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第9話 百合の花

和彦はまた扉の開く音で目を覚ました。


反射的にベッドから身を起こす。


しかし部屋の中は窓から差し込む光で明るく、

入ってきたのが看護婦の高井戸と森下だとすぐに分かってホッとした。


「おはようございます、岩城さん。よく寝てらっしゃいましたね。

昨日の夜寝れなかったって言ってたけど、スッキリしましたか?」


森下が、高井戸の視線を気にしながらも相変わらず魅力的な笑顔で和彦に話しかける。


「はい・・・今、何時ですか?」

「2時ですよ。午後2時」

「2時・・・」


和彦はぼんやりと窓の外へ目をやった。

確かにそれくらいの時間の日差しだ。


昨日は結局あのせいで和彦は朝まで眠れず、

朝日が昇ってからようやく眠ることができたのだ。

まだ寝不足で頭がボーっとする。


「岩城さん。検温をお願いします」


眼鏡とバレッタが特徴の高井戸が、和彦に体温計を差し出した。

森下とは正反対だが、こちらも相変わらずの無表情だ。

和彦も今日はさすがにKAZUスマイルをサービスする気力もなく、

黙って体温計を受け取る。


「やだっ!何これ!?」


突然、森下が甲高い声を上げた。

和彦も高井戸も一応森下の方を向いたが、

森下のようなタイプは何事にも大袈裟に驚く、という先入観のせいか、

2人とも何かとんでもないことが起きたと思った訳ではない。


案の定、森下が驚いた対象は・・・

なんてことはない。花瓶に飾られた花である。


しかし、その花自体が確かに問題ではあった。


「お見舞いに白い百合なんて・・・非常識だわ」


森下が、サイドボートに置かれた百合の花が入った花瓶を持ち上げる。


「縁起も良くないし、匂いもきついし。誰が持ってきたんですか?」


和彦は体温計を脇の下に差し込んだまま、

白い百合を見つめた。


今朝、寝るまではこんなものはなかった。

つまり和彦が朝から今まで寝ている間に、誰かが持ってきたのだ。


「・・・誰だったかな。忘れました」

「そうですか。匂いで気持ち悪くなりません?

部屋の外に出しておきましょうか?」

「はい。あ、いえ、やっぱりそのままでいいです」


森下が一度持ち上げた花瓶を「そうですか」と言って下ろす。


ちょうどその時、検温終了を知らせる「ピピピ」という音が服の下からした。

和彦が体温計を高井戸に返し、

高井戸が検温結果をカルテに書き込んでいると、

また部屋の扉が開いた。

しかも今度はかなり勢い良く。


「和彦さん!」

「おー。寿々菜」


いつもよりことさら明るい笑顔で寿々菜が病室に飛び込んできた。

入れ替わりに高井戸と森下が出て行く。

森下はすれ違いざま、チラッと寿々菜を見たが、

寿々菜はそれに気付いていないのか、それとも気付いているけど敢えて無視しているのか、

笑顔を絶やさない。


和彦もなんとなくホッとして笑顔になる。


「お見舞いに来ました!お暇かと思って、事務所からこれを持ってきましたよ!」


寿々菜が元気いっぱいに和彦に差し出したのは、「御園探偵」の第7弾の台本だった。

和彦の場合、何か仕事をしている方が気が紛れていいだろと思って持ってきたのだ。


「そういや、もうすぐクランクインだったな」

「そうですよ!だから早く元気になってくださいね」

「ああ。サンキュー」


それからも寿々菜は笑顔を絶やすことなく、

とにかく和彦を楽しませようと、色んな話題を振りまいた。

和彦も久々に大いに笑い(失笑も多々あったが・・・)、

だいぶすっきりしたところで、ふと窓の外に目がとまった。


眼下に広がる病院の中庭を森下が若い男と2人で歩いている。

遠くから見てもその親しげな様子は分かるが、

いちゃいちゃしているというのとも、少し違う。



あの男・・・どっかで見たことがあるな。



和彦はそう思ったが、どうにも思い出せない。



入院してから、こういう「思い出せない」ってことが多いな。

やっぱ思考回路が鈍ってんのかな。



それでもしばらく粘ったが、やはり思い出すことができず、

和彦は諦めて視線を寿々菜に戻した。


「そうだ、寿々菜。事件の方はどうなってる?」

「えっ。事件、ですか」

「毒入りチョコレートの事件と、カミソリの事件だよ。なんか進展あったか?」

「えっと・・・」


寿々菜は和彦から視線を外した。


和彦のために、事件の話はしたくなかった。

事件のことを思い出せば、和彦は無意識のうちに推理しようとするだろう。

だけど今は頭が回らない。

そしてそれをストレスに感じ、気分が落ち、ますます頭が回らなくなる・・・

そんな悪循環に陥りかねない。


だが、もし寿々菜が今正直に警察の調査の進展を話していれば、

和彦は、森下と一緒にいる男が誰か思い出していただろうに、

うまくいかないものである。


「あの、その・・・あ、百合の花!綺麗ですね!」


寿々菜は話題を逸らすために、目に付いた花瓶に駆け寄った。


「誰が持ってきてくれたんですか?」

「寿々菜じゃねーのか?」

「え?私じゃないですよ?」

「・・・そうか。寿々菜じゃないのか」

「?」


寿々菜は、和彦の独り言に首を傾げながらも、

百合の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

独特の香りが鼻腔をくすぐる。


「はあ!いい香りですね!和彦さんが百合を好きなのが分かります!」

「なんだ。俺が百合の花を好きなの知ってるのか?」

「はい!」


寿々菜が「どうだ」と言わんばかりに胸を張る。


「KAZUファンとして当然です!」

「あはは、そうか。でもそうだな。

雑誌とかの俺のプロフィールに『好きな花は白い百合』って載ってるもんな」

「はい!このお花を持ってきた人も、和彦さんのファンなんですね、きっと」



俺のファン、か。



和彦は寿々菜の言葉に頷きながら、

頭の片隅に光る信号を、しっかりとキャッチした。






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