(6) ポキポキのソナー1
街からだいぶはずれた場所にある、粗末な小屋である。
小屋のまわりは、丁寧に林がひらかれている。となりに畜舎があり、いくらか、動物がいる気配がある。敷地の背後は、すぐ、山林で、傾斜がはじまっている。
ファターは、窓からもれている明かりを見つめていた。
「きているのか」
「きています」
ファターには、山賊の気配はまだつかめなかった。
街で合流したビドハが、山賊が、襲撃の準備をしていると報告してきた。襲撃はしばしばおこなわれていると、前の報告にある。ライチを宿におき、様子見の目的で、日没から、アファーリと3人で森にひそんでいる。
小屋の扉が開いた。
2人。子供の背丈ほどのもの。ドワーフ。細身の、義足のヒューマン。ドワーフは木槌を2本、ヒューマンは剣を、それぞれ手にしている。
ビドハとアファーリが、そろって山のほうへ視線をうつした。つられてファターも見ると、木々のあいだを、影が移動するのが見えた。やがて、小屋のまえのひらけたところへ、2人をかこむように広がった。10。直接向きあったのが4。後方が3。残りの3人が、小さく動いている。ファターは違和感を感じた。まえの4人でやりあい、散っている3人が隙をついてとどめをさす。うしろの3人の立ち位置としぐさは、魔道士のものだろう。
静かに戦闘がはじまった。
ドワーフもヒューマンも、武器を小さく使い、目の前の2人に深入りしない。ドワーフが片方の木槌をおおきく外し、体勢をくずした。誘い、とアファーリがつぶやくのが聞こえた。すかさず、散っていた1人が背後に飛びこんでくる。ドワーフは踏みとどまると、まえのめりになった勢いで体と腕をまわした。死角からきたもう1つの木槌で、飛びこんだ山賊が吹きとぶ。
魔力がふくらんでいる。ファターは後方の3人に目をやった。定位を終えた構えだった。すこしずつ移動している。3人とも、ヒューマンをねらっている。ゆがんだ空気が飛んだ。高熱のかたまり。熱魔法。ヒューマンはかわして横に飛び、そのまま1人のふところに入った。体を入れかえ、義足で立ち、2つ目の熱魔法のまえに蹴りとばした。山賊が燃えあがった。アファーリが、小さく声をあげた。
「見たか。器用なものだな」
燃えながら、何歩かあるいて、たおれた。燃える死体が、あたりが照らしている。
力の差は、明らかだった。見るまに山賊はたおされていき、やがて、立っているものはいなくなった。2人は、火のついた枝を切り落とし、燃えている死体に砂をかけると、小屋から道具をだしてきて、穴を掘りはじめた。
部屋に戻った。1階で、酒とつまみをだす店を、おなじ主人がやっている小さな宿である。主人にかなりの額を渡し、ファターとライチを兄と姪ということにさせ、仕事で滞在するあいだ、ライチに店を手伝わさせるようにしてあった。カウンターのなかでぼんやりしていたライチが、ファターたちに気づき、あとを追って部屋に入ってくる。
「山賊だったら、叫び声くらいあげそうなものだがな」
アファーリが言った。燃えて死んだものも、そのほかのものも、ひと言も発していなかった。
「なにか、くさいな。山賊でも、陣形はあんなものなのか」
「整いすぎている感じはあります」
ビドハだった。ビドハは、スワリの工作部隊の兵で、各地の情勢をしらべる任につきながら、仲間にできそうな人間をさがしてまわっている。計画に加わったいきさつは、ファターはしらない。生真面目な男である。
「ドワーフは、おもしろかった。動物のようだ。あれは、完全に我流だな」
ビドハが、ヒューマンのことを話しはじめた。グリシャム。地方高官の息子。教師になったあと、加護なしの権利をうったえる活動をはじめ、仕事をうしなった。今は、女のもとで酒びたりの生活をおくっている。
「権利をうったえる活動をするなら、覚悟はあっただろう。仕事をうしなったくらいで、そこまで落ちぶれたのか」
「話してくれません。二度とくるなと言われています」
アファーリが眉をあげてビドハを見た。
「二度とくるなと言われて、言われたとおり、それから行っていないのか」
