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プロローグ

 時刻はまだ4時半を回ったところだった。河原の土手道を自転車や通行人が時おり通り過ぎて行く。そう、世界はまだ太陽の光を浴びていた。


「よう、やっと会えたな。海堂、……海堂麟太郎!」

 河原の真ん中では、二人の高校生と思しき学生が、大勢の学生たちと睨みあっていた。

「大勢でないと、ケンカごっこも出来ないかい。なぁ、ダンゴ」

 呼び掛けられたもう一人の学生──ダンゴこと団吾朗が、海堂と呼び掛けられた学生にヤレヤレという感じで返事をした。

「これも日頃の行いが悪いからだよ、麟ちゃん」

「しかたねぇだろう。あっちがケンカ売ってくるんだから」

 麟太郎は、腕っぷしは強いが一匹狼で、幼馴染みで相棒の吾朗以外とはつるまない事で知られていた。そのため、この界隈の不良グループの間で、取り合いやいざこざの絶えない事でも有名だった。

「この前の件、返事を聞きたい」

 不良達のリーダーらしき学生が、そう声をかけた。対して麟太郎は、こう切り返した。

「いつも言ってるだろう。同じこと何度も言わせるな。俺は大勢でつるむのは嫌いなんだよ。それと、一般人に迷惑をかけるのもな」

 麟太郎は、そうサラリと言ってのけた。

「……やはりそうか。仲間になれば天下をとることも夢ではないというのに。味方にならないと言うなら、他のグループにとられる前に潰すのみ。野郎共、やっちまえ!」

 おおおおお、と言う歓声とともに、大勢の学生達が押し寄せてきた。30人は下るまい。手にてに金属バットやチェーンなどの凶器を持っている。その狂暴な波を見ただけで、普通は踵を返して逃げ出すだろう。だが、この二人は違った。

「へっへへ、そうこなくっちゃな。おい、ダンゴ、怪我しねぇようにちゃんと背中に隠れてろよ」

「おやおや。僕は麟ちゃんと違ってケンカは嫌いなんだ。ちゃんと守ってくれよ」

 ガキ大将風の麟太郎と違い、吾朗は「いいとこ坊っちゃん」という風情であった。大勢を相手のケンカで、足を引っ張ることはあっても、決して頼りになるとは思えなかった。実際、麟太郎が押し寄せる不良達を片っ端から殴り倒しているのに対し、吾朗は柳に風とフラリフラリと攻撃を避けるだけだった。

 『人が飛ぶ』、そう形容するのが最も相応しいと思えるケンカであった。投げ飛ばしているのではない。殴り飛ばされているのだ。あっという間に不良達の数は半分に減っていた。

「おいおい、もうこの有り様か。もうちょっと本気出してくれよ」

 麟太郎は挑発ともとれる言葉を吐いた。自分の強さを信じているのだろう。しかし、そこにわずかな隙が生じたのを不良達は見逃さなかった。

「死にさらせぇい」

 麟太郎の死角の背中側から金属バットが襲いかかった。「やった」とその不良は思っていたに違いない。「この俺が凄腕の海堂を倒した男になるんだ」と。

 しかし、その学生は、有り得ない方向に身体を回転させられると、大地に伏していた。そして「えっ?」と思う瞬間もなく、意識を失っていた。

「麟ちゃん、背中ががら空きだよ」

 さっきまでフラフラと不良達の攻撃を避けていた吾朗が、いつの間にか麟太郎を背にして立っていた。

「ダンゴ、済まねぇ」

 吾朗は「どういたしまして」と応えると、またフラリフラリと不良達の間を避けていた。

 『合気道』、と呼ばれる武道がある。様々な投げ技や決め技を持つ古武術である。なかでも返し技を得意とする。吾朗の実家は、合気道の道場であった。格闘技術という点では、もしかすると吾朗の方が麟太郎を上回っているかも知れないという噂さえある。孤高の一匹狼を貫く麟太郎が、ただ一人吾朗だけを『相棒』と呼ぶのは、幼馴染みであるというだけでなく、自分と同レベルの格闘術を持っているという事もあるのかも知れない。


