5話『同棲するならラッキースケベは基本ですよね』
「AIが相性を判定し、最も適した異性と一定期間の同棲生活を送る……これが仮婚制度です。現在の政府は少子化対策に非常に力を入れておりますが、これは現在試験運用中の新制度で――」
学校にて、先生が授業を進める。
授業の内容は……何ともタイムリーというか、蒼太が現在やっている真っ最中の仮婚制度についてである。
蒼太は何とも居心地が悪い気分でそわそわしていた。自分が仮婚中だというのはクラスメイトには話していない。
……ましろという可愛い女の子と同棲していて、昨日は同じベッドで寝ました。なんて知れたらいったいどんな風にからかわれることだろうか。
そんなことを考えている間に、授業は班ごとに分かれてのディスカッションへと移った。
新しい制度である仮婚制度について話し合おう……ということだが、何せ内容が内容だ。案の定、そういう流れになった
「いや~政府が理想の彼女見つけてくれるとか最高じゃん! しかもいきなり同棲だろ? そんなの絶対エロいことになるやつじゃん」
「バカか。そんな下心丸出しで行ったら引かれるに決まってんだろ」
「いやいや、相性最高なんだからむしろ喜ばれるって!」
下ネタ混じりの話題で盛り上がる男子たちに、女子メンバーは白い目を向ける。
「男子サイテー」
「私なら絶対無理。初めて会った男子と同棲とか、怖すぎる」
「実際どうなんだろ? もし無理やり変なことされたりしたらどうすんの?」
女子達の話に、蒼太は小さく手を上げて口を挟んだ。
「あ、えっと……一応AIでその辺監視してくれてるから大丈夫なはずだよ。同意なしにそういうことしたら即通報されるらしいし……」
「へ~、そうなんだ」
「まあ、流石にそこはちゃんとしてるか」
蒼太の言葉に女子達も納得してくれたようだ。……もっとも、その監視者であるはずのアイがむしろそういう関係になるのを推奨してくるのだが。
「へ~、鳴上やけに詳しいじゃん。そういうの授業で言ってなかったよな?」
「あ、いや、まあ……なんとなく調べただけで……」
「なんだよ~、そういうの興味ありませんって顔しといて実際は興味津々か~?」
「そそそ、そういうのじゃないよ?」
しどろもどろになりながら、どうにかその場をやり過ごす。
ディスカッションはその後も続いた。特に参考になったのは女子の生の意見。
やはりというか。『初めて会った男子と同棲するのが不安』という意見が非常に多い。
いくらAIが監視してると言っても男子が常に近くにいること自体不安だし、男子の目がプレッシャーになるとのことだった。
(……ましろだって、絶対不安だよね)
特にましろは、あくまでもお金のために仮婚制度に参加したのであって恋愛に興味などまったくないとのことだった。
それが昨夜はあんなことになって、やっぱりいろいろ不安だろう。
(せめて僕は、ちゃんとましろに寄り添ってあげないと……)
そうしてディスカッションが終わりに近づいて来た頃。
「鳴上くんはどう思う? この仮婚制度」
ディスカッションの締めくくりに、いつの間にかリーダーとして振る舞っていた女子がそう聞いてきた。
ちなみに世論は半々ぐらい。『国家存亡の危機レベルの少子化なんだから仕方ない』という層と『こんなの人権侵害だ』という層が真っ二つに割れている。
蒼太は少し考え、ちょっと笑って口を開く。
「……僕は、悪くないと思うよ」
「え? そうなんだ。ちょっと意外」
「まあ、確かにいろいろ問題はあるとは思うけど」
昨晩のアイの言動を思い出して苦笑いしながら続ける。
「どんな出会い方であっても、その人と同じ時間を過ごして、仲良くなっていけたらその絆は本物になるんじゃないかなって」
――自分は、ましろとそういう関係を築きたい。
まだまだ先は長そうだけど、ましろと仲良くなって一緒に笑い合える関係になれたら、それはとても幸せなことだと思う。
だがそこでお調子者の男子が「でもさー、そう言いつつ結局はエロい展開を期待してるんだろ?」と茶化す。
「そ、そういうのはちゃんと段階を踏んでからというか! 僕たちはまだそういうのじゃ……」
「ん? 僕たち?」
「あ! いや! 違くてえっとあのその……」
