白き聖衣(1)
ピエール伯爵は、玉座の間で空中を眺めていた。そこへガナード子爵が入って来た。
「何用か、ガナード卿よ」
ピエール伯爵は腹心の部下──ガナード子爵に尋ねた。
「閣下、騎士侯5体と、ポーン80機、およびメンテナンスマシーン、ただ今到着致しました」
ピエール卿は満足そうに頷いた。
「それと、キリア卿の件ですが、やはり謎のダークナイトに敗れたようにてございます」
「そうか。キリアも、自身の研究好きが祟ったようだな。ふむ、取り敢えずキリアの事は不問にしよう。ガナード卿には、騎士侯達の接待とポーンの整備を頼みたい。我輩もそろそろ本格的な戦闘がしたくなってきた。クククッ、BJか。楽しみだのう、卿よ」
「御意にございます」
ピエール伯爵とガナード子爵の眼は妖しく光を放っていた。
騎士侯とは、生産直後のダークナイトの称号である。この状態から戦場に投入され、生き残った者は、その戦闘経験をフィードバックして自己進化を続け、戦闘力を上げていくのである。生産工場は完全自動化され、初期状態の騎士侯を生産し続けている。上位のダークナイト達の戦闘経験を工場にフィードバックしないのは、戦術のパターン化を避けるためであると言われている。また、ダークナイトの興味が自身の戦闘にしかなく、生産設備の整備に全く関わろうとしていなかったせいでもある。彼らの異世界には、もう人類は生存しておらず、稼働している自動生産工場も、最盛期の40%に落ち込んでいた。
初期状態の騎士侯達は、全員灰色の甲冑を纏い、固有名称も無かった。彼等には、ただシリアルナンバーが与えられているだけである。武装は一振りの長剣と、超電磁レールガンのみである。しかし、初期状態の騎士侯クラスのダークナイト一体ですら地球人類の軍隊の一個大隊以上の戦闘力を持っており、地球人類にとって巨大な脅威になっている事は確かであった。
欧州連合軍の捕獲対象も、比較的戦闘力の低い騎士侯をターゲットにしていた。将来の本格的な対ダークナイト戦でも、彼等の亜空間テクノロジーとナノマシンマテリアル技術は、最低限でも獲得しておきたい。対ダークナイト戦術武装システムであるホワイト・クロスも、捕獲用のオプション装備を開発済みである。問題はその生産性の低さであった。米軍からの技術供与で、組立と整備だけは出来るものの、本格的量産を行うためには、非公開のブラックボックス化した部品を合衆国から輸入しなければならない。そのためだけでも膨大な支出を欧州連合は余儀なくされていた。
一方、日本では宮内庁から執拗に防衛省にホワイト・クロスのライセンス生産が提案されていた。では何故ここまで宮内庁が関与するのであろうか? 一節には、2000年近い歴史を持つ皇室の守護のために現在まで秘匿されていた、特殊な武術や伝承が皇室に伝わっていたからとされている。その中には、ダークナイトのような異世界の妖しのモノを撃退する武術や予言も含まれていると噂されていた。団式合気術の裏奥義や、松戸家守護役の超空間武術もその中の一つであった。
宮内庁の進言の効果もあって、日本でもホワイト・クロスの生産がライセンスされた。日本側の開発陣は、ノーマルのホワイト・クロスに対して、古来より伝承されてきた、裏の武術を組み込むことにより、より高性能の戦術武装システムが生産できないかと、防衛省では試行錯誤が繰り返しされていた。
その成果もあって、日本産のホワイト・クロスはJ型として、国土防衛の切り札として、数は少ないものの、自衛隊の各駐屯地やダークナイト出現頻度の多い土地などに配備されるに至った。
団家の建っている町も重要危険区域に指定され、ホワイト・クロスJ型の配備対象になっていた。何せ団家は、ダークナイトに直接訪問されたのである。
そのため団家の家族には、特殊な発信器が配布された。ダークナイトに遭遇した時に、いち早くホワイト・クロスを派遣出来るようにと、配慮されたからだった。
団家の近くの自衛隊駐屯地にもホワイト・クロスが配備された。団家の周辺は、ダークナイトの出現数が極端に多く報告されたからだった。
今日も県警の警部と自衛隊の専門家が、団家に事情聴取に来ていた。
「あのう、それで、昨夜ダークナイトが訪問してきた訳ですね」
県警の担当者は、団鈴華に事情を訊いていた。
「はい。キリア男爵とか言っていました。家の吾朗ちゃんと麟ちゃんを連れていきたいなんて言ったんですよ」
「なるほど。で、屋内には侵入されなかったと……」
「はい。何を考えているのか、玄関のインターホンで話しかけてきたんです」
「無理矢理扉をこじ開けるとか、塀を乗り越えてきたわけでは無いんですね」