「行ってはいます。ただ、おまえはつまらないから、もうくるなと。あの狼男ならつきあってやってもいいと」
「そういうことか」
アファーリが声をあげて笑った。ファターは、手をあげて、笑うのをやめさせた。
「よし。いろいろやりすぎれば、信用をなくすこともある。私はドワーフと話してみよう。成果があってもなくても、監査の旅にもどる。できれば、この街のことも調べてみる。ビドハは、アファーリの子分と交代で、山賊にはりついてほしい。計画そのものについては、アファーリとライチにまかせる」
しばらく間があって、アファーリが顔をあげ、ファターを見つめてきた。
「なんだアファーリ」
「ライチをどうするつもりなのか、一度だけきかせてくれ」
考えていたことだった。問われるなら、アファーリだとも思っていた。
「どうするつもりもない。仲間だ。本人がいやがれば、抜けるのは自由だろう。本人が望むなら、なんでも、どこまででもさせる。同じだ」
ライチのほうは見ずに言った。
「よし。わかった。じゃあ、おまえの口からきかせてくれ。ライチ。俺たちがなにをやっているか、把握しているのだな」
ライチが、ゆっくりアファーリのほうを向いた。
「加護なしの権利をとりもどす」
「そうだ。加護なしの権利をとりもどす。国が、おおやけには認められない活動だ。危険なことだ」
ライチは、だまってアファーリを見つめている。やがて口をひらいた。
「私は、あなたに認められていない」
しばらく、誰も口をひらかなかった。2人は、おたがいの顔を見たままだった。
「あなたに、認められる必要がある」
ライチが目をほそめ、視線をテーブルに落とした。アファーリは視線をそらしていない。ファターは、わずかだが、ライチから、魔力を感じたような気がした。やがて、ライチが、ふたたび顔をあげてアファーリを見た。
「認められる必要がある。そのことはわかりました」
会話はそこまでだった。多分、ライチの覚悟の問題ではない。アファーリの女にたいする考え方の問題だ、とファターは思った。だがすでに、それもふくめたライチの問題になっている、とも思った。
その日は、それで解散になった。
昼になるのをまって、ファターはドワーフの小屋に向かった。ドワーフは、畜舎のなかにいた。ファターに気づくと、表にでてきて、近くにあった棒をとり、構えてきた。
「私は、ファターという。嘘をつきたくないので言うが、国の役人をやっている」
「グリシャムはいない」
「ポキポキ、あなたに会いにきた。仕事は国の役人だが、会いにきたのは、仕事とは関係ない」
「俺に会いにくる人間はいない」
粗末な服から、筋肉の盛りあがった腕が見えている。顔は、茶色いひげにおおわれているが、若く見えた。表情は、ファターには、警戒というより、おびえに見えた。ファターは、両腕を、小さく広げた。
「わかると思うが、私は、あなたより弱い。魔法もほとんど使えない。話をしにきた。敵かどうかは、話をして決めてほしい」
ひと言ひと言、反応をたしかめるように言った。
「なにを話す」
「私のことと、あなたとグリシャムのことと、加護なしのことだ」
ポキポキの腕から力がぬけるのがわかった。とまどいの表情になっていた。顔をしかめて、まばたきを繰りかえしている。やがて、家にはいるか、ときいてきた。ファターは、ありがとう、と答えた。
部屋は1つだけだった。奥に調理場とベッド。他はすべて、紙束が山積みになっている。棚やテーブルセットはあるが、そのなかも、うえも、すべて紙である。ポキポキは、すわれ、とイスを指さした。ファターは、言われたとおりにすわると、近くの紙束に手をのばしかけ、ポキポキの顔をみた。
「見てもいいか」
ポキポキは顔をしかめ、まばたきを繰りかえしている。顔を見たまま、ゆっくり手をのばした。紙にふれた。見られることが、いやなわけではないようだった。ファターは警戒させないように、ゆっくりとした動きで手にとり、視線を落とした。丸、四角、三角。そういった図形に、毛をはやすように、短い線が引いてある。いくつかの図形がひとまとめになり、何行にもわたって、びっしりと横にならんでいる。文字だろう、とファターは思った。ドワーフだけの文字なのか、ときくと、ポキポキは首をふった。あなただけの文字か。そうきくと、うなずいた。ファターは紙束をテーブルに戻し、あなたもすわってください、と声をかけた。ポキポキは、体をさすりながら、しばらくとまどう様子をみせたが、やがて、イスに腰かけた。
