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戦場の道化師(5)

 濃紺の甲冑が明るい月の光に照らされていた。それは古代の彫像のように神秘で美しかった。戦う事だけを要求されたダークナイトに、創造主たる異次元の人類が何故このような綺羅びやかな衣装を施したのかは謎であった。

 立ち向かうBJの鎧は黒。今夜の明るい月明かりさえ吸い込みそうな、そんな深い黒であった。その黒き鎧に施された文字とも文様とも見受けられる意匠は、夜空に輝く星座のようであった。そして道化の面の隙間から見える眼光は怪しく輝き、対するリキュエール子爵をじっと見つめていた。

 二人はお互いの武器を構えたまま、その場を動かずにいた。優美な鎧の意匠もあって、二人の佇む光景は博物館か美術館の一角に飾られた絵画のようでもあった。


 先に動いたのは、リキュエール子爵であった。目にも止まらぬ速さで左腕を振るうと、BJに瞬速の突きを放った。BJが、為すすべもなく貫かれたと思った瞬間、子爵はその目を天頂に向けていた。貫いたと見えたのはBJの残像であった。実態は、月の明るい夜空に怪鳥のようにマントを翻して飛び上がっていたのである。

 BJは、飛び降りざまに、右手の巨大なジャックナイフをリキュール子爵に振るった。対する子爵は、カニの腕でそれを受け止めた……筈であった。しかし、子爵の腕の切っ先は、BJのナイフに斬り飛ばされていたのである。子爵が一旦距離を取るために退く。斬り飛ばされたハサミの先端から、血とオイルの混じった赤黒い体液が滴り落ちる。

「ジャービール、デスフレイム」

 子爵が守護獣に命じると、巨大な獅子は口から紅蓮の豪火を放った。

「ギリオン、フリージングトルネード」

 対するBJの守護獣ギリオンは、口から絶対零度の猛吹雪を放った。炎と吹雪は戦場の中間でぶつかると、互いに相手を飲み込もうとあがくようにもがくと、その場に散った。

「クッ、やるのう。流石に守護獣を引き連れているだけはある」

 リキュール子爵が賛辞を述べた。

「だが、これはどうだ、濃紺の飛弾」

 子爵がそう言うと、マントを翻した。すると、マントの裾から無数の楔がBJに向けて放たれた。しかし、その弾道は以前と近い、目くるめくような様々な軌道をとると、BJに向けて、四方八方から襲いかかったのである。

 BJは、これも漆黒のマントをまとうと、それを翻した。そのひと振りで、濃紺の楔は、運動エネルギーを失って、地面に落ちたのである。

「なんと、我が飛弾を撃ち落とすとは。その技、誰に教わった!」

 子爵の頭の中に、一人のダークナイトの名が浮かんだ。しかし、そんな筈がない。彼は戦闘知性体であるダークナイトの頂点に立つ者。このような爵位もない無頼のやからと関係があるはずが無かった。

「おおおおお、そんな筈はない。ゆくぞぉ」

 子爵は腰の長剣を抜くと、三度BJに襲いかかった。

 刃と刃が打ち合わされる優美な旋律が「キンキン」と、月明かりに照らされた川原に響いた。BJに向けて剣とハサミを振るうリキュール子爵は、優雅なダンスを踊っているようであった。いや、踊らされているのか。その意味では、子爵は道化師のようであった。

 リキュエール子爵は焦っていた。数百年の歳月を経て研鑽されてきた自分の剣技が通じない。相手の動きを先読みして放っているはずの剣が、全て弾き返され、次の剣戟を行うも、それも打ち返されているのである。

(こやつには、我が剣の全てが見透かされていると言うのか)

 そうするうちに、きらびやかな旋律はいつの間にか聞こえなくなっていた。リキュエール子爵の剣が、BJに届かなくなってきたのだ。子爵の剣は漆黒の騎士の身体を傷つけることはおろか、その剣をナイフで受け止めることさえされなくなったのだ。

 子爵の剣は空を切り、ハサミの向かったところは虚無であった。

(どうしたことだ。この我の剣が全てかわされるとは。この男には、我の技量が通じぬのか)

「素晴らしい剣技だ」

 焦っている子爵にBJが賛辞の言葉を送った。

「卿の技によって、俺はまた一段階進化を果たした」

 この黒いダークナイトは、こんな短い期間にも自己進化を果たしたと言うのか。


 戦闘知性体であるダークナイトは戦いを生き残り、その成果を積み重ねることによって自己進化を行うようにプログラムされている。具体的には、自己の筋肉組織や神経組織を改造し、身体能力を高めること。それと、自己の戦術電子脳のプログラムを更新し、新たな技や剣技を習得することである。しかし、それには、ある程度の期間を必要とする。

 BJはそれを、リキュエール子爵との戦闘中という僅かな期間で成し遂げたというのか。

 あらゆる意味で恐るべき相手であった。リキュエール子爵は、眼前の騎士に初めて恐怖した。自分の数百年に渡る戦闘経験を、この男の進化の速度は凌駕するというのか。

 リキュエール子爵は、一旦後方へ退いた。このままでは、剣でこの男に敗れてしまう。

「来い、ジャービール」

 子爵は、自分の守護獣を呼び寄せると、その首を自らの剣でもって切り落とした。

「何、貴様何をする気だ」

 BJは初めて動揺した。自らの分身とも言える守護獣の首をはねるなどという非道なことは、ダークナイトの戦術プログラムにはありえない事であった。

「見るがいい。我等の究極形態を」

 リキュール子爵はそう言うと、未だ血を流している守護獣の傷口を、自らの腹に押し当てた。瀕死の状態で守護獣を形どっているナノマシンのプログラムがどう反応したのか、ジャービールの身体は、見る間に主人である子爵の身体に融合を始めたのである。子爵の身体も守護獣と一体化をするために四肢が変形を始めていた。

