2話『ファーストミッションです!』
『さて! では早速、記念すべき最初のラブラブミッションを発表します!』
ましろが荷物を置いて戻ってくると、アイはにこやかにそう言った。
空中に黒板のようなものが表示され、アイがカカカッとミッションを書き込んでいく。
『お互いを下の名前で呼び合ってみましょう!』
「下の名前?」
『はい! 気軽にできて恋愛初心者のお二人にはぴったりかと!』
「なるほど……」
蒼太は頷く。確かに、女の子を名前呼びというのはかなり特別感がある。
それに初っぱなから『性交同意アプリ』なんてものの説明があったから、『もしかしたらもの凄いことをさせられるのでは』と内心怯えていたが、割と妥当な提案で安心した。
だが一方、隣のましろは顎に手を当て何やら考え込んでいた。
「…………」
「雪代さん? どうかしたの?」
「……あんた、なんて名前だっけ?」
「……鳴上蒼太、です」
思わずがっくりうなだれる。仮とはいえ夫婦になった相手に名前すら覚えられていなかったなんて……。
だがましろは特に悪びれる様子もなく視線を逸らしたままだ。
『ではさっそく呼び合ってみましょう!』
「はいはい、蒼太。これでいい?」
「っ……」
何の感慨もなさそうに名前を呼ばれた。たったそれだけのことなのに、蒼太は胸が高鳴るのを感じてしまった。
同年代の……それも一目惚れしてしまった女の子に下の名前で呼ばれるというのはなかなかの破壊力だった。
『いいですね素晴らしいです! それでは蒼太さんも、呼び返してあげてください』
「う、うん……」
あっさりとクリアしたましろに対し、蒼太は緊張で喉がつっかえるのを感じていた。
唇を開いては閉じ、深呼吸を繰り返し、そしてようやく声に出す。
「ま、ましろ……さん」
「…………」
けっこう頑張ったのにましろはまったく無反応。一瞥すらくれない。ここまでの態度から予想はしてたけど、あまりにも予想通りすぎて蒼太は心の中でうなだれた。
そこからも、何とも気まずい時間が続く。
一応、蒼太の方から軽く世間話を振ってみたのだがましろは「うん……」とか「そう……」としか答えてくれない。
むしろ『話かけるな』というオーラ全開で、蒼太の方も途中から口をつぐんでしまった。
ろくな会話の一つもなく、ただ時間だけが過ぎていく。
空気が悪すぎて、蒼太は早くも逃げ出したくなってきていた。
(こんな雰囲気で、本当にやっていけるのかな……?)
AIが選んだ相性最高の相手との仮婚生活。
相性最高なんて言うから最初から話も弾んで、すぐに仲良くなって、なんならそのまま本当の恋人同士に……なんていうのを期待していたのに現実は真逆。この時点ですでに制度を考えた人にクレームを言いたい気分だった。
そしてろくな会話もないまま夕食の時間。ひとまず今日のところは冷凍庫に入っていた冷凍食品を温めて食べることになった。
ましろは椅子に腰を下ろすと不機嫌そうな顔で黙々と箸を動かすばかり。
もう一度蒼太は頑張って話題をふるものの会話は続かず、ただかちゃかちゃと食事をとる音だけが静かな食卓に響いていた。
『もー、お二人とも暗いですよ~? ほらほら、せっかくの新婚生活なんですからもっと楽しくトークしましょ? なんならいちゃいちゃしてくれても全然オーケーですから~』
「昨日今日あったばかりの男子といちゃいちゃなんてできるわけないでしょ」
じろりとましろがアイを睨む。
「そもそも、ホントにこいつって私と相性最高なの? ナヨナヨしてて男らしくないしコミュ力低いし、全然相性いいように思えないんだけど?」
『コミュ力に関しては、そういうことまでズバズバ言っちゃうましろさんの方が深刻かと思いますが……』
「うっさい」
