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(12) 相対整列臨場 下

 わずかに、声があがった。作業場の子供たちだった。マヤは、しばらくカノンを抱きしめていた。やがて、ふるえがゆっくりとおさまっていった。

「生きる場所はある。自分で生きる力も、身につけられる。あたしにできたんだ。おまえにもできるよ」

 入口から音がした。マヤは顔をあげた。ライチとタシュが扉をしめ、閂をかけるところだった。ライチの体は、光りつづけている。その途中に見える、倒れている5人。目を、さましはじめている。マヤは立ちあがると、カノンの手からナイフをとり、リブイの夜着で刃の血をぬぐい、もどってきたタシュに返した。それから、リブイの体からダガーを引きぬき、5人に近づいていった。

「殺すしかないのか」

 うしろから、ライチが問いかけてきた。

「リブイの犠牲になったものなら考えてもいいけど、こいつらは金でやとわれた手練れだね。自分の意思で、リブイの仕事をしていたってことだ」

 それをきくと、ライチは近くに落ちている剣のところへ歩いていった。両手で、なんとか持ちあげる。かまえることはできず、胸のまえで握り、ぶらさげるような格好になった。

「こんなに重いものなのか」

 笑っている。そして、近くに倒れている獣人の頭をまたいだ。

「ライチ」

 剣を高くあげ、首へ落とした。獣人の体がふるえ、サンダルとサリーのすそが赤くそまる。タシュが近づいてきて、つづけざま、3人、首を切った。あと1人。オーク。タシュは、オークの横に立つと、カノンへむけ、ナイフの柄を差しだした。カノンはすぐにむかっていった。だが、体も手も、ふるえている。ふるえた手で、ナイフを受けとった。両手でにぎったナイフが、小刻みにゆれている。

「浅いと、目をさましちまう。反撃されないように、一度で決めろ」

 タシュが言った。それをきき、カノンの体が大きくふるえる。それでも、オークの横にすわりこみ、両手でもったナイフを高くかかげた。タシュがむかいに移動している。叫び声とともにナイフが振りおろされ、オークの首に埋まった。オークの体が跳ねはじめる。タシュが倒れこんで、体をおさえた。カノンはナイフを埋めこんだまま、オークの頭にしがみついている。しばらくして、オークが動かなくなった。タシュが、カノンの体をゆっくりと引きはなす。夜着が、赤くそまっている。ライチがカノンに近づき、背中に手をおいた。

「リブイの仲間は、何人ぐらい集まる」

 カノンの背中に手をおいたまま、ライチが顔をあげて言った。

「このへんの倉庫なら50人くらいだと思う」

「時間は」

「全部、そんなに遠くないところにある。少ししたら、くる」

 50か、とマヤは思った。到底、1人でさばける数ではなかった。カノンとタシュは、子供たちと一緒にすれば、ごまかせる。あとで、隙をみて連れかえればいい。問題は、ライチだった。オークを倒すところを見張りに見られている。今すぐ逃がしても、追手がつく。50をひきつけ、戦闘の混乱のなかで、逃がす。それしかなかった。マヤは拳を握りしめた。自分の命ひとつで足りるのか。それよりもまず、ライチに、この考えを受けいれさせる必要があった。なにも打ちあわせずにその時になって行動する手もあるが、敵の数と、貧民街という地理を考えると、危険だった。

「ライチ。聞いてほしいことがある」

「犠牲を前提とした考え以外なら、きこう」

 ライチは倉庫のなかを見回している。

「あんた」

「木箱に、空のものはあるのか」

「半分は空だよ。草を持ちこむためのやつだから」

「待ちなよ。これはあたしの仕事だ。あんたが、あたしに仕事をしろと言ったんだろ」

 ライチが、カノンのまえにまわった。顔をのぞきこむ。

「あとはここから出るだけだ。全員に役割がある。指示どおりに動けるな」

 カノンが大きくうなずく。マヤはライチにむかっていった。

「ライチ。きけよ」

「ひとつだけ言っておく」

 ライチが顔をあげて、マヤを見た。

「わたしはまえに出る」

「ふざけんじゃない」

 ライチは笑っている。

「逃がすよりきつい仕事になったな。むずかしいからやりたくないか」

「馬鹿野郎。そういう問題じゃないだろ」

「ではどういう問題だ」

「あんたを」

 いつ、変わった。マヤはそう思った。殺したくてしょうがない。1時間まえに自分で言った言葉だった。それが、いつの間にか反対になっている。菓子のことばかりを考え、後先を考えず、魔力によって性格が変わり、剣もかまえられない、箱いりの、役人の娘。だが、掃きだめに落ちた人間のために、命を投げだした。マヤの頭にあるのは、カノンやタシュではなかった。死なせたくない。そう思った。心をおおっていた掃きだめをこわしてくれた人を、こんなところで死なせたくない。

