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月夜に光る仮面(6)

 麟太郎達がダークナイトに襲われてから、数日が過ぎた。今夜も天頂の月は明るい光を地上に落していた。


「吾朗、お風呂空いたから入りなさい」

「分かりました、母さん」

 吾朗は、母に言われて、着替えを持って風呂場に消えた。

 その数分後、「ピンポーン」とチャイムの音が鳴ったのである。ダークナイトが現れるようになってから、日が暮れてから外を出歩く者はいなくなったはずである。しかし、もしダークナイトに襲われて、助けを求めて来たのであれば、すぐに入れてやらねばならない。団鈴華は、台所のインターホンに急いだ。

「はーい、どなた様でしょうか?」

 返事をしたのは意外なモノだった。

<小生はキリア男爵である。夜分申し訳無いが、お目通りをしたく参上したのである>

 そこにいた団家の者達は驚愕した。ダークナイトが訪問してきたのだ。しかも、玄関のチャイムを押すとは……。鈴華は答えた。

「キリア男爵様と言いますと、先日、家の者が大変お世話になった方ですよね」

 鈴華は、嫌味を含めて答えた。だが、返事はもっとトンチンカンなものだった。

<おお、やはりこの家で良かったのだな。小生は、ここに団吾朗と海堂麟太郎という者がいると聞いてやってきたのであるが、間違いないか?>

「確かに両名はこの家の者ですが、それが何か?」

 鈴華は怒りと動揺を隠して、応えた。

<実は、小生は彼等に実験の被験体となってもらうために、出向いたのである>

「被験体って、麟ちゃんや吾朗ちゃんをモルモットにしようと言うの! そんな事はさせません」

<モルモットとは、齧歯類の小型哺乳類であるな。小生は人間をそのような小型動物に変身させるような実験はしていないのである>

 ダークナイトは地球外知性体である。未だ地球人類の常識とかを身につけていないのだろう。鈴華とキリア男爵の話は、うまく噛み合っていなかった。

 そもそもダークナイト程の戦闘力を持つモノであれば、玄関など打ち壊して容易に邸内に侵入出来るだろう。それをせず、わざわざ玄関のインターホンで話をつけようというのも不思議な事である。

