六人目の騎士侯(3)
川原を戦場として、2機の戦術機──ホワイト・クロスは、真のダークナイトと化したDK6と対峙することとなった。DK6はガナード子爵から手渡された永久機関を体内に取り込んだのだ。その永久機関は、事実上、無制限の出力を、その体躯と装甲のナノマシンマテリアルに送り込んでいた。
「ブラボーリーダーより、ブラボー2、及び各隊員へ。本部隊はこれより対ダークナイト戦に移行する。狙撃部隊は対アーマライフルの弾体を三式徹甲弾に換装。後方部隊は、ロケット弾を発射準備。各員いつでも発射できるように。ブラボー2は本機と共に近接戦闘に入る」
「ブラボー2、ラージャー」
「行くぞ」
戦術機部隊の隊長は、状況を的確に捉えていた。新たなダークナイトが再びこの場を去った以上、これ以上の干渉は無いに違いない。それを踏まえた上で、DK6の殲滅にのみ、全戦力でもって対抗しようと考えたのである。
リーダーの指示は、戦術機1機を失って、精神的に崩壊しつつあった部隊に、活力を与えた。
2機の戦術機は、両腕の高周波ブレードで、DK6に近接戦闘を挑んだ。これに対し、DK6も、両の腕から高周波ソードを伸ばすと、戦術機の攻撃を容易く受け止めていた。刃と刃が合わさる度に、戦場に甲高い音が木霊した。
何回かの切り合わせに対し、DK6は2機の戦術機の同時攻撃を難なく受け止めていた。自立した人工知能で動くDK6の方が、機動力と反射速度で戦術機を上回っていたのである。
「ブラボー2、一旦後退。銃撃を行う」
「ラージャー」
2機の戦術機の至近距離からの銃撃を、DK6は揺らめくように身を翻して避けていた。
「ブラボー2、武装ユニットをパージ。少しでも軽くしないと、ヤツのスピードに追い付けない」
「ラージャー。バックパック、パージします」
ボシューと音がして、戦術機の背部武装ユニットが強制排除された。
「ほう、あの指揮官、中々に思い切った闘い方をするのう。同じような機体でも、パイロットによって、戦闘力に違いが出るのだのう」
「御意にてございます、閣下。擬似ダークナイトに永久機関を与えただけですが、騎士侯クラスに近い戦闘力を持つあ奴と、ほぼ互角の闘いをするあたり、ここの人類の兵器も侮れませぬなぁ」
戦術機の戦闘を眺めていた、ピエール伯爵とガナード子爵は、そう言葉を交わしていた。
「うむ。中々に良い宴だ。我輩の血も滾るわ」
「では、我々も?」
「いや、今宵は高みの見物としようぞ。さて、この地球人類の兵器よ。どれ程の実力か、とくと見せてもらおうぞ」
ピエール伯爵とガナード子爵の見守る中、川原では戦闘が続いていた。バックパップをバージし身軽となった戦術機は、徐々にではあるが、DK6を追い詰め始めていた。
「ブラボー2、一旦退避。狙撃班、DK6の足元を狙え。やつの動きを抑えるんだ。撃ち方始め」
「ラージャー、撃ち方始め」
リーダーの命令で、待機していた狙撃班が、対アーマーライフルでDK6を狙い撃ちした。足元を銃撃され、DK6の動きが鈍る。
「よし! ブラボー2、続け。アタック」
「ラージャー。アタック」
動きの鈍ったダークナイトに2機の戦術機は、一か八かの特攻をかけた。戦術機の高周波ブレードがDK6の両の胸を貫いた。戦術機は、そのまま目標を地面に押し倒すと、DK6を貫いたブレードで、地面に固定したのである。
「よし、ブラボー2、ブレードをボルトアウト。急速離脱」
「ラージャー」
「砲撃班、全力集中砲火。撃ち方始め」