「あんたを、死なせるわけにはいかない」

 死なせたくない。そうは言えなかった。しばらく、見つめあっていた。

 体の光が弱くなった。だが、完全には消えなかった。ライチは、両腕をだし、自分の体を見つめている。

「慣れてきたみたい」

 マヤを見て笑った。さきほどまでの勝ち気な笑みではなかった。笑顔を見ていると、鼓動がたかなり、体がしびれた。ライチが、視線を落とす。結びつきだ、とつぶやくのが聞こえた。ふたたびライチが顔をあげ、マヤを見つめてきた。

「ありがとう。あなたにそう言ってもらえて、とてもうれしい。同時に、今の状況をまるで理解できていない、そう言わざるをえない」

 言いおわるまえに、ライチはマヤのまえから動きだしていた。カノンとタシュの背中をおし、作業場の、子供たちのまえに立つ。

「ここから出たいか」

 出たい。口々に子供たちが言った。

「ならば、仕事がある。小さい袋に粉をつめて、2階へあがる。入口の真上にあつまる。リブイの手下がはいってきたら、こちらまで移動する。最後に袋のなかの粉を、下にまく。指揮はこの子がとる。この子をよく見て行動すること」

 子供たちの反応はない。

「見つからないように、あいつらに粉をまけってことだな」

 タシュが言った。

「できるな」

 ライチはカノンを見ている。カノンがうなずいた。

「できます」

「よし。袋の用意を見てあげて。動きやすさのほうが大事だ。大きすぎなくていい」

 カノンにそう言うと、ライチはタシュをつれて、リブイの死体のほうへむかった。

「リブイの死体を、入口から見えるところへ移動する」

 2人で、死体を引きずろうとしたが、ほとんど動かなかった。たとえ、全員死ぬとしてもか。それをながめながら、マヤは思った。全員死ぬとしても、子供たちそれぞれが、戦う。受けいれられなかった。だが、心で受けいれられなくても、答えは、決まっている。今、誰かが誰かを守れば、カノンにやらせたことは、すべて、こわれる。それでも、マヤの気持ちはさだまらなかった。だが、体が動きはじめた。マヤは2人に近づき、リブイの死体に手をかけた。これはカノンの戦い。自分の言葉を思いだした。ライチの戦いでもある。ただ、それだけだった。

 ライチの言うとおりに死体を移動すると、3人で、もといた場所にもどった。

「木箱でこちら側をふさぎ、通路を1つにする。今いるところが袋小路になる。ここに入口のあいた壁をつくり、なかに50を誘いこみ、隠れていたものが、入口をふさぐ」

「誘いこむのはあたしでいいのか」

 ライチがうなずいた。

「リブイの死体で動揺させた直後に、作業場のまえあたりに姿をあらわし、ここまで誘いこむ。木箱を飛びこえたら、子供たちが粉をまく」

「なるほど」

 倉庫は、奥にむかって縦長である。中央に木箱が積まれているため、奥にいくには、毛布のある寝床側か作業場側をとおるということになる。寝床側をふさぎ、ふさがれていない作業場側に姿を見せ、逃げる。奥をとおって、ふさいだ木箱の裏まで誘いこむ。隠れていたものが袋小路をとじ、粉で目つぶしし、皆殺しにする。

 全員で、木箱の移動をはじめた。移動しおえると、入口をふさぐ役の、動きをたしかめた。空箱でも、ライチとタシュ2人では動かなかった。何度かためし、ライチとタシュに、子供3人をくわえることになった。2階へ上がるのはカノンをいれて13人ということになる。

