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第1話 チョコレート

バレンタイン。

恋する乙女なら誰しも胸をときめかせるイベントだ。


そしてここにもその例に漏れない制服姿の乙女が一人、胸をときめかせていた。



「おいしーい!!!」


貧乏暇有りの駆け出しアイドル・スゥこと白木寿しらきすずは、

本日20個目のチョコレートを口の中に入れて叫んだ。

残念ながら寿々菜が胸をときめかせているのは、愛しの恋人に対してではなく、

目の前の大量のチョコレートに対してである。


さちさん!これ!これ食べてください!めちゃくちゃ美味しいですぅ!!!」

「え?どれどれ?---ほんと!おいしい!!」

「ね!」


・・・女二人とチョコレート。

こんなに五月蝿い取り合わせはない。


いや、正確に言うとここにいるのは女二人とチョコレートだけではない。

男も二人いる。


アルバイト大学生の江守健史えもりたけしがピンクの包装紙をビリビリ破りながら、

苦笑いした。


「スゥちゃんて、雑誌に載ってたプロフィール通り、甘い物が好きなんだね」

「はい!御園英志みそのえいじも甘い物が大好きなんですよ!」


別に御園英志と嗜好が一緒だからと言っても何の自慢にもならないのだが、

寿々菜は鼻の穴を膨らませた。


補足しておくと「御園英志」というのは寿々菜が憧れているトップアイドル・KAZUこと岩城和彦いわきかずひこが、

ドラマ「御園探偵」で演じている探偵である。


って、誰もそんなこと聞いていない。


だが、お人よしの江守は「そうなんだ」と微笑んだ。

一方、江守の右隣で黙々と作業をしているのはこちらもアルバイトの黒田という青年。

ただアルバイト大学生の江守とは違い、黒田は失業中のフリーターで、

このアルバイトも仕方なくやっているらしく、

名前の通りどこか「黒」い男である。



ここは、寿々菜と和彦が所属する弱小・門野プロダクションの事務所の一室。

昔は、バレンタインになってもこの門野プロにファンから送られてくるチョコレートは微々たる量だった。

それが今は、部屋の中がチョコレートの匂いで充満している始末。


その原因はもちろん・・・


「このチョコも、またKAZU宛ですね。凄いなー。何個目だろ」


江守が感心したように小包の宛先を見た。


江守の向かいに座っている派遣社員の斉藤幸枝さいとうさちえ・25歳が笑った。

ちょっと目を引くえくぼが可愛らしい。


「そりゃそうよ。KAZUはうちの稼ぎ頭だからね。ここにあるチョコの9割は、

KAZU宛でしょうね」


斉藤は、ちょっと自慢しながらもため息をついた。

それものそのはず。

今自分で言った「9割はKAZU宛」という膨大な量のチョコレートを裁かなくてはいけないのだから。


KAZUのお陰でここ数年門野プロの株は鰻上りである。

そしてその副産物として生まれたのが、このバレンタインの大量のチョコレートだ。

それはもう、日本国内からだけではなく、海外からも送られてくる程。

袋からチョコレートを出すだけでも一苦労だ。


そこで毎年この時期は、アルバイトを雇って「チョコレート解体作業」が行われる。

チョコレートを包みから取り出して、3つの山に分けるのだ。


3つの山の1つは、「市販のチョコで賞味期限が長い物」グループ。

これはまた新たに別の入れ物に入れられて、寄付へ回される。

もう1つは、「市販のチョコで賞味期限が短い物」グループ。

これは大皿に盛られて事務所の中に置かれ「ご自由にお食べください」となる。

運がよければKAZUの口に入ることもあるが、

KAZUは御園英志とは違って甘い物はあまり食べない(ドラマ撮影の時は大変なのである)ので、

KAZUファンがKAZU宛に送ったチョコレートがKAZUの口へ辿り着くのは、

宝くじを当てるより低い確率だろう。

ちなみにさっきから寿々菜と斉藤が食べまくっているのもグループ2のチョコレートである。


そして最後の1つは「手作りチョコ」グループ。

これはどうなるかというと・・・残念ながらゴミ箱へ直行である。

賞味期限が明確でないし、身体に良くない物が入っていないとも限らない。

意図的に毒を盛ろうとした訳ではなくても、やはり品質面に心配がある。


そういう訳で、

最初の2つのグループのチョコレートは、めでたく机の上の二つのトレイにそれぞれ入れられるが、

3つ目のグループのチョコレートは、今も黒田の手により机の下の燃えるゴミの袋へと投入された。


「あーあ・・・もったいない」

