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漆黒の騎士(5)

 麟太郎達は、窮地の真っ只中にあった。時は夕暮れ。ダークナイトの時間が始まる。人質の石川恵は取り返したものの、ハインド男爵の姦計で吾朗とともに潅木の茂みに落ちたまま行方不明である。

 麟太郎自身もハインド男爵の殺気に呪縛され、身動きがとれない。そこへ男爵の配下の生き人形達が、ぞろぞろと迫り来る。先ほどの吾朗のように、生き人形が麟太郎の手を足を封じて取り押さえていった。

(ちきしょう、もうダメか……)

 麟太郎が死を意識したとき、「さぁ」という音とともに人形達の約半数が、胴体を切断されて、破壊された。

「ぬぉ、こ、これは!」

 ハインド男爵が驚きの声をあげた。そこへ、ハインド男爵の殺気を遥かに上回る鬼気が、一点から放射されているのがわかった。男爵が、驚いて目を向ける。

「この凄まじさ。貴様がBJだな」

 そこには、凄まじい鬼気を放つ、漆黒のダークナイトがいた。夜の闇よりなお暗いその鎧には、きらびやかな紋章とも文字ともとれるような意匠が散りばめられていた。道化を模したその仮面の隙間からうかがえる眼光は、一瞬ではあるがハインド男爵をその場に凍り付けた。

「恐ろしき男よ。その『気』だけで、私を捕らえるとは。リキュエール卿に深傷を追わせただけはある。BJよ、私が貴様を葬ってやろう」

 そう言うと、男爵は手に長槍をとり、構えた。

「ハインド卿よ、男爵クラスのお前では守護獣は操れんはず。何故、死に急ぐ」

 闇その物が発した声のようだった。その問いをどうとらえたのか、生き人形を従えた男爵は、彼らに命を与えた。

「それは承知の上。その代わり私には、この傀儡の術がある。さぁ、我が下部達よ、BJを捕らえよ。押さえつけよ」

 途端に、不気味な生き人形達が、わらわらとBJを捕らえんがため、津波の如く押し寄せてきた。一体何処から出現してくるのか、先程倒された数に倍するほどの人形達が群れ集っては、漆黒の騎士に襲いかかってくるのである。

「数だけでは俺は倒せんぞ」

 BJはそう言うと、その手に持った巨大なジャックナイフを水平に振るった。その一振りだけで、人形の波は寸断され、引いていった。と、思ったとたん、人形達の隙間から紅蓮の炎を帯びた槍の穂先がBJを襲った。

 槍の強襲をBJは寸前で見切ってかわすが、穂先は人形達の隙間をぬって、変幻自在に思いもよらぬところから出現し、黒き騎士を追い詰めるのである。

 気がつけば、また人形達の波が後から後から襲い来る。それを退けても、人形の陰から灼熱の槍の穂先が放たれる。BJの纏ったマントの裾が、いつしかチリチリと煙をあげていた。

「どうした、黒きダークナイトよ。先ほどの勢いはどうした。それとも、自慢の守護獣に助けを求めるか? そうれ、私の槍で塵と化すがよい」

 ハインド男爵の口上があげられるや、紅蓮の穂先は漆黒のダークナイトの胸を貫いたかのように見えた。

「ぬぅ。こ、これは」

 燃える槍の穂先は、寸前でBJの左手に握られ、引くことも押すことも出来なくなっていた。穂先を握りしめた手から煙が上がっている。

「捕らえたぞ、ハインド男爵」

 黒き騎士はそう言うと、ジャックナイフが槍の穂先を切り飛ばした。と同時に、左手の燃える刃を人形達の群に投てきしたのである。その早さは、男爵の槍術のスピードを上回っていた。

「な、何ぃ。き、貴様ぁ」

 人形の群の奥のハインド男爵が驚愕の声をあげた。

「ハインド卿よ。お前の体内異空間の工場に火を放った。もう生き人形は作れんぞ」

 BJは、燃える穂先をどうやってか、男爵に投げ返し、それは彼の下部を産み出す体内工場に放り込まれたのだった。現界に生き残っている人形達も、BJのジャックナイフが容赦なく切り刻んだ。