 扉がはげしくなりはじめた。

 配置は終わっている。

 かなりの数の気配だった。はっきりとした数まではわからなかったが、タシュの情報はただしかった、とマヤは思った。

 扉の音がとまった。他に出入口はないが、敵が散ると、ライチの策は足元からくずれる。マヤは拳を握りしめた。

 魔力。

 やはりいたか、とマヤは思った。

 子供を犯す趣味のために、自分のいる倉庫には、必要以上の兵隊をおかなかったのだろう。

 魔力は、すぐに大きなものになった。轟音。倉庫がゆれる。足音。重なってなかにはいってくる。オヤジ、と叫ぶ声がいくつか聞こえた。マヤは木箱の陰から、作業場のまえに出た。30。なかにはいれていないものも数10が外でつらなっている。手練れと言えそうなものが3分の1。魔道士風のものが1人。オークと虎の獣人がつよい気をはなっている。何人かが先だってむかってきた。あとは確認できなかった。マヤは走りはじめた。走りながら、足音に集中する。20はきている。木箱を左右にならべた入口。なかにはいる。突きあたりで振りかえった。襲ってくるものはいない。20。さきにはいったものがマヤをかこんで広がっている。30。呼びにでた見張りが、虎の獣人に近より、なにか言っている。マヤは子供の気配をさぐった。作業場側から、2階を移動している。35。ライチたちのものは、近くに気配が多く、わからなかった。引きつけなければならない。マヤはダガーを抜き、殺気をだした。前衛の態度がかわる。虎の獣人が袋小路の外を指さしているのが見えた。カノン。移動しながらこちらを見ている。一瞬だけ視線を合わせ、うなずいた。子供たち。袋小路のうえに広がりはじめる。獣人の指示で何人かが外にでようとしている。マヤは飛びあがった。木箱のうえ。顔をおおいながら駆けた。視界のすみで袋小路が白くそまっていくのが見えた。袋小路の外。15。タシュが下からの攻撃を鉄の棒でさばき、ライチと子供だけが木箱をおしている。マヤは木箱に体ごとぶつかった。木箱が、何人かを巻きこんで床に落ちた。

「あそこから、子供をうえへ」

 ライチの声。寝床側にも階段がある。タシュは一度ためらったが、子供を寝床側へ下ろしはじめた。

 袋小路。うめき声。マヤは顔に布をまくと、袋小路側に立った。虎の獣人。とっさに目をかばったのか、ひとりだけ、腕で顔をおおいながら、まわりを確認している。マヤは、両手で上着をひらいた。ねらえるのは1度に4つまで。額が見えているもの。いくらでもいる。腰と足をさだめ、4人決めて、全力で腕を振りぬいた。次々に倒れていく。4度繰りかえして、胸のナイフがなくなった。残り20。かかと同士を打ちつけた。爪先からナイフが飛びだす。ダガーを抜き、袋小路のなかにおりた。目のまえの首を、無造作に切り裂いた。何歩か歩き、背をむけ、振りむきざまの爪先で、もう1人の首。血が噴きあがる。マヤに気づいた何人かが集まってくる。全員、目をおさえ、隙だらけだった。1人を、正面からのまわし蹴りで裂く。脇から剣がきた。横に跳ね、ダガーを、そこにいたものの胸に突きたてた。剣を奪い、脇からの剣と何合か渡りあう。剣をはねあげ、すぐに突きに変えた。切っ先が腹に沈む。やはり、剣は重い。倒れている体に足をかけ、ダガーを引きぬいた。うしろから2人。左右。4人きている。床に剣を立て、飛びあがった。宙をまわり、うしろの1人の首に爪先を突きいれる。背後に降りたつまえに、背中の短剣を抜いた。左右から剣がまわりこんでくる。正面の首にダガーを切りつけ、短剣で、右とやりあった。そのまま右に移動する。浅かった、とマヤは思った。倒れていない。左から剣が飛びだしてきた。ダガーではらったが、腕に熱が走った。マヤはうしろに飛びながら、短剣を右の男へ投げつけた。足のナイフ。着地ざま、体をひねり、したから、投げあげた。2人の額に突きたつ。残り1人。突きがくる。剣を内側へはらう。踏みこみ、もう一度同じ軌道でダガーを振った。首から、血が噴きあがった。

 マヤは短剣をひろいながら、ふかい呼吸を繰りかえした。何人倒した。いや、何人立っている。つよい気配が突っこんできた。オーク。見あげるような背丈。鉈のようなものを、横にないできた。まずいと思ったが、短剣でうけるしかなかった。体をそらすのと、短剣が折れるのが同時だった。わき腹に熱。すぐに痛みがきた。

