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(2) ワグマの間隙1

 負け。勝ち。負け。負け。ときていた。

 今日は大丈夫だろう、とワグマは思った。

 2日目は大きめに勝ったが、そのあと、不審がられないよう、うまく負けているつもりだった。いま、勝ち越している。1つか2つ負けて、このあたりであがろうと思っていた。2日目の勝ちでもうけは出ている。

 サイコロ2つとも狙った目をだせるようになるには、時間がかかった。だが、他にやることもなかった。それに結局、能力をつかったイカサマだった。

 ポイントを外して、しばらく振っている。そろそろ勝つか負けるかしたほうがいい。相手がポイントを外した。ここで負けておこうと思った。

 気になる男がいた。

 赤ら顔の、初老の男。頭頂部に髪はなく、白いひげが胸元まである。男を見たのは初めてだ。ちがうテーブルにいて、負けつづけていた。ルールすらまともに知らないようで、カモにされているのが、はなれていてもわかる。だが、勝ち負けを気にしているようすはなかった。

 たまに、こちらを見ている気がした。ワグマは記憶をさぐってみたが、男の顔には、やはり覚えはない。

 サイコロの目を指で確認する。

 振る。

 指からはなれる瞬間。 

 サイコロで1つ。押しのけられる空気で1つ。ワグマの意識が、2つのあいだに割りこんだ。

 サイコロは3と4でとまる。

 ワグマの負けである。

 小さく賭けつづけていたので、負けは、大した額ではない。

 すき間をあやつる能力。いつの間にかもっていた。なにかが起きているところにふれると、すき間をあやつることができる。できるのは、集めたり、動かしたりすることだけだ。すき間は集まったままでいられないらしく、集めて、はなすと、まわりになにかが起きた。なにが起きるのかは、ものや状況によってちがった。色々ためしたが、結局サイコロ以外のイカサマはできず、大きく賭ける度胸もないワグマは、賭場をかえながら、細々とおなじゲームを続けている。

 小さい体に、小さい賭け。小さいもうけ。

 なにもかも、この体と似ていると思った。獣人とは思えないほど小柄。そう言われて育った。魔法もつかえない。加護なしである。加護なしで小柄な獣人など、恥ずかしくて兵にできないといわれた。この地方の獣人は、たいてい登兵するが、隊は、慣習的に種族でわかれている。居場所はないとわかっているところにいく気などおきなかった。人目につかないように生活していたが、耐えきれず、成人前に村から逃げだした。気がついたら、賭場と素泊まり宿を往復する、この生活をしていた。ゆいいつ、人とはちがうこの能力も、中途半端で、結局、こんなことにしかつかえない。

 男と、目があった。

 ワグマは偶然をよそおい、すぐに視線をそらした。だが、男はワグマのほうを見つづけている。否応なしに、不安がせりあがってきた。こんな場所で、目をそらさない男など、覚えがあってもなくても、まともな用事なわけがない。

「おい」

 目の前の、無精ひげの目のすわった男が、不機嫌そうにベットをうながしてくる。最安のエリアに、数枚チップを置いた。まだ日が落ちたばかりのはずだ。このあとどうなるにしても、人が多いなか、賭場をでたいと思った。どこで会ったのか思い出せない。会っていないなら、だれかの代理ということだ。無精ひげがサイコロを振った。ワグマは最安のエリアに、上乗せでチップを置こうとした。手をつかまれた。テーブルの上を見る。無精ひげのチップがワンロールの上にあった。目は1と2。15倍だった。ワグマは舌打ちした。この負けで終わると、取りもどすのに、明日以降、目立つ賭けをしなければならない。

 最近、目をつけられるような行動があったか。あの男を、どこかで見ていないか。

 そのことが頭からはなれなかった。

 同じワンロールに賭け、サイコロをあやつって1と2をだした。チップが手元にくるのを待ちながら、同じことを考えつづけた。しばらくしても、チップは差し出されなかった。

「てめえこのやろう」

 すぐ近くで怒鳴り声がきこえた。顔をあげる。無精ひげのすわった目が、まっすぐワグマをみつめている。

 しばらく見つめ返して、ワグマはようやく自分のしたことに気がついた。

 15倍である。サイコロ2つの目が、1と2。あるいは2と1。2回連続だと、1000回以上振って、でるかどうかだった。ましてや、1と2でとられたあと、すぐに自分からおなじ1と2に賭けている。

