表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/52

漆黒の騎士(3)

 翌日はよく晴れていた。窓から差し込む日差しを受けて、麟太郎は目を覚ました。

「ふぅわぁ。よく寝たぜい。さぁて、朝飯でも喰ってガッコ行くかぁ」

 昨日あんな目に遇ったのに、もうすっかり平気な顔をしている。やはりこの少年はただ者ではない。

 麟太郎は服を着替えると、適当に顔を洗って、キッチンに来ていた。

「お袋ぉ、メシはぁ」

 と、如何にも眠そうにキッチンの母親に聞くと、脇のテーブルにどっかと腰を下ろした。

「何だい、麟太郎。本家の吾朗ちゃんは、もうとっくに起きて、道場で修練をやってたわよ。あんたも少しは見習いなさい」

 麟太郎は、こう言われると、

「へいへい、分家の麟太郎君は、どうせ怠け者ですよ」

 と、横柄に応えた。

「それより、朝飯はぁ。何か喰えるモンくれよ」

 それに対して母親は、

「そこにお粥があるから、とっとと喰っちまいな」

 と、言い捨てた。分家とはいいながら、団の家と道場で育った母親である。中年に差し掛かっているとはいえ、その辺のチンピラなど一捻りで倒してしまう。

「ええぇ。こんなんじゃ何の足しにもならねぇよ。もっとガッツリくる喰いもんは無いのかよぉ」

 不平を言う麟太郎に、

「そんなもんが有ったら、とっくに喰われてるよ。食事は粗食にして腹八分目。これがいいのさ」

 そう言われては麟太郎も仕方がないと思ったのか、鍋の中に残っていた粥をドンブリに目一杯につぐと、食べ始めた。合間合間に梅干しをかじりながら、麟太郎は朝食を採っていた。