ましろは不機嫌そうに皿に視線を戻す。一方蒼太は針のむしろのような気まずい気分で食事を進めていた。
『蒼太くんはどう思います?』
「え? あ、いやその……雪代さん……じゃなくて、ましろさんの言うとおりかなって。……僕、あんまり女子と話すの、得意じゃないし……」
蒼太がおずおずとましろの様子を伺うと、ましろは『そういうとこだからね』と言いたげな眼でこちらを見ていたので慌てて視線を下げた。
そんな二人の様子にアイはため息をつく。そしてしばらく何かを考え、小さく頷いた
『ではあらためて、軽い自己紹介してみましょうか。そもそもお互い、相手のことをよく知りませんしね』
アイはそう言うと、発言を促すように蒼太の方に手を差し出す。
『では蒼太さんからどうぞ。お題は『どうしてお二人が仮婚を受けたのか』です。理由を話してみてください』
「え、ぼ、僕から……? でも、そんな大それた理由があるわけじゃ……」
『構いませんから。自己開示は仲良くなる第一歩です』
「わ、わかった。えっと……」
一瞬迷ったが、嘘をつくのは違うと思い正直に口を開いた。
「“自分にとって最高の相手”っていうのに……興味があったから」
蒼太だって年頃の男の子だ。恋愛にももちろん興味があるし、しかもその相手が『あなたと相性最高の女の子です』と言われればなおさらだ。
正直にそう言うと、ましろは鼻で笑った。
「私達が相性最高とかありえないでしょ。実際、もう後悔してるでしょ? 仮婚したのが私みたいなので」
「いや、その………ドキドキは、してる、けど……」
「……へ?」
ましろは目をぱちくりさせる。
「……初めて会った時から、すごく可愛い子だなって、思ってて……こんな可愛い子と相性最高って言われて、一緒に暮らすんだって思ったら、ドキドキしちゃって……できれば、もっと仲良くなりたいなって……」
蒼太はもごもごと、頑張って言葉にする。
そういうことを言われ慣れてないのか、ましろの目が少しだけ泳いだ。
「ふ、ふん。そんなこと言って『あわよくば~』とか思ってるんでしょ。けだもの」
そう言ってましろはぷいっとそっぽを向いた。
一方のアイは満足そうにパチパチ拍手をしている。
『いいですね! 正直な回答ありがとうございます! 蒼太さんには一ポイント加点しておきますね。では次はましろさんおねがいしま――』
「お金のため。以上」
ましろはそっぽを向いたまま食い気味にそう言った。『これ以上言いたくありません』という露骨な態度にアイはまたため息をつく。
『ましろさん、それだけじゃありませんよね?』
「…………」
『ちゃんとお話してくれないと、ポイントも伸びませんよ?』
アイがそう言うとましろは嫌そうに眉をひそめ、しばらく黙り込む。そしてチラリと、様子を伺うように蒼太を見た。
「あんた、アニメとか漫画とか見る方?」
「え? う、うん。まあ人並みには」
「美少女キャラとか見て、キモいとか言うタイプじゃない?」
「別にそういうのは思わないけど……」
「…………」
ましろは警戒心むき出しでしばらく蒼太を睨む。
だがしばらくすると、観念したようにスマホを操作してテーブルの上に差し出した。
「……これ」
画面に映っていたのは女の子のイラスト。
可愛い水着姿の女の子が輝くような笑顔でピースしている。
……水着の食い込みとか、肌の塗りとか、作者のこだわりみたいなのを感じてけっこうエッチかもしれない。
「これがどうしたの?」
「……私が描いた、この前イラストコンテストで賞とったやつ」
「へ? こ、これましろさんが描いたの!? しかも賞とった!?」
蒼太が声を上げると、ましろは顔を真っ赤にしてまたぷいっとそっぽを向いた。
「な、何よ? 文句あるの? いいでしょ誰にも迷惑かけてないんだから女子だってこういうの描いてたって……」