「そうなんですよ。もう、何回もチャイムを鳴らされて、うるさくて。ひどい迷惑な話ですよ」
鈴華は、昨夜の苛々をぶつけるように答えていた。
「それで、最後にはお祖父様が対応をしてくれたんです」
「お祖父様と言うと、ここの世帯主になりますか?」
そこで団弦柳が応えた。
「そうじゃ。わしが玄関先まで出て応対した」
「何か、身体的な暴力とか精神的な威圧はされませんでしたか?」
「それは無かった。途中で、助け船が来たからのう」
「それが、BJと名乗るダークナイトですね」
「そうらしい。わしも良くは知らんのだが」
「お孫さん達は、何回かそのBJとか言う、黒いダークナイトに遭遇しているんですよね」
「そうらしいのう。良くは知らんが」
弦柳も少し苛ついたように返答していた。
「それで、その、最初のダークナイト──キリア男爵はBJに倒された、ということで間違いないでしょうか?」
「ああ、そうだ。身体を真っ二つにされてな」
「何か遺留品とかはありませんでしたか?」
「そんな物は残らなかった。キリア某というヤツは、倒されて程なく塵のように崩れて、風に吹かれて飛んでいってしもうたわい」
「なるほど、……遺留品は無しと」
「ふむん、死体は残らなかったと言うことか。何かしらの遺留品でもあれば、敵を研究する助けになるのですが……。仕方がありませんね。監視カメラの映像はどうか?」
自衛隊の人が県警の警部に訊いた。
「それが、ダークナイトが玄関先でチャイムを鳴らしているところは映っているのですが、肝心のBJや、彼等の戦闘シーンが残されて無いんですよ」
警部が応えた。
「BJなる者が、結界を張ったとか言っておったぞ」
弦柳が口を挟んだ。
「結界ねぇ。まるでファンタジーゲームみたいだな。確かに、進んだテクノロジーは、魔法のように見えるというが。情報が少な過ぎますねぇ」
自衛隊の担当士官は、頭をかいていた。
「死体でも残っていれば、少しは役に立つんだがなぁ」
「他には特に気が付いたことはありませんね。では、お昼時にありがとうございました。念のため、ご家族の皆さんには、このGPS機能付きの発信器を持ってもらいます。ダークナイトに接触した時には、発信器の赤いボタンを押して下さい」
「家族全員か?」
弦柳が問いただした。
「はい、全員です。そこのお孫さんも、学校の帰りにダークナイトに襲われたといいますし。あなた方は、ダークナイト達にとって特別興味を引く対象なのかも知れません」
警部がそう言うと、発信器の入った箱を鈴華に手渡した。
「特に、そこのお嬢さんとお孫さん二人は、ダークナイトと直接遭遇して生き残っている重要参考人です。必ず肌身離さず携帯するようにして下さい。これは、あなた方を危険から守るためでもあるのです。あーと、団吾朗くんと海堂麟太郎くんは、今学校ですよね。帰ってきたら、事情を訊きたいので、警察署までご連絡下さい。それでは、ありがとうございました」
そう言って、警部と自衛隊の士官は帰って行った。
「ん、もう。何が発信器よ。プライバシーの侵害だわ」
団鈴華は、昨夜から溜まっていた苛々が爆発したようだった。
「しかたありませんよ。守ってもらう立場としては」
「ですが、伯母様。私達の挙動が全部自衛隊や警察に丸見えになるんですよ。もう、信じられない。どうせ警察や自衛隊の装備じゃ、敵わないに決まってるもの。そんなに簡単に撃退できていたら、お父さんも伯父様も行方不明にならなかった筈だわ」
鈴華は両手を膝の上で握り締めていた。膝にポタポタと涙のしずくが落ちていた。
「お祖父様、私にも団式合気術の奥義を伝授して下さい。あいつらに対抗するためにはそれしか無いんでしょう。お願いです、お祖父様」
鈴華は涙声で祖父に懇願した。
弦柳は厳しい顔をすると、
「そうだな。むしろその方が確かなのかも知れん。裏の奥義は、多くの鍛錬を必要とするが、それだけにはあらず。伝授を受ける者の資質も必要なのだ。……厳しい試練になるが、出来るか?」
と、重ねて問うた。
「はい。覚悟は出来ています」
鈴華の眼には迷いがなかった。団式合気術の裏奥義は、まかり間違うと大量殺傷も可能な技だ。心正しき者にのみ伝授されなくてはならない。だが、現状では、自分の身を守る事さえ出来ない。弦柳は意を決すると、
「良かろう、伝授をするとしよう。お昼が終わったら道場に来なさい」
と言った。鈴華は、
「分かりました。よろしくお願いします」
と、弦柳に応えた。
いずれ、麟太郎や吾朗にも伝授しなくてはならない技だ。弦柳は、これ以上、孫達に危険が及ぶことだけはしたくなかった。