決戦(2)
ここ、ダークナイトの居城では、侵入者の探索が続いていた。
「おのれぇ、小童が。どこにおるのじゃ」
探索を任されたウースラ男爵は、焦っていた。警報が鳴り止んでからのち、侵入者の探索が思うように進まないのだ。
BJかも知れない侵入者を放置することは、非常に危険である。早く見つけなければならない。
しかし、見つけたら……、そして、それが噂のBJだったらどうしよう。
自分の実力では、一矢報いることもなく灰にされるだろう。
長い戦闘経験の後、やっとこさ男爵クラスまで登りつめた。強敵と戦い続けることで爵位を上げる、強くなることができる。しかし、一方で、自己保存本能は、確実な死を意味する戦いを避けようとしている。
ウースラは、八方塞がりの状態で、立ち往生していた。
自動生産システムで量産されるダークナイトは、様々なパラメータで初期化された状態で出荷される。
遠距離戦が得意な者。剣技に秀でた者。ステルス性を重視した者。また、ウースラ男爵のように、自己保存本能の強い者など様々である。そうやって、多くのパターンで初期化されることによって、戦場で様々な進化をし、個体としてより強力な戦闘力を得るような仕組みになっているのだ。
今回、ウースラ男爵が生存本能重視タイプであったのは、不幸といえる。BJと戦うことを前提としたなら、その落とし所が皆無なのである。見つければ死。見つからなくても、この城はBJに破壊されて、やはり死。どの方向に進んでも、彼の生存は否定されるのである。
侯爵級と推定されているBJは、男爵級の自分とは、少なく見積もっても千倍以上の戦闘力の差がある。たかが騎士侯クラスを十数人引き連れていようとも、何百体のポーンの援護を受けようとも、戦う以前から勝敗はわかりきっているのだ。
ウースラ男爵は、その性格から、偵察を主な任務としていた。ギャスリン侯爵の部下として、威力偵察を行うことが彼のもっぱらの任務であった。
その意味で、探索任務を任されたのは間違いではない。しかし、今回は相手が悪かった。男爵の戦術電子脳は、パニックになりそうな中で、生き残る方法を必死に探していた。
一方、ガナード子爵は、城の中央指揮所に来ていた。
「グリム卿、城内の検索はどうなっておる」
巨大な三次元ホロモニタの前に座っていたグリム准男爵は、振り返りもせずに、こう答えた。
「現在、城の各区をブロックに区切ってスキャン中だ。じきに分かるだろう。せくな、ガナード卿」
ガナード子爵は、グリム准男爵の抑揚のない機械のようなしゃべり方にうんざりしていた。これなら、城の中枢大コンピュータの音声出力の方が、まだ感情がこもっている。
「侵入者は、あのBJかも知れないのだぞ! そんな悠長に構えているわけにはいかない。探索部隊のウースラ卿からの返事はあったか」
ガナード子爵はグリム准男爵にそう言った。
「ウースラ男爵は今城の最下層部だ。こちらから候補のブロックのマップを転送してある。じきに返事が来るだろう」
グリム准男爵は、電子戦用に特化したダークナイトであった。
自ら手を下すことなく、ポーンやダークナイト部隊を操り、戦況を有利に導いてきた。ガナードは彼の事を快くは思っていなかったが、ギャスリン侯爵の助手であることから、我慢をしていたのだ。自分の手を汚さずに、戦いに勝利など出来るものか。そう、思っていた。
しかし、当のグリム准男爵の方は、何とも思っていないかの如く、機械のようにオペレーションに終始していた。
ダークナイトがそれぞれに不審者を探索している時、BJの姿から変身した少年は、廃棄資材置き場で、何かを探していた。
(ふむ。これとこれが使えるな。後は、入力装置か……)
少年は廃棄された機器の中から、電子部品を拾い出して端末を組み立てようとしていた。
ダークナイトの城も高度に電子化され、各部が情報ネットワーク化されている。今は、その頂点に電子戦統括モジュールとしてグリム准男爵が居座っていた。少年は、彼のセキュリティをかい潜り、城の中枢の一つとも言える、熱核プラズマ炉心をハックしようと考えていた。
炉心を暴走させれば、城は密閉された亜空間結界の中で、核反応を起こして爆縮し、蒸発するだろう。個体レベルで亜空間を操る男爵級以上のダークナイトは個別に脱出できるかも知れないが、その他の騎士侯やドロイドなどは壊滅的な打撃を被るだろう。極東前線地域のダークナイトの進行計画は大きく見直さざるを得ない。人類にとっては、大きな一歩だ。
少年は、そのために、自分の命を賭けようと言うのだろうか……
