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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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みらいの恋の話

作者: ハープ
掲載日:2026/10/12


 みらいは迷っていた。電話をかけるか、かけないか。


 その相手は、もうじきみらいたちが卒業する小学校のクラスメイト、花子だった。最近では花子という名前は珍しい。周囲の環境によっては「トイレの花子さん」などと呼ばれていじめやからかいの対象になることもありそうだが、みらいたちのクラスの花子は違った。


 成績優秀、スポーツ万能、絵や歌も上手で見た目もかわいらしくいわゆる完璧な女の子だった。クラスメイトからは憧れと親しみをこめて花ちゃんと呼ばれ、小学生にして同級生から何度も告白され、性格も良いのでクラスで孤立しがちだったみらいにも気を遣ってくれた優しい子だ。


 そんな花ちゃんは中学受験をして当然のように合格し、四月からとあるお嬢様学校に通うことになっている。つまり、小学校を卒業したらみらいとの接点はなくなってしまうのだ。


 その前に、何とかして一度だけでも花ちゃんと遊びに行きたい。みらいは花ちゃんと学校で喋ったことはあるけれど例えばお互いの家に遊びに行ったり、一緒に街に出かけたりしたことはなかった。それは今まで花ちゃんが中学受験のためになかなか友達と遊ぶ時間が取れなかったというのもあるし、みらいの側の気持ちの問題もあった。


 みらいは薄々気がついていた。自分の花ちゃんを思う気持ちが友情や憧れだけではないということに。


 きっかけは、修学旅行だった。修学旅行で女子風呂に皆と一緒に入る時、なぜか花ちゃんの体が気になって仕方がなかった。どきどきして、目が離せなくて、そしてそう感じる自分への罪悪感と気まずさでいっぱいだった。


 旅行から帰ってきても、その時のことを何度か夢に見た。みらいはそういったことを夢に見ること自体に罪悪感や嫌悪感があったけれど、自分の花ちゃんへの気になり方が友愛ではないのではないかということがとても恐ろしかった。みらいはまだLGBTやLGBTQ+といった言葉も知らず、独りぼっちだったからなおさら。


 思い当たることはいくつかあった。みらいは今までの十二年の自分の人生で男子に惹かれたことはなかった。花ちゃんに親しげに話したり触れたりする子がいると、その相手が女子でも男子でも心がざわついた。それでいて自分が花ちゃんの体に触れることを想像したり、花ちゃんに流行りの漫画のようなロマンチックなことを言ってもらうことを想像するとどきどきした。ただ、そういったことを望むことはとても怖かった。すごくいけないことを願っているような気がした。それは背徳感といった生やさしいものではなく、みらいは自分は本当は生きていてはいけないのではないかとさえ思うこともあった。


 そして今もまだ迷っていた。電話をかけるか、かけないか。別にただ花ちゃんと遊びに行きたいだけだ、何もやましいことはないじゃないかと思う自分と、この電話をかけることで自分の心の中にしまっている「何か」が花ちゃんにバレてしまうのではないかという不安が交互に訪れ、みらいの心を揺らした。


 みらいはまだ自分専用の電話を持っていなかったので、家の固定電話の置いてあるところにいたのだが、あまりにもみらいが迷っているので、見かねたみらいの母親が声をかけてきた。


「電話、かけないの?」


 みらいは自分の花ちゃんへの感情の種類は伏せて、母親に説明した。今まで学校の外で遊んだことがないクラスメイトを遊びに誘いたいのだ、そしてその子は自分と違う中学校に行くのだ、と。すると母親は言った。


「ふ〜ん。まあお母さんはどっちでもいいけど、今電話かけなきゃもう一生遊べないんじゃない? その子と」


 みらいは思った。私のお母さんは、私が花ちゃんに抱いている、この自分でもはっきり分からないモヤモヤした気持ちを知ってもそう言ってくれるだろうか? 例えば、あり得ないことだけど私に花ちゃんが「みらいは私の『親友』だよ!」と言ってくれたとして、きっと私は泣くだろう。それは決して、嬉し涙ではないだろう。そういうことを知ってもなお、私に今電話をかけていいと思ってくれるだろうか。


 その問いは、みらいの口から出ることはなかった。みらいは黙って母親に頷き、受話器を持ち上げて花ちゃんの家の番号をプッシュした……。


 電話には最初に花ちゃんのお母さんが出た。そこから少しやり取りをして、花ちゃんを電話口に出してもらう。


「もしもしみらいちゃん、どうしたの?」と花ちゃんの声がした瞬間、みらいの元々上がっていた心拍数が更に急上昇した。みらいは花ちゃんと卒業する前に学校の外で遊びたいのだと説明する。どうしても早口になってしまう。みらいは手の汗を服で拭いた。


 少しの間、沈黙が来た。お願い、とみらいは思う。


「……他の子も一緒なら、いいよ」と花ちゃんは言った。声が少し冷めているように思えたのは、考えすぎだろうか?


 というか、他の子も一緒ならいいってなんだろう。単純に初めて遊ぶ相手と一対一はちょっと、という意味なのだろうか。確かに花ちゃんはいつも友達に囲まれている。皆といる。だから花ちゃんの価値観としては、おかしいことではないのかもしれない。


 だけどもし、そうではなかったら? 花ちゃんがみらいを警戒していて、だから二人きりになりたくないんだとしたら? 警戒? 警戒って、何の……?


「みらいちゃん、どうしたの?」と花ちゃんの声がして、みらいは現実に引き戻される。突然みらいが黙ってしまったのでどうしたのかと思ったのだろう。


「あ……なんでもない。分かった」とみらいはできるだけ平静を装って口に出した。それからいくつか事務的な、というかいっそ機械的な会話をして、みらいは電話を切った。切ったあとに気づいた。


 元々、私はクラスで孤立していた。そこに声をかけてくれたのが花ちゃんだ。私は他に、少なくとも遊びに誘えるくらい仲の良い友達はいない。他の子も一緒ならというけれど、そもそもそういった場をセッティングするなんてことが、私にできるだろうか? それに……。


 花ちゃんもそのことは分かっているはずだ。分かっているはずなのにそういう条件をつけてきたのはなぜだろう? 駄目だ。疑っては駄目だ。誰を? もちろん花ちゃんをだ。好きな人を疑うのは間違っている。好きな人? それはどういう意味で……?


 結局みらいが花ちゃんと学校の外で遊ぶことは最後までなかった。みらいは頑張って他のクラスメイトたちにも電話して声をかけたけれど、上手くいかなかったのだ。


 みらいは花ちゃんとは別の中学校に入学し、しばらくしてからまた別の恋をした。相手はまたクラスメイトの、女子だった。その頃にはみらいはもう分かっていた。自分がレズビアンであること、花ちゃんへの思いは恋愛感情であったこと。でも花ちゃんの時のような思いをもうしたくなくて、みらいはその子を遠くから見ていることしかできなかった。


 そういった恋を、みらいは何度かしていった。そうして傷つきながら、独りぼっちで大人になったのだ。


 今、みらいはもう大人だ。恋人は今のところ一度もできたことがない。でも、あの頃は持っていなかった自分のスマートフォンで、レズビアンを始めとする色々なセクシャリティの人の発信を見て勇気づけられたり、逆に異性愛規範を振りかざす人を見かけて落ち込んだりする。そして時々考える。


 花ちゃんが、私の過去確かに恋した人が、せめて私のことを生きていてはいけない存在としてカウントしていませんように、と。


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