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第6話 ファンレター 

「36.4度。平熱ですねー。お腹はすきますか?」


看護婦の森下が魅力たっぷりの笑顔(森下自身視点)を和彦に近づけた瞬間、

和彦はこの退屈な入院生活を乗り切るある方法を思いついた。

そして素でもテレビ向けのKAZUモードでもない・・・

世間のお姉様方がテレビのKAZUから想像する「きっとKAZUって普段はこんな人よね」モードに入る。

ややこしいが、早い話が小悪魔モードである。


「そうですね。すくはすきますけど、今は食べ物より別の物が欲しいな」


と、森下の目を見ながら言い、

読んでいた雑誌をサイドボードに置いてベッドに横たわった。


森下も敏感にその意味を理解する。


「別の物?何かしら?」


そう言いつつ答えは分かっているので、

森下はベッドに両手をつくと、和彦の顔に前髪がかかる程かがみ込んだ。

和彦も答える必要はないと分かっているので、何も言わない。


「・・・KAZUってほんと、綺麗な顔してる・・・」


そう呟いた森下の前髪が、ゆっくりと和彦の上に降りていったが・・・


「森下さん」

「きゃっ!」


森下が文字通りベッドから飛び上がる。


和彦も目だけ声のほうに向けると、

病室の入り口に、ただでさえ吊り上がっている目を更に吊り上げた高井戸看護婦が立っていた。



ちぇっ。いいとこだったのに。



しかしKAZUはそんなことを顔に出してはいけない。

まるで何事もなかったかのように、高井戸にもKAZUスマイルを向けた。


「どうしたんですか、高井戸さん?」

「・・・岩城さんにお手紙が来ています」

「手紙?」


高井戸は無表情にスタスタとベッドに近寄った。

その髪をきつく結わえているのはまたあの黒くてごついバレッタだ。


和彦は首を傾げた。



随分年季の入った特徴のあるバレッタだな。

それに・・・なんか、見たことあるような、ないような。



高井戸は和彦の視線に気付くことなく、

さっき和彦がサイドボードに置いた雑誌の上に数枚の封筒を置いた。


その封筒の雰囲気だけで和彦には分かった。

ファンレターである。


「え?病院宛に届いたんですか?」

「そうです。10通ほどですが」


さすがに和彦も驚いた。

病院名はもちろん、和彦が入院していることも公表されていないのに・・・。


しかし人の口に戸は立てられない。

こういう噂はすぐに広まるものだ。

今日は10通だが次第に増えて、いつの間にかKAZUが入院していることが世間中に広まることだろう。

なんとかそれまでには退院したいものである。


それにはまず、体調の回復と事件の解決---せめて、今回の事件はKAZUを狙ったものではないという確証が必要だ。



ったく。頼むぞ、お坊ちゃま刑事。と、武上。

いや、ここはやっぱ三山しかアテになんねー。



高井戸と、高井戸につつかれるようにして森下が病室を出て行ったのを見てから、

和彦はため息をつきながら封筒を手に取った。

どれも分厚目の封筒で、ピンクや水色の物ばかりだ。

茶封筒でいいじゃないか、と和彦はいつも思うが、

ファン心というものなのだろう。


「お?」


和彦は上から3つ目の、やはりピンク色のざらついた封筒を抜き出した。

特に変わったところはないが、表に書かれた「KAZU様」という宛名の文字に見覚えがある。

ちょっと崩したような、それでいてどことなく統一性のある文字。

最近の若い女の子がみんな書くような文字だ。

だが、「様」という字の右側の「木」の下が撥ねている。

小学校の書き取りのテストなら、バツが付けられるだろうが、

和彦はここに見覚えがあったのだ。


裏返してみると・・・



ぷっ。「寿々菜より」だってさ。

やっぱりな。



なんと寿々菜からのファンレターである。

確かに寿々菜はKAZUに会いたいがために芸能界に飛び込んだほどのKAZUファンではあるが、

個人的に知り合いになった今、ファンレターも何もなさそうなものである。



