8話『チョロいですね……』
日曜日。
ましろは今日もパソコンの前に座り、その後ろで蒼太が見学している。
……昨日のこともあったので、今日はちゃんとましろに了解をもらった上で絵を描くところを見せてもらうことにした。
今やってるのは絵の最終調整のようで、細かい部分の影や塗りなんかを調整している。
神は細部に宿るというやつなのか、素人目には『そこまでするの!?』と思うような、ほんの小さな調整まで余念がない。普段のぐうたらっぷりからは想像がつかないような、真剣な仕事っぷりだ。
『普段はあれですけど、描いてる時は格好いいですよね』
「うん……」
ヒソヒソ囁くアイに、蒼太は半分無意識に頷く。
真面目だけど平凡で、これといって取り柄のない自分とは正反対。こうやって好きなことに打ち込む姿は、ちょっと憧れさえ感じてしまう。
しばらくしてましろは、ふうと息を吐いて背もたれにもたれかかった。
「……できた」
そう呟いて印刷ボタンを押す。
プリンターから出てきたのは、昨日蒼太がリクエストしたアニメのヒロインのイラスト。夏の砂浜で仲間達と遊んでいる様子が活き活きと描かれている。これが公式イラストだと言われたらあっさり信じてしまっただろう。
「すごい……! これ、ほんとにましろが描いたんだよね?」
「当たり前でしょ、さっきすぐそこで見てたじゃない」
「それはそうなんだけど、こんなイラストを僕と同い年の女の子が描いてるなんて凄いなって……えと、額縁とかに入れて飾ってもいい?」
「ま、まああげたものなんだし。勝手にすれば?」
ぶっきらぼうに言いつつも蒼太の反応は満更でもないのか、ましろはほんのり頬を染めつつクルクル髪を指に巻き付けている。
蒼太はあらためて手の中のイラストに目を落とす。
……SNSに上がってるイラストなどを見て回ることはよくしてたけど、それはどこか遠い世界の遠い人間が描いたような感覚だった。
けれどこうやって、目の前でましろがイラストを仕上げるのを見ると『こんなイラストを本当に人間が描けるものなんだ……』と、当たり前なことなのにちょっと感動してしまった。
「僕も……ちょっと、描いてみようかな」
「え?」
つい口からこぼれた言葉にましろが反応する。
ましろのことだから『あんたなんかにできる訳ないでしょ』とか言われるかと思っていたのだが、ましろの表情は意外と好意的だった。
「ま、やってみたいならいいんじゃない? ちょうどお古のペンタブもあるしほしいならあげるわよ?」
「え、いいの?」
「……何よその意外そうな顔は」
ましろはむすっと蒼太を睨む。
「私も一応絵師の端くれだしね。新規が入ってこないコンテンツは廃れるっていうし、初心者には優しくしてあげるのがマナーってやつよ」
「なるほど……」
「それにあんたも絵を描くようになったらいろいろマウント取れるし」
「そっちが本音!?」
ましろは「冗談よ」とニヤリと笑う。
ただ、こうして話しているとましろもずいぶん棘が取れたなと思う。
出会ったばかりの頃は警戒心の塊みたいだったけど、少なくとも敵じゃないとは思ってもらえてるようだ。
(僕も絵を描くようになったら、それをきっかけにもっと仲良くなれるかもしれない)
そんな下心も抱きつつ、遠慮がちに言ってみる。
「じゃ、じゃあましろ、お願いしてもいいかな?」
「ん? なに?」
「その、僕も絵に挑戦してみたいから、いろいろ教えてくれたら嬉しいなって……」
「え、嫌だけど」
その瞬間ズコーッと、これまでニコニコしながら二人のやり取りを見守っていたアイがすっころんだ。
『いや何でですかましろさん!? そこはましろさんが手取り足取り優しく教えてあげてそれをきっかけに二人の仲が深まっていく流れでしょう!?』
「いやだって、今さら初心者に一から教えるとかめんどくさいし、そもそも私が先生役に向いてると思う?」
『そりゃあ確かにましろさんが先生に向いてるなんてこれっぽっちも期待はしてませんが……』
「……自覚は有るけどストレートに言われるとむかつくわね」
『とにかくです! 共通の趣味は二人の仲を深めるのにとてもいいことです! せっかく蒼太さんから距離を詰めてくれてるんだからやりましょうよ! ラブラブポイントも加点しますから!』
「えぇ……いくら加点されるっていっても私が遊んだり絵を描く時間が減るのはいやなんだけど……」
