白き聖衣(7)
ある日の昼、自衛隊の富士演習場では、ホワイト・クロスJ型の改良型、Jα型の模擬演習が行われていた。Jα型の特徴は、可能な限り、ブラックボックスされた部品を国産のユニットで置き換え、コストダウンをはかった機体である。旧J型の7割のコストで、機能低下を75%に抑える事に成功した。そのため生産性のコストダウンにより、数でダークナイトを封じるために、情報伝達や連携システムを改良したFCSを搭載している。
これまでの経験上、ダークナイトは集団戦を好まず、単機での戦闘を好むらしいということが分かってきた。そのため、こちらは数によるコンビネーションで、対応する戦術を採用したのである。そして、その為の戦術支援システムを持った支援装甲車を別途開発した。
また、昼の太陽の光を恐れる理由も、先日、団優奈が回収したダークナイトの腕のサンプル分析から分かってきた。彼等の装甲を形成するナノマシンマテリアルが、太陽光に含まれる特定波長の光により、機能低下を起こすらしい。そのため、陸上自衛隊では、この特定波長の光を投光するレーザー兵器を、対ダークナイト用に試作を開始していた。
しかし、亜空間結界を破壊する『破砕渦動榴弾』のコストダウンと量産化計画は頓挫していた。これがなければ旧CERN後の暗黒空間に突入出来ない。
Jα型の量産だけでも軌道に乗せようと、日本の軍事産業各社はトライアンドエラーを繰り返していた。
そんな演習の最中、富士演習場に亜空間結界が張られた。
結界内に閉じ込められた、演習中の機体は実弾をほとんど装備していなかった。そのため近接戦闘のみで当面の現状を死守しなくてはならなくなった。
テスト機の戦術支援装甲車の車長は、最大限のデータ確保を最重視し、最悪の場合、演習中の部隊の全滅もやむなしとの判断を下した。
亜空間結界を夜の世界と繋いだのは、極東に配属されたピエール伯爵であった。助手のガナード子爵と、5人の騎士侯達も一緒であった。
「久し振りの宴よのう、ガナード卿」
「御意にてございます、閣下」
「はてさて、この世界の人間共の兵器は、どれほどのモノか。物みうさんでもしようぞ、卿等よ」
「では、まずはポーンを送り込んでみようかと」
「うむ、任せよう」
ガナード卿がマントを翻すと、そこに10機のポーンが現れた。その姿は、まさしくチェスのポーンの駒のような姿をしていた。全高はおよそ2メートル。ダークナイトの基準からすると小型ではあるが、人間と比較すると同等以上の大きさである。ポーンの装備は、ダークナイトのナノマシンマテリアルのプログラムを撹乱するメーザー砲と近接戦闘用の高周波ソードであった。その機動力は、瞬間最大加速度で、マッハ0.8にも及ぶ。
ダークナイト同士が戦う、彼等の異世界で開発されたポーンにとっては、しごく当然の装備と言えた。通常は3〜5機で編制されたポーン部隊を、亜空間リンケージシステムによりダークナイトが戦術指揮を行う。その意味では、対ダークナイト用に改良されたホワイト・クロス―Jα型の考え方は正解と言えた。
ホワイトクロスのバックアップを行う装甲車の車長は、初めて見る機体に戸惑っていた。そしてそれは、指揮の遅れにつながった。先手をとられたのである。
まず、先方に取り残された2機の機体が、破壊された。機体内部の搭乗員ごと切り刻まれたのである。戦場にオイルと血しぶきが散らばった。ポーンが出現してから、約1分後の事である。
そして、15分を待たずして、演習中の全機が、搭乗員ごと破壊されたのである。
「何と頼りないことよ。ガナード卿よ、ポーンを10機も出す必要も無かったのう。少しは手加減してやらぬか。興醒めである」
「申し訳ありません、閣下。それがしも、あの兵器を見たのは今日が二度目にて、どれ程のモノか見てみたかったのでありますが。むしろ、騎士侯を一人出した方が、良かったようです。それがしの不覚でした」
「仕方がない。今日はもう帰るとしよう」
そう言って、ピエール伯爵はマントを翻した。その場のポーンとダークナイト達が闇に飲み込まれるように消えると、亜空間結界も解除され、その場に再び陽光が差し込んだ。
その場に残された支援車の乗員は、半狂乱状態になっていたという。まともなデータもとれずに、惨敗したのである。しかも、搭乗員が無惨に切り刻まれる様子を見せられたのである。
幸いにも、装甲車が記録したビデオ映像は確保できた。しかし、現状の処理を行った自衛隊員や、後にその映像を見た自衛隊の幹部達の半数が、狂乱状態に落ちたという。それ程、無惨な映像であった。
この日以降、対ダークナイト用のホワイト・クロスの開発は大きな影響を受けたという。人間の代わりに戦術指揮を行う、人工知能システムの早期開発に、ゴーサインが出たのである。
ある意味、それは、異世界の地球人類が戦って来た歴史を再現するかの如くであった。