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漆黒の騎士(6)

 深紅の甲冑と漆黒の鎧が、それぞれの武器を構えて睨みあっていた。


 ハインド男爵は焦っていた。BJの脇腹の傷は既に再生を始めていた。どういう仕組みであるのか、鎧の砕けた部分も同時に復元を開始していた。

 一方、ハインド男爵の方も、体内工場の消火が終わったのか、鎧から吹き出す煙が薄れつつある。ダークナイトにとって、余程の傷でない限り、その痛手はすぐに復元され再生されるのである。

 しかし、受けた傷による体力の消耗は隠すことが出来ない。対人間ならいざ知らず、ダークナイト同士の争いでは、ほんの少しの力の違いが勝敗を決することもあるのだ。そしてその力の差は、操る守護獣の力の違いにも反映される。

 三体の守護獣を引連れるBJの底力は伊達ではないのだ。傀儡の術を破られた時点で、ハインド男爵の負けは既に決定していたのである。

 ハインド男爵の手には長剣。一方のBJの武器は、大きいとはいえ、ジャックナイフである。見た目の間合いは、ハインド男爵の方に有利に映るが、男爵にはBJのナイフの刃が大剣のように見えていた。

 何千回、何万回ものイメージのシミュレーションが、男爵に死の宣告を下していた。


(私は何故ここにいる。何故負けると判っている勝負に賭けようと言うのだ)


 何億回もの問いが、男爵の頭に浮かんでは消えていった。


 ダークナイトにとって、戦う事が本能であるからか──


 自分はBJと戦えることにあんなにも狂喜乱舞してたではないか──


 気の遠くなるような年月を戦い続けている自分の存在とは──


 リキュエール子爵への恩義に報いるためか──


 BJに勝って、私は何を得たいのか──


 死することへの恐怖は無いのか──


 この鎧を纏った時に、戦いは運命付けられていたではないか──


 目の前のこの男は、何故立っていられるのだ──


「ダークナイトは戦うこと、それのみのために産み出されたのだ」

 BJが言った。

「戦う必要の無くなった『あの場所』には、もう帰れないのだ。戦闘知性体であるダークナイトにとって、戦いの無い時は、緩やかに落ち込む死と変わりがない。卿よ、貴様は何故ここに立っている」

 ハインド男爵は我知らず応えていた。

「戦いに死するため……」


「そう、それが答えだ」


 BJがそう告げた時、ハインド男爵の首は、巨大なジャックナイフに切り飛ばされていた。深紅の甲冑が、それよりも遥かに深い紅に染まる。

 遠くで隠れて見ていた麟太郎には、構えたまま動かない男爵に、無造作に近づいた漆黒の騎士がさり気なくナイフを振るったようにしか見えなかった。

 跳ね飛ばされた首から、道化を模したマスクが宙に飛び、川原の地面にカラカラと舞った。その瞬間、麟太郎には、何故、戦うダークナイトが道化の面を着けているのか解ったような気がした。


「ギリオン、デトネイター」

 BJが囁くように命じると、漆黒の魔獣の翼端の機銃口が火を吹いた。

 リキュエール卿の守護獣──ジャービールは、それを為す術もなくその身に受けると、悲痛な咆哮をあげた。そして、ハインド男爵の面を口にくわえると、橋桁の側面に突然現れた黒い渦の中に飛び込んだ。