まったく乗り気でなさそうなましろ。アイは腕組みして考え、説得の方法を模索する。
『……では考え方を変えましょう。ましろさんは将来プロのイラストレーターとして生きていくのが目標なんですよね?』
「……まあ、そうなるわね」
『でしたらなおさら、ここで他人に教えることを経験しておくべきだと思います』
アイが小さく手を振るような仕草をすると、空中にいくつかの画面が表示される。内容はとあるイラストレーターの収入の内訳だ。
『たとえばこちらの方。現役のゲームイラストレーターですが、収入の四割は専門学校での講義です。こちらの方は週一でオンラインの個人レッスンを開いてますし、こっちの方は動画配信サイトでお絵かき講座を開いてますね。つまり、イラストレーターの仕事は必ずしも描くだけとは限らないのです!』
「う……」
『そもそもイラストレーターは個人や企業から直接依頼をもらう場合が多いですし、自分の考えを伝え、相手の要望をくみ取るコミュ力は必須です。……ましろさん、そういうコミュ力ご自身にあると思いますか?』
「う、うるさいわね! わかってるわよ、それくらい……」
絵を描くこと意外には自信がないようで、ましろの反論が急速にしぼんでいく。
それに対し、アイはにこりと笑う。
『だからこそ蒼太さんで練習するんです! 伝えるのもくみ取るのも最初は下手で当たり前。そういう点で蒼太さんは練習台にぴったりです! 何しても基本怒りませんし、素直で従順でチョロいですから!』
「今チョロいって言った!?」
蒼太の反応は意に介さず、アイはましろの説得を続ける。
やがてましろは深くため息をつき、じとっとした視線を蒼太に向けた。
「わかったわよ、教えればいいんでしょ教えれば。先に言っとくけど、人に教えるとかやったことないしわかんなくても文句言わないでよ」
こうして、蒼太はましろにお絵かき指導を受けることになるのだった。
†
「けど実際どうすればいいの? 人に教えるとか私、まったく自信ないんだけど?」
『そこはもちろん考えてあります。蒼太さんもずぶの素人というやつですし、最初は場数を踏むためにゲームを使ってやってみましょうか。その方がましろさんも教えてて楽しいでしょう?』
「ゲーム?」
『ふふん。そこは私、日本が誇る超高性能支援AIですから。自然な会話や生活サポート能力だけでなく、ご夫婦が楽しく遊べる様々なゲームもインストールされてるのです』
アイはそう言って胸を張ると、空中にゲーム画面を展開する。
『お絵かき+召喚+RPG』
なんともそのまんまなタイトル。ただゲーム自体は好きなのか、さっきまで気乗りしなさそうだったましろは興味を引かれたようにアイの説明に耳を傾けている。
『内容は冒険して魔王を倒す、いわゆる王道RPGです。ただし戦闘も謎解きも、プレイヤーが描いたイラストで行います!』
「描いたイラスト?」
『そう! プレイヤーが描いたものがそのまま召喚獣や武器、謎解きアイテムとして現れます。AIがイラストの造形や完成度から、戦闘力や挙動を予測して自動生成するんです。当然、上手く描けたものの方が戦闘力が高いですし思った通りの挙動をしてくれます』
画面の中で、手描きのドラゴンが炎を吐いてモンスターを蹴散らすデモ映像が流れている。
「……へぇ。ちょっと面白そうじゃん」
これにはましろも興味津々なようで、目を輝かせてちょっと前のめりになっていた。可愛い。
『お気に召したようで何よりです。それでは、お二人のペンタブを私のシステムと無線接続しまして……ゲームスタートです!』
一つ屋根の下で暮らすようになって二週間。
蒼太とましろは、そうしてゲームを通して初めての共同作業に挑むのだった。
†
「蒼太! モンスターがそっち行ったわよ、何とかしなさい!」
ゲーム内のましろは、自分が描いた大太刀を咥えた狼に跨がって戦っていた。
冒険を開始して初めての本格的なモンスター戦。ましろは、蒼太からすると信じられないような速度で格好いい狼を描き上げ、群がってくるモンスター相手に無双していた。
フィールドを縦横無尽に駆け抜けモンスター達を斬り捨てていく姿は非常に格好いい。このまま公式PVにしてもよさそうな出で立ちだ。
(――っと、見惚れてる場合じゃなかった……!)
