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(10) 相対整列臨場 上

 飾り気のない、地味な娘だった。

 歳は、自分と変わらないように見える。無表情で、無口。髪と瞳が銀色。服は灰色のサリーで、足首まであり、肌の露出がほとんどないが、顔と首は淡い褐色だった。サリーのうえからでも、筋肉のない細い体なのがよくわかる。ファターの娘だときいていたが、なぜ、計画に加わっているのか、マヤには理解できなかった。今はただ、街道をならんで歩いているだけだ。気にいらない。マヤはそればかりを考えていた。アファーリに、街を見せてやれと言われている。アファーリがこの娘を気にかけているのも、気に入らなかった。

 今日はバザールの日で、かなりの人出である。道の両端に露店がならび、デクシャフや、さらに東のめずらしい品もならんでいる。

「あんたさ」

 声をかけると、眠いのか、開ききっていない銀色のまなざしが、マヤのほうをむいた。

「街を見たいってことだけど、なにが見たいの」

「見たいと言った覚えはないです。見てこいと言われただけ」

「意味わかんない。街見たことないの。今までなにやって生きてきたの」

 広場にでたところで、立ちどまった。街の中心部。だが、今日はバザールである。様々な色のテントが広がり、迷路のようになっていた。人があふれていて、どこまで続いているのか見えない。

「あなた、わたしを認めていない」

 娘が言った。マヤは目を細めて娘を見つめた。

「空気は読めるのか。これは、手間がひとつはぶけた」

 娘はマヤから視線をはずし、しばらくじっとしていたが、やがて短く息を吐きだすと、まあいい、とつぶやいた。そして、マヤの手をにぎってきた。つかの間、なにがおこったか理解できず、マヤは、娘の顔を見つめた。娘は手をひいて歩きだそうとしている。体が打たれたようにしびれ、顔に熱が広がった。マヤはあわてて手を振りはらった。

「ちょっと、なに、いきなり」

「はぐれたら困るでしょう」

 娘は無表情のままだ。顔が熱い。頭が混乱した。

「あたしがうしろを歩く。はぐれやしない」

 マヤがやっとそれだけ言うと、娘は返事をせず、先を歩きだした。マヤは混乱に考えをうばわれ、しばらく、ただうしろをついていった。やがて、娘がとまった。異国の菓子をうる店。瞳が、期待でかがやいている。まず、菓子か。聞こえるように鼻で笑ったが、娘は振りむかなかった。いくつもの菓子を試食し、菓子の名前をきき、結局、クッキーを何種類かえらんで、紙でつつませた。持っている荷物はそれだけだ。娘は、ちかくの植えこみのレンガに腰かけ、すぐに菓子を食べはじめた。

 怒りが湧いてきた。顔に熱がこもり、強い感情で頭が締めつけられた。マヤは腰に手をあて、娘の正面に立った。

「それさ、誰の金なの」

「父のです」

「あのさ、この手が、おまえをひねり殺したいって言ってる。嘘だと言ってくれ。仲間に入りたいと言いながら、なにも仕事をせず、まず、親の金で菓子を食う。なにか間違っているか。わたしが間違ってるなら、頼むからそうだと言ってくれ」

 娘は食べる手をとめて、マヤを見あげてきた。

「わかりました。仕事をします」

「なにができる」

「考えること。意味を、ただしい配置に整列させること」

 娘は、マヤを見たまま、手にもっていたクッキーを全部口のなかにいれた。リスのように、頬がふくらむ。

 本当に殺してやりたい。マヤはそう考えはじめた。考えることが得意なものたち。アスクシャフェン、ファター、アファーリ。マヤは彼らをうやまっている。だが、考えるのが得意だからうやまっているわけではない。考えたことを本当のことにするために、命をかけているからだ。考えるのが得意なものたちが戦うというのは、そういうことだった。目のまえの娘は、ただ言っているだけだ。親の金で菓子を食いながら、自分には考える力があると言っている。口だけを使うようなものたちは、大抵、この世界を腐らせているものたちばかりだった。そういうものたちは、これまで、何人も殺してやった。