「よし、組み上がった。端末起動。ネットワークに接続。……プロトコル解析。……駄目か。仕方がない。あれの力を借りるか……」
謎の少年は、そう言うと左手の仮面を顔に当てた。するとどうだろう、顔に張り付いた仮面は怪しく光り始めた。そして、仮面から十数本の淡い光の触手が伸びると、即席の端末の各所に進入するように繋がった。ディスプレイに大量の文字が流れ始める。
少年は、仮面を通じて、端末と生体リンクしたのだろうか。端末は限界近い処理を始め、少年は、直接ネットワークにダイブしていた。
(よし、繋がった。あちこちトラップだらけだな。これを回避して、熱核炉の管理システムに進入する。チャンスは一度きりだ。慎重にやらなくては)
少年はネットワークと全感覚接続した状態で、情報の海を泳いでいた。
その頃、グリム准男爵は、城のネットワークへの侵入者を、感知していた。
「ガナード卿よ、不審者の手がかりだ。誰ぞがネットワークに侵入してきた。しばし、遊んでくる。身体は任せたぞ」
准男爵はそう言うと、椅子に座り直した。グリム准男爵の仮面から青白い光の触手が伸びると、コンソールに潜り込むように繋がった。彼も少年のように、ネットワークにダイブしたのだった。
果たして、少年の脳と、ダークナイトの戦術電子脳は、どちらが優れているのだろうか。
「来た!」
少年がネットワークへの侵入者を検知した時、その目の前に、小柄のダークナイトが揺らめくように姿を表した。
「ほうほう。自分の管理下のネットへ誰ぞが入り込んだかと思えば、小賢しき人間の子供であるか。自分はたかだか准男爵の位であるが、一度電子戦闘となれば、自分の右の出ることなしと言われた、グリムである。子供よ、しばしいたぶった後で、躯となったその身体をウースラ殿に差し上げよう。もっとも、自分と相対しては現実時間で一瞬ではあるがな」
グリム卿は少年にそう言うと、右手を上げた。
手の平から無数の光の糸が吐出され、網と化して少年を絡め取ろうと迫ってきた。
しかし、少年の姿は光の網をすり抜けていた。
「どうした。ネットの密度が粗いぞ。そんな事で僕は捕まらないぞ」
少年は不敵にそう言った。
「ほう、なかなか出来るな。では、一秒程度、時間をかけてみるか」
グリム卿はふてぶてしくそう言った。
「その一秒が命取りになるぞ。これを見ろ」
少年が指さした先に、テレビモニタのようなものが浮かび上がると、その画面に城内の何処かの廊下が映しだされた。
そこには、廊下を疾走する黒い鎧の姿が写っていた。
「なに! あのダークナイトは、BJか。やはりヤツもこの城に乗り込んでおったのか。子供よ、貴様はBJの手の者か?」
驚愕するグリム准男爵は、BJの居場所を特定すると、非常回線でウースラ卿とガナード卿にデータを送った。
「ふむ。これでBJと言う無頼の輩もお終いなのだ。少年よ、もう一秒ほど遊んでやるか」
勝利を確信しているグリム卿に対して、少年は挑むようにこう言ったのだ。
「それだけでいいのか」
その時、四方八方にモニタが現れると、同じように疾走するBJの姿を映し出した。
「何っ! ネットワークに偽情報を流したというのか。子供よ、貴様なかなかにやるのう。人間の脳をタンパク質で出来た豆腐の塊と軽んじていたが、自分の戦術電子脳に劣らぬ情報処理をするとは……。これほど自分を手こずらす者は二百五十年ぶりか。楽しいな、子供よ。もう一秒だけ時間をやる。自分を超えて見せろ」
「その自信が、命取りになるぞ……」
少年はつぶやくように、そう言うと、彼の周囲に光がスバルのように現れ多数の輝きの中心から光の矢がグリム卿に向かって打ち出された。それは、様々な軌道をとって、准男爵を襲った。
それをグリム准男爵は、マントを翻して防いだ。
「高密度の電子データの矢か。よい攻撃だ。でも、それならば、こうしなくてはならん」
卿がそう言って、再度マントを翻すと、少年が放ったような光の矢が無数に飛び出した。超高密度の電子データの矢は、少年の周囲で爆発すると。彼のデータに干渉し、破壊しようとした。それを、少年はギリギリのところで交わして、位置を変えた。
「位相を変えたか。ふむ。思った以上に手強いな。楽しいぞ、子供よ」
グリム卿は、他のダークナイトが実戦を好むように、この電子戦を楽しんでいた。彼にとっては、この仮想現実こそが現実であった。
果たして、少年はこの窮地を生き延びる事が出来るのか? そしてBJは?
ネットワークの仮想現実で、戦いは続いていた。