表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/52

昼に見る月(2)

 BJは今、窮地に陥っていた。


「ははっははっはは、エレバインのブレインジャマーは、ダークナイトの頭脳である、戦術電子脳を直接破壊する。如何なお前でも、逃れる事は出来んぞ」

 ギャスリン侯爵は、自分の勝利を確信し、悦に浸っていた。

 対するBJは、片膝を地面についたまま、動けないようだった。

「ぬぅぅぅぅ、まだ倒れぬか。しぶとい奴よのう。このブレインジャマーを浴びて、こんなにも長く耐え切ったのは、お前が初めてよ。ククク。BJよ、苦しいか? その苦しみ、わしが終わらせてやろう」

 そう言って、ギャスリン侯爵は、長剣を手に、BJに近づいた。侯爵が剣を振り下ろした時、奇蹟は訪れた。


 キン


 という鋼のぶつかり合う音が、静まった泡の壁を揺らしたようだった。ギャスリン侯爵の剣は、BJのジャックナイフに受け止められていた。


「な、なにぃ。バカな。ブレインジャマーをこんな長時間浴びて、なお動ける者などわしは見たこともないぞ。お前、ただのダークナイトではないのか!」

 ギャスリン侯爵が狼狽している一方で、BJは異様な色彩の光を物ともせず、立ち上がった。

「俺の名はBJ。ただそれだけだ」

 そう言って佇む黒い鎧は、発掘されたばかりの太古の彫刻のようであった。

「う、嘘だ嘘だ嘘だ! わしのブレインジャマーが効かぬなぞ、あるはずがない。たとえ公爵級のダークナイトでも、死に至らずとも発狂しているレベルだぞ。お主のその脳はダークナイトの物ではないな。お前、誰に創られた」

 動揺する侯爵の問を無視するように、BJは自身の守護獣に命令を下した。

「ヘルズ・ライト、あの目障りな光を叩き潰せ」

 すると、空間が一瞬よじれ、その中心から鋭い爪を持った巨大な右腕が現れた。

「ヘルズ・ライト、過重力破砕弾」

 黒き騎士が静かに告げると、毛むくじゃらの右腕は、その拳を侯爵の守護獣に叩きつけた。触手を生やした円盤は、不快な響きの鳴き声を上げると、その中心部から無数のヒビが走った。そして、そのまま地上へと落下してきたのだ。

「エレバイン! おのれぇ、BJめ。よくもわしの大事なエレバインを」

 ダメージを受けた不気味な円盤状の守護獣は、地の上で不気味な触手を苦しそうにうねくらせていた。無数のヒビからは、青黒い煙が瘴気のように漏れ、立ち上っていた。

「これで、さっきの光線は使えまい」

 若き騎士は、その場から怪鳥のように飛び上がると、侯爵の頭上に飛来した。そのまま、頭頂へナイフの刃を打ち下ろす。一瞬の虚を突かれたが、ギャスリン侯爵はその太刀の一閃で、ナイフを振り払った。

 だが、この時誰もが目を疑った。巨大で厚みのある鋼の長剣が、大きいとはいえ、ジャックナイフでその中程から切り裂かれたのだ。ギンという音は後から聞こえてきたように思えた。

「バカな! この剣は、特別によりすぐって鍛えたもの。この四千年間、刃こぼれ一つ無かったものを、どうやった」

 ギャスリン侯爵は、明らかにうろたえていた。

「ギャスリン、お前の負けだ。今退けば、首まではとらん」

 BJの情け容赦の無い言葉が、ギャスリン侯爵を激昂させた。たかが、若造一人に、己のとっておきの決め技を破られ、自慢の愛刀を切断されたのだ。ダークナイトにとって、これほどの屈辱はない。ましてや、侯爵級のギャスリンには、この仕打はハラワタが煮えくり返るものに違いない。

「お前にバカにされたまま、おめおめと生き恥を晒す気はないわ。わしの刀の錆となれ!」

 侯爵は、折れた太刀を振りかぶると、BJめがけ振り下ろした。BJも返す刀でギャスリン侯爵を襲った。

 二つの影が交錯して、また離れた。

 次の瞬間、BJのマントの裾が、散り散りになって裂けてた。しかし、苦鳴を上げたのは侯爵の方であった。

「くぅわぁぁぁぁぁ、おのれBJぇぇぇぇ」

 ギャスリン侯爵の両腕は肘から先を切断されていた。

「ギャスリン、もう終わりだ。大人しくしろ」

 BJが不敵に声をかけた。

「ぬぉぉぉぉぉ、何処までもわしを愚弄するかぁ。こ、このような恥をかかされたのは初めてじゃ。許さぬ。絶対に許さぬぞ!」

 ギャスリン侯爵が怨嗟の声を放った。それが侯爵のナノマシンにどう反応したのか、侯爵の切断された腕の根本がウネウネと不気味に動き出したのだ。そして、それは鋭い短槍へと変形した。

