決戦(4)
ダークナイトの城に忍び込んだ謎の少年は、危機のまっただ中にあった。
「そこで何をしている」
そう叱責したのは、ゲール子爵であった。ダークナイトの中でも長身の彼は、身長三メートル五十はあった。
少年の身長と比べると、二倍近くある。子爵の左手には巨大な突撃槍が握られている。これも三メートル以上はあると思われる巨大さだ。これで突き刺されたら、その勢いだけで、人間の脆弱な身体など粉々に吹き飛んでしまうだろう。
一方の少年の武器は、手近の椅子に立てかけてある剣が一振りのみ。人間にとっての長剣は、ゲール子爵にとっては、小さなナイフのように見えたろう。
あと少しで城の熱核プラズマ炉を暴走させられる。そんなタイミングで現れたゲール子爵に対して、少年は為す術は無いかに見えた。
「貴様、誰かと思えば人間の子供か。入り込んだのはBJと聞いておったのに、残念じゃのう」
子爵のこの言葉に、少年は黙ったまま、後ろ手にコンソールを操作し続けていた。
「子供よ、その面は手配書で見たことがあるぞ。貴様、BJの配下の者か?」
ゲール卿は訝しげに少年に問うた。
「どうだろうね」
マスクの少年は、不敵にそう応えた。
「ふっ、答える気はないようじゃのう。ならば、ここで死ね」
轟音とともに巨大な突撃槍が放たれ少年に向かった。
だが、寸での所で少年は槍を避けることが出来た。しかし、コンソールは槍の一撃で破壊されてしまった。あと少しで城のプラズマ炉心を暴走させる事が出来たのに……。
これで、振り出しに戻ってしまった。瓦礫の中をジリジリと移動する少年を、ゲール子爵は、まるで虫か小動物を見るような目で眺めていた。
そして少年が、まだ諦めていないことを察すると、ズカズカと司令室に入り込み、コンソールに深く突き刺さった槍を引き抜いて、肩に担いだ。
「子供よ、お前ここで何をしておった。返答次第では楽に死なせてやることも出来るぞ」
そう言うゲール子爵の言葉には、死以外の選択肢は無いように聞こえた。事実、そうであろう。
「さっきから何を黙っておる。恐怖で声も出ないか」
子爵が嘲るように言った。
すると、謎の少年は、肩を小刻みに震えさせ始めた。
「可愛いのう。恐怖で震えだしたか。うむ、嫌いではない。もっと泣け。叫べ。人間の子供など、我らにとっては小虫に過ぎん。せめて、死ぬまでにもうちょっと面白くしてもらいたいものじゃ」
それに対して、少年は未だ振るえていた。しかも苦鳴まで上げて。
「くっく、くくくくくく……」
いや、少年は泣いていなかった。
笑い声……。この窮地で少年は笑っていたのだ。
「何? 笑っておったのか。あまりの不幸に気がふれたか。それも良い。さて、止めをさそうか」
そう言って、子爵は巨大な槍を再び構えた。
「止め? 出来るのかい。ゲール子爵と言ったか。死ぬのはどちらかな? ……充分な時間稼ぎだった。城の混乱はもう止まらない。そして、お前達の死地への行進も止まらないよ」
不敵に言う少年の態度に、ゲール子爵は少し腹が立つ思いをしていた。
「人間の子供如きが、何をほざいておるか。問答無用。ここで死ね!」
ゲール子爵が、再び巨大な槍を構えた時に、少年は顔の面に左手を当てると、こう叫んだ。
「スイッチ、BJ!」
一瞬のうちに、少年はその姿を黒い甲冑を纏った騎士に変貌させた。
「な、何ッ! 貴様、その姿は」
ゲール子爵が、驚きの声を放った。
「俺はBJ。手配書の騎士だ。最後の数秒くらい、相手をしてやる。来いっ!」
囁きのようなその声は、何故かはっきりと子爵の耳に響いた。
「チョコザイな、この若造が。死ぬのは貴様だ」
子爵はそう吐き捨てると、構えた槍が放たれた。どこにそのような膂力があったのであろうか、巨大な突撃槍は目にも止まらぬ速さでBJを襲った。
ギャイィンという音が司令室に響き渡ると、槍はBJの右手のジャックナイフに跳ね返されていた。三メートル以上はある槍は、回転しながら跳ね跳ぶと、司令室の天井に深々と突き刺さった。
「素手では俺の相手は出来ぬぞ」
BJが不敵にそう言うと、ゲール子爵は、
「それはどうかな、若き騎士よ」
と、余裕の態度を表した。
「命知らずなのか、……それとも」
BJが、珍しく躊躇した。子爵は何か隠し玉を持っている。子爵の守護獣か? 確かに彼は、まだ自身の分身であり、頼もしい相棒である守護獣を召喚していない。では、どこに?
