第12話 2人目の犯人
その声に、全員が驚いてぎょっとした。
いや、正確には、和彦はホッとしたのだが。
「はぁ。坂井じゃなくてよかったぜ。
男に花束プレゼントされたんじゃ、気持ち悪いもんなー」
「和彦・・・そういう問題じゃない。
では、夜に和彦の病室に忍び込んだり百合の花を置いていったのはあなたなんですね?高井戸さん」
武上がそう言うと、高井戸は頭の後ろのバレッタが見えるくらい深々とお辞儀をした。
「・・・はい。お騒がせして申し訳ありません」
すると山崎がポンッと手を打った。
「そのバレッタ!和彦さんのファンクラブができた時に、
最初の1ヶ月間だけ入会特典として配ってたやつですね!?」
「はい・・・」
高井戸がバレッタをパチンと外すと、
思いのほか豊かで綺麗な黒髪が肩に流れた。
中年だと思っていたが、こうやって見ると結構若い。
まだ30代前半だろう。
高井戸は大事そうにそのバレッタを胸に抱き締めた。
「山崎さん、でしたっけ?ファンクラブができた最初の1ヶ月間だけ配った、というのは間違いです。
限定1000個だったので、1週間でなくなったそうです。これは私の宝物です」
「そ、そうですか・・・」
さすがに山崎も、そして寿々菜もそんなことは知らない。
思わぬ強力なライバル出現にたじろいでいる2人はさて置き、
武上は和彦の頭をこついた。
「入会特典にバレッタって、ありなのか?」
「いてーな。決めたのはファンクラブの会長だから、文句があるならそいつに言え。
それに俺のファンクラブができたのは7年も前だ。
あん頃はそれが流行ってたんだよ」
「・・・ふーん」
とにかく、高井戸が澄ましたを顔して和彦の大ファンであることは間違いないようだ。
高井戸はバレッタを抱いたまま言った。
「KAZUが病院に運び込まれて来たと聞いた時は正直胸が躍りました。
何年も憧れていた人が急に目の前に現れたんですから・・・
でも、いい歳して森下さんみたいに騒ぐこともできないし、KAZUといえどもここでは患者さんです。
私は看護婦として接しようと決めました。
だけどどうしても我慢できずに、用もないのに病室を覗きに行ったり、
KAZUが好きな花をこっそり飾ったりしてしまいました。
こんな大騒ぎになるとは思ってなくて・・・本当に申し訳ありません」
和彦が武上を見た。
無言だが、その視線には明らかに意味がある。
武上は「やれやれ」という風にため息をついた。
「高井戸さん。あなたのしたことは、患者のプライバシーという点から見れば問題はありますが、
犯罪行為という訳ではありません。ファンの少し行き過ぎた行動、というレベルでしょう。
ただ、毒入りチョコレートやカミソリ入りのファンレターのことがあったので、
大事になりかねませんでした。今後、気をつけてください」
高井戸はもう一度頭を下げると、今度は森下の方を向いた。
「森下さん。どうして私をかばってくれたの?」
「別に高井戸さんをかばった訳じゃありません」
森下は肩をすくめた。
「ただ、この病室に出入りする病院関係者と言えば、
私以外には坂井先生と高井戸さんだけです。
もしKAZUの病室を覗いたり花束を置いたりしたのが男で医者の坂井先生だったら、
病院の評判が落ちちゃうじゃないですか。
そんなことになったら私なんかすぐリストラの対象ですよ。
それなら私がやったことにしておいた方が、笑って済まされるかなと思っただけです」
「森下さん・・・ありがとう」
森下は「だから高井戸さんのためじゃないんですって」と言ったが、
なんだか照れ臭そうだ。
そして高井戸が和彦に改めて向き直った。
「あの・・・言い訳をするようですが、私が夜中に忍び込んだのは一度だけです。
百合を飾りに来たのは朝ですし、その時は岩城さんは目をお覚しになりませんでした」
「分かってる。1回目の時は・・・俺が入院した日の夜は、
高井戸は学会で東京にいなかったんだろ?