「たとえ刺し違えようとも、お前だけは許せぬ。覚悟しろBJ」

 ギャスリン侯爵は、新たに生えた槍を漆黒の騎士に向けると、突進して行った。迎え撃つBJは、ナイフを左手にした自然体。誰もが侯爵の死を予感した。

 と、その時、突然二体のダークナイトの間に割って入ったモノがあった。侯爵の守護獣──エレバインであった。

「うぉぉ、エレバイン。何故、わしの邪魔をする!」

 主人の命令を違えた守護獣は、BJのナイフを受け、瀕死の状態であった。

 更に侯爵の残りの守護獣も、勝手に現れ、侯爵を護る行動に出たのである。

「ハルピヨン、離せ。わしはまだ戦える。ヴァイタンも邪魔をするな。お前の速度ではBJは捕らえられん。何故だ、何故わしの命が聞けぬ。どうしてだぁ」

 ギャスリン侯爵の守護獣に阻まれ、BJの刃は侯爵には届かない。黒き騎士は後退って、距離を取ると、

「守護獣に助けられたな。興が冷めた。ここはお前の守護獣に免じて、命だけは助けてやろう。さらばだ、ギャスリン」

 と言い残して、虚空に消えた。

「待て、待たぬかBJ。もう一度わしと戦えぇ。BJぇぇぇぇぇぇ」

 侯爵の声が虚しく泡の中に響いた。

「おのれBJ。今日の事、わしは忘れぬ。生涯忘れぬぞ。お前の首、如何な方法をとってでももらうぞぉ」

 ギャスリン侯爵は、そう言い残すと、空中に現れた黒い渦に飲み込まれるように消えた。

 それと同時に、麟太郎達を捉えていた泡の牢獄も、正に泡が弾けるが如く消え失せたのだ。

「おお、やっと自由になった。しっかし、やっぱBJは強いよなぁ」

 自由を得た麟太郎が、BJを讃えた。

「……あれが、侯爵級のダークナイト同士の戦いか」

 麟太郎の伯父、海堂武史も、駐屯地の隊長である渡辺も呆然自失していた。


(あんな化物とどう戦えと言うのだ)


 一部始終を見ていた自衛隊員達は、誰もがそう思った。そう思わせるだけの戦いだったのだ。

「彼等から見れば、ホワイト・クロスなど、オモチャに過ぎん。ダークナイトとまともに戦えるのは、やはりダークナイトでなくてはならんのか……」

 渡辺一佐は、我知らず、そう呟いていた。


「強すぎる。これが侯爵級か。以前の伯爵や子爵とは遥かに違う強さだ。桁違いと言っていい。更にその上に公爵がいるというのに。わしらは無力じゃ。あまりにも無力じゃ」

 麟太郎がはしゃぐ後ろで、弦柳は悲壮とも言える言葉を発した。


「そうだ、吾郎くんは?」

 武史は、はっと気がつくと、辺りを見渡した。吾郎は、麟太郎と一緒にさっきの戦いの様子を話していた。

(やはり、BJは吾郎くんではないな)

 武史は安心して、胸をなでおろした。と、突然背後に気配を感じて、武史は思わず振り返った。

 そこにいたのは、隊長の渡辺一佐であった。

「なんだ、渡辺か。脅かすなよ」

「海堂、あれが俺達の敵だ。あんな奴と戦わねばならんのだ。これがどういう意味か分かるか」

「あ、ああ……」

「俺は、確実に死ぬと分かっている戦場へ、部下達を送り出さねばならんのだ」

 渡辺の顔は鬼のような形相になっていた。

「何故BJは、あんなにいい加減な戦いをするんだ。何故、ダークナイトに止めをささん。強力なダークナイトが一体減るだけで、何百、何千の命が救われる。あれだけの力が手に入るのなら、俺は悪魔に魂を売っても構わん」


 渡辺一佐の握りしめた拳からは、血が滴り落ちていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