 冷や汗が噴きだした.。

 いつのまにか、数人の男に囲まれていた。そのうちの1人は、ワグマとおなじ熊系の獣人だった。体格は、ワグマにくらべてふたまわりも大きい。獣人などみたくない。そう思って、目をそらした。心がきしみはじめた。両脇をかためられて、奥の部屋へ連れていかれ、元締めのまえで、肩をおさえられ、ひざまずいた。横から、肩を踏みつけられ、床に這いつくばった。蹴ったのは獣人だった。

「背が伸びなかったから、ちまちまイカサマして食ってんのか。このくずやろうが」

 熱が、わずかに体に生まれたが、すぐに消えてなくなった。言われた通りだった。

 獣人の足が、肩にのせられていた。みじめさが込みあげ、涙が込みあげてきた。きたない板ばりの床が、目の前にあった。這いつくばっている、と思った。自分の人生と一緒だと思った。

「おまえ、このへんの店で、色々やってきただろ」

 元締めが言った。色々などやってない。1つしかできない。そう思った。黙っていると、髪をつかまれた。返事をしろとヒューマンが怒鳴った。わき腹を蹴られる。衝撃だけがあって、息がとまるほどではなかった。小さくても、体は獣人で、ヒューマンの蹴りていどでは、びくともしない。

 暴れてやろうか。一瞬、そう思った。だが、獣人の男が怖かった。それから、明日からどうする、という問いが湧いてきて、ワグマの心をふさいだ。わからねえ。ゆるしてくれ。気がつくとそう言っていた。あちこちから蹴りがはいってきた。ワグマは頭を抱え、体を丸めた。ヒューマンの蹴りなど。そう思った。いくらでも耐えられる。獣人なんだ。耐えられる。俺は獣人だ。何度も言い聞かせた。答えろと怒鳴っている。わからねえ。ゆるしてくれ。体から、勝手に、その言葉が出つづけた。蹴りが顔に入った。俺は獣人だ。なにも考えられなくなった。獣人の意味もあやまっている理由もわからなくなった。這いつくばっている。蹴っているものたちがいて、自分は這いつくばっている。涙が流れはじめた。獣人だと、何度心のなかで叫んでも、這いつくばっているという言葉に置きかわった。 

 やがて暴力がとまり、元締めがなにか言ったあと、ワグマは外に放りだされた。

 しばらくして、ワグマは立ちあがった。元締めは、なにを言ったのだろうかと思った。ゆるしてもらえたのだろうか。明日は、またここに入っていいだろうか。

 ワグマは宿にむかって歩きだした。

 そろそろ、死ぬしかないと思った。

 闇夜と、星が、死ぬことを許してくれているように見える。

 足音が、自分のものと、もう1つある。

 振りむいた。

 赤ら顔の、白いひげの男が立っている。

 この男が、俺を殺してくれるかもしれない。そう思うと、どこか、うれしさのようなものが込みあげてきた。

「賭けは、たのしかったか」

 低く、ふとい声だった。

「俺を殺してくれるのか」

 赤い顔がゆがんだ。低い笑い声がした。

「まあ、ある意味では、間違ってはいないだろうな」

 男が、こちらへ歩いてきた。うれしさが増した。

「おまえを、ある方のもとへ連れていく。それからどうするかは自由だ」

 人に会う必要などない。今すぐ死にたい、と思った。ワグマは、急に興味をうしなって、向きなおりかけた。だが、なにもかもが、この男のせいであることを思い出した。半身のまま、しばらく男の顔を見つめた。初老のヒューマンである。本気で殴れば、一撃で死ぬだろう。つかの間、迷った。

