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第10話 退院?

その光景はあまりにもお馴染み過ぎて、

寿々菜も武上も山崎も最初、なんら疑問を感じなかった。


「なんだ、和彦も来てたのか」

「おお。お前らか。ちょっと腹が減ってな」

「ふーん。芸能人も暇なもんだな」

「うるさい。お前の方こそ事件抱えてるくせにこんなとこで油売ってていいのかよ」

「油売ってる訳じゃない。今から寿々菜さんと山崎さんと一緒に事件について・・・」


そこまで話したところで、武上はようやく気付いた。


「和彦!?なんでこんなとこにいる!?」

「だから腹が減ったんだって」

「病院は!?」

「自主退院」

「はあ!?」

「和彦さん!」

「ダメです!戻ってください!


ようやくその「異常」に気付いた寿々菜と山崎も参戦する。

が、突然現れた第3者によりその戦争はあっさりと終焉を迎えた。


「『こんなとこ』で悪かったね」


ダンッと、和彦が座っているテーブルに水の入ったコップが3つ置かれる。


「あ、おばさん・・・お久しぶりです・・・あの、私、ラーメン」

「ぼ、僕も寿々菜さんと一緒で・・・」

「僕はチャーハンで」

「はいよ」


来来軒のおばちゃんは、オーダーをメモに取ることもなく、

厨房へ引っ込んでいった。

3人は息をついて、取り合えず和彦と同じテーブルにつく。

和彦は既にラーメンを半分以上食べ終えていた。


和彦の隣に座った武上が和彦を肘でつつきながら小声で怒鳴る。


「勝手に病院を抜け出すな!大騒ぎになるだろ!」

「うるさい。最近どうも頭が回んねーんだよな。

良く考えたら、ガス欠だった」


ガス欠・・・確かに栄養不足ではあっただろうが、

和彦にとっての「ガス」はここ来来軒のラーメン・チャーハン・餃子である。

実際、まださすがに痩せたままではあるものの、和彦の顔には生気が戻っていた。


「全然食ってなかったのに、いきなりラーメンなんか食べて大丈夫なのか?