 いつの間にか、ハインド男爵の首も身体も、分子分解され塵となっていた。配下の生き人形達も、同じく闇に消えた。


 気がつくと時刻は午後5時。夕闇には未だ早い時刻だった。仮初めの闇は消え、太陽がその名残を川原に届けていた。先程までの暗闇が嘘であったかのようであった。


 麟太郎が我に返った時、川原も橋桁も、何事もなかったかのように明るい夕方の陽を受けていた。漆黒のダークナイトも、闇と共に消え去っていた。

「そ、そうだ。ダンゴはどうなった? 石川さんは? 二人とも無事なのか?」

 麟太郎は二人が転げ落ちた茂みの方に走っていった。と、その目の前に、いきなり巨大な左腕が浮かび上がったのである。

「う、うわぁ。ビックリしたぁ」

 BJの守護獣の一体──ヘブンズ・レフトである。

「人間の子供よ、受けとるがいい」

 宙に浮かんだ左手の上に、吾朗が女生徒を抱いて立っていた。

「いやぁ、助かったよ、左手さん」

 吾朗はそう言うと、恵を抱いたまま、巨大な左手から飛び降りた。

「ダンゴ、ダンゴか。無事か? 石川さんは?」

「うん、大丈夫だよ。石川さんは気絶しているだけだよ」

 麟太郎はそれを聞いて、胸を撫で下ろした。

「では、我は去る」

 そう言い残して、左腕は橋桁の影に溶け混むように消えていった。

「あれ、ダンゴ、お前怪我してるのか?」

 麟太郎の言う通り、吾朗は脇腹に傷を負っていた。

「落ちた時に、木の枝で切っちゃったみたいでね。この特製学ランが無かったら、大怪我になるとこだったよ」

「簡単に言うなよなぁ。また鈴姉ぇが泣くぞ」

「だねぇ」

 と吾朗は他人事のように応えた。それで麟太郎も大した怪我ではないのかと思ってしまった。


 吾朗は、恵を橋桁のところにまで抱いて行くと、地面に下ろした。

 二人は顔を見合わせて、どうしようかと考えあぐねていると、「うーん」とうめいて石川恵が目を開いた。

「あ、あれ? わたし、どうしたんだろう?」

 吾朗は咄嗟に出任せを言った。

「軽い貧血みたいだね。大丈夫? いきなり倒れたからビックリしちゃった」

 恵は、しばらくボーっとしていたが、目の前のしかも至近距離にいるのが、憧れの男性だと気がつくと、ビックリしたのと恥ずかしいのとで、真っ赤になった。

「や、やだ。だ、団君が介抱してくれたんだ。あ、ありがとう」

(わ、わたし、どうしちゃったんだろう。折角団君が来てくれたのに、貧血で倒れるなんて、格好悪いよ。スンゴイ恥ずかしい。どうしよう。わたしのバカバカバカ)

 恵はあまりの恥ずかしさのため、パニックになっていた。

「石川ぁ、大丈夫かぁ」

 麟太郎も、恵を心配してか、そう訊いた。

「か、海堂君? え? 何で」

「何でって、俺達帰り道一緒だから。そうそう、お前の手紙、ちゃんと渡したからな」

「あ、そうなんだ。あ、ありがとう……て、なに? じゃぁ団君わたしの手紙読んじゃったの?」

 吾朗はそう訊かれて、

「ああ、読ませてもらったよ。かわいい手紙だったよ。君、先月も階段で貧血起こして倒れそうになってたよね」

 と、その場を繕った。

「あ、覚えててくれたんだ。その節はどうもありがとうございました」

 石川恵はその場に正座すると、深々と頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそ」

 と、吾朗もつられて正座して頭を下げた。

「石川ぁ、お前ちゃんと飯食ってるか? ダンゴをゲットしたいなら、「勉強教えて欲しいんですけどぉ」なんて、うまく近づかないとダメだぞ。こいつ、顔面偏差値高いから、結構高倍率だぞ」

 麟太郎は、地面にあぐらをかいて、無遠慮にそう言った。

「へっ? え、そうなの? えっと……そうじゃなくって、ええん、もうヤダ、スンゴイ恥ずかしい」

「で、石川、お前告白するの、しないの?」

 結局、麟太郎には他人事である。

「麟ちゃん、だからそういうプライベートな事まで首を突っ込まない。石川さん立てる? 今日はもうすぐ暗くなるから、僕達で送っていくね」

 さっきまでの事を考えると、まだ明るくても、危険なのには変わりがない。それに対して恵は、

「はい、ありがとうございます。って、ええ。どうしよう。わたしから呼び出しといて、送ってまでもらうなんて。そんな厚かましい。いいです。一人で帰れます」

「ダメだよ。夜は君が思ってるより怖いんだから。あ、それはそうと、僕の返事を言ってなかったね。石川さんは僕の事、いっぱい知ってるみたいだけど、僕は君の事をまだほんのちょっとしか知らないんだ。だから、友達から始めよう。いいかな?」

「え? そんな。いいんですか? あ、ありがとうございます」

 恵は真っ赤になって、ようやっと応えた。

「じゃぁ、友達の友達ってことで、俺も友達な、恵ちゃん」

「麟ちゃん、何でそうなるんだよ。恵ちゃんが困っちゃうよ」

 二人から名前で呼ばれて、恵は更に恥ずかしくなった。

「恵ちゃんだなんて、そんな」

「いいじゃん、友達なんだから。だから、こいつの事も『ダンゴ』って呼んでいいぞ」

「麟ちゃん、何でいきなりそこまで飛ぶんだよ」

「いいじゃんか。友達なんだから。な、恵ちゃん」

 恵は恥ずかしいのが一回転してきて、反って落ち着いてしまった。

「あ、はい。じゃあ、『ダンゴくん』って呼んでいいですか?」

 と、勢いでそう言ってしまった。一方、吾朗の方はちょっと頭をかくと、

「いいよそれで。じゃぁ、恵ちゃん、帰ろっか」

 吾朗はそういうと立ち上がって、恵に手をさしのべた。

「あ、はい」

 そう言って、恵も思わず吾朗の手を握って立ち上がった。そして少し斜めを向いて、

「だ、ダンゴくん、ありがとう」

 と、恥ずかしそうに言ったのだった。




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