 見つめかえしてきていた男の頬が、ゆるんだ。

「勝てると考えたか」

 男は、笑っている。

「なにとも戦わず、目をそらして、おそれ、すき間を見つけては、そこに、こそこそと入りこむだけの男が、わたしに勝てると考えたのか」

 顔や頭に、痛みをともなうほどの熱が、どくどくとせりあがった。そんなに死にたければ、殺してやる。

 地面を蹴った。駆けながら拳を振りあげた。距離はほとんどない。拳を使うまえに、男に体ごと到達した。視界が真っ暗になり、激しくゆれて、背中に衝撃がきた。背中だけではない。体の裏側全体だった。

 仰向けに倒れている。

 ワグマは、いつの間にか、仰向けに倒れていた。

 目が痛み、開けられない。鼻が、燃えるように熱かった。

「よし。いいぞ」

 男が言った。

「立てるな。よし。いいぞ。望みどおり、今すぐここで殺してやる。ただし、死のすこし手前までだ」

 どうにか片目を開けた。男の顔が見えた。上からのぞきこんでいる。もう笑っていなかった。男の白いひげが、ワグマの首のあたりをなでた。手が伸びてきて、髪をつかまれ、引きおこされた。

「おまえは、しばらく、死のすこし手前のところにいる必要がある。わたしが、手伝ってやる」

 ワグマが立ち上がると、男は数歩うしろにさがった。

 殺してやる。 めまいがするほどの熱だった。痛みと殺意が、ワグマの体を駆けめぐった。

 前にでる。足を引きあげて、前蹴りで蹴倒そうとした。男がさがる。追いかけて、2つ、3つと蹴った。3つ目。ワグマが足を引ききるまえに、男の体がよってきた。胸、わき腹、みぞおち。3つ当てられた。男がすれちがい、ワグマのまえには、ただ暗い路地がある。息が吸えない。胃のなかのものがせりあがってきた。ワグマは、両ひざをつき、嘔吐した。

「やられたから、蹴りで様子見か。こそこそ逃げている男らしいな」

 わからない。はきながら、この男は何者だ、と思った。

「戦場じゃ、蹴りで様子見しているひまなどないぞ」

 後ろ髪をつかまれ、引きずられた。さきほどと同じ位置にもどる。

 戦場だと。

 戦場などない。なかった。戦いの場など、あたえられなかった。

 胸が、ひっかりまわされたように、ざわざわした。

「相手の兵に、はきおわるまで待ってくれというのか」

 それ以上、戦場の話をするな。思ったが、息ができず、言葉にはならない。

 男は、ワグマが立ちあがるのを待っているようだ。

「戦場では」

「うるさい」

 怒鳴り声がひびいた。ワグマは自分で驚いた。なにか思うまえに、叫んでいた。自分が、立ちあがりかけているのに気づいた。おまえになにがわかる。獣人が。加護なしが。それが、どういうものか。おまえになにがわかる。

「うるさい。なにがわかる」

 男がよってきていた。腹、顔と当てられた。ふたたび体の裏側に衝撃があって、夜空が視界にはいった。だが、倒れてすぐ、ワグマは体をねじり、地面に手をついて、上体をおこした。

「戦場にでたかったのか」

 男の声が、頭上からきこえた。髪をつかまれ、引きおこされる。目の前にある男の腹をなぐった。なにもおきなかった。2発、3発となぐりつづけた。涙が流れていた。出たかった。体がちいさくても、魔法がつかえなくても、必ず役にたてる。いや、役にたてなくても、男らしく、戦って死ねる。戦いたかった。小さいとか、加護なしとか、なぜどうでもいいことで騒ぐのかと叫びたかった。

「なら、いま、ここが戦場だ。倒せワグマ。敵兵だぞ。敵兵をまえにおまえは怖くて泣くのか」

 張りたおされた。すぐに立ちあがる。

 戦い。体術。腰をいれ、太ももに力をいれた。

 掌底を、いくつかすばやく突きいれた。胸。あご。男の体がよろめいて、うしろにさがった。

 戦場だ、と思った。戦場にいる。

 男の拳がとんでくる。いくつかくらい、いくつかかわした。体をさばいて、肘をくらわせる。揉みあって、投げをかけた。返され、地面に叩きつけられる。転がってはなれ、すぐに立ちあがる。距離、殺気、体のむき、気配。呼吸。痛み。熱。

 戦場だ、と思った。

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