六人目の騎士侯(4)
六人目の騎士侯──DK6は、今、深い森の中に隠れていた。
「団優奈を殺す! 殺す、殺す!」
DK6は、まるで念仏を唱えるように、それだけを呟いていた。
日暮れまでには未だ時間がある。DK6の戦術電子脳は、如何にして優奈を探し出し、殺すか、それだけを考えていた。
一方、団優奈は、定例の華道教室に来ていた。優奈は、華道の師匠として、公民館の小部屋で近所の若い女性たちにお華を教えていたのである。
「団優奈とは未だ連絡がとれないか?」
交番の駐車場に停車している装甲トラックの中で、自衛官が右往左往していた。
「くそっ、何で幹部連中は、こんな重大なことを今まで黙っていたんだ。優奈さんに連絡はついたか?」
「どうも携帯をマナーモードにしているようで、連絡がつきせん」
「仕方ない。伝令を出せ。どんな事をしても、団優奈を護るんだ。ホワイト・クロスはいつでも出せるようにウォームアップを開始」
「了解」
優奈が切り落とした腕から再生したダークナイト──DK6がこの町に侵入している。この情報が、現地の臨時駐屯所に回ってきた時には、時刻はもう三時を回っていた。後数時間で日暮れだ。しかも、天気は曇り空。陽が沈みきっていなくてもDK6が動き出すかも知れない。何としても優奈を早く保護しないとならない。
一方、麟太郎と吾朗は、学校から家へ帰るところだった。
「あ、麟ちゃん。今日、母さんの華道教室があるから、僕は荷物持ちとかの手伝いに行くよ。麟ちゃんは、先帰ってて」
「おう、分かった。あ〜あ、華道教室かぁ。うちの母ちゃんも、ダンゴの母ちゃんくらいお淑やかになってくんないかなぁ。母ちゃん、毎朝、グーで殴って起こすんだぜ」
「それは麟ちゃんが早起きすればいいだけじゃないか」
「そりゃそうだけど、あれでも姉妹かねぇ。信じらんねぇよ」
と、麟太郎はボヤきながら、吾朗と別れた。
吾朗が、華道教室の行われている公民館に着いたのと、伝令の自衛官がバイクでやって来たのはほぼ同時刻であった。
「何かあったんですか?」
吾朗が不信気に自衛官に聞いたが、彼は、
「緊急事態だ。優奈さんがダークナイトに狙われている」
と、それだけを言うと、公民館に駆け込んだ。吾朗は、一瞬呆気に捕らわれたものの、尋常な事態では無いと悟ったのか、自衛官に着いて、公民館へ駆け込んだ。
伝令の自衛官は公民館の小部屋のフスマをいきなり開けるなり、室内を見渡した。
「団優奈さんはいますか?」
と、奥に座っていた優奈が返事をした。
「あらあら、どうしたのですか? その服装は自衛隊の方ね。何か起こりましたか?」
おっとりとした優奈の口調に自衛官は一瞬、呆気にとられたが、現状を知らせるため、早口で説明した。
「先日、優奈さんが回収して下さった、ダークナイトの腕が未だ生きていて、暴走を始めたのです。腕のサンプルは戦術機ホワイト・クロスの実験機を乗っ取ると、優奈さんを殺害するために研究所を逃走しました。現在、この町にまで侵入して来ています。いち早く帰宅して下さい!」
「あらあら、それは大変ねぇ。切り方が荒っぽかったかしら」
と、優奈はいつもの調子でおっとりと答えた。
「そんな悠長な事は言ってられません。緊急事態なんです」
「それは、困りましたねえ。未だお教室の途中ですのに。……皆さん、この方の言うように、ダークナイトが町に入り込んだようですの。大変申し訳ないのだけれども、今日のお教室は、ここまでとして宜しいかしら」
公民館で華道を習ってた女性達は、顔を強張らせると、
「優奈先生が狙われているなんて。それは緊急事態だわ」
「事情は分かりましたから、優奈先生は、お早くご帰宅なさって下さい」
「あらあら、申し訳ありませんわねぇ。では、皆さんも、お気を付けてお帰りなさって下さい。ではお片付けをいたしましょう」
