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戦場の道化師(1)

 ダークナイト、それは異次元の地球で何万年と続く人類間の戦争の中で産み出された戦闘知性体である。その身体はナノマシンマテリアルの集合体で出来た強固な装甲甲冑で覆われていた。そして、その本能には戦闘のみに生き甲斐を感じ、戦いに勝つために絶え間なく自己進化を続けるようプログラムされていた。内蔵する動力は、プラズマにより発生する亜空間断層のエントロピーギャップから無制限にエネルギーを抽出する、半無限エネルギー出力ユニットを備えた永久機関であった。戦闘にのみ生き甲斐を感じる彼らは、戦闘力により『爵位』でもって格付けされ、上位の爵位には忠誠を誓い、主人のために戦い続けてきたのである。

 しかし、異次元の人類達は、長い戦いの中で、その戦いの始まった理由さえ忘れて、戦争を続けているうちに、種としての寿命を迎えつつあった。王公としてダークナイトの上に立っていた人類は、人口が減少し、戦争の産み出す経済的価値も薄れ、無駄に戦争を続けていた。そして最終段階では、ダークナイト同士が続ける戦争にも飽き果てて、彼らを捨てたのである。

 取り残された彼らダークナイトには、戦争が意味を持たない事は、種としての終焉を意味する死活的問題であった。そんなダークナイト達に、いつからか、異次元の向こうからコンタクトを続ける『者』があった。その者達の地球では、戦争がまだ経済的な価値を持ち、戦うことに意味があった。自らの居場所を見つけたダークナイト達は、独自に発達した亜空間テクノロジーと引き換えに「戦場を提供する」と約束した彼らに同意し、我ら人類の地球へ移り行く準備を進めた。そうして、『CERNの悲劇』が、産官複合体の利益のために意図的に引き起こされ、地球人類は新たな脅威に恐怖する事になった。


 そんなダークナイト達の先兵であるリキュエール子爵は、彼の隠れ家の医務室で、緑色の液体に満たされた円筒を見ていた。その中では、干からびた左手が、様々な色のコードに接続されて浮かんでいた。

 新たな腕の作製の過程を満足そうに見続ける卿の後ろで、獣の荒い息づかいが聞こえた。

「ジャービール、帰ったか」

 子爵が振り返ると、白銀の獅子が血に汚れて辛うじて立っていた。その口には、ハインド男爵の仮面がくわえられていた。

「ハインド、……やはり無理だったか」

 リキュエール子爵は、ハインド男爵の仮面を手にとると、

「ハインド、お前は戦いの中に死ねて、幸せだったか? 我らは何故ここにいる。どうして戦い続けなくてはならない?」

 そう呟いていた。

「BJよ。お主は、戦い続けることにどんな価値を見出だす? 我らダークナイトとって、戦闘とは生き甲斐であった筈だ。だが、食事も休息も必要とせず、戦いのみを続けてきた我は、どうしてこんなに疲れはてているのだろう」

