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月夜に光る仮面(1)

 欧州CERN跡地の暗黒空間から出現するダークナイト達に、人類は未だ有効な対応策をとれずにいた。人類は、ダークナイトに対抗するために、今までとは全く違った概念の戦闘機構を生み出す必要性があった。そのためには、どうしてもダークナイトまたは守護獣の捕獲が必要だった。だが、そのための術を欧州軍は持っていなかった。

 だが、急にここに来て、米軍が軍事技術交流の話を欧州連合に持ちかけてきた。欧州各国は、今までダンマリを決め込んでいた米国に対し一時不信感を持っていたものの、これまで対ダークナイト防衛について行き詰まりに陥っていたことから、仕方なく米軍の協力を受け入れたのである。そして完成したのが、対ダークナイト用特別戦闘兵装『ホワイト・クロス』であった。今ここに人類のダークナイトへの反抗作戦が展開することになる。


 ホワイト・クロスは、パワードスーツと、重火器を搭載したバックパック、及び高出力モーターを組み合わせた、陸戦用兵装システムの総称である。人型をしたダークナイトに対応できるのは、同じ人型の方が対処しやすいとの見識からだ。また、一部の裏情報では、米軍が既にダークナイトの技術を入手しており、それを転用するのに人型の方が簡便だから、と言う意見もあった。

 いずれにせよ、対ダークナイト戦の突破口が開けたのには違いない。ドイツで行われた米軍と共同の模擬戦の模様は、ニュースやネットワークで全世界の知るところとなった。これに対し、喝采を送る国もあれば、ダークナイト=米国陰謀論を採り批判を繰り返す勢力もあった。



 そんな世界情勢を全く気にもとめず、海堂麟太郎はリビングでホワイト・クロスのニュースをアクビをしながら観ていた。この間の件も、ここしばらく自分がダークナイトに襲われていないこともあって、麟太郎の心の中では、既に他人事であった。実際、ハインド男爵の親玉らしきリキュエールなんたらも、一向に襲ってくる気配さえないのだから。吾朗の言っていた、「ダークナイトは執念深い」という説も、とうの昔にどっかに行ってしまった。

「麟太郎、もう寝る時間よ。さっさと、寝ちまいな」

 母親の声に大アクビで応えると、麟太郎は自分の部屋にのろのろと帰って行った。


 思えば不思議なものだ。ダークナイト程の力が有れば、住宅の玄関も壁も紙のように引き裂いて、簡単に侵入出来るはずだ。だが、彼等は何故か道や広場に出没するだけで、錠を掛けてドアを閉ざした屋内には入ってこようとしなかった。

 古の吸血鬼の如く、家の中から誘われないと中へ入れないのだろうか?

 だが、運悪く夜道で彼等に出くわしてしまったら、それは即、死を意味する。戦闘知性体であるダークナイトにとって、人間などは、だたの脆弱な小動物か虫に等しいのである。


 その意味で、団鈴華は窮地にいた。彼女は、大学の図書館での捜し物で、運悪く帰りが遅くなってしまったである。もうすぐ、道場のある実家まで後少しと言うところで日が暮れてしまった。夜の闇は迫っているのだ。あと少し、あと少しと思いながら足を早めるものの、何故か門までの距離がなかなか縮まらない。まるで、狐に騙されたようである。

(おかしいわね。もうそろそろ着いてもいいはずなのに)

 鈴華は不信に思いながら家路を急いだ。


 その頃、団家では、家族が鈴華の帰りが遅いことを気にしていた。

「鈴華さん遅いわねぇ。どうしたのかしら?」

 吾朗の母、優奈である。

「僕が鈴華さんを迎えに行きましょうか?」

 吾朗が立ち上がった時、祖父の弦柳が制した。

「まて、吾朗一人では危ない」

「しかし、それでは……」

「わしも行こう」

「お祖父さん、大丈夫ですか?」

「見くびるな。わしはまだまだお前の何倍も強いぞ。それより急ぐぞ。鈴華が心配だ」

 祖父にそう言われて、吾朗は玄関へ向かった。


 吾朗が祖父と二人で門に向かっている時、海堂家の家の窓から、麟太郎が声を掛けた。

「ダンゴに祖父ちゃんも、こんな夜にどうしたんだ?」

 それに対して、吾朗が応えた。

「鈴華さんが、未だ帰っていないんだ。これからお祖父さんと迎えに行くところだよ」

「ええ、鈴姉ぇが。もう真っ暗だぞ。俺も行くよ」

「麟ちゃん急いでいるから、置いてっちゃうよ」

「大丈夫、任せろ」

 と言うと、麟太郎は窓から首を引っ込めると、バタバタと音がしてすぐに玄関から麟太郎が出てきた。上下はトレーナーのままである。

「麟ちゃん、寒くない?」

「何言ってる。急ぐんだろ」

「二人共何をしておる。置いて行くぞ」

 弦柳が急き立てた。

「分かってます」

 吾朗はそう言うと、麟太郎と共に弦柳について門を出た。


 その頃、鈴華は深い緑色の甲冑を纏ったダークナイトと対峙していた。

「ククク、人間の娘よ。小生はキリア男爵。ピエール伯爵の命にて、お前の生命を貰い受ける」

「くっ、ダークナイト。どうして、こんなところに?」

「その答えをお前が知る必要はない。早う、近うよれ。小生が手ずから生命を貰おうと言っておるのだ。娘よ、幸運と思え」

 キリア男爵の道化の仮面から覗く目は、妖しく朱く光っていた。

「娘よ、否というなら、小生の方から近づくとしよう」

 男爵はそう言うと、音もなく鈴華に近寄ったのである。

「ひっ」

 鈴華が思わず小さな悲鳴を挙げた。

「クククッ、いい声で鳴きよる」

 キリア男爵がそう告げると、至近距離から鉤爪の付いた右手を鈴華に振り下ろした。誰もが鈴華の死を予感しただろうその時、奇妙な事が起こった。男爵が右肩を中心に有り得ない方向に回転すると、地面に放り投げられたのである。