「食べちゃダメよ、スゥ。って、あれ?スゥ、手伝ってくれるのは嬉しいけど、

こんなところで油売ってていいの?」

「はい。油を挿す場所がないので」


寿々菜にしては気の利いた言い回しである。

要は、仕事がないだけなのだが。


寿々菜はこの道2年弱の高校1年生。

かわいくないこともないが、芸能人としては地味と言わざるを得ない。

お陰で万年駆け出しアイドルで、事務所のこんな雑用も手伝えてしまう。


が、なんでもやってみるもんだ。

突然部屋の扉が開き、そこだけスポットライトが当たったような華やかなルックスの男が入ってきた。

寿々菜憧れのKAZUである。


「よお、寿々菜。こんなとこで何やってんだ?」

「和彦さん!・・・と、山崎さん」


和彦の後に続いて部屋に入ってきた、和彦のマネージャーの山崎を見て、

寿々菜のテンションが一気に下がる。


山崎は30男にしながら、和彦に想いを寄せており、

寿々菜にとっては強力なライバルなのだ。

30男の山崎が「強力」たる所以は、その敏腕マネージャーぶりで和彦に信頼されているから、

そして寿々菜が「芸能人としては地味」なのに対して山崎は「芸能人並に目立つ」から、である。


山崎も寿々菜を見て鼻を鳴らす。


「スゥ。そんなことしてる暇があるなら、演技の勉強でもしろ」

「山崎さん!これだって大切なお仕事ですよ!」

「もちろんそうだ。だから斉藤さんにお願いしてるし、アルバイトも雇ってるんじゃないか。

スゥにはちゃんと自分の仕事がある・・・いや、ないか」

「・・・」



山崎さんの話術に磨きがかかっているのは気のせいかしら?

和彦さんと一緒にいる時間が長いからかな。



全くもって寿々菜のご想像通りである。


「まあまあ、いいじゃねーか、山崎。頑張れよ、寿々菜」

「はい!」

「そこの皿にあるのが、今年のチョコレートか?」

「そうよ」


斉藤が頷きながらグループ2のチョコレート、

つまり「市販のチョコで賞味期限が短い物」グループのチョコレートが入ったトレイを手に立ち上がった。

そして、和彦が指差した大皿にそのトレイのチョコレートをざっと盛る。

この作業はもう何度も繰り返されているので、皿はチョコレートでいっぱいだ。


「うわあ、溢れちゃう!」


斉藤はそう言って、皿の淵からチョコレートを二つ摘んで口に入れ、

ついでに「スゥも手伝ってよ」と寿々菜に言う。

もちろん寿々菜に断る理由はなく、斉藤に負けじと(?)四つ食べた。


「・・・ほとんどはKAZUさん宛なんですから、KAZUさんも少しくらい食べたらどうですか?」


どこからともなく声がした。

みんな一瞬誰の声か分からず、キョロキョロと部屋の中を見回したが、

やがて全員の視線が黙々と作業を続ける一人に集中した。


黒田である。



黒田さんてしゃべるんだ。



これは必ずしも寿々菜1人の心の声ではない。


「それもそーだな。一個くらい食っとくか」


目の前に富士山よろしく積み上げられたチョコレートのほとんどが自分に贈られたものだというのは、

いかに慣れっこの和彦でも悪い気はしない。

和彦は「ふふん」と鼻で笑って頂上の台形型のチョコレートを一つぽいっと口へ放り込んだ。


ちょうどその瞬間・・・!


「く、苦しい・・・」


突然寿々菜がお腹を抱えて椅子から転げ落ち、そのまま動かなくなった。


「・・・寿々菜?」


和彦はチョコレートを飲み込んでからようやくそれが演技でないことに気付き、

寿々菜に駆け寄った。

山崎と斉藤、バイトの2人も慌てて寿々菜の周りに集まる。


「おい!寿々菜!どうしたんだ!」

「スゥ!」

「スゥちゃん!」


いくら呼びかけても、寿々菜は和彦の腕の中でぐったりとして目を閉じている。

全員に動揺が走った。


だが、さすがに一番最初に我に返ったのは山崎だった。

普段は憎き恋敵ではあるが、山崎にとって寿々菜は事務所の大事な商品でもある。


「・・・救急車だ!」

「はいっ」


江守が勢い良く返事して携帯を手に部屋を飛び出していくと、

斉藤は半泣きになって寿々菜の横にひざまづいた。


「スゥ・・・どうして・・・何か良くない物でも食べたのかしら・・・」

「え?」


和彦が寿々菜から視線を斉藤へ移し、更にそれを机の上に移す。

そこには所狭しとチョコレートの箱が山積みされている。


「・・・まさか・・・」


そう呟くと同時に、

和彦は強烈な吐き気を感じ、寿々菜の上に覆いかぶさるようにして気を失った。




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