白き聖衣(2)
その日の夕方、吾朗と麟太郎が帰宅してしばらくすると、県警の警部と自衛隊の担当士官が再び訪ねてきた。
「君達が、海堂麟太郎くんと団吾朗くんだね。学校から帰ってきたところを済まないが、話を聞かせてくれないかな」
彼等はそう切り出した。
「麟太郎くん達は、キリア男爵とか言うダークナイトに襲われたそうだが」
麟太郎は、こう応えた。
「そうだよ。俺達が家に帰る途中で襲ってきたんだ。興味があるとか何だか言って。日も高いのに、襲いかかってきたんだ。亜空間何とかって言うやつで、ダンゴと友だちの女の子も人質にとられて。卑怯だよな」
自衛隊の士官は頷きながら聞いていた。
「ふむ、それで、君は男爵と戦ったわけだね。すごく勇敢なんだね」
「いや、それ程でも、あるかなぁ。ははは。でも、俺の技が全然通じなくって、心底焦ったよ。あいつら、ダメージを受けても、すぐに回復しちゃうんだよな。BJが来てくれなけりゃ、俺達は今ごろ実験動物にされるところだったよ」
「そうか。大変だったね。それで、その時は吾朗くんも一緒にいた訳なんだね」
「ええ。僕等は別々の閉鎖空間に閉じ込められていたんです。でも、そのBJの、えーと、守護獣って言うんですか、デッカイ右腕さんに守られてて助かったんです」
士官と警部はメモを取りながら、麟太郎達の話を聞いていた。
「君達は、キリア男爵以外にも、ダークナイトに遭遇したと聞いていますが、本当ですか?」
それに対しても、麟太郎は勢い良く返事をした。
「そうなんだよ。最初は、えーと、何とか子爵ってやつ」
「確か、リキュエール子爵って名乗ってました」
「ふむ、リキュエール子爵ねぇ」
「そうそう。それで、その次に出てきたのが、ハインド男爵っていって、凄く卑怯な奴だったんだ。たくさんの人形を操って、俺達を捕まえて、BJを誘き寄せようとしたんだ。学校の女子を変な術で操って、ダンゴをひどい目にあわせたりしたんだぜ」
「なるほど。その時も、BJなるダークナイトに救われた訳だね」
県警の警部はメモを取りながら、そう相槌をうった。
「日が高いのに現れるダークナイトに、助けてくれた謎のダークナイトか。そのBJとか言うダークナイトの事を教えてくれないかい」
すると、麟太郎は、憶えてる限りの事を答えようとした。
「BJってのはなぁ、真っ黒い鎧を着てるダークナイトだ。それで、武器はデッカクて黒いジャックナイフなんだ。それから、守護獣を三体も引き連れているんだぜ。ものすごく大きな黒い犬みたいな奴と、これも大きな右腕と左腕だった。俺の見立てじゃぁ、右腕が攻撃で、左腕が防御用とみたね」
「なるほど、三体の守護獣ね。ふむん、守護獣が三体と言う事は、侯爵クラスのダークナイトですね」
「ああ、欧州軍の報告書にも、そう書いてあったように思いますね。君、その部分は別項目で記録しておいて」
自衛隊の士官が、部下の記録係にそう命令した。
「で、吾朗くんは、BJの事をどう感じましたか」
士官が今度は吾朗に尋ねた。
「えーと、僕はBJには直接会ったことは無いんですよ」
「えっ、君は見ていないのかい?」
士官達は驚くと、もう一度、吾朗に確認した。
「そうなんです。お祖父さんは会ったことがあるみたいなんですけど」
「確かにそうでしたよね。弦柳さん、確か、昨夜のキリア男爵はBJが倒したと、おっしゃられましたよね」
「うむ、確かにそうじゃ。全身黒ずくめの鎧で、ジャックナイフを使っておったな」
「なるほど。後は、太陽が出ている時刻にも出現するダークナイトか」
「確か、亜空間フィールドで、夜の土地と連結したって言ってました」
「そうですか、亜空間フィールドね。……参りましたね、昼でも出現するなんて。我々も、おちおちしてられませんね」
そう言う士官に、一緒にいた鈴華が苦言を言った。
「そうですよ。早く、ホワイト・クロスとか言う、戦術機を使って退治してくれないと、落ち着いて生活も出来ませんよ。ただでさえ、暗い夜道を歩けなくなったのに、その上昼間でも安心できないなんて、たまったもんじゃありません」
自衛隊の士官は、汗をふきふき、答えた。
「それを言われると、面目ないんですけれど。我々も精一杯の努力はしているんですよ。ですので、人類存亡の為に、是非ともご協力をお願いしたいのです」
「何とか、そのBJとか言う黒いダークナイトに接触出来ないですかねぇ」
そんな士官達に、麟太郎は、
「そんな事言われても、分かんねぇよ、俺達には。神出鬼没で、普段どこにいるのかも分かんないだぜ。分かっているのは、俺達がピンチの時に、助けてくれるって事だけだぜ」
と、言った。
「ふむん、困った時に助けてくれる、か。まるでウルトラマンみたいだな」
と、県警の警部が、頭をかきながらそう言った。
「まさか、麟ちゃんたちを囮にして、ダークナイトを誘き出そうなんて、考えて無いでしょうね」
鈴華が、激しい口調でそう言った。
「痛いところを突いてきますねぇ。まぁ、確かに我々も可能性の一つとして、考えて無いわけじゃぁ無いですが。まぁ、それは最後の手段ですかね」
「なんですって! そんな事、許される訳ないでしょう。いい加減にして下さい」
「まぁ、飽くまで、最後の手段ですよ。我々も出来るだけの努力はするつもりですが」
自衛隊の士官は、そう答えた。
しかし、鈴華はもちろん、弦柳も、その答えには満足していたわけでは無かった。
しばらくの尋問の後、自衛隊の士官と県警の警部達は、そろって団家を後にした。
「全く、頼りないったらありゃしないわ。あれで日本を守れるのかしら」
団鈴華は、まだ怒っていた。弦柳の娘で吾朗の母でもある優奈は、
「まぁ、鈴華さんもそんなに怒らないで。どうしようも無いことでしょう」
と、なだめた。
「伯母様は悔しくないのですか! 軍隊や自衛隊がもっとしっかりしていたら、伯父様も、お父さんも、ヨーロッパで行方不明にならなかったんですよ。私はそれが悔しくて、悔しくて」
鈴華は涙ぐんでいた。
「鈴姉ぇ、俺が強くなって、ダークナイト達を追い出してやるよ。そんで、ヨーロッパに行って、伯父さん達を助けるんだ」
麟太郎は本気でそう思っていた。
「麟ちゃん、あんまり危ないことをして、これ以上お姉ちゃんを悲しませないで」
鈴華は、麟太郎の志に感謝したものの、彼や吾朗に危険が及ぶことを恐れていた。彼女自身、ダークナイトに襲われて、その恐ろしさを身に沁みて感じていたからだ。もうこれ以上、大切な人を失いたくなかった。その為にも、鈴華は自分自身が団式合気術の奥義を納めて、強くならなければと思っていた。
弦柳は、そんな孫達を見て、心中穏やかではなかった。
もしかすると、自分の生命を賭けて孫達を守らなければならない時が来るかも知れない。その時の為にも、奥義を伝授しなくてはと、弦柳は思っていた。