3話『同衾してみましょう(両手両足拘束目隠し猿ぐつわ付き)』
『では! 本日のラブラブミッションを発表しまーす! クリアすればラブラブポイントがたくさん入りますよ~♪』
この仮婚生活では一日に数回、二人の仲を深めるためのミッションが発令される。達成すれば大きめのポイントがもらえ、協力金も増額という寸法だ。
アイが教鞭のようなものを振ると、宙に三つの選択肢が表示される。
『手を繋ぐ +10ポイント』
『ハグする +20ポイント』
『同衾する(特殊条件あり) +50ポイント』
「……っ!?」
蒼太は思わずむせそうになった。手を繋ぐとハグはまだわかる。けれど女の子と同衾……つまり同じベッドで一緒に寝るというのはちょっと段階すっ飛ばし過ぎじゃないかと。
『では詳しい内容を説明しますね。まず、手を繋ぐのは十分間――』
とはいえ、これはあくまでも選択肢の一つと言うだけ。初日なのだし無難に手を繋ぐ辺りから初めて……などと蒼太は考えていたのだが――
「一番高いの。同衾」
「ちょ、ちょっと待って!?」
あっさりと同衾を選んだましろを慌てて止める。
だが、ましろは涼しい顔のまま肩をすくめた。
「別にいいじゃん。寝てる間にお金稼げるって思えばお得でしょ」
「い、いやそういう問題じゃなくて! というかましろこそホントにそれでいいの!? 僕これでも一応男だよ!?」
「どうでもいい。同じベッドで寝るだけでしょ」
そんなことを言うましろだが、じろりと威嚇するように蒼太を睨む。
「……もし変なことしたら、握りつぶすから」
「し、しないから!」
そんな二人のやり取りを中断させるように、アイが楽しげに声を弾ませた。
『初日から最難関ミッションを選ぶなんて流石ですね~。それではましろさん、“衣装”に着替えましょう!』
「え?」
キョトンと首を傾げるましろ。
「衣装?」
『はい。選択肢に(特殊条件あり)と書いてますよね? このミッションはこちらが指定した衣装を着た状態で行ってもらいます。いや~、初日からこれを選んでくれる方ってなかなかいないんですよ~』
「…………」
ましろはちょっと不安そうに眉根を寄せたが、強がっているのか澄ました様子でアイの話を聞いている。
『衣装はましろさんの自室のクローゼットにあります! それではさっそくいきましょ~』
アイに導かれて二階にある自室へ向かうましろ。それから数分後――。
「な、なにこれ!? ふざけないでよっ! こんなの聞いてない!」
ましろの部屋から、言い争うような声が聞こえてきた。
『いや説明しようとしたのですが、ましろさんが遮ったので……』
「と、とにかくこんなのセクハラでしょ! こんなの着てあいつと寝るなんて絶対嫌だから! キャンセルよキャンセル!」
『キャンセルはもちろん可能ですが、その場合は今日のポイントは入りませんし……あまりに非協力的ですと協力金の減額もあり得ますが、それでもよろしいですか?』
「は、はあ!? 何よそれ聞いてないわよ!?」
『いやそれも契約書に書いてたのですが……まさかましろさん、契約書や説明書をまったく読んでない?』
「う……ぐ……」
それで静かになった。そこからさらに数分後。
『お待たせしました~♪ ましろさんの準備が整いましたので、お部屋にどうぞ』
アイが再び蒼太の前に現れて笑顔でそんなことを言ってくる。
「な、なんか言い争ってたけど大丈夫?」
『はい♪ ましろさんにもちゃんと“ご承諾”いただけましたので♪』
にっこり笑うアイの笑顔がちょっと怖かった。
促されるまま、固い足取りでましろの部屋に向かう。一度深呼吸し、扉を開けた瞬間――蒼太の呼吸が止まった。
ベッドの上に、ましろがちょこんと腰を下ろしていた。問題はその格好だ。
率直に言うと、ネグリジェ姿だった。ただその布地はとても薄くて、うっすらとましろの下着や身体のラインが透けて見えてしまっている。
ましろは腕で身体を隠しながらキッと蒼太を睨む。ちょっと涙目だった。
「じろじろ見ないでよ変態! ケダモノ!」
「ご、ごめん!」
慌てて視線を逸らす。だがその姿はもう蒼太の眼に焼き付いてしまっていた。
「というかアイ! あんたどっかバグってんじゃないの私にこんな格好させて!」
『いえいえ。これは私の計算によって導き出された二人の恋愛感情を育む最適解です。現にお二人の心拍数は激しい運動をした時並に上がっていますし、吊り橋効果の要領でここから好感度上昇間違いなしです』
「んなわけないでしょ! むしろこれで好感度上がったらドン引きなんですけどこのポンコツAI!」
声を荒らげるましろに対し、アイは相変わらずの様子で続ける。
『まあまあ、落ち着いてくださいましろさん。今回の仮婚生活はあくまでも試験運用なので、本当に無理だと思ったらいつでも中止していただいて構いません』
そう言って、アイはにっこりと笑顔を浮かべる。
『ただその場合は仮婚生活はそこで終了。以降の協力金もお支払いできませんのでそこはご了承くださいね♪』
「こ……の……~~~~っ」
ましろは罵詈雑言を飲み込むように口を真一文字にし、そして大きく息を吐いた。じろりと蒼太を睨む。そしてパンパンと自分が座っているベッドの隣を乱暴に叩いた。
