六人目の騎士侯(1)
先日、団優奈が回収したダークナイトの長剣と腕の分析が、筑波の研究施設で行われていた。
ダークナイトの覆っている装甲は、特殊なプログラムをされたナノマシンマテリアルであった。それは、本体が傷ついた時に急速な復元を行うと同時に、本体が死を迎えると自動的に自己崩壊するようになっていた。これは、ダークナイトのデータを秘匿するためではなく、死体が戦場に残った場合に回収する手間を防ぐためであった。
戦場での戦闘のみを目的に自動生産されるダークナイトにとって、戦友や死への恐怖などは存在しない概念であった。死体などが戦場に残ることは、自らの戦闘の邪魔になるだけであった。
その意味で、切断された四肢の一部分も、一定時間以上分離された場合には、自己崩壊するはずであった。だが、優奈はそのプログラムが切断や死を認識出来ないような特殊な切り方をしていた。そのため、ダークナイトの腕のナノマシンは、混乱状態に陥っていた。腕自身は生きているはずなのに、何の運動シグナルも送られて来ないのである。
そして、遂に腕のナノマシンマテリアルは暴走を開始した。腕から本体を復元しようとしたのである。
肘から先の腕のみが、ウネウネと異常な形状をとると、本体を探して動き出したのである。それは、周りの機器や施設を取り込むと、その素材からナノマシンマテリアルを再生産しながらアメーバのように、不定形の姿をしながら移動していた。
そして、遂に腕は自身の主を発見した。同じ研究施設では、人工知能により自立して戦闘を行う戦術機──ホワイト・クロスJδ型の開発を行っていたのである。その試作機を、ダークナイトの腕は、自身の本体と認識し、再生を開始したのである。
そして数時間後、六人目の騎士侯とも言えるものが誕生した。その人工知能システムは、腕のナノマシンにより再プログラムされると、自らを騎士侯クラスのダークナイトと認識し、必要な機能やデータ、物質を周りの施設から奪取し、再構成を成し遂げたのである。しかも、その本能には、自分自身を切断した人物の情報もインプットされてしまった。団優奈を駆逐する。それを最優先に戦闘を行うように再プログラムされてしまったのである。
「団優奈、殺す。殺す殺す殺す」
団優奈の情報は、接続したネットワークの中から個人情報を引き出すことで得られた。しかも、その位置情報は、優奈が常時身に着けているGPS発信器で特定できた。六人目の騎士侯は、団優奈に復讐するべく蘇った怨霊のように、研究施設を破壊しながら外を目指していた。そして遂に、外部への脱出を許してしまったのである。施設を守っていたのは自衛隊から派遣された部隊であった。しかし、騎士侯級の戦闘力を得たJδ型戦術機には、全く歯が立たなかった。
幕僚本部は、この機体をコードネームDK6と命名し、回収を行うことを決定した。しかし、DK6は、昼は市井に隠れ、夜になると這い出してきて、団優奈の住む町へと密やかに移動していた。
自衛隊は、DK6の存在を秘匿しながら、最大限の人員を投入し、団優奈に接触する前に確保するべく全力で立ち向かった。時には戦車や戦闘ヘリを、時には機械化大隊が、そして時には戦術機ホワイト・クロスを投入してまで立ち向かったのである。しかし、その全てが失敗に終わろうとしていた。
「殺す、殺す殺す。団優奈、殺す殺す」
DK6は、もうすぐ団優奈の住む町の隣まで来ていた。
「アルファ1、目標は特定できたか?」
「こちら、アルファ1。目標らしき物を発見。データ照合中。目標をDK6と確認」
「アルファ1、目標を追尾。常に位置情報を送信せよ」
「ラージャー」
自衛隊の第3戦術機小隊が、DK6と遭遇したのは、夜明け前であった。
夜の世界は、ダークナイトに遭遇する確率が非常に高い。この時間帯にDK6の探索と確保をするのは自殺行為と言えた。しかし、DK6を団優奈と遭遇させる訳にはいかない。陸上自衛隊は、動員できる戦力を駆使して、秘密裏にDK6の捜索を続けていた。この事は、当事者である、団優奈にも告げてはいない。
何とか接触前に、秘密裏にケリを付けたい。これが自衛隊幹部の出した方針であった。
この日、DK6はもうすぐ団家の建つ町の隣まで接近した。ここから、隣町へは、川を一本渡るだけである。第3戦術機小隊は、斥候の情報を元に、接触地点を推測し、川原に部隊を展開していた。
主力機はホワイト・クロスJ型が1機。ノーマル型が2機の3機構成。更に援護に、重火器を装備した機械化部隊の人員がバックアップについていた。
「団優奈、殺す」
DK6を発見したのは、明け方まで後数時間という時刻であった。この機を逃すと次の日の夜には、団優奈との接触を許してしまう。まさに、背水の陣であった。
DK6の素体は、ホワイト・クロスのJδ型である。基本スペックは、純粋のダークナイトの騎士侯よりも低いはずであった。それでも、これまでの捕獲作戦は全て失敗に終わった。DK6を作り出したダークナイトの腕のナノマシンが、戦術プログラムと駆動系を侵蝕し、作り変えたからである。
しかし、ブラックボックスである永久機関は再現されていないはずであった。そのため、DK6は昼の間は、どこかに隠れ、電力の充電を行っているはずである。その隠れ家さえ、特定できれは、比較的容易に確保出来るはずであった。しかし、それをも、自衛隊は出来ずにいた。DK6の体表のナノマシンが迷彩機能を有し、周辺からの探査を妨げていたからである。しかも、本来なら発信されている筈の、敵味方識別信号も発信されていなかった。のみならず、何度も打ち込まれたGPS機能付きのマーカー弾も、その装甲を形成するナノマシンにより分解させてしまうのである。
「デルタ1より、ブラボー。目的地での展開状況はどうか?」
「こちら、ブラボーリーダー。遭遇予想地点へ到着。各機、起動準備に入った」
「デルタ1了解。ブラボーリーダーへ。引き続き待機せよ」
「ブラボーリーダー、了解」
DK6を確保する部隊は、本来とは違う周波数と暗号アルゴリズムを使用していた。これまでの経験上、DK6が、自衛隊の交信周波数と暗号アルゴリズムを搭載しており、こちらが逆探知されていることが明白になったからである。慣れない帯域での暗号化通信は、部隊の構成人員に少なからずの動揺を与えていた。
「こちらアルファ1、デルタ1どうぞ」
「こちらデルタ1」
「こちらアルファ1、目標は交戦予定地点まで後15キロの位置まで進行。毎時50キロで移動中」
「デルタ1、了解。引き続き追尾を実行せよ」
「アルファ1了解」
「デルタ1より、ブラボーリーダーへ。状況を報告せよ」
「こちらブラボーリーダー。戦術機J1および、N2、N3、ウォームアップ、ハンガーアウト終了。目的地での展開まで、後1分」
「デルタ1了解」
その頃、DK6と命名された、擬似ダークナイトは、団優奈の下へ一直線に移動していた。自衛隊の捕獲部隊は、その直線上に部隊を展開していた。後数分もすれば接触するだろう。
「団優奈、殺す、殺す殺す、殺す殺す殺す」
DK6は、それだけを叫びながら、山の中の木立をなぎ払いながら、移動を続けていた。
今回を逃せば、DK6は団優奈と接触してしまう。
自衛隊の部隊は、冷汗を流しながら、最後の一線を守るべく、最後になるだろう作戦を目の前にしていた。