「すごいよましろさん!」
キラキラと尊敬の眼差しを向けてくる蒼太に、ましろは思わず面食らう。
「僕も時々SNSで流れてくるイラストとか眺めてるんだけど、プロと比べても全然遜色ないというか……わ~、こんなイラストを描ける人が目の前にいるのってなんだか不思議な感じ。すごいな~」
「……そ、そう?」
蒼太の正直で率直な賞賛に、ましろの口元がぴくぴくしている。照れ隠しのように髪を指にくるくる巻き付けている。
だが視界の端でアイがニコニコしているのに気付いて、ハッと表情を正す。
「な、なによ。お世辞言っても何も出ないからね」
ましろはひったくるようにスマホを取り返す。だがその耳はほんのりと赤くなっていた。
そのまま、むすっとした顔で説明を続ける。
「……小さいころから、こういう絵を描くのが好きだったの。だけど、それを学校でからかわれて……女子のグループからいじめられて……結局、学校に行くの嫌になって引きこもりになったの」
ましろとしてもあまり話したくない話なのだろう。苦虫を噛みつぶしたような顔で続ける。
「引きこもってる間、ずっと絵の練習してた。これが私の生き甲斐だし、他に取り柄とかないし……それで、最初は全然だったけどだんだんフォロワーとか増えて、賞も取れて……プロとして、仕事の話ももらえたの」
「高校生でプロ!? すごい!」
「ま、まあ単発仕事だけどね」
蒼太の手放しの賞賛に、ましろは照れてれと髪を弄る。だがすぐに我に返ってコホンと咳払いした。
そして再び、苦虫を噛みつぶすような顔に戻ってしまう。
「……でも、未成年だから親の同意がいるって言われて……最初は、喜んでもらえるって思ってたの。なのに話してみたら『遊んでないで学校へ行け』とか『そんなことやってるから引きこもりになるんだ』『絵なんかやめろ』とか言われてさ」
そこまで言って、ましろは自嘲するように笑う。
「いや、私も引きこもりしてる負い目とかあったから普段は大人しくしてたんだけど、あの時ばかりはブチギレちゃって。大げんかして『こんな家出て行ってやる!』……って準備してた時に仮婚の話が来て、応募したの」
全て話し終えると、ましろは肩の荷が下りたようにホッと息を吐いた。
「だからこの仮婚に参加してるのは完全にお金のため。この制度の協力金もらって、さっさとあんな家出たいから。……そんなわけで悪いけど、あんたとそういう関係になるつもりはまったくな……何よその目は」
「いや、ましろさんってホントにすごいんだなぁ……って」
「は?」
蒼太の賞賛の言葉に、ましろは意味がわからないと言うように顔をしかめる。
「だって高校生で仕事の話が来て、親と大げんかしてでも守りたい夢があって、そのために今回の仮婚に参加して、まるで漫画とかの主人公みたいで凄いなって」
「だ、だからそんなお世辞言ったって何も出ないぃ……」
ましろの言葉は尻すぼみになってしまった。だってもう、蒼太の目がキラキラ輝いてしまっているのだ。お世辞ではなく本気で賞賛されているとあっては、ましろももう何も言えない。
「そういうことなら僕もましろさんに協力するね! ましろさんが夢を叶えられるように……」
「……ましろでいい」
「へ?」
聞き返す蒼太に、ましろはどことなく恥ずかしそうに目を逸らす。
「だから呼び方。さん付けしなくていい。同い年の男子にそう言われるの、何かキモい」
「う、うん! わかったよましろ。あらためて、これからよろしくね」
「……ん、まあ、短い間だろうけど、よろしく」
輝くような笑顔を浮かべる蒼太に対し、ましろは少し視線を逸らしながら応じる。
そんな二人の様子を、アイはニマニマしながら見つめていたのだった。