 いつの間にか太陽は大地に沈み、宵闇が迫ってきていた。立っている不良は五人だけである。

「麟ちゃん、ヤバいぞ。日が暮れる!」

「何ぃ、ダンゴ。もうそんな時間か。てめぇら、ケンカはお仕舞いだ。命が惜しかったらさっさとこの場から逃げるんだ!」

 麟太郎が、切羽詰まった声で不良達に声をかけた。夜の暗闇は、この麟太郎さえも脅かすのである。

「ダンゴ、俺たちもフケるぞ」

「オーケイ、麟ちゃん」

 走りだそうとした二人の背後から悲鳴が聞こえた。だが、人間がこんな悲鳴を出せるのだろうか? その悲鳴は魂を搾り採られるような、文字に出来ないような、声に出せないようなモノであった。

「何だ?」

 と、二人が振り返ると、漆黒の闇を背にして濃紺の甲冑の姿が立っていた。左手には直径2メートルはありそうな巨大な円形の盾を持ち、右手にはさっきまで争っていた不良が首を握り潰されたまま吊るされていた。遠目に見ても巨大に見えるその身長は3メートルはあるだろうか。盾も鎧も美しい装飾で彩られていた。顔は道化師を連想するようなマスクで被われ、その素顔は分からない。背中のマントの裾は擦りきれ、その主の築いてきた幾星霜の年月を表していた。

「ダークナイトだ。逃げよう、麟ちゃん」

 吾朗が麟太郎の手を握ると、その場から去ろうとしていた。その時、二人の面前に巨大な白銀の獅子が現れ牙を剥いた。

「な、守護獣?」

 吾朗が五メートルはありそうな大獅子に襲われそうになった時、麟太郎がその手を引っ張った。さっきまで吾朗の頭のあった空間が、狂暴な牙で咬み砕かれる。

「大丈夫かダンゴ」

 麟太郎が勢いよく吾朗の腕を引っ張ったお陰で、彼は命拾いをした……はずだった。ところが勢いがよすぎて、吾朗は川原の土手を転がり落ち、川の流れに呑まれてしまった。

「しまった。ダンゴ、ダンゴー」

 麟太郎が叫ぶも返事は無かった。しかも、この場面で他人の心配は出来そうに無かった。前には甲冑の巨人、後ろは白銀の大獅子。彼に逃げ場は無かった。

「へっ、へへ。一度会ってみたいと思ってたんだよな。ダークナイトって奴にさ」

 口では大きな事を言ってみてはいるが、彼の心中では恐怖が渦巻いていた。

(自分の眼で見ると、マジでけぇ。足がガクガクしそうだ。ダンゴ、せめてお前だけは生き延びていてくれ)

「我が名は、ジル・リキュエール子爵。我が姿を見ても臆さぬお主に敬意を祓い、我が剣にて、その命もらい受けよう」

 巨大な甲冑──リキュエール子爵は腰からこれも巨大な長剣を抜くと、麟太郎に降り被った。

(もうお仕舞いだ。親父、お袋、済まねぇ。鈴姉ぇ、ごめんよ。ダンゴ、あばよ)

 麟太郎の頭の中で、家族や仲の良い者達の顔が明滅した時、奇跡は舞い降りた。

 巨大な刃が轟音を伴って降り下ろされた刹那、「キン」という美しい旋律と共に、子爵の剣は、漆黒の刃に受け止められていた。

 麟太郎が恐る恐る目を開いたとき、そこには夜の闇よりもなお黒い、漆黒の甲冑が立っていた。その手には、刃渡り五十センチはありそうな巨大なジャック・ナイフが握られ、子爵の剛剣を受け止めていたのである。

「我が剣を受け止めるとは……。お主もダークナイトだな。どこの手の者だ。名を名乗れ」

 だが、漆黒の騎士は、それに応えず、

「逃げろ」

 とだけ呟くように言った。まるで闇が囁いたような声だった。

 麟太郎は、それが自分に向けられたものだと、ようやく気がつくと、土手の方へと走ろうとした。しかし、退路は白銀の獅子によって塞がれていた。

「ジャービール、その子供はお前にやろう。我はこの男の相手をする」

 麟太郎が再び万事窮すと思った時、再び闇が呟いた。

「出でよギリオン」

 その声に呼応するかのように、黒いドーベルマンのような獣が、獅子の前に立ち塞がった。その体躯は四メートルを優に超えており、黒光りする身体は金属のようにも獣の肌のようにも見えた。のみならず、背中には三角形の白銀の翼のような物が一対生えていた。

