決戦(5)
今、BJは、城の中枢とも言える、熱核プラズマ炉を眼前に戦闘態勢にあった。炉を守るのはガナード子爵とその守護獣──スネイグル。相対するように、BJの傍らには漆黒の猛犬──ギリオンが付き従っていた。
「ククク、BJ、久しいな。ここにいれば貴様と会えると信じていたよ」
「ガナード子爵か。そこを退け」
囁くような声は、何故か子爵の耳にはっきりと聞こえた。
「それがしをここから退けたいと? ならば戦え。戦いこそが我らの本分。貴様にも分かっておろう」
子爵はそう言うと、腰から長剣を引き抜いた。白く淡く光るその刃はあらゆる物が切断できてしまうように思わせた。
一方のBJは背後に右手を回すと、愛刀である黒光りするジャックナイフを取り出した。折りたたまれていた刃を手で引き越して伸ばす。刃をロックする「パチン」と云う音が、室内に大きく響き渡った。その黒い刃は、歴戦のダークナイト達を倒してきたと云うのに、傷一つなかった。じっと見ていると、その刃を通じて異界にでも吸い込まれてしまいそうな、そんな黒だった。
対するガナード子爵の剣は銀。室内の明かりを反射させ、ギラギラと輝いていた。
「ピエール卿の事は訊かぬのなだ」
珍しくBJが問うた。戦いを前に、対戦者にものを訊くこと事態、彼には稀有なことであった。
「伯爵は自らの使命を全うしたものと理解しておる。それを、それがしがどうこうできるものではない……」
ガナード子爵はそう応えた。
戦いに臨んで、それ以外の感傷は無いと言うのか。しかし、それも「ダークナイト」らしい。彼等は戦うために創造されたのだから……
ガナード子爵は両手で長剣を取ると青眼に構えた。一方のBJはジャックナイフを右手に持って眼前に水平に構えていた。
両者は構えたまま一歩も動かず、静寂が辺りを包んでいた。それは時間の神が時を永遠に止めたような、そんな一コマだった。
そして永劫とも言えるほど時は流れ、その間も二人はじっと構えを崩さなかった。
いや、もしかすると、それはごく短時間の事だったのかも知れない。
一見、二つの影が揺らいだかと思うと、それはまたたく間にその位置を交換した。
「……み、見事。さすがはBJと呼ばれるだけはある」
ガナード子爵はそう言うと、口から赤黒い血反吐を吐いた。
「卿よ、貴様こそ素晴らしい剣技だ。ここで死なずば公爵まで辿り着けただろう」
BJが賛辞を述べると同時に、彼の右手のジャックナイフに無数のヒビが入り、その無敵の刃が砕け散ったのだ。恐るべき剣技であった。
ガナード子爵はその長剣を腰に納めると、何事も無かったかのようにBJの傍らを通り過ぎた。そして、熱核プラズマ炉心を守っている守護獣スネイグルへ近づいた。
巨大な蛇の頭に手を乗せると、ガナード子爵はこう言った。
「お主にも苦労をかけたな。我が守護獣に看取られて逝くのも悪くはない」
子爵がそう言うと同時に、彼の首は水平にズレ、コトンと音を立てて床に転がった。
そして、ガサリと音がして、主従は塵に帰った。
その残骸を見るBJの目はなぜか悲しそうに見えた。
しかし、それも束の間、黒き騎士は熱核プラズマ炉のコンソールに手をかけると、凄まじい速度でコマンドを打ち込み始めた。
ひとしきりキーを打つ音が室内に響いていたが、それも数分の間。BJはコンソールから手を離した。
そして、最後に赤く光る大きなボタンを静かに押すと、炉心のコントロールパネルから離れた。
付き従うは、漆黒の猛犬が一匹。守護獣ギリオンは、BJに付き従い部屋を出ようとした瞬間、影を残したまま消えた。
そして、次に現れた時には、その口に巨大なトマホークを握った腕が咥えられていた。
「姿さえ見えなければ、俺を倒せると思ったか」
BJの話しかけたその向こうには、陽炎のように揺らめく人影があった。
「ば、馬鹿な。この陰形の術を見破るとは……お主、何者だ?」
揺らめく影は、そう質問を発した。
「臆病者に名乗る名はない」
BJは、そう言い捨てると、五指を揃えた抜き手を影に放った。
ズブリと音がすると、影は大量の赤黒い体液を撒き散らせて、床にひっくり返った。
それと同時に陰形の術が解ける。
そこに現れたのは、右手を食い千切られたウースラ男爵の無様な姿であった。
自己防衛本能の頂点を極めた彼は、周囲と同化して、あらゆるセンサーから逃れる術を身につけていたのである。
しかし、それも結局は子供騙し。BJの前にウースラ男爵は敢え無く敗れ去った。
これで、城の幹部級ダークナイトは全て失われた。あとは、暴走した熱核プラズマ炉が亜空間結界の中で爆縮すれば、ダークナイトの前線基地は失われる。
最後のミッションを終えたはずのBJは、どうしてか、何か重いものを肩に背負っているように見えた。そして、黒いマントがひらめくと、黒きダークナイトも、その守護獣も一瞬の内に消え失せ、後に残ったのは時を刻む針の音だけであった。
そして……どこかで、キチッという音が鳴ったような気がした。
それと同時に、日本の地下の何処かで、巨大な炎が光を放ち、そして消えていった……
その日、団式合気術道場では、微かな、しかし、はっきりと感じられる振動が検知された。
その日を境に、ダークナイト達は影をひそめ、人を襲わなくなったという。
しかし、黒い甲冑を纏った騎士は姿を見せず、失われた少年も帰ることは無かったと聞く。
時は西暦2037年、秋の事であった。
(了)