リーダーの指示で、後方部隊から、無数のロケット弾がDK6に集中砲火を浴びせた。これだけの火力を一度に浴びたのであれば、如何にダークナイトといえども、無事では済まされないはずである。部隊の全員がそう思っていた。高みの見物をしている、ピエール伯爵達でさえ、そう思っていた。
だが、DK6は驚くような方法でこの窮地を回避した。
地に縫い付けられたDK6の胸前に、黒い渦巻状の空間が現れたのである。
「何! 亜空間ゲートか」
部隊の指揮官は驚愕した。DK6に向けて発射された全弾が、亜空間ゲートに吸い込まれたのである。そして、それは一瞬後に現れた上空の亜空間ゲートから、部隊に降りそそいだのである。
バックアップ部隊のあちこちでロケット弾が炸裂し、死傷者を出していた。戦術機の指揮官は、その様子に呆気にとられていた。
「ば、バカな。このような方法で、あの集中砲火を回避するなんて……」
バックアップ部隊は、事実上の壊滅状態にあった。これで、もう後方支援は期待できない。残った戦力は、戦術機が2機のみ。しかも、これまでの戦闘で電力も消耗し、武装ユニットもパージしてしまい、今は無い。しかも、周りは亜空間結界で囲まれ、期待していた夜明けの陽光も射す気配が無い。事実上の敗北であった。これ以上の戦闘は無意味である。
「ブラボー2、後退。作戦は失敗した。直ちに撤収する」
「こちら、ブラボー2。リーダー、撤収すると言ってもどこへ? 周辺は亜空間結界で囲まれて逃げ場がありません」
「DK6の目的は『団優奈』だ。我々が手出しをしなければ、そのまま通り過ぎるはずだ」
「それは憶測でしかありません」
「撤収する! ブラボー2、復唱は!」
「了解、て、撤収します……」
2機の戦術機はDK6から離れると、壊滅した後方部隊の撤収支援に入った。
「ほうほうほう。中々に面白い戦い方をする。オモチャに寄生しただけの紛い物と思っておったが。まさか、あのような方法で危機を脱出し、しかも敵軍を壊滅状態に陥れるとは。我輩ですら思いもよらなかったわ。この宇宙も中々に捨てたものでは無いのう」
ピエール伯爵は、珍しく感心していた。
「それがしにも思い付きませなんだ。まだまだ修行が足りませぬ」
「今宵は、希に見る良い闘いであった。ガナード卿よ、記録は取っておるな」
「御意」
「では、今日は新たなダークナイトの誕生に祝福を贈ろう。この地球の軍隊もよく戦った。彼等にも祝福を。では、ガナード卿よ、帰るとするか」
「は。分かりました、閣下」
ガナード子爵は、そう答えると、その身にまとっていたマントを翻した。
川原を眺めていたダークナイト達が亜空間ゲートの先に消え去ると、周りを覆っていた亜空間結界が解除され、眩しい陽光がきらめいた。
「結界が解除された」
「助かった……のか?」
いつしか、地面に縫い付けられていたDK6も、その姿を消していた。
「こちらデルタ1。ブラボー、応答せよ」
亜空間結界の解除に伴って通信が回復したようだ。
「こちらブラボーリーダー。作戦は失敗した。撤収支援を要請する」
「こちらデルタ1、了解。直ちに支援部隊を送る。大丈夫か? 被害状況は?」
「こちらブラボーリーダー。作戦中にダークナイトの介入があった。DK6はダークナイトから永久機関を贈与され、更に強化された上に、逃走を許した。本小体は戦術機1機をロスト。バックアップ部隊も、ほぼ壊滅状態だ。多数の死傷者がいる。早く医療班を寄越してくれ。繰り返す。作戦は失敗。DK6は逃走した」
事態は最悪の状況に向かいつつあった。これでは、今日の日暮れには、DK6は、団優奈と接触してしまうだろう。
「団優奈、殺す。殺す殺す、殺す!」
戦場であった川原には、DK6の怨嗟のような叫び声が残っているように思えた。