「ファターには悪いけど、あたしは、おまえを殺したくてしょうがない。このまま、宿へもどれ。これ以上一緒にいると、あたしはおまえを殺してしまう」

 娘は、マヤを見ながら口のなかのクッキーを噛んでいる。やがて、すべて飲みこむと、口をひらいた。

「このまま一緒にいると、あなたはわたしを殺すのか」

 わずかに、魔力を感じたような気がした。

「何度も言わせるな」

 魔力は、娘からだ。わずかだが、魔力を発している。発光もはじまりかけていた。マヤは眉をひそめた。加護なしだときいている。魔力を感じてか、まわりのものたちが、不審そうに2人を見ながら、はなれていく。

「行かないなら、あたしが行く」

「恥ずかしい女だな」

 一瞬、言われたことが理解できなかった。それから、反射的に、腰のダガーに手が伸びていた。死にたいのか。マヤはそう思った。頭がおかしいのか。

「わたしが、これから仕事をすると言っているのに、おまえは、降りると言っている」

 だから、おまえにできる仕事など。

「街は、もう見せたのか。それが、おまえにあたえられた仕事だろう。このバザールがすべてか。ずいぶんと楽な世界だな。みんな笑っているし、楽しんでいる。権利を守る活動など、必要ないんじゃないか」

 娘の言葉が、ゆっくりとマヤのなかにはいってきた。なにか、強い衝動があった。怒りとはちがうような、なにか強い衝動が、心の底のほうから、あがってきた。娘が立ちあがった。

「活動が必要ないなら、帰ってもいいな。この世界はみんな笑っている。おまえはそう言うのだな」

「だまれ」

 ダガーの柄をつかんでいる。いつでも抜ける。だが、そこまでだった。殺せない。殺すのは、この街をすべて見せてからだ。

「いいだろう。そこまで言うなら、全部見せてやる。街が、どういうものか。おまえ、考えると言ったな。この街の、うす汚れた部分が、どうしたらよくなるか考えてくれるんだな。見せてやるから、考えて、答えを言え。答えに、あたしが納得できなかったら、すぐにその場で殺してやる」

「わかった。おたがい、仕事をするということですね」

 魔力が消え、娘が、地面に座りこんだ。

 なにかがおかしい、とマヤは思いはじめていた。だが、殺意がうすれるほどのものではなかった。服をつかんで、娘をレンガに座らせ、マヤはあたりを見まわした。街には、色々な時間が流れている。その時間たちは、複雑に絡みあって流れている。明るい時間も、暗くよどんだ時間も、そのほとんどはまとまって流れているが、必ず、まじりあっている部分がある。しばらくして、少年を見つけた。汚い身なりをした少年。うつむいてゆっくり歩いているが、頭をちいさく動かし、獲物を狙っているのがわかった。ひと目で金持ちとわかる、着飾った中年の女とぶつかり、転んだ。女が、なにか言葉を吐きすてて、去っていく。

「行くぞ」

 マヤは娘の脇のしたに腕をいれ、立たせた。娘の目はうつろだったが、何度かまばたきをして、目にも体にも、力がもどった。

「自分で歩けます。おくれたらごめんなさい」

 立ちあがった少年は、うつむいたままバザールの中心からはなれていく。マヤのよくしった地域へむかっていた。やがて、路地に消えた。マヤは、走れ、と娘に声をかけ、駆けだした。あれだけ言って逃げたなら、笑ってやるだけだ。鼻で笑って、つばを吐きかけ、それから首を切り裂いてやる。そう思った。少年は路地を歩いていた。あといくつか曲がると、貧民街だった。この街のはきだめ。少年は、やはりそこへむかって歩いている。うしろから足音が近づいてきた。体力がないのも、体が軽いのも、足音でわかる。マヤは、ねえ、と大声をだした。少年が振りむいた。すでにナイフをにぎっている。暗い目だ、とマヤはおもった。自分も、アファーリに会うまでは同じ目をしていた、と思った。マヤもダガーを抜く。

