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(5) ライチの相対整列3

「父」

 ライチの声がした。声をかけてきたのは初めてだった。ファターは少し驚きながら振りむいた。

「私には、結びつきがないと思います」

 娘の顔をしばらく見つめていたが、それ以上の言葉はこなかった。

「少し休むか」

 街中である。軽食を出すところをさがし、ライチをうながして席についた。飲み物だけ頼み、ライチには甘いものを選ばせた。

「いまは何を考えている」

「父の部屋にあった文書の、割りこみについてです」

 わざと、見えるところに置いておいたものの1つだった。いま、出まわるとこまるものだが、ライチに、読ませてみたかった。

「割りこみか」

 加護なしの能力については、まだ解明が進んでいない。研究するものたちが足りていなかった。城つきの研究者のなかに、共鳴性魔力論について賛同するものが数人いる。そのものたちが、時間を見つけて、秘密裏に進めている程度だった。

 ファターは加護なしではない。だが、役人の家系で、自身も役人になった。魔法や兵としての訓練は、登用試験のために、初歩的なものをやったぐらいで、できることは、魔力を感じとることぐらいである。

 教国デクシャフから世界に広まった魔法信仰によって、魔法が使えないものにたいする迫害がつづいていた。ファターのいるクーリッグ王国は、デクシャフの隣国である。国としての見解の表明はなく、実質、差別を見すごすかたちになっている。加護なしとよばれるものたちは、全体の1割ほどである。社会のなかで居場所をつくりだしたものもいる。親や親類に庇護されているものもいる。だが、大半は、奴隷のような身分で使われるか、賊になりさがるかだといわれている。親によって売りに出されることもあるようだった。

 ファターが勤めているのは、国の実情について調査をする部門だった。土地に関すること。権利に関すること。税に関すること。手続きの順番。交付の有無。魔法が使えないものたちや、その兆候のつよい家系が差別されているところに出会うのは、日常だった。

 いつの間にか、差別をきらうものたちで集まり、話をするようになった。加護なしを家族にもつものも、もたないものもいた。やがて、軍工作部に所属する、風変わりな神獣からの接触があり、神獣は具体的な指針をしめし、それを元に、ファターたちは行動するようになった。

 ライチは、なにかもっている。ファターはそう思っている。

 それが、事実なのか、親として、くもった目でみていてそうなのか、判断は、つかない。

 ライチは、物心ついたころから、いつもぼんやりしていた。母親や親類が手伝いをさせても、しばらくすると手がとまり、どこかしらをぼんやりと見つめ、やがてふらふらと歩きだす。いつも誰かにしかられており、居場所がなさそうだった。学校へは行かせたが、続かなかった。だが、読み書きは、いつの間にか覚えていた。

 家にいないときは、用心のため、ファターは自室に鍵をかけている。ファターが家で仕事をしているとき、ライチは部屋に入ってきて、本や、資料を読んだ。本は、ファターの自室以外にはなく、あるものも、物語などではなく、仕事に関するものばかりだったが、それでも、ライチは読んでいた。

 あるとき、書かれている内容の矛盾を指摘してきた。文書は、権利書類の交付についてのもので、国の権利をおぎなうための、こじつけに近い交付理由だった。ライチは、交付しなおすことに意味がないと言った。ファターは、交付の目的について正直に話してみた。するとライチはうなずき、生物とおなじだと言った。くわしくきくと、生きようとするものは、繰りかえしのなかで抜けをおぎなうようにできている、と言った。ファターはそれから、ライチのために、本や文書を持ちかえるようになった。

 給仕が、茶色い練りものを盛ったうえに、白い粉がかかっている菓子を運んできた。

 ライチの目がかがやく。ファターは苦笑した。娘が生き生きとするのは、新しい文書を読んでいるときか、菓子を食べているときだけに思えた。ライチが、菓子をスプーンですくい、口にいれる。

「給仕様」

「なんでしょうか」

「これは、なんという名の菓子なのですか」

「栗の、白い山といいます」

 そのままか、とファターは思った。

「読んで、どう思った」

 割りこみの話である。

「主体が2つあって、AとBとします。そのあいだに、もう1つの主体Cが割りこむ。魔力によって、主体Cのもつ特性が主体ABに変化をおこし、自然にはおきない現象が観測される。それを、もっと詳しくしりたい。そういう文書です」

「そうだな」

「私には、魔力がなく、人として、なにかに割ってはいれるようなところもありません。私は、整列だけをよりどころにして、考えている。整列の仕方は、いろいろなもので、おなじです。街も、植物も、おなじつくりと、動きをしている。だから、考えられる。なににも割りこめない私は、主体Cをさだめることができず、そこでとどまってしまう」

 なにか、いつもとちがう、とファターは思った。割りこめないから、さだめられないのではない、と思った。ライチの心が、他との結びつきを欲している。そのことが、考えることにゆらぎを生んでいる。他との結びつきとは、出会いと別れ。満たされる喜びと、満たされない痛み。他者と関わりあい、こすれあうこと。たしかに、割りこみと似ているかもしれない、とファターは思った。旅が、ライチの心のなにかを動かしたのかもしれない、とも思った。