蒼太の方にも、動く木みたいなモンスター達が迫ってくる。
「よ、よーし……!」
敵は炎属性が弱点の敵が多い。それに一体一体は弱いけど数が多い。
それなら炎属性で、広範囲に攻撃できそうな召喚獣を……。そう思って必死にペンを走らせる。
そうして蒼太が呼び出したのは……なんだかキリッとした顔立ちの、大きなひよこのような何かだった。
当然、あっさり蹴散らされる。
「うわあああまってええええっ!? 」
「ちょっと何やってんの!? そんなひよこで勝てるわけないでしょ!?」
「あ、いやその……フェニックスのつもり……だったんだけど……」
「ふぇに……っ」
あのひよこみたいなのが、フェニックス。そう聞いた瞬間ましろは吹き出した。
「ちょ、ぷふ……あのひよこがフェニックスって……ぷ、くく……」
「そ、そんな笑わないでよ頑張って描いたんだから!」
「でもあんたの呼び出した召喚獣。ゲームにもひよこって認識されてるみたいよ? ほら、なんかぴよーって鳴きながら戦ってるし」
「うう……」
「くふ……ごめ、むり……フェニックスのつもりで描いた鳥がピヨピヨ鳴いてるの……ぷ、ふふふ……」
ましろはどうやらよっぽどツボに入ったらしく、肩を震わせて必死に笑いを堪えている。
そうしながらも新たに召喚したサラマンダーでモンスターを蹴散らしていた。なぜそんなに爆笑しながら綺麗な線が描けるのか、蒼太にはまったく理解が及ばない。
その後もゲームを続ける。
ましろは相変わらず、即興とは思えないほど格好いい召喚獣を描き上げては颯爽とモンスターを薙ぎ払っていく。
一方の蒼太はというと……とりあえず「何か描くたびにましろが爆笑していた」とだけ言っておこう。
「あー……こんなに笑ったの久しぶり。あんた、一周回って才能あるわよ」
ましろはごろんと座っていたベッドに寝転がる。その隣では、蒼太がちょっと遠い目をしていた。
「……僕もましろみたいに格好いい召喚獣描きたいんだけどなぁ」
がっくりうなだれる蒼太。それに対してましろは、ゲームで活躍できたのと蒼太にずっとマウント取れたのでご機嫌そうだ。
「まあでも、一周回って才能あるっていったのは本当かもよ? あんたの絵、なんか不思議と愛嬌あるしちゃんと練習すればそっち方面で人気出るかも」
「ホントに?」
ぱあっと表情を輝かせる蒼太。
そのあまりにも素直な反応に、何故かましろの方が少し照れてしまったのか目を逸らした。
「……ったく、しゃーないわねぇ。ちょっとアドバイスしてあげる」
そう言って座り直すと、ましろは蒼太との距離を詰めた。肩と肩が触れあう程の距離に蒼太の胸が高鳴る。
「いい? 一点を見ていきなり描き始めるような描き方じゃダメ。全体を俯瞰してバランスを見ながら構成を考えるの」
「えっと、こう?」
「違う違う。もっとここを、こういう感じで――」
「……こう?」
「だーかーらー、違うってば。ほら、こうやって――」
ましろはベッドに上がると、蒼太の背後から手を伸ばした。
まるで二人羽織のような体勢で、蒼太の手に自分の手を重ねる。
「っっっ……!?」
蒼太は固まる。
自分の手に重なる、一回り小さなましろの手。
頬と頬が触れそうなぐらいましろの綺麗な顔が近くにある。そして背中には――なんというか、柔らかな感触が……。
「ちょっと蒼太、聞いてるの?」
「は、はいぃ!」
ましろはその辺意識してないのか、それとも指導に熱が入って気付いていないのか。特に照れる様子もなく指導を続けてくれる。
「ほら、こうして線の流れを意識して。手首じゃなくて、腕全体を動かす感じで……」
蒼太の視界の端では、アイがニコニコしながら二人の様子を眺めていた。