 もう1人、籠手と腕輪をつけたもの。魔道士。詠唱しながら、マヤをはさむ位置に立った。他のものは、やや距離をおいている。かまえが、ゆるんでいた。わかってないね。マヤはつぶやいた。大きく息を吐きだすと、折れた短剣をすて、ダガーを鞘にもどした。爪先のナイフもブーツのなかにもどす。ダガーと反対の鞘から、爪のように刃物が突きでた籠手を取りだし、両手にはめた。把手を握りこむ。鉄爪。射程がなく、もろく、他の武器がつかえない。だが、速さを活かすには一番だった。マヤは、片手を顔、もう片方を腰にかまえた。オーク。気をまき散らしている。目で見る必要など、なかった。マヤはオークに背をむけ、魔道士とむきあった。定位がおわっている。だが、待っている。うしろから、うなり声がした。もっと怒れ。心のなかでつぶやいた。気配。飛びだす瞬間まで、手にとるようにわかる。右手で袈裟斬り。左に動き、振りむきながら鉄爪を振りあげた。手首から血が噴きだす。だが、その手で、2撃目をはなってきた。飛びあがり、オークの体を蹴って、距離をとった。着地。ねらっている。空気が逆巻いた。衝撃魔法。魔道士の姿がゆがんで見えた。マヤは体ごと床におち、手足を広げた。背中を風が通りぬけ、奥の木箱が轟音とともに舞いあがるのが見えた。立ちあがる。2撃目。同じ魔法なら、定位がほとんどいらない。すぐに魔力が満ちた。床を蹴り、飛びながら腕を交差させる。おどろいた表情。手と、生まれつつある空気のゆがみを、左右に、思いきり引き裂いた。膝が胸にささり、押したおす格好になった。鉄爪で、首を切り裂く。背後にオークの気配が近づいている。マヤはゆっくり振りかえった。同じ、右からの切りおろし。とどくまえに、まわりこんでいた。太もも。腰。鉄爪が切り裂く。オークが叫び声をあげて鉈を振ってくる。マヤは下をくぐり、体をのぼって顔を切りつけた。すぐにはなれる。手ごたえがあった。鉈が落ちる。低いうめき声。オークが、両手で目をおさえている。慎重に鉄爪をしまった。オークは目をおさえ、膝まづいている。マヤは剣をひろい、オークの胸に突きたてた。

 袋小路のなか。6人が、立っていた。ふと、おかしい、とマヤは思った。入口が、ふさがれたままになっている。とっくに、ひらかれ、15人が雪崩れこんできていて、おかしくなかった。いやな感覚が背中をかけあがった。木箱に飛びあがる。

「ライチ」

 叫びながら、木箱のうえを駆けた。気配が、追ってきている。虎の獣人。入口の外へ出た。10人ほど、倒れていた。立っているのは5人。1人は、ライチ。鉄の棒をかまえている。体が、強烈に発光しているが、サリーが切り裂かれ、体のあちこちから、血を流しているのがわかった。全身が、煮立ったように熱くなった。うしなってはならない。マヤの全身が、そう告げている。

「すごく眠い」

 敵を見すえたまま、ライチが言った。

「ライチ」

「甘いものが全然足りないし、すごく眠い」

 1人、距離をつめてきた。ライチも前にでる。マヤは、飛びだしかけた足を、とめた。敵のわき腹が、ライチの棒に当たりに行ったように見えた。敵が、前かがみになっている。ライチは腰をいれなおし、首のうしろに棒を振りおとした。2人目。3人目。どんどん倒されていく。敵の動きにたいして、ライチはあまりにも遅い。だが、彼我の呼吸が完全にあい、まるで、ライチに倒されるという筋書きの演劇を見ているようだった。

「この使い方は、よくない」

 能力のことか。マヤは思った。魔力によって、性格がかわる。だが、それだけないことは、マヤにもわかっている。能力だとすると、考えること、しかなかった。ライチ自身も、何度か口にしている。だが、まさか、格闘を計算しているのか。