 そして、新たな進化の果てに、リキュエール子爵は異形の姿を表したのである。

 その姿は、下半身が巨大な獅子で、上半身が人型をした、獣人の姿であった。

「我の新たな力、その身でもって受け止めるがよい」

 巨大な獣人の体躯が月明かりを跳ね飛ばして中に舞った。BJはその優美とも言える飛翔に一瞬見とれたのかもしれない。巨獣の前足がBJを押し倒し、地面に押さえつけた。身動きの出来ない騎士に、子爵の剣が振り下ろされようとしていた。その窮地を救ったのは、巨大な右腕である。

 ヘルズ・ライトは、その巨大な手の平で、異形の戦士をいとも容易く叩き飛ばしたのである。

「ぬう、悪魔の右手か」

 異形の姿に成り果てたリキュエール子爵が恨みの声を発した。

 リキュエール子爵が、ヘルズ・ライトに気を取られている間に、BJは既に次の動きに入っていた。黒騎士の姿が揺らめくと、怪鳥の如く天に舞ったのである。それは空中で身体をひねると、リキュエール子爵の獣の背中に音もなく着地した。そして、避ける間も与えず、子爵の背中をジャックナイフが貫いたのである。

「ぐおおおおおお、貴様ぁ」

 子爵が怨嗟の声を上げる。ジャックナイフは子爵の身体を胸まで切り裂いていた。

「終わりだ、リキュエール卿よ」

 BJはそう言うと、リキュエール子爵の上から地面に飛び降りると、三体の守護獣を呼び寄せた。傷ついた獣人の眼前に黒い猛犬と強大な両腕が出現していた。

「ギリオン、ヘル・アンド・ヘブン・アームズ、ビッグガンフォーメーション」

 BJが命令を下すと、ギリオンは中に飛び上がり仰向けになると、背中の翼を閉じて銃握のようになった。それを、二本の腕が握り締める。ギリオンの腹側のパーツが起き上がり180度展開すると、巨大な銃身になった。

 BJの永久機関がフルドライブ状態になり、膨大なエネルギーを拳銃の形に変形した守護獣に送り込んでいた。銃身がプラズマの火花を放ち、先端は薄紅色に輝き始めた。

「何と言う強力な力だ」

 リキュエール子爵は、巨大な銃に狙いをつけられたまま、動くことが出来なかった。まるで、焔に見とれる蛾のように、自らを消し去るであろう武器から目を離せずにいた。

「エネルギー充填100%。プラズマ・フレア、ファイヤー」

 BJの命令で、高エネルギーのプラズマの奔流が銃の先端から放たれた。それは獣人とはてたリキュエール子爵を包み込むと、その身体を素粒子レベルで焼き尽くした。

(ああ、これでやっと死ねる)

 断末魔にリキュエール子爵はそう思った。そして、どうして自分が疲れ果てているのか、その理由を知った。


 川原の地面に「カラカラ」と音が響いた。あのプラズマの奔流の中を焼け残ったのか、リキュエール卿の仮面であった。その道化の仮面は怒っているようにも笑っているようにも見えた。BJは、その仮面をしばらく凝視していた。

「ヘブンズ・レフト、結界解除。引き上げるぞ」

 BJが守護獣に命令を発すると、亜空間断層の結界が消え、夜のさざめきが再び辺りを覆った。

 そして、そのまま引き上げようとしたBJは、何かに驚くように振り返った。

 そこには、銀色の甲冑を身に纏った新たなダークナイトが立っていた。

「リキュエール卿よ、最後の戦いは楽しかったか?」

 そのダークナイトは、リキュエール子爵の仮面を拾い上げると、誰に言うとでもなく語った。

 銀の騎士は、こちらを見つめる黒き騎士に気づくと、守護獣を引き連れた彼を見やった。

「お主がBJか。我輩はピエール伯爵。お初にお目にかかる。いや、なかなかよいものを見せてもらった。我輩は今感動の中にいる」

「次の相手はお前か?」

 BJが囁くように訊いた。すると、伯爵は、

「いや、やめておこう。折角、リキュエール卿の舞った舞台が興醒めになる。お主も疲れておろう。今日は、顔見せに止めよう。良い戦いであった」

 ピエール伯爵はそう言うとビロードのようなマントを翻した。影が舞ったその後には、何も残っていなかった。

「ピエール伯爵か。……厄介な相手になりそうだ」

 BJはこう呟くと、夜の暗闇に消えた。



 吾朗は夜空の月を見ていた。

「あら、吾朗。どうしたの、こんな遅くまで」

 母が息子に問うた。

「いえ、月があんまり綺麗なものだから、つい見とれてしまいました」

「そう。でも、もう遅いから、すぐに寝なさい。明日も早いんでしょう」

「はい、分かりました」

 そう、母に告げて、自室へ戻る吾朗の顔は、何故か悲しそうであった。




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