 文句を言いながらも粥を喰い尽くすと、麟太郎は鞄と上着を取りに部屋に戻った。自室の引き戸を開けると、そこにいたのは吾朗であった。

「やぁ、勝手に上がらせてもらってるよ」

「何だ、ダンゴか。どうしたんだ?」

 と、麟太郎は不思議がって訊いた。

「これを持ってきたんだ」

 吾朗に言われて渡されたのは、いつもの学ランであった。ただし、重さが尋常ではない。

「何だ、お前、コレすっげぇ重いぞ。何なんだよ」

「護身用にプロテクトスーツを作ったんだ。重さは5キロくらいかな。特殊アラミド繊維と衝撃吸収ゲルで、9ミリNATO弾も蚊に刺されたようなもんだよ」

 麟太郎は、

「何でそんなもん着なきゃならないんだ?」

 と、吾朗に訊いた。

「昨日の今日だからね。いつまたダークナイトに襲われるか分かんないから。それに、麟ちゃんは、それくらい平気で着こなせるだろうし、修練にもなるからね」

「そんなの要らねえよ。ただでさえ粗食で腹が減るのに、こんなもん着てたらあっという間に餓死するぞ」

「大丈夫だよ。僕だって着てるし。……ダークナイトはあれで執念深いところがあるからね。殺し損ねた麟ちゃんがいつ襲われても不思議じゃないよ」

 ダークナイトの事を言われては、麟太郎も反論できない。言われるままに、改造学ランを着込んだ。

「あれ? 思ったより重くないな。腕も肘もよく曲がるし。ホントにこんなんで大丈夫なのか?」

「肩とかで重さが分散するようにしてるんだ。まぁ、大丈夫かどうかは運しだいだね。頭をかじられたら一巻の終わりだからね」

 と、吾朗は笑いながら答えた。

「ふぅん。器用なもんだな。昔っから思ってたけど、ダンゴって結構色んな事こなせるよな、勉強以外にも」

「ははは、喧嘩じゃ麟ちゃんに敵わないけどね。……あ、そうそう。これ鈴華さんから」

 と、吾朗は重箱のような風呂敷包みを麟太郎に渡した。

「今日のお昼だよ」

「やった! 今日のおかずはなぁにかな? 昼休みが楽しみだな、こりゃ」

 ダークナイトが出現するようになってから、学校などでは子供達を日が暮れる前に帰さないとならなくなった。そのせいで、週5日制では十分な学習時間が確保出来なくなった。そこで文部科学省と教育委員会は、週6日制を取ることにし、午後の授業は早く切り上げる処置をとったのである。今日は土曜日だが、午後も授業がある。制度変更の前後は色々と議論されたが、実施してみれば、慣れてしまうものだ。小学校のころは、二人とも不平不満を言っていたが、今では「これが普通」と、何の問題もなく学校へ通っている。

「オッシャ、ダンゴ、早くガッコ行こうぜぃ」

「学校に行っても昼休みはすぐには来ないよ」

「早弁するに決まってんだろう」

 吾朗は、「やっぱり」と言うようにため息をつくと、

「やっぱりそう来るよなぁ。弁当、二段になってるから。上が早弁用だよ」

「オシ。やっぱ、鈴姉ぇは俺の事よく解ってるよなぁ。愛してるぜ、鈴姉ぇ」

 これには吾朗も少し「むっ」としたが、学校でも優等生で通っている吾朗には、早弁をするような勇気は無かった。

「だったら、昨夜の約束通り、ケンカとかもう無しだからね。巻き込まれる僕の身にもなってみろよ」

「へいへい、解ってますって」

 と、麟太郎は弁当の包みを受け取ると、呑気に玄関に向かうのだった。

「麟ちゃん、鞄を忘れてるよ」

 麟太郎は、そう言われて、慌てて部屋に返って来た。

「全く、君と言ったら……」

「しょうがないだろう。教科書には鈴姉ぇの愛情は詰まって無いモン」

 吾朗は「やれやれ」と思いながら、麟太郎と共に学校へ向かった。



 麟太郎は学校に着くと、さっさと自分のクラスに行き、ドッカと椅子に座った。麟太郎の席は窓際の一番後ろであった。

「あ~あ。メンド臭いなぁ。授業なんてさっさと終わらないかなぁ」

 などと、相変わらず不平を言いながら、窓の外を眺めていた。

 そこへ、モジモジしながらやってきた女生徒がいた。

「あ、あのう……か、海堂君、こ、これ」

 と、そう言いながら差し出されたのは、ピンクの可愛らしい封筒であった。

(あ、あれ? もしかしてラブレター? お、俺に?)

 麟太郎でも女子からラブレターを貰えるとなると、嬉しいものだ。顔がにやけそうになるのを押さえて、女生徒に答えた。

「な、何だよ、石川」

 そう呼ばれた女生徒――石川恵は、真っ赤になりながら封筒を麟太郎に渡した。

「こ、これ、俺に?」

 そう言われて恵は、真っ赤になって下を向いていた。

「あ、あのう、海堂君……これを団君に渡してくれないかなぁ」

(あっ、そゆこと。まぁ、ちょびっとだけ期待してたのに)

「ラブレターくらい自分で渡せよ。ダンゴだったら快く受け取ってくれると思うぞ」

 そう言われた恵は、

「そんなぁ、出来ないよぉ。恥ずかしくて……」

「俺なら構わないのかよ」

「か、海堂君、い、いつも団君と一緒だから。休み時間の時で良いから、渡して。お願いっ」

 恵はそう言って、封筒を麟太郎に押し付けると、走って逃げて行ってしまった。

「お、おい、待てよ。って、もういないや。やれやれ、ピンクの可愛い封筒さん。おや、何かいい匂いがするなぁ。俺の相棒はモテるよなぁ。いいよぉだ。俺は鈴姉ぇ一筋だから」

 と、そう言うと、封筒を机にしまった。


 あともう少しで予冷が鳴る。今日も気怠い授業が続くんだろうなぁ、と麟太郎はこの時思っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