 道化の面の隙間からのぞくリキュエール卿の目は、どこか遠くを見ていた。



 翌日は日曜日。祝日を除くと、週6日制の世の中で唯一の休日だった。

 麟太郎は、相変わらずマイペースで日が高くなるまで惰眠を貪っていた。

 一方、吾朗の方は、道場で母親と向かい合って正座していた。

「怪我をしたって聞いたけど、もう大丈夫かしら?」

 母が訊いた。

「はい。傷はすぐに癒えました」

 息子が応える。

「では、久し振りにやってみましょうか」

「はい」

 吾朗がそう応えると、二人とも半眼になり集中力を高めていた。

 先に動いたのは吾朗であった。正座の姿勢から、一瞬のうちに立ち上がると、凄まじい気合いとともに、指を揃えてのばした貫手を、その産みの母に放った。それを母は、左手でつかんで防ぐと共に、その勢いを利用しての投げに入った。それを息子は有り得ない方向に身体を回転させて、道場の床に四つん這いになると、母の奮った蹴りを横回転で避けた。身体と蹴りの隙間は3センチもない。吾朗の避けた空間に入り込んだ母に、今度は二本指の目潰しを容赦なく奮った。母はそれを、頭を振って避けると共に、頭の後ろで結んだ髪の毛が吾朗の視界を塞いだ。そのまま回転を利用しての裏拳を、吾朗は勘だけで避けると、母の腕を極めにかかった。母はその極めを敢えて受けながら、その勢いを利用して吾朗の後頭部に蹴りを放った。それを伏せて避けた後、吾朗は後ろに飛んで、距離をとって構えた。

「参りました」

 『正座をしたまま』の吾朗が言った。

 気がつけば、母子共にさっきの正座の姿勢のまま、一寸たりとも動いていなかった。今のは、両者のイメージの中だけの組手であったのか……。

「やるようになったわね。パパとそっくりだわ」

 そう言って母は拙い笑みを浮かべた。「パパ」とは吾朗の父親の事だ。道場主の長女である彼女は、門下生であった吾朗の父親を、婿養子にもらったのである。

 夫婦は、『団式合気術道場』の同門であると同時に、MITで一緒に物理学を学んだ級友でもあった。十数年前、『CERNの悲劇』の調査プロジェクトに二人一緒に参加したものの、夫は行方不明のままであった。以来、この母は、育児と道場の遣り繰りをやってきたのである。


 そんなところへ、団式合気術師範の、団弦柳がやって来た。麟太郎と吾朗達の祖父である。

「そろそろ子供達の来る時間だぞ。麟太郎はどうした!」

 日曜日の朝は、毎週、近所の子供達が修練に来るのである。

「では、僕が呼んできます」

 吾朗が立ち上がった。

「まだ寝てるようなら、叩き起こしても構わんぞ。朝飯抜きでも道場に引っ張ってこい」

 吾朗はクスリと笑うと、

「分かりました。では連れてきます」

 と言って道場を出ていった。

「まったく、麟太郎は。親族の中では抜きん出た才を持ちながら、あの体たらくとは。困ったものだ」

 弦柳は厳しいながらも、やはり孫達が可愛いおじいちゃんであった。やはりダメな子ほど可愛いのだろうか。修練の時は、孫達の成長を見て、陰でニヤニヤしているのである。

「あらあら、お父さんったら。何だかんだと言って、麟ちゃんの事が大事なのね」

 と、娘は笑いながらそう言った。

「あ、いや。麟太郎だけを特別扱いしているのではないぞ。孫達はみんな可愛い」

 と、弦柳は少し照れながら言うのであった。


 吾朗が迎えに行った時、麟太郎は、ようやく起きて朝食を貪っているところであった。実は、文字通り、母に叩き起こされたのである。左目が少し腫れている。

「麟ちゃん、迎えに来たよ。もう修練の時間だよ」

 吾朗がそう呼び掛けるが、麟太郎は相変わらず朝食を続けている。

「ひょっひょ、まっへ。ひま、はべるはら」

 隣では、麟太郎の父の海堂俊作が、あわてて稽古着に着替えているところだ。

「あなたからも言ってくださいよ。もう、恥ずかしいったらありゃしない。姉ぇさん達に見せる顔がないわ」

「いや、でも今朝は、あそこまでしなくてもよかったんじゃないかな」

 と言って、俊作は妻から睨まれていた。この夫婦も同門であった。しかし、こちらはカカァ天下のようである。

「麟ちゃん、ちゃんと朝の修練をしないと、昼飯抜きになるよ。折角、鈴華さんの手作りなのに」

 それを聞いて、麟太郎はあわてて口の中の物を無理矢理飲み込むと、稽古着に着替え始めた。

「んんぐ。ほうはっは。……んぐ、ふう。すぐ、すぐ行くよ。ちょっとだけ待ってて」

 近付きつつある驚異を知らずか、麟太郎は、相変わらずのマイペースだった。



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