だからあの日にここに忍び込んだのは高井戸じゃない」
和彦は一拍置いた。
「だよな、寿々菜?」
「!」
寿々菜がトマトのように真っ赤になり、
両手できゅっと制服のスカートを握った。
「き、気づいてたんですか、和彦さん・・・」
武上と山崎が驚いて和彦と寿々菜を交互に見る。
「どういうことだ、和彦?」
「あの日、誰にも怪しまれずにここに忍び込むことができた人間は何人かいるけど、
そんなことする理由があるのは寿々菜だけだからな」
「理由?」
「あの日はバレンタインだった。大方寿々菜は、
ドタバタのせいで俺に渡しそびれてたチョコレートを持ってきたんだろ」
たいした自信だな。
武上はそう思ったが、同時にそれは事実だろうとも思った。
考えるより先に身体が動く寿々菜がいかにもやってしまいそうなことだ。
実際、寿々菜は先ほどの高井戸のようにうなだれている。
「ごめんなさい・・・」
「なんで逃げた?」
「和彦さんが寝てる間にこっそりチョコレートだけ置いて帰るつもりだったんです。
でも、毒の入ったチョコレートを食べて倒れた和彦さんがチョコレートなんて食べてくれるかな、
って悩んでたら突然和彦さんが起きて『誰だ!?』って言ったんで、
私、ビックリして思わず・・・」
「で、そのチョコレート、どうしたんだよ?」
和彦はもちろん、食い意地でこんな質問をした訳ではない。
夜の病院までチョコレートを持ってきたのに、
それを和彦に渡せずトボトボ一人で帰った寿々菜を多少なりともかわいそうに思ったからだ。
しかし、心配は無用なようである。
「それが、その・・・食べちゃいました」
「は?」
寿々菜が「てへっ」と舌を出す。
「その日のうちに渡せなかったら意味ないかな、と思って。
でも捨てるのももったいないし。
気づいたら、武上さんに渡しそびれてた分も食べちゃってました」
「・・・」
「一応山崎さんにも用意してたんですけど、」
「それも食ったのか?」
「はい」
「・・・お前もチョコレートの食い過ぎで倒れたんだろ」
「あ、そう言えばそうでしたね」
「・・・・・・」
病室の中に呆れた空気が流れる。
唯一幸せオーラを発しているのは言うまでもなく武上だ。
なんだ・・・寿々菜さん、俺にチョコレートを渡す気がなかった訳じゃないんだ。
あったけど、自分で食べただけだったんだ。
ああ、よかった・・・
何がよかったのかよく分からないが、
本人がよかったのなら、そっとしておく事にしよう。
が、そんな穏やかな(?)空気を和田が「待ちきれない!」とばかりに破った。
「それで!それで、岩城さん!チョコレートとカミソリの方はどうなんですか!?
誰が犯人なんですか!?」
「おい、和田。お前、何をソワソワしてるんだ?
『誰が犯人なんですか!?』なんて一般人に聞く警察がどこにいる」
「えへへ、まあまあ、武上さん。怒んないで下さいよ。
僕、『御園探偵』の大ファンなんです!一度KAZUの生推理って聞いてみたかったんですよねー」
「和田・・・」
このお坊ちゃま刑事、武上の手にはとても負えそうにない。
しかも、いつもなら「ふざけんな」と一蹴する和彦も、
素直に「大ファンなんです」と言うかわいい和田(和彦より年上だが)に、
悪い気はしないようだ。
「武上も、いい後輩を持ったな」
「・・・」
「だけどな、和田。残念ながら今回は推理するほどのことじゃないんだ」
「えー?そうなんですか?」
本気でがっかりする和田と、
本気で頭痛がする武上。
ついでに言うと、高井戸もいつの間にか和彦の次の言葉を爛々と待っている状態だ。
いつもならそれ、私の役割なのに!
と、ヒロイン寿々菜は早くも落ち込みモードから復活し、
危機感を覚えたのだった。
そんな中、和彦が口を開く。
「チョコレートもカミソリも、さっきの覗き・花束と一緒だ。
俺のファンの仕業だ」
「ファン・・・それは、どこかの誰かっていう意味か?」
武上の質問に、和彦は首を振った。
「どこかの誰か、じゃない。ここにいるそいつだ」
和彦は自分の目の前にいる人物を指差した。