白き聖衣(3)
その日から、近くの交番の駐車場に、大型の装甲トラックが常駐するようになった。
団家の長女──優奈は、妹の海堂秋奈と、買い物に出かけていた。
「装甲車が停まってるなんて物騒な世の中になったものですね、姉さん」
「それはしょうがないでしょう、秋奈。こっちとしては守ってもらう立場なんですから」
「そうは言ってもねぇ。こっちは麟太郎と吾朗ちゃんが巻き込まれてるし。鈴華ちゃんも襲われたでしょう。こんな時に春奈姉さんがいてくれたら」
春奈とは団家の二女に当たる。彼女は現在ヨーロッパで、黒体空間の研究に携わっていた。
「それは言いっこ無しよ。春奈の方がよっぽど危険な所にいるんですから」
「それはそうですけど、姉さん。そこら辺のヘッポコ自衛隊員よりも、私達の方がよっぽど戦力になるわ。いっその事、うちの道場で鍛えなおしてあげたらどうかしら。最近は道場の経営の方も難儀しているんでしょう」
「それはそうですけど、あまり大きな声では言わないであげなさいな。ヘコむから」
「姉さんは優しいですね」
そんな事をまるで世間話をするようにしながら姉妹は帰り道を急いでいた。夕暮れが迫っていたのだ。
「さぁさ、秋奈、日が暮れる前に帰って、夕食の用意をしないと」
「そうですね、姉さん」
その時、二人を異様な感覚が包み込んだ。
「この変な感じは。姉さん」
「そうね、閉じ込められたようね。これが亜空間何とかってやつかしら」
と、優奈は人事のようにつぶやいた。
「前に一人、後ろに二人。挟まれたようですね、姉さん」
秋奈は巌しい顔で姉に問うた。
「秋奈、数え間違えていますよ。気配が重なって読みにくいですが、前には四人いますよ。うち一人は相当の手だれね」
すると、何も無い空間から溶け出すように、オレンジ色の甲冑が姿を表した。
「そこまで分かるとは、さすがはキリア卿が目をつけた家の者だけはあるな」
その声と同時に、彼女たちの後ろに、灰色の騎士が二人現れた。
「それがしはガナード子爵。お主達にちょっとした用があってな。我が主のピエール伯爵閣下の下まで同行していただきたい」
それを聞いた優奈は、さも困ったように応えた。
「それは困りましたね。これから帰って夕食の用意をしなくてはならないのに」
「ホント、困りましたねぇ」
と、秋奈も仏頂面で相槌を打った。
「ええっと、こんな時は、確かこの機械の赤いボタンを押すのでしたっけ。……あら、ウンともスンとも言いませんね。どうした事でしょう?」
それを見ていたガナード卿は、
「この付近は、亜空間結界で封じてある。発信器の類は使えぬぞ」
と、二人に答えた。
「肝心な時に使えないって、何かしら。持たせるなら、もっとちゃんとした物を持たせて欲しかったわ」
秋奈が怒ったように発信器を振り回していた。
その頃、自衛隊の装甲車の中では、騒ぎが起こっていた。
「目標、ナンバー3とナンバー7のシグナルをロスト」
「何、ジャミングか?」
「いえ、ECMではありません。多分、亜空間結界だと思われます」
「位置は?」
「Cブロック、北300メートルの地点」
「よし、直ちに出動せよ。WC−J01と02は緊急出撃準備。パイロットは装着せよ。対亜空間装備、急げ」
「ラージャー」
「装甲車を出します」
「よし、すぐに急行せよ」
「ラージャー」
運転手は、すぐさまエンジンをかけると、装甲車を出した。後方の貨物室では、ホワイト・クロスが二機、出撃準備をしていた。
一方、優奈達は、ガナード卿と睨み合っていた。後ろでは騎士侯クラスが二人、銃を構えている。
「困りましたね、姉さん。発信器が役に立たないなんて」
「大丈夫ですよ、秋奈。これは常に位置情報を送っていますから、それが途絶えたとなれば、自衛隊が気がついて、急いでやって来るでしょう」
「その時まで、私達が無事ならの話でしょう」
「あらあら、そうでしたわねぇ。それは困りますねぇ」
その様子を見ていたガナード子爵は、
「それがしを見ても、物怖じしないとは、余程の胆力の持ち主。敬服するぞ。では、参ろうか」
と、姉妹を誘った。すると、優奈は、
「困りましたねぇ。せめて家族に話をしておかないと、行方不明扱いになってしまいますわ」
と、さも他人事のように答えた。
「姉さん、そんな悠長な話ではありませんよ」
秋奈は少し苛ついた調子で、姉に話しかけた。
「もし、逆らうというなら、腕ずくでも連れて行くが、よろしいか」
と、ガナード子爵は言うと、彼女たちの後ろの二人の騎士侯が銃を構えた。すると優奈は、
「あら、あなた以外は初心者のようだけれど、よろしいのかしら。私達は手強くってよ」
と、ニコニコと答えたのだった。
この答えに、子爵は焦った。確かに、自分以外の騎士侯は実戦経験はない。訓練は一通り行ったものの、作戦への投入は今回が初めてである。
