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戦場の道化師(4)

 その日の夜遅く、吾朗は寝床から這い出して部屋を出た。廊下を歩いていると、母から声がかかった。

「どうしたの、吾朗。こんな夜遅くに」

「うん。ちょっとトイレに」

「そう、早く寝るのよ」

「分かりました」

 吾朗はそう答えると、夜空を見上げた。満月が明るく夜空を照らしている。

(そろそろかな)

 吾朗は心の中でそう思った。



 その頃、リキュエール子爵はピエール伯爵に進言をしていた。

「ピエール閣下。今一度、我の我儘を聞き入れて欲しく伺いました」

 ピエール卿は、執務机から顔を上げると、リキュエール卿を見た。

「どうした、卿よ」

「我はもう一度、あの黒きダークナイトと戦ってみとうございます」

「卿の言っていた謎のダークナイトの事か? だが、守護獣を三体も引き連れていると聞く。恐らく侯爵級の力の持ち主よのう。お主も一度手ひどい傷を負わされたという。一人で大丈夫か?」

 ダークナイトの戦闘力は爵位でもって階級付される。上位の爵位ほど桁違いの戦闘力を持つのだ。単純に爵位が一つ違えば戦闘力は一桁以上の差がある。つまり、侯爵級と推定されるBJの戦闘能力は、子爵であるリキュエール卿の百倍以上あることになる。

 リキュエール子爵はそれを承知で戦いたいと申し出ているのである。普通は無謀な決断と言えた。

「あのダークナイト、まだ産まれたてと思われます。守護獣を三体連れているからと言って、本当のところどの程度の力量なのか計りかねております」

「ふむ、戦闘経験の差の分、卿の方が有利と言う事か」

「御意にございます」

「あの者が産まれたてならば、経験の差は数百年年以上あると言う事か」

「御意。我は産まれてから数百年の長きに渡っての経験の結果として、子爵級の力にまで進化しもうした。それが、あのダークナイトからは感じられないのです。最初からあれ程の戦闘力をもって産み出されたとしか思えぬのです」

「ならば、あの者は自分の力の使い方さえ知らぬ事も考えられるのう」

「おっしゃる通りにございます。もし、我が敗れても、あの者の力を測る物差し程度にはなりましょう。それだけでも犬死にはなりもうさんと考えております」

「敢えて捨石になると?」

「御意」

 リキュエール卿の答えをピエール伯爵は、笑い飛ばした。

「クククク、戯言を吐かすな。お主は、ただ戦いたいだけであろう。戦いのみを本能に刻まれたダークナイトが、卿の言うような謀で戦うなど、片腹痛いわ。正直に言うてみるが良い。戦いたいと」

「閣下に嘘はつけませんな。おっしゃる通りでございます。我は戦ってみたい。あの黒きダークナイトと。我の力がどこまで通じるか試してみとうございます」

「うむ、それこそがダークナイトの本分。よろしい、許可しよう」

「ありがたき幸せ」

 リキュエール卿は、あの時のハインド男爵の気持ちが分かったような気がした。強い敵と戦える。それは自分にとって限りない祝福であると。

「それでは早速、参るとしましょう」

「リキュエール卿よ、ヤツと出会えるあてはあるのか?」

「ありませぬ。ですが、以前に出会った場所に行けば出会えるかと思いまする」

「勘か?」

「御意」

「ふむ、戦闘種族である我々には、戦場が何処になるかということを本能的に察知する能力もあると聞く。お主の好きにするが良い」

「ありがたき幸せ。では、参ります」

 一礼して踵を返したリキュエール卿の背中にに、ピエール伯爵が声をかけた。

「勝てとも負けるなとも言わん。卿よ、戦いを存分に楽しむがよい」

 そう言うピエール伯爵の目は怪しい光を帯びていた。



 満月が天頂に輝いていた。今、リキュエール卿は、先日BJと邂逅した川原に立っていた。傍らには、守護獣ジャービールが控えていた。

「ジャービールよ。今夜こそ、我の数百年の長きに渡る戦いの日々に決着がつくやもしれぬ。お主はどう思うとる?」

 卿の問に、ジャービールは、「グルルル」と喉を鳴らした。

「お主とは今夜限りかも知れぬ。思えば長い日々であったのう」

 リキュール子爵は、自らの戦いの日々を思い出しているようであった。


 どのくらいそうしていただろうか。いつの間にか、橋桁の影に何者かが立っているのにリキュエール卿は気づいた。

「BJか。遅かったのう」

 リキュエール卿は、眼前の騎士に問うた。

「待たせたようだな」

 闇が囁いたような声だった。黒き騎士の傍らには、漆黒の猛犬、ギリオンが付き従っていた。ジャービールが唸り声をあげる。

「先日はお主の『右腕』にしてやられたが、今夜は油断せぬぞ。この新しい腕でお主を葬ってやろう」

 リキュエール子爵はそう言うと、巨大なカニのハサミのような左腕を持ち上げた。

「望むところだ」

 BJはそう言うと、背後から巨大なジャックナイフを取り出すと、その刃を引き出した。「パチン」と刃がロックされる音が闇に響いた。

「行くぞ」

 リキュエール卿は、そう叫んでBJに挑んだ。巨大なハサミを振り上げると、BJに襲いかかる。「ガキン」と音がして、ハサミはBJのジャックナイフに受け止められていた。鍔迫り合いの音がギリギリと聞こえてくるようであった。

「フンッ、喰らえ」

 リキュエール卿の右拳がBJの脇腹を殴りつける。BJは、その拳をかわすために、リキュエール卿の左腕を弾くと、後ろに飛び退った。

「やはりやるのう」

 リキュール子爵が呻いた。それは、称賛の声であった。彼の左腕のハサミにヒビが入っていたのである。しかも、ナノマシンマテリアルで出来たハサミが一向に再生する兆候がない。

「卿よ、どのくらいの年月を戦ってきたか知らぬが、この辺で大人しく余生を過ごすのも良いのではないか」

 驚いたことに、BJがリキュール子爵に提案をしたのである。

「それが出来ぬことと、お主自身が知っておろう」

 二人の間を隙間風が吹き抜けた。

 永久機関を動力とし、ナノマシンにより強力な再生機能を持ったダークナイトの寿命は、基本的に無限であった。その命が終わるのは戦闘の中で討ち死にするしか無いのである。

「そうか。そうであったな」

 BJは何か残念そうに呟いた。

「では、お互い本気を出せるようにしよう。ヘブンズ・レフト。亜空間結界」

 BJが呟くように命令を下すと、中空から染み出すように巨大な左腕が出現した。左腕は、大きな握り拳をBJの眼前の地面に叩きつけたのである。すると、拳を叩きつけたれた地面を中心に、魔法陣のような文様が描かれた光の同心円が現れた。光る円はそのまま二人のダークナイトのいる川原に広がって行くと、直径50メートルほどの巨大魔法陣を形成した。

「亜空間断層の結界を張った。この中では、どんなに大きなエネルギー出力があっても外界には影響が及ばない。卿よ、思う存分力を振るうがよい」

 BJがリキュール子爵に告げた。

「ほほう、お主、味なことをするのう。戦い以外に周辺を気にするダークナイトなど、初めて見た。奇特なやつよのう」

 子爵が、感嘆の声を挙げた。

「では、改めて参る」

 漆黒の騎士がそう告げると、リキュエール子爵も、

「望むところよ」

 と、応じたのである。


 戦いの結末はどんな形で訪れるのだろう。それは夜空に輝く月のみが知っているのかもしれない。




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