それを聞いた自衛官は、
「そんなにもたもたしていられないのです。今日は曇り空で、もうすぐ暗くなります。お早くお支度を」
と、優奈を急がせた。すると、生徒側から、
「先生。お片づけは私達でやりますから、お先にご帰宅下さい」
という言葉が返ってきた。
「そうですかぁ。申し訳ありませんねぇ。では、今日は、先にあがらせていただきますね。それでは御機嫌よう」
「優奈先生もお気を付けてお帰り下さい」
そうして、優奈は隣の小部屋へ移動した。自衛官もようやく到着した吾朗も、着いて行った。
「あのう、これから着替えをするのだけれど、もし、よろしければ席を外していただけないかしら」
ニッコリと笑う優奈のその言葉に、自衛官は、
「し、失礼しましたっ」
と言って敬礼をすると、吾朗と一緒に廊下に出た。
「君は優奈さんの息子さんかい?」
自衛官に訊かれて、吾朗は、
「はい、そうです。団吾朗です」
「優奈さん……お母さんは、いつもあんな調子なのかい?」
と、自衛官に訊かれて、吾朗は、
「はい、だいたいあんな調子です。でも、合気の腕は確かです。お祖父さんを除けば、次に強いのは、多分母さんでしょうね」
「済まないな。君達には迷惑ばかり掛けて。縦割り行政の悪癖なのか、情報の連携が上手くいって無くてね。我々がもっとしっかりしなくてはならないのに」
「いえ、知らせてくれて助かりました。今からなら、陽のあるうちに帰れます」
「そうかい。ありがとう」
と、二人は会話を交わしながら、優奈の支度を待っていた。
しばらくすると、和服から洋服に着替えた優奈が出てきた。
「お待たせしました。では、参りましょうか」
「母さん、荷物とか僕が持ちますから」
「あら、そう。じゃぁ頼もうかしら。これとこれ、お願いね」
優奈はそう言うと、二つの紙袋を吾朗に手渡した。
「お宅までは、自分がお送りしますので」
「それは、わざわざご苦労さまです」
優奈のおっとりした受け答えに、自衛官は「本当にこんな女性がダークナイトから剣と腕を奪ったのか」と訝しんでいた。しかし、いずれにしても、優奈はDK6とコードネームをつけられたダークナイトに狙われている。何とか無事に帰さないとならない。
三人が歩いて団家までの道を歩いていると、道路の向こうにカゲロウが揺らめくように立つ人影が見えた。時刻は夕暮れ時。空は雲が太陽を隠し、陽光を遮っていた。
「くそうっ。間に合わなかったか! 本部、本部、応答せよ。DK6と遭遇した。支援を要請する。DK6と遭遇。至急、支援を要請する」
自衛官は無線で状況を知らせると、
「お二人は自分が守ります。ですから、今のうちに早く避難を」
「あなたはどうするのですか?」
優奈が相変わらずのおっとりした口調で訊くと、
「自分も、自衛官──日本男児です。大和魂を見せますよ」
自衛官はそう言って、バイクにまたがると、ゆっくりと近付いてくるDK6へと向かっていった。
自衛官のバイクが突っ込んで来るのに対し、DK6は両肩に機銃のような筒を出現させると、バイクに銃撃を放った。いくつかの弾丸が、突進するバイクと自衛官に命中した。
「行っけぇぇぇぇ」
血飛沫を散らせながら、バイクはDK6に体当たりをした。その瞬間に大爆発が起こった。
「と、特攻をするなんて。なんて事を……」
と、吾朗は、呆けたように呟いていた。
「行きますよ、吾朗」
「でも、自衛隊のおじさんが……」
「分かっています。あの方は私達を逃がすための盾になったのです。ですから、行くのです。あの方の死を無駄にしないために」
母子が動く前に、爆発地点で蠢く物があった。DK6である。しかし、その動きは鈍いものとなっていた。
「今のうちに。急ぐのです、吾朗」
「分かりました」
吾朗はこう応えると、先を急ぐ母を追いかけたのだった。