六人目の騎士侯(2)
団優奈に切り落とされ回収されたダークナイトの腕は、筑波の研究施設で開発中の戦術機を乗っ取ると、六番目の騎士侯とでも言うべき存在となって蘇った。団優奈に復讐するかのように擬似ダークナイト──DK6は、街や山を突っ切り、一直線に優奈の下に進んでいた。
「団優奈、殺す、殺す殺す」
「デルタ1より、ブラボーリーダーへ。応答せよ」
「こちらブラボーリーダー」
「こちらデルタ1。DK6は目的地まで、約600秒の距離。作戦開始までカウントダウン開始」
「こちらブラボーリーダー、了解。カウントダウン開始」
「こちらデルタ1。ブラボーリーダー、作戦開始まで待機せよ」
「ラージャー」
陸上自衛隊の戦術機小隊は、DK6との邂逅予測点で待機していた。
「ブラボーリーダーより各機へ。目標、補足後、直ちにミッションへ入る。目的は、夜明けまで目標を補足すること。太陽が出れば、DK6は動けなくなる。回収まで粘ればいいだけだ。無理に落とそうとするな」
「ブラボー2了解」
「ブラボー3了解」
擬似ダークナイトであるDK6が亜空間テクノロジーを使っていないことから、亜空間を制御するには、ダークナイトの心臓とも言える永久機関が必要と考えられていた。そうでなければ、DK6は、即座に亜空間ゲートを使って、優奈の下へ直行していただろう。
陽がさしてくれば、ナノマシンマテリアルが変調を起こし、捕獲可能となる。夜明けまで、そう大した時間はない。それまで、作戦地点に引き止められれば、それで良いはずだ。自衛隊の作戦本部はそう考えていた。
「こちらブラボーリーダー、目標を補足。目視で確認。これよりミッションに入る」
「デルタ1了解」
「ブラボーリーダーより各機へ、これよりミッションに入る。連携体勢に入れ」
「ブラボー2了解」
「ブラボー3了解」
自衛隊の戦術機小隊は、捕獲ミッションをスタートした。ここで失敗すればもう後がない。自衛隊には背水の陣であった。
「団優奈、殺す殺す、殺す」
DK6は自衛隊の予測通りの進路を真っ直ぐに戦術機小隊の展開している作戦ポイントへ突っ込んできた。
「ミッション、スタート」
「ラージャー」
3機の戦術機が、DK6と交戦状態に入った。
「ブラボーリーダーより各機。輪戦形態をとれ。DK6をここで足止めする。各機、ヒット・アンド・アウェイ開始」
「ラージャー。ブラボー2行きます」
戦術機小隊は、1機ずつ、接近して交戦しては離脱していた。離脱の際には、他の2機が援護射撃を行った。各戦術機は少しずつ、DK6の戦力を削いでいった。このまま予定通りにミッションが進めば、陽光と電源消耗によって動けなくなったDK6を確保できるはずだった。そう、そのはずだった……
「中々に面白い余興をしておるよのう、卿よ」
川原での戦闘を土手から見ていたピエール伯爵が、部下のガナード子爵に言った。
「御意にございます、閣下。あの擬似ダークナイトは、騎士侯の腕より再現されたモノと思われますが。さて、如何にしましょうぞ」
ガナード子爵は、含みを込めた言葉を発した。
「戯言を。卿等には、もう分かっているのであろう?」
「おっしゃる通りで。閣下」
ガナード子爵はそう言って立ち上がると、ビロードのようなマントを翻した。すると、その場に亜空間結界が張られた。
「こちらアルファ1。デルタ1応答せよ」
「こちらデルタ1。状況を報告せよ」
「こちらアルファ1。ブラボー各機のシグナルをロスト。作戦ポイントに亜空間結界の発生を確認」
「こちらデルタ1。ブラボーリーダー応答せよ」
「ブラボーからの応答なし。亜空間結界に閉じ込められた模様」
「バックアップも含めてか?」
「各機、各車のシグナルをロスト。完全に取り込まれました」
「ダークナイトの介入か。最悪の展開だ。直ちに作戦本部に連絡。増援を要請せよ」
「了解」
ダークナイトの亜空間結界を壊る唯一の装備である『破砕渦動榴弾』は、生産性が悪く、現在国内に10発しか保有されていない。今回の作戦では、対ダークナイト戦を考慮に入れていなかったので、部隊は対亜空間装備を持っていなかった。
一方、亜空間結界に閉じ込められた戦術機部隊は、動揺を隠せないでいた。
「ブラボーリーダーより各機。亜空間結界に閉じ込められた。ダークナイトの出現に注意しつつ、ミッションを続行せよ。バックアップ部隊は、即時応戦の準備」
「ラージャー」
「バックアップ、ラージャー」
そこへ、黒い渦巻きのようなモノが空中に現れた。亜空間ゲートである。そこから出てきたのは、ガナード子爵であった。
「中々に楽しい事をしておるのう。それがしも遊んでもらおうか」
ダークナイトの出現に対し動揺しながらも、戦術機部隊の隊長の指示は的確であった。
「ブラボー3は、DK6と交戦を続行せよ。ブラボー2は本機と対ダークナイト戦に入る。着いてこい」
「ラージャー」
2機の戦術機が、腕から高周波ブレードを伸ばすと、ガナード子爵に切りかかった。しかし、ガナード子爵はそれを、両腕の短剣でもって受け止めたのである。辺りに甲高い音が木霊した。
「ほう、高周波ソードであるか。それがしも愛用しておるぞ」
「ブラボー2、一旦後退。銃撃を行う」
「ラージャー」
2機の戦術機は、ガナード卿に対して距離をとると、大口径機銃で銃撃を開始した。毎分150発の徹甲弾をバラまく機銃攻撃に対して、カナード子爵は両腕の短剣を目にも止まらない速さで動かすと、弾丸を受け止め、弾き返していた。ダークナイトと人間では、基本的な反射速度が異なるのである。
「くっ、弾丸を炸裂弾に換装。銃撃を続行する」
「ラージャー」
戦術機のリーダーの判断は早かった。今度は炸裂弾がガナード子爵を襲った。
しかしそれをもガナード子爵は、残像を残すような動きで回避すると、戦術機の包囲を突破して、擬似ダークナイトであるDK6に近づいたのである。その左手には、短い円筒のようなパーツが握られていた。ガナード子爵は、そのパーツをDK6の背中に無理矢理押し込んだのである。
「これが我等の動力源、永久機関だ。気に入ってくれたか?」
永久機関を押し込まれたDK6のナノマシンは、それが何かを即座に理解すると、体内に取り込んだのである。「フィーン」と音がして、永久機関がDK6の体内で稼働を開始した。それと同時に、擬似ダークナイトは、その形態を変えつつあった。全身のナノマシンマテリアルが、膨大な動力を得て、異形のその姿を変貌させているのである。
そして遂にDK6は、真のダークナイトに変形した。
「我こそが、騎士侯である」
DK6はそう宣言すると、対峙していた戦術機ブラボー3を、縦に両断していた。戦場に大量の血と内蔵がぶちまけられた。
「クハハハハ、それで良い。これでお主も正式な騎士侯だ。さぁ、その力を思う存分振るうがよい」
ガナード卿は、そう宣言すると再び現れた亜空間ゲート内に消えた。
後に残された2機の戦術機は、真のダークナイトに変貌したDK6への対応を余儀なくされたのである。