ついボロが出てしまったが、タイミングよく終業のチャイムが鳴ってくれた。即座にテーブル状にしていた机を持って元の位置に持っていき、それでうやむやにできた。
放課後、学校からの帰り。
蒼太はバスに揺られながら、窓の外に流れる街並みをぼんやり眺めていた。
頭の中に浮かんでくるのは学校で話し合った仮婚制度についてと、自分と仮婚しているましろのこと。
(出会えたこと自体は、きっと悪いことじゃないよね)
同じ班の女子が言ってたとおり、賛否両論あってしかるべき制度だとは思う。
けれど自分達はこの制度がなければ絶対に出会うことはなかっただろうし、同年代の女子と一緒に暮らすというのは新鮮で貴重な体験だと思う。
それにましろの夢を聞いた。漠然と生きている自分と違って夢を持ってるましろを応援してあげたいと思う
(あと……もっと仲良くなれたら)
仲良くなって一緒に笑い合うのを想像して、つい赤面する。
最寄りの停留所でバスを降りる。家までの道を歩きながら、ふと考えてしまった。
もし――ましろも自分のことを好きになってくれたら。
想像しただけで、頬がじわじわ熱くなる。
だが同時に、女子が言ってた男子と一緒に暮らすなんて怖いという話も思い出す。
(やっぱり、男子の側がこういう下心持ってたら相手に伝わっちゃうよね……)
そんなことを考えながら家に入る。ましろのことを考えながら、手を洗うために洗面所へと向かう。
(まずは友達として仲良くなるところからだよね。それまでは、ましろのことをそういう目で見ないように気をつけよう)
手を洗いながらそう決意を新たにする。
だがこの時蒼太は、考え事に集中するあまりお風呂場の気配にまったく気付いていなかった。
ガチャリ、とお風呂場の扉が開く。蒼太は反射的にそちらを見てしまった。
「え」
「へ?」
……時間が凍ったような感覚だった。
ましろが、戸を開けた体勢のまま固まっていた。ましろも蒼太の気配にまったく気付いていなかったようで、目をぱちくりさせている。
そしてその格好はというと、いわゆる一糸まとわぬ姿とか生まれたままの姿とかいうそういうあれで……。
「あ……あぅ……?」
ましろが口をパクパクさせている。蒼太も固まったまま、そんなましろを見つめている。……人間って、極限状況だと本当に思考が停止するんだとこの日初めて知った。
「――――きゃああああああっ!!?」
次の瞬間、甲高い悲鳴が脱衣所に響き渡る。
「ご、ごごごごめんっ!! あのちが、僕は手、手を洗おうと――!」
「いいから早く出てってぇ――っ!!」
「はいぃぃぃっ!」
蒼太は廊下に転がるように飛び出した。
数分後。
パジャマに着替えたましろはむっすーとした顔で腕組みしてソファに腰掛けている。
その前には小さくなって土下座する蒼太。
さっきから「サイテー」「ケダモノ」「変態」などとひたすら詰られているがこれはもう仕方ない。
『まあまあ、蒼太さんも反省してるようですし』
「うっさい。……というかアイ! あんたも止めないさいよ! 変なことが起きないように監視してるんじゃないの!?」
『いや~すいません。入浴中は監視モードをオフにしてたんですが再起動に少々時間がかかりまして』
あっけらかんと答えるアイをジト目で睨むましろ。
「というか! この仮婚制度、絶対女子の方が負担大きいじゃん! 一緒に暮らしてる以上またこんなことあるかもしれないし。不公平よ不公平!」
『はい。精神的負担は女性の方が大きいので、協力金や各種サポートなどは女性の方が大幅に優遇されています』
「……へ? そうなの?」
『その辺も同意書などに明記されていたと思いますが……ご存じないですか?』
「う、うっさいわね。あんな文字がびっしり書いたの、全部読んでるわけないじゃない」
蒼太はそろりそろりと顔を上げる。だがそんな蒼太の頭をましろは足で押さえつけてもう一度頭を下げさせた。
「と、とにかく! あんたは私の……あ、あんな姿見たんだから! 代償はきっちり払ってもらうから!」
「だ、代償?」
「そう、代償。そうねぇ……」
ましろはしばし考え込み……そしてにやりと口元に笑みを作る。
「掃除、炊事、洗濯。これからあんたが全部やって」
あまりの横暴っぷりに、流石のアイも閉口する
『ましろさん、流石にそれは釣り合いが取れてないといいますか……』