それを気にしてか知らずか、漆黒の騎士は右手のジャックナイフを眼前に構え、隙を見せなかった。
「どうしたBJ。素手の相手は攻撃せぬのか。騎士道精神も良いが、自身をおごると足元をすくわれるぞ」
BJはその言葉にも無関心を示した。そして睨み合って十数秒、BJの姿が揺らめいた。
残像を残して移動する超高速の影を捕らえられるモノはいないかに見えた。そして、ゲール子爵の目の前で実体化したBJの背後を、音もなく巨大な突撃槍が襲った。
一瞬遅ければ、槍はBJを貫いただろう。それを救ったのは、BJの守護獣──ギリオンだった。
岩をも砕くその牙は、旋回しながら突撃する巨大な槍を跳ね返していた。
跳ね飛ばされた槍が、音もなく床に降り立つ。
「まさか、これがお前の守護獣だとはな」
BJがやや驚いたように言った。
「ほう、我が守護獣──ガン・ガニーレンの正体を見破るとは、さすがだな」
ゲール卿が応えた。
そうなのである。巨大な突撃槍こそが、子爵の守護獣であったのだ。天井に突き刺さっていた槍は、音もなく自ら動くと、背後からBJを襲ったのである。
眼前にはゲール子爵、背後には子爵の守護獣。挟み撃ちにされたBJとギリオンは、背中合わせにそれぞれの敵に対峙していた。
先に動いたのは、子爵の守護獣だった。どこに推進装置があるのだろうか、巨大な槍は轟音とともにBJ達を襲った。槍の切っ先は超高速振動と空気との摩擦で赤く焼けていた。穂先が触れただけで、あらゆる物質は分子結合を破壊されて塵に帰るだろう。
その槍を受け止めたのは、第二の守護獣──ヘブンズレフトであった。あらゆる攻撃を防御するその亜空間結界は、見事に突撃槍の攻撃を食い止めていた。
「何と、我がガン・ガニーレンを止めただと」
ゲール卿が驚きの声をあげた。その時、彼に隙が生じた。BJはそれを逃さなかった。
一瞬の内に子爵の眼前に表れると、ジャックナイフの一撃を放った。横一線に薙いだその斬撃は、空間さえ切断するかに思えた。
「ぐ、おおおおぉ」
ゲール子爵が顔を押さえてのけぞった。BJの一閃は、子爵の目を両断したのだ。
視覚を失った子爵の腹に、彼の守護獣の穂先が突き刺さった。槍を捕まえたヘブンズレフトの一撃だった。
「ギリオン、フリージングトルネード!」
BJの命令で、巨大な猛犬は絶対零度の猛吹雪を放出した。子爵の装甲が超低温で凍りつく。収縮率の違いで生じる歪で鎧のそこここにヒビが入った。
「終わりだ、ゲール子爵。ヘルズライト、やれ」
BJが召喚したのは第三守護獣ヘルズライト。その巨大な右腕は高々と拳を振り上げると、子爵へ一撃を加えた。
ミシミシと音が鳴ったような気がした。しかし、それも一瞬の事。凍りついた子爵の身体はヘルズライトの拳で粉々に打ち砕かれたのだ。その残骸の上に、墓標のように彼のマスクがかぶさっていた。
それを一瞥したBJは、すぐに顔を上げると司令室から廊下に走り出た。
BJの頭には、迷路のようなこの城の全てが納まっていた。城の中枢コンピュータをハックして手に入れた情報である。
既に城の情報ネットワークにはウイルスが入り込み、絶え間なく偽情報を送り出していた。ダークナイト達は、偽情報に翻弄され、廊下を急ぐBJを発見できずにいた。そんな混乱の中、BJは城の要であるプラズマ炉を目指していた。傍らには黒い猟犬──守護獣ギリオンが付き従う。
BJが目的地のプラズマ炉に着いた時、先客がいた。それは、とぐろを巻く大ベビ──スネイグルの頭に乗ったガナード子爵だった。
今、決戦の時来る……