「うおっ、ちきしょう。やっと自由になったぜ」

 そう言いながら、破壊された人形達の山の中から、麟太郎が這い出してきた。

 橋桁の方を見やると、深紅の甲冑が槍の柄に掴まって、よろよろと立ち上がるところだった。鎧の隙間のあちこちから、白い煙が沸き上がっていた。

「BJ、また助けてくれたのか?」

 生き生きとした少年の言葉に、闇の返した答えはつれなかった。

「たまたま通りがかっただけの事。子供よ、命が惜しければすぐに立ち去るがよい」

 その忠告を、麟太郎は受け入れようとはしなかった。

「そんな訳にはいかないよ。ダンゴと石川さんを助けなきゃ。それに、俺だってハインドには散々な目にあったんだ。男爵だか何だか知らないが、卑怯な手ばかり使いやがって」

 そう言って、ハインド男爵を睨み付けた。

「くっ、我が傀儡の術を破るとは。やはり恐るべき男よ」

 自慢の術を破られた男爵に、麟太郎は罵声を浴びせた。

「卑怯な手しか使えないお前にBJが殺られる訳が無いだろう」

 麟太郎が自由になったのに気にも止めず、ハインド男爵はBJを睨み付けていた。

「これで勝ったと思うなよ。これならどうだ、出よジャービール」

 男爵の声に呼応するように、白銀の大獅子が人形の山を蹴散らして飛び上がった。

「むっ、これはリキュエール子爵の守護獣か」

 男爵と意図と獅子の希望は同じであった。狂暴な牙は、漆黒の騎士ではなく、麟太郎に襲いかかった。まさかとも思われるこの攻撃に、麟太郎の初動は一歩遅れてしまった。制服の少年を鋭い獣の牙が襲う。

 しまったと思う暇もなく、麟太郎は凶獣に咬み砕かれようとしていた。その刹那、黒い刃が麟太郎を救った。麟太郎の目の前で、黒き甲冑が、その手のジャックナイフで獅子の牙を受け止めていたのである。

「捕らえたぞ、黒き騎士よ!」

 ハインド男爵の手から槍が放たれ、BJを襲った。巨大な獅子の牙を受け止めていたBJには、受け止める術は無かった。かといって避ければ麟太郎が串刺しになる。「ガキン」と音がした。槍はBJの脇腹に突き刺さっていた。オイルと血の混じった、赤黒い体液が、槍を伝って人形の残骸に色を与える。

「BJ!」

 叫ぶ麟太郎に、

「子供よ、もう一度言う。ここから去れ」

 と人外の声が発した。

(くっ、俺がここにいると、BJの邪魔になる)

 麟太郎は、自らの力の無さを呪うと共にそこから走って遠ざかった。

「これで、引き分けじゃ。ジャービール、BJを引き裂いてしまえ」

 男爵の命に従ったのか、それがリキュエール子爵の意思なのか、獅子の巨体は、傷ついた騎士を押し潰そうとしていた。

「ギリオン」

 闇が囁いた。漆黒の騎士の窮地を知ってか、これも黒き猛犬が人形達の残骸を吹き飛ばして現れ、BJの動きを封じている獅子の胴体を真横からの体当たりで吹き飛ばした。

 自由になったBJは、脇腹に刺さった槍を抜くと、後ろに放り投げた。カラカラと乾いた音が川原に響いた。

「今度こそ一対一だな。いや、二対二か」

 BJはそう呟くと、右手の巨大なジャックナイフを構えた。

「望むところよ!」

 まだあちこちから煙の上がっている深紅の騎士が、腰の長剣を抜いて上段に構えた。

 その傍らでは、白銀の大獅子と漆黒の猛犬が、互いを見合って唸り声を挙げていた。

 麟太郎は、それをただ遠くに隠れて見ていることしか出来なかった。




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