「いずれにしても、あなたに麟ちゃんや吾朗ちゃんを渡す訳にはいきません。どうぞそのままお帰り下さい」

<それでは小生の研究が立ち行かなくなるのである。どうしてもお二人をお貸し願いたいのである>

「無傷で返してくれる保証はありますか?」

<実験とは、結果が定かでないから行うのである。元通りになるかどうかも、実険なのである>

「つまり、何の保証も無い訳ですね。それではこちらも応じる訳にはいきません。どうぞお帰り下さい」

 と、鈴華は一方的に答えると、台所から居間に返ってきた。

「全くもう。ダークナイトって、何考えているか分からないわ」

 鈴華がプリプリしながら返って来ると、また「ピンポーン」とチャイムが鳴った。

「ん、もう!」

 鈴華は再びインターホンに向かった。

<小生はキリア男爵という者である。是非とも団吾朗と海堂麟太郎に同行してもらいたく参上した>

「それは先程も言いましたが、お受けするわけにはまいりません。どうぞお引き取りください!」

 鈴華はそう言って、一方的にインターホンを切った。

「もう、ひつこいんだから」

 すると、また「ピンポーン」とチャイムが鳴った。

「もう出ませんよ」

 鈴華はそう言ったが、チャイムの音は鳴り止まなかった。

「何なの。もう、うるさいったらありゃしない」

「吾朗と麟ちゃんによっぽど執着してるのね」

「仕方がない。わしが出る」

 と、とうとう弦柳が立ち上がった。

「お祖父様、相手はダークナイトですよ。危険です」

「まぁまぁ、鈴華さん。ここはお父さんに任せましょう。それに、わたし達が行っても足手まといですから」

「伯母様、それはそうですが……」


 一方、キリア男爵は、玄関のボタンを押し続けていた。人間よりもふた周り以上の大柄の彼は屈んでチャイムのボタンを押すことになる。

「少し腰が痛くなってきたのである。小生ももうかなりの歳なのだ。地球人類には年寄りを大切にする習慣は無いのであるか?」

 愚痴を言いながらも、キリア男爵はチャイムを鳴らし続けた。

 そうするうちに、玄関の木戸が「ギギ」と音をたてて開いた。

「おお、この家の者であるな。小生はキリア男爵である」

「分かっておる。つい先日に会ったばかりではないか」

 木戸の向こうから弦柳が応えた。

「おお、お主は小生の腕を切り落とした御仁であるな。小生はお主にも非常に興味があるのだ」

「わしは知らん。今日は帰ってもらえぬか」

 しかし、そう言われてもキリア男爵の興味は尽きないようである。

「玄関先で騒ぎを起こされると、ご近所の方々に迷惑がかかる。とっとと帰るがよい」

「しかし、小生の興味は尽きないのである。お主だけでも一緒に来てもらえぬか?」

「わしも道場主として、ここを守る責任がある。ついて行く訳にはいかん」

 話は押し問答になってしまった。どちらも引く気が無いのである。弦柳もさすがに朝まで相手をする気はない。

 双方が困り果てている時、異様な不快感が辺りを包んだ。

「むっ、この感覚は?」

「これは亜空間断層が開く気配である。何者かがこの辺りに亜空間結界を張ったのである」

 キリア男爵は、驚いていた。

「この結界は貴公の仕業では無いのか?」

 二人が驚いていると、キリア男爵が、突然現れた巨大な右手に囚われてしまった。

「な、何であるか、これは」

 その時、暗闇の中から、静かな声が聞こえた。

「ヘルズ・ライト。俺の守護獣だ」

 その言葉を聞いて、男爵は驚いた。

「その声は、BJであるのか」

 黒い影は次のように応えた。

「この世界では、夜遅くに家を訪ねるのは無作法なのだ」

「小生の興味を満たすのに、無作法も何も無いのだ。放せBJ」

 キリア男爵は、ヘルズ・ライトの手の中で暴れていた。しかし、強大な腕の握力は凄まじく、振りほどくことが出来ない。

「では、俺の実験に付き合ってくれるか? ヘルズ・ライトの握力は5万トンを超える。卿がどこまで耐えられるか、実験してみよう」

 BJがそう言うと、握り拳がグッと縮まった。

「ぐっ、うおおおぉぉぉ」

 男爵が苦鳴をあげる。ミシミシと鎧が砕けていく音が静かな夜に響き渡った。

「キリア卿よ。お前の実験でどれほどの者が犠牲になったか、その身で感じてみろ」

 容赦のない言葉が投げかけられた。

 しばらくすると、キリア男爵は、動かなくなった。

「放せ、ヘルズ・ライト」

 BJが命令を下すと、巨大な右腕は、握り拳を開いた。身体の潰れたキリア男爵が月明かりにその身を晒した。

「苦しいか? 今楽にしてやる」

 BJがそう告げて男爵に近づくと、黒い光の一線が男爵の身体を縦に走った。そして、キリア男爵は、その身を両断されて、左右に分かれて地面に倒れた。

 男爵の死を察知したナノマシンの自己崩壊プログラムにより、男爵の死体は、見る間に塵となって行く。

 弦柳はそれを、ただ黙って見ていることしか出来なかった。

「お主、BJと言うのか。夜分に世話になった」

 弦柳のその問い掛けをほとんど無視するように、BJはその身を翻した。


 弦柳が家に戻ると、ちょうど吾朗が風呂からあがったところだった。

「あれ、お祖父さんも鈴華さんもどうしたんですか?」

「ん? いや、何でもない」

 と、弦柳は応えたものの、吾朗から漂う入浴剤と同じ香りを、先程のBJからも放たれていたような気がした。


 道場の外には、二つに割れた道化を模したような面が、月明かりを反射しているのみだった。




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