「お主の守護獣か。ジャービール、喰い尽くせ」

 主の命に従って、巨大な獅子は漆黒の猛犬に挑んだ。獅子の前足が猛犬に奮われるも、黒い守護獣は寸前で避けていた。猛獣と猛獣の戦いの中、黒き猛犬は、麟太郎から獅子を引き離し退路を作っているように見えた。

「さすがはリキュエール子爵の守護獣。手強いな」

「お主、我にそのような口を聞くか。我が力でねじ伏せて見せよう」

 子爵はそう言うと、予備動作もなく後ろに5メートル近くも飛びすさった。

「受けてみよ、我が濃紺の飛弾を」

 そう言うと、マントを翻した。すると、マントから紺色の楔が無数に飛び出し、漆黒のダークナイトに向かって飛翔して行った。誰もがその無数の楔で貫かれると思っただろう。その時、闇が声を発した。

「ヘブンズ・レフト」

 その声に呼応するように、漆黒の騎士の前に巨大な左手が闇から染み出すように現れると、その手のひらでもって楔を受け止めたのである。

「何ぃ。お主、二匹も守護獣を飼っておるのか! しかも、我が飛弾を全て受け止めるとは」

 驚愕する子爵に、黒い騎士が飛び込むように挑んだ。

「悪いな、三匹だ。ヘルズ・ライト」

 騎士の前にもう一本の腕が浮かび上がると、その豪腕を子爵に奮った。

「な、まさか。三体もの守護獣を操るとは、……お主、侯爵クラスか?」

 驚愕しつつも、子爵は左腕の盾で、巨大な拳を防ごうとした。しかし、その盾を難なく粉々に打ち砕くと、巨大な右拳は子爵の左手をも粉砕していた。

「さすがは子爵を名乗るだけはある」

 漆黒のダークナイトは賛辞を述べたのである。リキュエール子爵は、盾が拳を防ぎ砕けるまでの、その刹那の瞬間に後ろに跳んで衝撃を弱めたのである。しかし、それでも左手を持っていかれた。子爵の左腕から、血とオイルの混じった黒い体液が、川原を濡らしていた。

「こい、ジャービール。この場は一旦引こう。だが、もう一度問う。お主、名は何と言う」

 子爵との戦いに敬意を評するように、漆黒の騎士が呟くように言った。

「BJ」

「そうか、お主が、あの『BJ』か。覚えておくぞ。次はお主の首が無くなると思え」

 リキュエール子爵はそう言い残して、深い闇の中へ溶け込むように消え去った。


 川原に再び静けさが戻ると、麟太郎はその場に膝をついた。いや、むしろ今まで立っていられたのが不思議なくらいである。ダークナイト同士の戦いに巻き込まれて命を失わなかったどころか、五体満足でいられたのは奇跡に近い。

 一方、漆黒のダークナイトも、その場を去ろうとしていた。

「あんた、……BJって言ったっけ。お陰で命拾いをしたぜ。あんた何者だ?」

 この状態で、ダークナイトに声を掛けることが出来るとは、麟太郎も相当な胆力の持ち主だ。

「これからは、遊ぶときは陽のあるうちにしておけ」

 彼は、それだけを呟くように言うと、守護獣と共に闇の中に溶け込むように消え去った。

 麟太郎は胸を撫で下ろすと、誰に言うとでもなく呟いた。

「助かった。まだ生きているなんて信じられねぇ。……そうだ、ダンゴは。ダンゴはどうなった?」

 彼は見失った相棒を探そうとしたが、その場を動けなかった。今になって腰が抜けたのである。その時、川の下流の方から声が聞こえた。

「麟ちゃーん。だいじょーぶかぁー」

「ダンゴ、ダンゴか? 良かった無事だったんだな」

「ひどいよ、麟ちゃん。危うく溺れるところだったよ」

 そう言う吾朗は、びしょ濡れであった。

「わりぃ、ダンゴ。でもそれで命拾いしたんだから勘弁してくれ」

 そう言う麟太郎も相棒が無事と分かって落ち着いたのか、やっとこさ立ち上がると、吾朗と一緒に土手道へと向かった。

(あの黒いダークナイト。俺を助けてくれた。一体何者なんだ?)

 そう思いながらも、麟太郎はこれ以上闇が深くなる前に、吾朗と共に家路を急いだのだった。




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