「消耗が激しい。やっぱり、戦いにはむいてないみたい」

 倒れている10人のなかから、何人かが立ちあがりかけているのが見えた。とどめをさせていない。マヤはそのことに気づいた。魔力をつかって計算しているなら、腕力などはかわらないということになる。動いている相手にとどめをさすことなど、ライチにできるはずがなかった。繰りかえし、戦いつづけていたのか。驚きと怒りで、体にしびれが広がった。叫び声をあげ、ダガーをぬき、木箱から飛びおりた。駆けだしたところで、殺気が背中を打った。マヤは振りかえりながら飛びあがった。虎の獣人。振りかぶっている。

「邪魔をするなあ」

 こめかみ。体重ののった膝がめりこんだ。獣人の体が数メートル吹き飛び、がたがたとゆれ、やがて動かなくなった。4人。立ちあがりかけている。マヤは走りながら、ダガーで首を裂いていった。血が噴きあがり、返り血で全身がぬれた。いつもは血を浴びないようにしているが、かまわなかった。ライチにからんでいる獣人。横から蹴りとばした。上からとりつき、首を横に裂く。ライチ。膝立ちに、くずれ落ちている。発光がなくなり、ぼろぼろの姿だけが残っている。ゆっくりと、うつぶせに倒れた。

「ライチ」

「あと、何人くらい」

 手をつき、顔だけ、マヤのほうへむけてきた。

「まかせろ。すぐ終わる。寝てていいよ」

「わかった。眠ります」

 マヤはライチに近づき、おそるおそる背中にふれた。それから、髪をなで、頬をなでて、しばらく寝顔を見つめた。袋小路にいた5人が、木箱をとおって、こちらに下りてきている。残り、15人。ダガーをしまい、鉄爪をはめ、立ちあがった。自分の叫び声がきこえた。

 気がつくと、無数の死体が散らばるなか、マヤは、すわりこみ、ライチの寝顔を見つめていた。赤くそまった鉄爪が、ちかくにころがっている。鉄爪をはめたあと、どう動いたのかは、ほとんどおぼえていなかった。ライチを危険にさらすものを、すべてとりのぞいた。それだけだった。

「おねえちゃん」

 声がして、マヤは顔をあげた。タシュとカノンが泣きながらしがみついてきた。マヤは2人の頭をなでた。

「よくやった。2人ともよくやった」

「おねえちゃん、死んじゃったの」

「いや、寝てるだけだよ。光りつかれて、寝てる」

 はなれたところに、子供たちが集まり、こちらを見ているのに気がついた。みな、泣いている。死体がこわくて近づけないのかもしれない、とマヤは思った。いや、こわいのは、マヤ自身か。だが、もうどちらでもいい。子供たちが、ここから出る。それがすべてだった。帰ろう。マヤはそうつぶやいた。

「大事なことが、1つ」

 ライチが、体をおこしかけている。マヤは、ライチの脇のしたに手をいれた。

「大丈夫なのか。背負っていってやるから」

 床にすわり、ダガーに手をのばしてきた。サリーの左肩を引きちぎり、ダガーの刃を、あわい、褐色の肌へむける。

「なにしてる」

「名前を。あなたの名前」

 アファーリに引きあわされたとき、言ったおぼえがあった。マヤ。そう答える。マヤ。マヤ。ライチは、かみしめるように、名前を繰りかえした。そして、肌に刃を立てた。血が流れだす。とっさに、手をにぎった。

「やめろよ。なにしてんだよ」

 ライチは、左肩を見つめたまま、しばらくだまっていた。

「体が光るときは、考える力が、わたしの限界をこえているとき。体が光るようになったのはマヤに会ってからだけど、この力は、生まれたときから、わたしのなかにあった。この力のために、わたしは、意味のつながりが弱い言葉を、おぼえられない。家族の名前も、菓子の名前も、何度きいても、すぐに忘れてしまう」

 ライチが、顔をあげた。銀色の瞳が、マヤを見つめてきた。

「だけど、わたしには、忘れてはならない名前が、3つできた。だから、3つの名を、体に刻みます」

 ダガーが、ふたたび動きだした。血が、何本もの線になり、腕を伝っておちた。

「そんな」

 痛みで、ライチの体が、ちいさくふるえている。

「名前で呼びたい」

 マヤの文字。そこから目をはなせなかった。タシュ。ライチの左肩に、タシュの文字が刻まれていく。カノンが泣きながら、名前を言った。マヤは、自分の名前を見つめつづけていた。

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