だけど、こーゆーとこがかわいいんだよな、寿々菜は。



さっきの森下とのおふざけのことなどすっかり忘れて、

和彦はニヤニヤしながら封を切った。


が、これがいけなかった。

和彦も入院生活のせいで、武上さえ認める推理力が鈍っていたのかもしれない。


しまった!と思った時には、

和彦の指から血が滴り落ちていたのだった。






「わ、わ、私じゃありません!」


寿々菜は半泣きどころか、本当に涙を流しながら訴えた。


「私、和彦さんにカミソリを送ったりなんかしません!」

「分かってるって」


和彦は高井戸に右手の人差し指に包帯を巻いてもらいながら、苦笑いをした。

しかし、和彦に呼び出されて来た武上と山崎は「苦笑い」ではなく単に「苦い」顔をしている。


「毒入りチョコレートに続いて、カミソリ入りのファンレターか。

和彦、お前、随分恨みを買ってるようだな」

「カミソリ入りのファンレターなんか珍しくねーよ。

まあ確かに、古風って意味じゃ珍しいけど」

「それにしても続くな」

「まーな。でもたまたまだろ」

「・・・」


果たしてそうだろうか?


和彦はのんびり構えているが、

武上は刑事の直感とでも言おうか、

二つの事件は同一犯によるものだという気がした。


「なんで同一犯だと思うんだよ?」


和彦が訊ねる。


「ファンレターが病院に送られてきたからだ。

どうして、カミソリ入りを含めたこの10通のファンレターの送り主達は、

和彦がここに入院してるって知ってるんだ」

「だからそれは、どこからか噂が・・・」

「どこからってどこだ?和彦がここに入院してると知ってるのは、

チョコレート事件の担当刑事達と俺、病院の一部の人間、それに事務所関係者だけだろ。

誰が言いふらすっていうんだ?」

「・・・」


和彦は黙り込んだ。

もちろん絶対とは言えないが、警察と病院は守秘義務があるから、

和彦がここに毒入りチョコレートを食べて入院しているなんてことは言いふらさないだろう。

事務所関係者は、尚更だ。

KAZUが命を狙われたなどという噂が広まっては、自分で自分の首を絞めるようなものなのだから。


「寿々菜さん」

「・・・はい」


寿々菜はハンカチで顔の下半分を押さえたまま武上に返事をした。


「寿々菜さんは、本当に和彦にファンレターを送ってないんですね?」

「送ってません!私、カミソリなんて・・・」

「カミソリじゃなくて、ファンレターです。

もし寿々菜さんが本当に和彦にこの手紙を送ったのなら、

カミソリは誰かが後から入れたのでしょう」

「ああ・・・そういうことですか・・・いえ、私、和彦さんにファンレターは送ってません」

「では、これを書いたのも寿々菜さんではない?」


武上は、ビニール袋に入った封筒を寿々菜に見せた。

カミソリが入っていたピンクの封筒である。


寿々菜はじっとそこに書かれた文字を見た。


「・・・違います。私の字に似てますけど、違います」


武上が頷く。


「最近の女の子はみんなこんな字を書きますからね。真似るのは難しくないでしょう。

だけど、木辺の下を撥ねるというのは、確かに寿々菜さんの癖と同じですね?」

「・・・はい」


武上は今度は山崎の方を向き、

「事務所の人間で、チョコレート事件のことを知っている人は誰ですか?」と訊ねた。

事務所の人間なら寿々菜の筆跡を真似ることができると思ったからだ。


と、和彦が無言のままふいっと窓の外へ顔を向けた。

それを見た寿々菜は、昨日の武上同様、和彦の痩せ方が激しいことに驚いた。

そしてその和彦らしくない表情にも。


「―――では、和彦がここにいるのを知っているのは、」

「武上さん、山崎さん!私、喉が渇きました!何か飲みに行きませんか!?」

「え?ああ、わかりました。じゃあそうしましょう」


寿々菜は涙を拭うと笑顔を作り和彦に明るく、

「和彦さん!明日またお見舞いに来ますね!」と言った。





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