第7話 呼び出し
「どうしたんですか?急に喉が渇いただなんて」
病院の近くの喫茶店に入り、
寿々菜と武上、山崎は早めの夕食を取っていた。
寿々菜はともかく、武上と山崎はこのタイミングを逃すと、
いつ夕食にありつけるか分からない。
「いえ・・・和彦さん、なんだか元気がなかったから。
ずっと食べてないし、病室から出ること事も禁止されてるし・・・
気が滅入ってるみたいに見えたんです」
寿々菜は甘い紅茶を飲んだ。
意外なことに、和彦の推理に役立つほど寿々菜の直感は鋭い。
その心配は的中していた。
和彦は、自分の頭がいつものように働かないことに気付き、急に焦りを感じていたのだ。
加えて、誰かが自分の命を狙っているかもしれないという不安・・・。
いつもならそんなこと気にも留めない和彦だが、
やはり体力の低下というものは、人間を追い詰める。
武上と山崎は無言で視線を交わした。
「分かりました、寿々菜さん。
和彦の前では必要以上に事件の話をしないようにします」
「ありがとうございます!」
和彦さんが病院から出られないんだったら、
その分私が頑張らなきゃ!
私は和彦さんの助手なんだから!!!
寿々菜が決意で目を輝かせると、
武上は笑顔で頷いて手帳とボールペンを取り出した。
以前、寿々菜が勤労感謝の日にプレゼントしてくれたボールペンだ。
武上が愛用しているのは言うまでもない。
「では話に戻りますが、僕と警察関係者以外で和彦があそこにいるのを知っているのは・・・」
「病院では院長と特別病棟の医師と看護婦だけです」
山崎が自信たっぷりにそう言う。
「特別病棟の他の入院患者やその見舞いの人間はどうですか?」
「特別病棟の病室は全てトイレと風呂が付いていますから、
和彦さんも他の入院患者も検査以外は病室を出ません。
検査時間もずらしてありますから患者同士顔を合せることもありません。
そもそも和彦さんは病室で検査をやってもらってますから、他の見舞い客と会うことも無いでしょう」
「なるほど」
あの森下って看護婦は口が軽そうだけど、大丈夫だろうな・・・?
友達に「KAZUがうちの病院に入院してるのよ!しかも毒入りのチョコレートを食べて!」
とか、平気で言いそうだ。
まあ、武上がそう心配するのも無理からぬことだ。
「門野プロダクションの方は?」
「社長と私とスゥだけです」
「和彦が入院した時に寿々菜さんと一緒にいた女性は?」
「派遣社員の斉藤幸枝ですか。そうか、彼女も知ってますね」
「あ」
寿々菜はサンドイッチを口に運ぶ手を止めた。
どうでもいいことだが、武上は、
寿々菜のことをかわいいと言っていた和田刑事も以前サンドイッチを食べていたのを思い出し、
なんとなく面白くない気持ちになった。
「あの時・・・和彦さんが倒れた時、
幸さんと私、ファンから送られてきたチョコレートを箱から出してたんです。
アルバイトの男の人2人も一緒でした」
「そう言えばそうだったな」
山崎が寿々菜から引き継いで続ける。
「確か、江守という大学生と、黒田というフリーターでした。
あの時だけの臨時アルバイトで今はもういません」
「その2人も、和彦が入院してることは知ってるんですか?」
これは危ない。
ただのアルバイトなら平気で言いふらすだろう。
武上は素早く2人の名前をメモした。
そして、それと同時にあることをふと思い出した。
「入院のことや毒入りチョコレートのことは知らないと思いますが・・・
救急車が来た時その場にいたので、
和彦さんとスゥが病院に搬送されたことは知ってるはずです」
「2人はどんな男ですか?」
「え?ですから江守は大学生で黒田はフリーターで・・・」
「容姿のことです。どんな顔ですか?あの日、どんな服を着てましたか?」
「え?顔と服?」
そう言われると、山崎も困ってしまう。
山崎が江守と黒田を見たのは和彦が倒れる前後だけである。
しかし寿々菜は違う。
江守と黒田と一緒に1時間以上作業をしていた。
寿々菜は必死で記憶を辿った。
「えっと、江守さんは爽やかなスポーツマンタイプの人でした。
茶髪で・・・確かニットにレザーのジャケットを羽織ってました。
黒田さんはなんとなく暗い感じの人で無口でした。
小柄な割に大きなダッフルコートを着てて・・・」
「何色のダッフルコートですか?」
「黒、だったと思います」
武上は手帳を閉じて立ち上がった。
「山崎さん。黒田という男を事務所に呼び出してください」
「ごめんなさいね。バイト代の計算が間違ってて、2千円少なく渡しちゃってたの。
もちろん今日の交通費も上乗せしとくから」
斉藤は、チョコレートがないことを除けば以前と全く同じ部屋で、
2千円+αを入れた茶封筒を二つ、机の上に置いた。
江守は「ありがとうございます」と言って、
黒田は無言で、
それを受け取った。
武上が山崎に呼んで欲しいと頼んだのは黒田だけだが、
2人一緒の方が黒田も怪しまないだろうということで、江守も呼び出すことになったのだ。
ちなみに封筒の中身は山崎のポケットマネーである。
「・・・斉藤さん」
予想外なことに、黒田が口を開いた。
斉藤が緊張する。
「な、何?」
「この部屋・・・防犯カメラなんかありましたっけ?」
「え。あ、ああ、あの・・・」
黒田が斉藤の後ろの壁に設置されたカメラに目をやった。
斉藤の背中に冷や汗が流れる。
まさか気付かれるとは・・・
しかし、なんとかシラを切るしかない。
「き、昨日付けたの!ほら、前にKAZUとスゥが倒れたでしょう?
あの時はたまたま私たちがいたけど、
またあんなことがあった時に1人だったら誰も助けてくれないから、
全部の部屋に防犯カメラをつけて、警備室のモニターで見れるようにしたのよ!」
「・・・そうなんですか」
「え、ええ!他の部屋はまだだけどね!明日、付けるの!」
「うまい」
武上は斉藤たち3人がいる隣の部屋でモニター画面を見ながら、
思わず息をついた。
寿々菜と山崎も同様だ。
「幸さんて、頭の回転速いですね」
「スゥと違ってな」
「・・・」
とにかく、斉藤の機転でなんとか黒田に防犯カメラを怪しまれなくて済んだ。
黒田はそれ以上防犯カメラには触れずに、封筒の中身を確認している。
『そう言えばKAZUさんの入院、長引きそうなんですか?大丈夫ですか?』
モニターを通して江守の声がした。
『ええ、大丈夫よ。ただの食あたり』
『スゥちゃんも?』
『えっ。あ、そうよ。2人で一緒にレストランでお昼ご飯食べたんだって。
多分2人ともそれにあったたのね』
『そうなんですか?酷いレストランだなー』
「幸さん、すごーい」
「派遣社員じゃなくて役者として雇いたいな」
「寿々菜さん、山崎さん。それどころじゃありませんよ」
武上は顎に手を当て、モニターに映る黒田の顔をじっと見た。
間違いない。
和彦が入院した日に、病院のロビーで案内板を見ていた黒いダッフルコートの男だ。
やっと手がかりが出たぞ!
武上はモニターを見つめたまま、
携帯電話で和田刑事の電話番号を呼び出した。