟ちゃんも吾朗ちゃんも手伝ってね。皆は手を洗ってきてね」

 お待ちかねのお昼である。豚汁の鍋の前に子供達の行列が出来る。

「やっぱり鈴華姉ちゃんのお昼は美味しいね」

「最高っすよ鈴華さん」

 などと声がかかる。鈴華はそれに適当に相槌を打ちながら、豚汁を配っていた。

 麟太郎達も自分の分を注いでもらうと、昼飯を食い始めた。

「鈴華さん大学で何勉強しての?」

 と、問われて鈴華は、

「素粒子物理学よ」

 と、応えた。

「うっわ、難しそう。俺には勘弁して欲しいな」

 麟太郎はいつも赤点であった。

「あら、吾朗ちゃんのお父さんとお母さんも、同じものを勉強していたわよ。わたしのお父さんだってそうよ。俊作伯父さんは、機械工学だったかしら?」

 何故か団家の者は、物理科学に縁の深いものが多く、特に素粒子物理学では功績を残した者が多い。

「もしかして、祖父っちゃんも?」

「お祖父様は、熱物理学だったかしらねぇ」

「確か、そうでしたよ」

「いいよ、俺はバカで。適当に文学部か教育学部とか行って、サラリーマンやるから」

 麟太郎には脳みそがオーバーヒートするような話であった。



 そのころ、リキュエール子爵は、隠れ家で左腕の治療を行なっているところだった。そこへ、秘密回線を通じて通信があった。

<リキュエール卿、具合はどうだ?>

「これはこれは、ブリアン侯爵閣下。もうすぐ回復するところです。しかしながら、ハインド卿は、力及ばず……。ですが、この失態、我が取り戻して見せましょう」

<頼もしいな、卿よ。こちらは、亜空間ゲートが未だ安定せずにいる。この世界の技術者では、如何ともしがたいか。我が『風の旅団』が全てこちら側に転移するには、しばらく時間がかかる。卿も無理せず適当に遊んでおけ。卿の気にしているBJなる無頼の輩も適当にしておけ>

「は、閣下。しかし、それでは我の気が納まりませぬ。守護獣を三体も操る者が、我等の知らぬ間にこの世界に出現するのも解せませぬ。不審な芽は、小さなうちに摘んでおくのがよろしいかと」

<そうか。では、BJとかいう者、卿に任せよう。吉報を待っているぞ>

「御意に」

 そう言ってリキュエール子爵は通信を切った。

「閣下の訪れる前に、BJよ、お主の命、貰い受けよう。待っておれ、ハインド卿。BJの骸でもって、卿の弔いとしようぞ」


 地球に危機が訪れようとしている。人類には、まだ彼ら──ダークナイトと対等に戦える方法は無かった。




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