「なにを話す」
ふたたびきかれた。説明するような内容は、ひととおり頭のなかでまとめてきた。どう行動するかは決めていなかった。なにもしらない相手に決めても意味がなかった。
魔法を使えないものたちへの差別を、なくすために行動していること。
魔法が使えなくても魔力はあり、訓練によって能力を引きだせる可能性があること。
魔法が使えないものに、読み書き、世の中のこと、魔力のことを教え、訓練をする人間が必要なこと。
その候補としてあがったのがグリシャムであること。
グリシャムを仲間にするためには、ポキポキの理解が必要だと考えたこと。
ファターは、1つ1つ、話した。
グリシャムをつれていくのか。
まばたきを繰りかえしながら、ポキポキが言った。
「そうしたいと思っている」
ポキポキはあちこちに視線をやり、まばたきをし、体をさすった。ファターは、ふたたび口がひらかれるのを、ただ、待った。
「俺も、いきたい」
「たぶん、グリシャムとは一緒にいられない。つらい訓練をすることになるかもしれない。死ぬかもしれない。誰も助けてくれないかもしれない。いやなことを、頼むかもしれない」
「グリシャムがいないなら、ここにはいたくない」
しばらく見つめあっていた。
ふと思いたって、ファターは、ふたたび紙束を手にとった。
「この、研究はいいのか」
「体の音をきいたもの」
「体の音」
ポキポキはしばらくまばたきをしていたが、部屋の奥へいき、ねろ、とベッドを指さした。抵抗はあったが、危険だとは思えなかった。ファターは言うとおりベッドのうえに横になった。
ポキポキが、体に手をかざしてきた。
わすかな魔力が、体に入りこんできた。魔法に近い。だが、性質はわからない。定位をしたようなしぐさもなかった。手を、近づけたり、遠ざけたりしながら、移動させている。魔力は、手のあるところにだけ感じる。体のなかにあるのは一瞬だけで、注意しないと気づけないほど速い。それが繰りかえされていた。ポキポキは紙束をだし、書きつけはじめた。手をかざし、なにかを書く。その繰りかえしになった。
「私の体のことを書いているのだな」
反応はない。集中しているようだ。ファターは、作業が落ちつくのを待つことにした。
30分ほどで、ポキポキは、文面を見つめるだけになった。
「体の、なにを見たんだ」
ポキポキは首をふった。ファターは体をおこし、一行目を指さしてみた。
「それじゃ、ここは、なんと書いた」
ポキポキは首をふるだけだ。ファターは、しばらく、文字を見つめながら考えた。
「話している言葉にはできない。そういうことなのか」
ポキポキが顔をあげてファターを見た。うなずいた。
自分だけの文字。体の音をきく。魔力の行き来。今、書いたもので、十枚ほど。
ファターの体に、熱がせりあがってきた。予感か、興奮か、言葉では言いあらわせない衝撃が、ゆっくりと全身に広がった。呆然と、部屋のなかを見わたした。部屋を埋めつくす紙束。この紙束すべてに、体に関するなにかが、書かれている。魔力をつかって、正確に測られたなにか。
どうにか、知る方法はないか。それを考えて、絵のようなものか、とファターは思った。景色。人物。言葉で説明できる絵もある。だが、色の濃淡、心の模様を描いたものなどは、描いたものでも、言葉で説明することはできないだろう。
「これは、いつからやっているんだ。誰かに教えられたのか」
ポキポキが首をふった。
「おぼえていない。体の音をきくのは、いつの間にかできた。文字も、いつの間にかできた」
音楽のようなものならば、あきらめもつく。だが、ポキポキのそれは、文字である。読んでみたい。ファターは強く思った。なにかある。重大ななにかが書かれている。そう思えてならなかった。