「どうしてそう思った」
とガナード子爵が問うと、優奈は微笑みを崩さずにこう答えたのだった。
「だって、スキだらけですもの。ほら」
と言って見せたのは、騎士侯が身に着けていた長剣であった。
「な、何! いつの間に」
ガナード卿は、驚愕していた。一方の優奈はにこやかに、腕の中の長剣を弄びながら、
「だからスキだらけだと言ったのですよ」
と、純真な少女のように答えた。二人の騎士侯が、慌てて十数メートルも後ろに後ずさる。
「か、構わん。撃て」
ガナーと子爵が命令すると、二人の騎士侯が同時にレールガンを発射した。
優奈と秋奈は、スッと最小限の動きで、弾丸を避けると、その弾道を軽く触れるようにひとなでした。すると、レールガンの弾丸は、その弾道を変え、ガナード子爵を襲った。
子爵の胸元で、小爆発が起こった。
「ぬううぅ。このような妖しの技まで使うとは。お主らは何者だ」
と言うガナード卿の両の手には、レールガンの弾体が握られていた。
「こうなれば、総がかりで捕獲するしかないか。……な、何ぃ」
今度こそガナード子爵は驚愕した。いつの間にか、ガナード卿のマントに焼き鳥の櫛が三本突き刺さっていたのだ。
「残りの方々は、マントの中に封じさせて頂きました。こんなおばちゃん二人に、六人がかりは、どう考えても卑怯でしょう」
と、優奈は何でもないように答えた。
「何だこれは。いつの間に」
「それは焼き鳥という食べ物ですよ。温め直していただくと、美味しゅうございますよ」
と、優奈がおっとりとした口調で説明した。
「姉さん。ダークナイトは焼き鳥なんて食べませんよ」
と、秋奈が指摘すると、優奈は、
「あら、そうですの。残念ですわ。とても美味しいのに。ねぇ」
と、悠長に答えた。
「くううぅ、なんと恐ろしい者達だ。この上は、それがしが……」
と言いながらガナード卿が腰の長剣に手をかけようとした時、空にヒビが入った。そして、パキンという音と共に、結界が崩れ、太陽の陽が差し込んだのである。
「姉さん、これは超次元流闘殺法の破砕渦動流。結界が崩れたわ」
「秋奈、本物の破砕渦動流は、こんなモノではありませんよ。うちの主人なら、結界を丸ごと吹き飛ばしてますよ」
優奈は、さも世間話でもするように秋奈に答えた。
その時、機関銃の弾をばらまきながら、二体の戦術機が結界の裂け目から侵入してきた。
「あらあら、危ないこと」
と、姉妹は飛んでくる弾丸をいとも容易く避けながら、その場に立っていた。
「くぅ、太陽が。一旦引くぞ」
と、ガナード子爵が叫ぶと、空中に黒いシミのようなものが広がった。亜空間ゲートである。彼等はその中に、消えようとしていた。
最後の騎士侯が、亜空間ゲートに消えようとした時、いつの間にか優奈が近づき、はみ出していたその手を、手刀で切り落とした。
「これは、お土産にもらっておきますね」
と、優奈は笑みを崩さず言ったのである。
亜空間結界が消え去ると、装甲トラックから自衛隊の士官が降りて来て、姉妹に近づいてきた。
「お怪我はありませんか?」
士官が二人に問うた。
「遅いじゃありませんか。相手は多勢に無勢だったのですよ」
秋奈が不機嫌そうに言った。一方の優奈の方は、
「いえいえ、お陰で助かりました。やっぱり、ダークナイトって、太陽が苦手なんですね」
と、何事もなかったように、おっとりとした口調で答えた。
「あ、そうそう。これ、お土産です」
と優奈は言うと、持っていた長剣とダークナイトの腕を士官に渡した。
「こ、これは!」
「先程のダークナイトから頂きましたのよ。研究とかに役に立つかしら」
士官は驚きつつも、
「これは願ってもない収穫です。これを分析したら、かなりの謎が解明できるでしょう。お手柄です」
と、言った。それに対して、秋奈は、
「こんなモノすら自分たちで手に入れられないなんて、自衛隊の怠慢ですよ。今度からは、もっとちゃんと対処して下さい」
と、不満を隠さず話しかけた。
「申し訳ありません。お宅までは、我々で護衛しますので」
と、士官は汗をふきふき、答えた。
「それはそれは、ありがたいことです。では、このお荷物を運んで下さいな。夕食のおかずなんです」
「はっ、分かりました。出口、入江の両名は、お二人をお宅まで護衛すること」
「了解しました。出口、入江は、お二人を護衛します」
と、迷彩服を着た自衛隊員が復唱して敬礼した。
「でわ、帰りましょうか」
「そうですね、姉さん。あっと、そこのあなた。私の荷物も持って貰えないかしら」
と、秋奈も自衛隊員に荷物持ちを頼んだ。
「それでは御機嫌よう。頑張って下さいね。期待してますから」
と、優奈は社交辞令のように言うと、秋奈と家路についたのだった。
「団式合気術、恐るべし」
後に残された士官は、そうつぶやくと、しばらくその場から動けずにいた。