 しかし、キリア男爵は、地面に叩きつけられる寸前で、体勢を整えると、そろりと着地したのである。

「団式合気術、旋風投げ」

 鈴華が静かにそう告げた。

「ほう……。人間の娘よ、小生を投げよったか。面白い。実に面白いぞ、お前」

 麟太郎達程では無いが、鈴華も団式合気術の修練を受けている。しかも、達人と言われた、弦柳の長男の直系なのである。その才覚だけならば、麟太郎以上と言えた。

 ダークナイトと対峙しても、ただ恐れ慄くだけではなかった。

「来るなら来なさい。ただし、あなたの思うように簡単には、私の生命は取り上げられないわよ」

 鈴華が毅然として、男爵に告げた。

「いいぞぉ。ククククク、クク、実にいい。まさに熟れた果実のようだ。娘よ、小生をもっと楽しませてくれ」

 キリア男爵はそう言うと、右腕の鉤爪を再び振るった。しかし、男爵の鉤爪は、鈴華に達する前に避けられて空を切るのである。

「ほう、なかなかに、やるではないか。嬉しいぞ、娘よ」

「キリア男爵とやら。あなたの攻撃は単調すぎるのです。もう、私には当たらないわ」

 鈴華はこの短時間で男爵の攻撃を読み切ったと言うのか。しかも、避けながら、少しずつ道場への道を進んでいたのである。天賦の才と言うしか無い。

「ククク、分かっておるぞ。分かっておる。小生の攻撃を見切っている事も、避けながら逃げていることも。ククク、実にいい。しかし、娘よ。この道は、小生の術によってクライン空間と化している。何処にも逃げ道は無いぞ」

 ダークナイトの亜空間テクノロジーは、空間をねじ曲げ歪曲し、クラインの壺のような脱出不可能の無限回廊を作る事さえ出来るのか。それでも鈴華は諦めなかった。

「どんなに脅しても屈しないわ。私も団式合気術の使い手。ただただ、逃げ惑いはしない」

 鈴華は凛としてそう告げると、男爵に向かって構えた。

「ほうほうほう、ククククッ、それはなおよろしい。いいぞ娘よ。その調子だ。もっとだぁ、もっと楽しませてくれぇ」

 男爵は今度は両の手で、鈴華を攻撃し始めた。

(クッ、早い。避けきれるか? でも負けない。こんなダークナイトには屈しない)

「ククク、どうした娘よ。ほぉうら、もっと早くなるぞ」

 キリア男爵が、そう告げると、前にも増して、鈴華を襲う鉤爪のスピードは早くなっていた。そして、鉤爪は段々に鈴華を追い詰め、その服に、頬に、髪に触れ、小さな傷を作っていったのだ。

(このままでは、追い詰められる。あの技、私に出来るか……)

 鈴華は心の中でそう思いながら、チャンスを待っていた。

「そろそろ終わりにするか、娘よ。そうれ、これならどうだ」

 キリア男爵が、一瞬のうちに鈴華のほんの目と鼻の先に迫ると、両手の鉤爪を振りかぶったのである。

(今だ、勝負)

 鈴華はこのタイミングを待っていた。男爵の手は鈴華の身体に触れそうなその瞬間に、か細い手で受け止められ、その勢いの数倍の速度で回転させられると、そのまま地面に叩きつけられたのである。

「団式合気術、旋風波乱」

 キリア男爵の叩きつけられた地面には細かい亀裂が走っていた。男爵の甲冑から薄い煙が上がっていた。だが、鈴華はまだ構えを解いていなかった。男爵からは、相変わらず不気味な殺気が放たれていたからである。

「倒れたフリをしても無駄よ。あなたがまだ倒れていないのは分かっています。たかが小娘に、姑息な策略を弄するのすか、あなたは」

 ダークナイトと対峙すれば、普通の人間であれば、すぐに絶望感から精神的に先に負けてしまう。しかし、鈴華はそうはならなかった。合気術の鍛錬の基本は精神の鍛錬。まだ若いが、鈴華も団家の道場で育ったのだ。その辺の若い娘とは違う。

「クククッ、素晴らしい。なんと素晴らしいことよ」

 男爵はそう言うと、地面から立ち上がった。大地に打ち付けられた時に出来たのだろうか、その甲冑の胸には細かい亀裂が入っていた。しかし、その亀裂は、鈴華の見ている前で、見る間に復元されてしまったのである。

 ナノマシンマテリアルであるダークナイトの装甲は、ダメージを負っても、その自己復元プログラムにより、すぐに再生してしまうのである。

 鈴華は絶体絶命の窮地に陥っていた。




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