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ミルク  作者: ハリ
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 父が知っている唯一の繋がりは、橋本さんの伯父の連絡先だった。

「俺が死んだら、遺産の手続きで必要だろうから、葬式が終わってから知らせてくれ。それ以外の連絡は受け付けない、と言われたよ」

 一応な、と、住所と電話番号は教えてもらった。




 昨日からの出来事は、衝撃っていうより「ああ、やっぱり」って話で。

 でも充分すぎるくらい、その事実に打ちのめされていた。


 父と母がどんなに苦悩していようと、加害者だと思う。そして春花自身も。

 生まれてくることで誰かを苦しめていた。それは重すぎる話だ。


 橋本さんがあんな態度だったのも、痛いくらいに分かる。



 何を言われても仕方ない。



 長くなりそうな両親の言い訳話を途中で切り上げて、部屋に戻ってベッドに転がった瞬間、携帯が振動した。

 彼だ。

 見ていたかのようなタイミング。

 こんなところが、神がかっていると思いながらボタンを押した。

「はい」

「春花。いまひとり?」

「うん」

「話、訊いたのか」

「うん」

 両親に言われたことを、曲解しないよう気を付けながら伝えた。

 報告に私情を挟むなと、会社で言われたことを思い出して、話しながら事実関係は整理できたつもりだ。

 こんな時に適度な返事と、的確な質問を挟みながら、根気よく話を聴いてくれる彼を、手放す事になったらどうしようかと、心の中で思いながら。


「そうか」

 最後の相槌は、溜息と共に吐き出された。

「会ってもらえない可能性が高いけど」

「でも、やってみなきゃ始まらない」


 少しの間沈黙していた彼が、口を開いた。

「住所と電話番号、メールでくれないか?」

「え?」

「俺がアプローチする。全くの他人のほうがうまくいくと思うんだ」

「……でも」

「そこは信用してくれないと」

 彼に迷惑をかけるのを躊躇ったけど、結局は言いくるめられてしまった。




 住所と電話番号を預けてからさして日を置かずに、彼が橋本さんに会うと事前に連絡が来た。



「私も行きたい。会って話したい」

「それはダメ。橋本さんとの約束だから」

 春花に話して万が一、両親に知られて面会中に現れたら、きっともう会ってもらえないからと言われ、いつ、どこで会うかも知らされなかった。

「結果は隠さずに伝えるから。良いことも悪いことも全部」

 お願いしますとしか、言えなかった。



 彼からの話を両親に伝えると、父は、やはり会いたいと言い張った。無理だからと何度も止めたけど「実の父なのに会えないのはおかしい」と、春花の携帯を取り上げて電話までかけて彼に訴えた。傍で聞いていたら、父の勢いがみるみる削がれ、最後は小さな声で返事だけになり、青ざめた顔で私の携帯を置いた。

「彩香が、とにかく私たちの顔も見たくないから、絶対に連れてくるなと言ったそうだ。もし来たら、何を話すか分からないですよ、と」

 父はソファーに身体を預け、項垂れた。

「彩香の話し方によっては、今回の話はダメになるかも知れない。すまない、春花」

「どうして………」


 


 父にも、母にも当時の事を訊いた。

 会社で、女同士の人間関係が上手くいかない母が、上司である父に相談したのが切っ掛けだという。いけないと思いつつずるずると不倫の関係を続け、妊娠したので、母の両親が、結婚を迫った。

「高杉のおじいちゃんたちは反対しなかったの?」

 そう訊くと二人は顔を見合わせ、眉を寄せた。



 何度も訊くと、母がおずおずと話し出す。

「お腹の子は男の子だって……そう病院で言われたって話したの」

「どうして……?」

 出産前に聞いていた性別が違うことがあるのは、友人に例があったから知っている。

「本当にそう言われたの?お医者さんに」

 母は黙り込む。

「だって、そうでもしなかったら……」涙声が詰まる。

 泣き落とし。思春期に反抗していた春花に、母が良く使った手だ。

 形勢不利になると泣き出す。そうして非難をかわし、結局自分の意見を通す。

「ごめんなさい、ごめんなさい春花」

 慰める気になんて、ならない。


「こんなことで春花の幸せが……」泣きながら呟く母に、春花は怒鳴った。

「こんな事って、何!」

 震えていた母の肩が、ぴたりと止まった。

「どう考えたって悪いのは、妻子持ってて不倫してたお父さんと、知ってて付き合ってたお母さんでしょ!橋本さんに何言われたって仕方ないんじゃない!」

 言った勢いのまま部屋に駆け込んで、弾みをつけてドアを閉めた。


 彼と別れたくはない、そうなった時の辛さは、想像もしたくない。でも、もし今回の事で壊れてしまっても、仕方ないのだろうとも思う。

 父や母が何を言っても、加害者の言い訳だ。

 橋本さんに非はない。全く。

 そして知らずにのうのうと生きていた私だって、悪い。


 生まれてきただけで、誰かを不幸にする存在だったんだ。


 父と母はそれから、まるで腫れ物に触るように私に接した。

 私はそれを、冷淡に受け止めた。まるで当時の橋本さんみたいに。

 一緒にいる時間を作らず、必要なことしか話さず。


----------あの頃の橋本さんの気持ちが、ほんの少しだけど分かる。



 めちゃくちゃにしたってよかったのに、本当の事言って、何もかも暴き出して。




 きっとそれが今なのかもしれない。彼もご両親も、きっと橋本さんの話を聴いて考えなおすだろう。春花との結婚を。

 でもそれが、生まれただけで人を傷つけたことへの、償いなんだ。



 彼からの連絡を、ただ待つのは苦しかった。

 でも、こちらから催促はしないで、ひたすらに待った。




「会ってきたよ。両親にも会ってもらった」

 土曜の夕方、何をする気にもならず部屋に籠っていた春花の携帯が鳴って、彼の声を伝えてきた。

「……そう」

「ああ、きちんとした、綺麗な人だった」

 気を悪くさせそうで言えなかったけど、春花のお父さんに似ていたよ。と言う彼の声は穏やかだった。

「大丈夫だよ、何も変わらない。明日にでも挨拶に行くから、ご両親に伝えておいて」






 両親は、初めから低姿勢だった。

 自分たちのせいで破談になったらどうしようと、おどおどしている。

 型通りの挨拶のあと、彼はごく簡単に橋本さんに会ったことを報告してくれた。

「伯父さんを通して昨日会うことが出来ました。ただ、自分の事は一切親御さんに話さないでくれと」

「はあ」

「うちの親にも会ってくださって、きちんとした方だったので二人とも安心していました」

「あの」

 何か言いかけた父に構わず、彼は話を続けた。

「ただし、これっきりにして欲しいと。親戚付き合いする気は全くないと言われてしまいましたね」

「彩香は……」

「個人情報は一切、教えてももらえませんでした。知られるかもと思うだけでも厭だとおっしゃって」

「そうですか……」

 父は肩を落とした。


 明日仕事があるので、と、お茶だけで帰る彼を、車で駅まで送ることにした。


 

 

「まだ話していないことがある」

 助手席に座った彼が、最初の信号待ちでそう切り出した。

 春花は言われるとおりに、ショッピングセンターの駐車場へ車を入れる。屋上の片隅。近くに車の影はない。

「家で話そうと思ったけど、ご両親には聞かれたくなかったから」

 






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