「わかった」

 それだけ言った。親として、できることがあるだろう。それは、口にださなかった。

 街のなかに部屋をとった。ライチを部屋にのこし、役人として国の施設をいくつかまわり、仕事をして、夕方に戻った。ライチは、いつも通り、本や文書を読んでいたようだ。

 日が落ちた。扉がたたかれた。

 あけると、顔に塗りものをした、派手な服をきた狼系の獣人と、苦笑いを浮かべている小太りの地味な男が立っていた。アファーリとカウフマンである。アファーリが、牙を見せて笑いながら、ファターの肩をたたいてきた。ファターは苦笑しながら、肩をたたきかえし、カウフマンと握手をかわした。

 宿の人間をよび、酒と食事をたのんで、ライチと4人でテーブルをかこむ。

「この男と旅をするのは、無理だファター。かわってくれ」

 座るなり、カウフマンを口をひらいた。声をあげてアファーリが笑う。ファターは、ライチを紹介した。手紙では説明してあった。

 食事が運ばれてきてからは、しばらく、とりとめのない雑談になった。食べものがなくなったころ、カウフマンが、荷袋から、小さな包みをだした。ファターのまえに1つ、とライチのまえに、3つ置く。

「デクシャフの、さらにむこうにある国の菓子だ。あまり長くもたないんだが、ライチが菓子が好きだときいて、どうにかもつように作ってもらった」

 ライチの包みを見る目が、獲物をまえにした獣のようになっている。包みをあけると、白く、四角いかたまりがはいっていた。強くつかむと崩れるくらいやわらかい。すこしかんで、口にいれた。木の実がまじっている。舌を動かしただけで溶けだし、乳と木の実の、つよい風味が口のなかに広がった。かなり甘い。

「甘い」

 ライチがいった。目をつむり、ゆっくりかんでいる。アファーリが、また声をあげて笑った。牙が見えた。

「これは、なんという名の菓子ですか」

 なぜ、いつも名前をきくのだろう、とファターは思った。気にいった菓子を、後になってさがすときのことを考えているのかもしれない。

「雪のような口どけ、だったかな」

「そのままだな」

 アファーリも食べたのか、と思った。

 ファターはワグマの話をした。カウフマンに反応はなかったが、アファーリは目をギラギラさせてきいている。

「さて、教師候補だが」

 ファターは切りだした。

「手紙では、一筋縄ではいかないと書いてあったが、説明してくれるか」

 めずらしく、アファーリがしぶい表情になった。カウフマンと視線をかわしている。

「いくつか、ある。まず、能力だが、思ったよりやっかいで、俺もカウフマンも、いまのところ、近づかないようにしている。ビドハひとりで渡りをつけようってやってるが、ありゃ、相性が微妙だろう」

「近づけないというのは」

「相手の考えていることが、わかるのかもしれない」

「まさか」

 それはないだろう、とファターは思った。

「共鳴性魔力の、範疇じゃないんじゃないのか。魔力が関係してのことなのか」

 2人は考えこむように、だまってテーブルを見つめている。

「いくつかと言ったな」

 話をうながすと、アファーリがさらに難しい表情になった。眉間をよせ、目を細めている。

「あれはだな。わからん。カウフマン。おまえから頼む」

「私もわからん。なにかの研究をしている偏屈な男と、いつもつるんでいる。つるんでいるというか。その学者が、またやっかいなんだ」

「要領をえないな。研究は、どういうものなんだ」

「自分や動物の体をさわって、自分のつくった文字で、その結果を書いている。死体などもさわるらしい」

 ファターは息を吐きだした。アファーリとカウフマンは、頭の悪い人間ではない。つまり、それだけ説明が難しいということだ。

「説明しようとすると難しいが、やれることはある、と思っている」

 アファーリだった。

「2人は山賊に狙われている。街から追いはらったときの因縁のようだ。男は、それで片足をなくしている」

 ファターは腕をくんで、テーブルを見つめた。

「とりあえず、うちのを何人かつけてる」

 アファーリは傭兵である。人数はさだまっていないが、アファーリを慕い、子分のようになっている傭兵が、数十人ほどいた。

「しばらく、もぐってみるか」

 腕をくんだまま、ファターは言った。アファーリがうなずく。

「すまないが、私は移動する」

 ファターはうなずいた。カウフマンは商人で、情報収集という、また別の役目があった。

「スワリは、なにか言ってないのか」

「教師をやれるかもしれない人間を見つけたというのは、伝えてある。報告は、こまかくほしいと言っていたが、やり方はまかせると言われた。私も、長くはいられないが、見るだけ見て、なにか考えてみようと思う」

 2人がうなずいた。ファターは、ライチのほうを見た。ぼんやりと座っている。

「それから、ライチ。おまえも加わりなさい」

 娘が、ゆっくりと視線をあげて、ファターを見つめてきた。

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