普通、お粥からとかだろ」

「そんなヤワじゃねーよ。この後チャーハンと餃子も来る。

寿々菜、今日は俺が全部1人で食うから、お前の出番はないぞ」

「はい!いっぱい食べてくださいね!」


普段なら和彦はさすがに1人でラーメン・チャーハン・餃子を食べることはできない。

だから来来軒に来る時はたいてい寿々菜を呼び出し、

2人で、ラーメン2杯とチャーハン一杯、餃子一皿を食べるのである。

和彦が寿々菜を「チャーハン&餃子半人前要員」と呼ぶ所以だ。


「で、チョコレートとカミソリの事件はどーなった?」


和彦がラーメンをすすりながら武上に訊ねる。

武上は寿々菜から、和彦に事件の話をしないで欲しいと言われているので少し悩んだが、

今目の前にいる和彦はすっかりいつもの和彦なので、

まあいいだろう、と口を開いた。


「犯人は分かってない。でも、お前が倒れた時に傍にいたバイトの江守健史という大学生が怪しい。

お前が運ばれた病院や今も入院してることを知ってたんだ」

「ふーん。で、そいつはなんて言ってるんだ?」

「それが行方不明なんだ。1人暮らしのアパートにここ2日帰ってない。

大家に頼んで部屋を見せてもらったが、特に変わった様子はなかった。

小旅行に行ってるのか、友達の家にでも泊まってるのか・・・」


チョコレート事件で警察が動いていると知っているのは事情聴取を受けた黒田だけだ。

江守は知らない。

だから江守は警察から逃げるために部屋に戻っていない訳ではないだろうが、

もしかしたら危険を察知して身を隠しているとも考えられる。

それにまだ黒田も完全にシロとは言えない。


「江守に黒田、か。あの時雇われてたバイトだな」

「そうだ」

「ふーん・・・。カミソリの方は?」

「あっちは全くダメだ。カミソリが入っていた封筒には差出人の住所はなかったし、

他の9通を出した人達に和田が連絡を取ったが、全員、

ネットの上の『○○という病院にKAZUが入院している』という書き込みを見て、

見舞いのファンレターを書いた、と言ってる」

「それ、江守か黒田が書き込んだのか?」

「黒田は否認してる」


最初の10通のファンレター以来、

その書き込みを見たらしいファンからの病院宛のファンレターは日に日に増えている。

最も、全て手付かずのまま警察に渡しているが、あれ以降危険なファンレターは一通もない。



「はい、お待ち」


おばちゃんが、寿々菜たちが注文したラーメン二つとチャーハン一つを持ってきた。

会話が一時中断して、箸やレンゲのやり取りが行われる。


「あんたのチャーハンと餃子はもうちょっと待ってな」

「ええー?おせーなあ。いつもすぐ出てくるのに」


愚痴る和彦を無視し、再び厨房の中へ戻って行くおばちゃん。

和彦は「ま、いいや」と鼻を鳴らすと、寿々菜たちに向かって言った。


「そうそう、こっちはまたちょっとあったぞ」

「あったって何が?」

「昨日の夜の多分8時くらいに、誰かが俺の病室を覗いてた」

「また?」


寿々菜と山崎が驚いて「え?」と言って皿から顔を上げる。

先に我に返ったのは山崎だったが、

寿々菜は何故かいつまで経ってもポカンとしていた。


「そんなことがあったんですか!?しかも『また』って・・・」

「昨日のが2回目だ。2回ともなんもせずに逃げていったけどな。

あ、でも、今回は昼に起きた時に病室に白い百合が置いてあった。

そいつが置いていったのかどうかわかんねーけど」

「危険ですね。社長に頼んで病院を変えましょうか?」

「いい。どうせもう退院したし」

「まだだろ。それ食ったら、さっさと戻れよ」


武上がうんざりしたようにそう言う。

と、ようやく寿々菜が口を開いた。


「和彦さん・・・誰かが覗きに来たって、それ、確かに昨日の夜ですか?

しかも2回目?」

「そーだけど?」

「・・・」

「どうしたんだよ、急に黙り込んで」


和彦が向かいの席の寿々菜を覗き込むと、

寿々菜は赤くなっておろおろと和彦から視線を逸らした。


「な、何でもありません!」

「変な奴だな。だけどまあ、変な奴って言えば、今回の事件の犯人も変な奴だよな。

毒入りチョコレート、カミソリのファンレター、夜の訪問、白い百合の花。

何がしたいのか、よくわかんねー」


和彦が分厚いチャーシューを箸でつまむ。


「和彦。何も全部同じ犯人と決まった訳じゃないだろ」

「んじゃ、犯人が4人もいるってのか?」

「4人とは限らないがな。お前、よっぽど恨まれてるな」

「うるさい。犯人がたくさんいたら面倒だ。1人にしとけ、1人に」

「しとけって言われてもな・・・」


武上はまたうんざりしながらも、

いつもの和彦節に内心ホッとした。

やはり和彦は憎まれ口を叩いているくらいがちょうどいい。


と、そこに、再びおばちゃんが登場した。

手に持っている皿には見事な巨大ピラミッド・・・の形に盛られた大量のチャーハン。

その麓のレタスの上には所狭しと香ばしい薫りの餃子が敷き詰められ、

頂上にはミニトマトがちょこんと一つ鎮座していた。


「うわっ!すげえ!」

「なんか退院がどうのとか言ってたから、大盛りのサービスだよ」

「サンキュー、おばちゃん!気が利くな!」


和彦はニンマリしながら早速ピラミッドの頂上のミニトマトを口に放り込んだ。

退院したばかり(誰も認めてないが)の和彦にとっては意外と酸っぱい味で、

思わず目が細くなる。


「おい。せっかくなんだから餃子から食べろよ。冷めるぞ」


武上がそう言うと、和彦はミニトマトのヘタを指でクルクル回した。


「ほっとけ。こんな頂上にぽつんと一つだけミニトマトが置いてあったら、

一番最初に食べてくれと言わんばかりだろ」

「お前、ショートケーキを食べる時、最初にイチゴを食べるタイプだろ」

「よく分かるな」



ミニトマト・・・

頂上・・・

なんだろう。なんか・・・



「・・・」

「寿々菜?」

「・・・和彦さん。今、何か引っかかりました」

「お!?」


和彦がテーブルに身を乗り出す。


寿々菜お得意の「違和感」だ。

和彦は幾度となくこれに推理を助けられてきた。


「ついに来たか!それがねーとこの小説、始まんないもんな!引っ張りすぎだぞ!」

「しょ、小説?」

「細かいことは気にするな」


和彦の目がより一層輝く。

一方で、ちゃんと餃子を頬張ることも忘れない。


口が餃子に占領されている和彦に代わり、

武上が寿々菜に訊ねた。


「どこにどんな違和感を感じましたか?」

「ミニトマトとチャーハンの頂上。違和感というか、デジャブっていうか・・・

前もこんなことがあった気がします」

「前にもスゥが、和彦さんがこのピラミッドチャーハンを食べてるとこを見ただけじゃないのか?」


山崎の言葉に「違う」と言ったのはようやく餃子を飲み込んだ和彦だ。


「こんなの、初めて食った」

「ですよね。私も、このチャーハンを見たのは初めてです」

「ってことは・・・うーん・・・」


和彦は腕組みをした。

バラバラだったパズルのピースが少しずつ集まって一つになり、

余分なピースが消えていく。


チョコレート、カミソリ、夜中の訪問者、百合の花、ミニトマト、ピラミッドチャーハンの頂上。

そして「ファン」。


「おしっ」

「なんだよ和彦?なんか思いついたか?」

「ああ」


和彦は自信たっぷりに頷いて言った。


「武上の言う通り、やっぱ餃子は冷めないうちに食わないとな」







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