「その金のはいった巾着をあたしにとられるか、さらに金を手にいれて、すみかを案内するか、えらびな」

 言い終わるまえに、少年は身をかえし、駆けだしていた。おそい、とマヤは思った。スリの腕はいいが、足は、傭兵の自分とは比べものにならない。マヤは、かすかに胸が痛むのを感じた。子供。生きるために盗みを身につけなければならなかった、体のちいさな、無垢な生きもの。マヤは駆けだし、距離をつめ、ダガーの柄で、少年の手首を打った。ナイフが落ちる。背後からとらえ、首筋にダガーを当てた。

「あのさ、あそこのお姉ちゃんが、すみかを案内してたら、金をやるって言ってる」

「オヤジに殺される」

「オヤジはなんていう名前だ」

 少年は返事をしない。マヤは知っている名前を順番にあげていった。リブイ。その名前を言ったところで、少年の表情がわずかに動いた。

「リブイか。知りあいだ」

 子供をつかって、麻薬でもうけている男だった。

「嘘をつけ」

「入口のちかくまででいい。気づかれないように見るだけだ。おまえは1人で普通に戻ればいい」

「信じるか。そんなの」

 マヤは、ダガーを首にめり込ませた。

「マヤ。きいたことあるだろ。あたしを怒らすな。今すぐ案内しな」

 名前をきいて、少年の目におびえの色が浮かんだ。マヤはダガーを首から外した。刃先はむけたままだ。軽い足音が近づいてくる。振りむいて、娘を見た。

「金のはいった袋をだしな。袋ごとだ」

 すぐ袋には手をかけた。だが、そこで止まっている。

「こんなところでがっかりさせるなよ。菓子を買うより、よっぽどましな使い方だ」

 ようやく、袋ごと差しだしてきた。その袋を、少年ににぎらせる。

「名前は」

「タシュ」

「タシュ、いいか。リブイのやっていることに手を出すつもりはない。おまえも、近くまで案内するだけだ。だが、すみかにつくまえにおかしな真似をしたら、息を吸うまもなく、体から首がはなれる。死にたくなかったら、それを忘れるなよ」

 タシュがうなずいた。マヤはあごをしゃくる。タシュを先頭にして、うす汚れたアパルトメントのあいだを歩きだした。すでに雰囲気の暗い路地である。しばらく歩かないあいだに、まわりの景色は、どんどん汚れたものになっていった。水はけの悪い地面。割れた窓。建物ぎわに掃きよせられている布やゴミ。生気のないものたちが座っている。みな、娘を見ている。

「おい、襲われたいのか。こんなところで立ちどまるな」

 娘が、自分に視線が集まっていることに気づき、歩みをとめかけていた。

「いっそ、誰かに襲ってもらったほうが、ここのことがわかっていいかもしれないけどね」

「ここにいるものたちは、みな、魔法が使えずに、迫害されたものたちなのですか」

 マヤは、今すぐ殺してやりたい衝動を、なんとかおさえた。

「だまれ。おまえ、本当にファターの娘か。まあいい。もうすぐもっと面白いものが見られる。それまで黙ってろ」

 もっと面白いもの。言いながら、心に、なにかいやなものがまじるのをマヤは感じた。だが、今さら止められなかった。怒りと衝動が、マヤをつつみこんでいた。またしばらく進み、倉庫街のようなところに出た。タシュは積まれた木箱のあいだをはいっていく。しばらくして、男が2人立っているのが見えた。

「あとは1人で行きな」

 タシュが男たちのところへ歩いていく。いくつか会話をして、倉庫のなかにはいった。マヤは木箱のあいだを抜け、倉庫の側面に出た。かなり高さがある。屋根近くに、明かりとりの格子窓があった。側面をひと通りまわり、格子がかけているところをいくつか見つけた。見張りは正面だけだ。マヤは裏手にある木箱にのぼり、レンガのかけたところに足をかけて、格子窓にとりついた。継ぎ目がくさっていて、力をいれると、枠から外れた。なかは壁際にだけ床があり、ほとんどが吹き抜けになっていて、1階が見わたせた。

 短いロープを見つけ、いくつか瘤をつくってから体に巻きつけた。娘がようやく木箱をあがってくる。瘤をつくったほうを外にたらし、娘を引きあげた。

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