「ほらあんた一緒に寝るんでしょ!? 早くこっち来て!」
「う、うん」
言われるがまま、蒼太はましろの隣に腰掛ける。ギシリとベッドが軋むと、ましろはまるで小動物のようにビクリとして身体を小さくしてしまった。
「あの……大丈夫?」
「大丈夫なわけないでしょ! なんでこんな……私、男子と付き合ったこともないのに……」
「ほ、本当に無理なら無理って言った方がいいと思うよ? アイもいつでもキャンセルできるって言ってたし……」
「……それは、ダメ」
弱々しく、けれどもはっきりましろは言い切った。
「早く家を出て夢を叶えるにはお金が必要だもん。……私、まともにバイトして長続きすると思えないし、少ないバイト代じゃ時間かかるし……今回来た仮婚の話は、まとまったお金をもらえるチャンスなの」
「でもだからって、泣くほど嫌なことやらなくても……」
「別に泣いてないし……」
「いや思いっきり涙目だけど……」
ましろはゴシゴシ涙を擦ると、覚悟を決めるように胸に手を当てる。
「大丈夫。大事な夢のためだもん。……別に、そういうことしろっていう話じゃないし、ちょっと恥ずかしいのぐらい、我慢する」
その言葉は少し涙声だったけど、強い決意を感じられた。
蒼太はふと、自分を振り返る。
自分には特別な夢なんてない。
ただ親や先生に言われるまま進学して、そこそこの会社に就職して、いずれ可愛いお嫁さんに出会えたらいいな――その程度の将来しか思い描いていなかった。
それに対して、隣で涙目になりながらも「夢のために頑張る」と言い切ったましろはとても眩しく見えた。
はたして自分が彼女の立場だったら、こんなふうに半泣きになりながらでも前に進もうと思えただろうか。
(……何か、協力してあげたい)
自分には大した夢はない。けれど、ましろの夢を応援することはできるかもしれない。
少なくともこの仮婚生活の間は、仮とはいえ自分はましろの夫なのだから。
「じゃ、じゃあ僕、目隠しするから」
「え?」
キョトンとましろがこちらを見つめる。
「……目隠し?」
「う、うん。それならましろも恥ずかしくないでしょ?」
ましろはしばらく目をパチパチさせる。だがすぐに、その目をジトッとすがめた。
「……目隠しだけじゃ不安。手も縛って」
「え」
「当たり前でしょ。手が自由だったらいつでも目隠し外せるし、寝てる時に触ってくるかもしれないし」
「う、うん? まあ、確かに女の子にとっては不安だよね? じゃあ手も縛って……」
「あと足も縛って」
「いやなんで!?」
「だってあんたがめちゃくちゃ身体が柔らかくて、足で手の拘束解いちゃうかもしれないし。なんなら足で触ってくるかもしれないし……」
「え、ええ……。まあ、わかったよ……」
「あと猿ぐつわもして」
「いやホントに何で!?」
「だって寝てる時に舐めたり噛んだりしてくるかもしれないじゃない! この前読んだ漫画にだって男は変態でケダモノだから何するかわかんないって書いてたんだから!」
「ましろいったいどんな漫画読んでたの!?」
いろいろ抵抗したものの、結局蒼太が折れることになった。
そしてさらに数分後。
目隠しと猿ぐつわをされ、両手両足を縛られた蒼太がベッドの上に転がっていた。端から見ると拉致された人質そのものである。
「それじゃ寝るわよ。あと、真ん中の境界線越えたら蹴るからね」
「むぐむぐー……(意訳:そもそも見えないから線わかんないんだけど……)」
軽く抗議の声を上げたものの、ましろが布団を被る気配とベッドが軋む振動が伝わってきた。もう今日はさっさと寝てしまうつもりらしい。
(仮にもこれ……新婚初夜のはずだよね……?)
そんなことを思いつつ、蒼太は内心でため息をつくのであった。
†
仮婚生活初日が終わり、ましろはドッと疲れを感じていた。
しばらく学校に行ってないから同年代の男子と話すのなんて久しぶり。しかも相手は会ったばかりで、仮とはいえ自分の結婚相手なのだ。
(それに……男子の前でこんな格好するのも……)
薄いネグリジェに包まれた自分の身体へそっと手をやる。
柔らかい布地の感触に、男子にこんな格好を見られたんだとあらためて思いだしてしまって頬が熱くなる。
(初日からこんなことやらされるなんて、この先どうなるんだろう。まさかいずれ、無理やりエッチなことさせられるんじゃ……)
ついそんなことを考えてしまう。
夢を叶えるためなら何でもやる覚悟だったけど、やっぱり怖いものは怖いし、恥ずかしいものは恥ずかしい。
不安に胸がざわついて、チラリと隣で寝ている蒼太の方に視線を向けた。
そこにいたのは目隠しに猿ぐつわ、両手両足を縛られベッドに転がる蒼太の姿。
思わず、ぷっと笑いが漏れてしまう。
少なくともこいつに、無理やりどうこうする度胸はないだろう。
「……まあ少なくとも、悪いやつじゃなさそうかな」
小さく呟いた声はほんの少し柔らかくなっていた。
何はともあれ、ましろの蒼太に対する好感度はこうしてほんのちょっぴり上昇したのだった。
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