「うっさい。女子が男子に裸見られるとか一大事なんだから。これくらいやってくれないと納得できない」
『そこはほら、どちらにせよいずれベッドの上で見せることになると思いますし』
「何言ってんのよこのセクハラAI!」
また言い合いを始めたましろとあい。蒼太は顔を上げて、おそるおそる手を上げる。
「えっと……とりあえず家事全般は僕がやればいいんだよね?」
「へ? ……うん、まあそうだけど……」
「わかった。じゃあまずは夕飯の準備から始めるね」
蒼太はあっさりそう言って立ち上がる。ましろはぽかんとしたまま、キッチンに向かう蒼太を見送った。
†
──そしてさらにしばらく経って。
テーブルに並んでいく料理を見ながら、ましろは目をぱちくりさせていた。
ほかほかご飯、大皿に盛られた唐揚げ。色鮮やかなサラダにとろみを帯びた中華スープ。美味しそうな家庭料理ができあがっていく。
「えぇ……なにこれ……」
ましろとしても想定外だったのだろう。ちょっと怯えたような目で蒼太の後ろ姿に視線を送る。
唐揚げを一つ摘まんでみる。
見るからに美味しそうで、ゴクリと喉を鳴らし、一口。
ざくり、と衣の心地いい食感。中からあふれ出た肉汁が口の中いっぱいに広がる。お店とかで出てくるレベル。しかもかなり当たりのお店のやつ。
何か一つぐらい文句を言ってやろうと思っていたのに、文句のつけようがない。
「あ、お腹すいちゃった? ちょっと待ってねもうできるから」
「う、うん」
最後にデザートまで添えて、なんともご機嫌な夕食が完成する。
「それじゃ、いただきます」
「……いただきます」
手を合わせて食事を開始する。ましろは、何かケチをつけられるものがないかと一口ずつ出されたものを食べてみる。
が、めちゃくちゃ美味しい。文句のつけようがない。
「……あんた、料理とかなれてるの?」
「うん。うちの両親共働きで遅いことが多いから、夕飯はいつも僕が作ってたんだ」
「……ふーん」
「ところで料理の方はどうかな? 口に合ってたらいいんだけど……」
「……まあ、おいしいけど……」
「ホント? よかったぁ」
ぱあっと、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる蒼太。
そんな無邪気に喜ばれると、怒りもどんどん萎えてしまう。
「あんたさぁ……私、結構横暴でひどい扱いしてると思うんだけど……イラッとしたりしないの?」
「え? うん、僕料理は好きだし。家族以外の人に食べてもらう機会ってそうないから新鮮でけっこう楽しいよ?」
そう言った後、蒼太は少しバツが悪そうに視線を逸らす。
「それに……裸見ちゃったのは確かだし……」
「お、思い出させないでよちょっと忘れかけてたのに!」
そのまま、またちょっと気まずい空気が流れる。チクタクと時計の針の音がいやに大きく感じる。
だがしばらくして、ましろは「はぁ~……」と深くため息をついてアイの方に視線をやった。
「アイ、この仮婚生活っていちゃいちゃしたらポイントもらえるのよね?」
『はい! ポイントを一定数貯める毎に協力金もアップします!』
「じゃあこいつに、『あーん』とか言って食べさせてやったらポイントもらえる?」
驚いて「へっ!?」と声を上げる蒼太。一方のアイはキラキラした目で親指を上げる。
『もちろんグッドです! そういう日々のいちゃいちゃにもしっかり加点させていただきます!』
「……ん。そんじゃほら、そういうわけだから。あーん」
箸で摘まんだ唐揚げを差し出すと、どうしていいかわからないかのように視線を右往左往させる蒼太。
こうしてオロオロしているところを見ると、少しだけやり返してやれたような気分になって、ましろはほんの少し口元を緩める。
「なにやってんの。さっさと口あけなさい。ほら、あーん」
「あ、あーん」
パクリ、と一口。その時、さっきまでましろが使っていた箸が蒼太の唇に触れた。
それだけで蒼太は真っ赤になってしまい。下を向いてもごもご口を動かす。
「これくらいでそんなに恥ずかしがるとか、男子ってほんとガキねぇ」
そうは言いつつも、恥ずかしがっている蒼太を見るとなんだかイタズラに成功したようないい気分で、機嫌を直しつつましろは食事に戻るのだった。




