1話『同意の上ならエッチなことも推奨します』
数日後。
職員の運転する車に揺られること十数分。
到着したのは郊外に建てられた一軒家。今回の仮婚の試験運用のための専用住宅らしい。
「すでにお二人の荷物は運び込まれております。詳しくは中のサポーターに質問してくださいね」
ここまで送ってくれた職員はそう言って鍵を手渡すと、一礼して去っていった。
静けさの戻った玄関先で、蒼太は少しばかり不安そうにましろと視線を交わす。
「そ、それじゃ、入ろっか」
「ん」
「えっと、どうする? やっぱり最初だし二人一緒に入るとか……」
「そういうのいいから。鍵、さっさと開けて」
「あ、はい……」
ややうなだれつつ扉を開ける。途端に新築特有の木の香りがした。
小綺麗な玄関。靴を脱いで家に上がり、まずはリビングに行ってみる。
「おお……」
白を基調にした壁に木目の床。シンプルながら高級感があり、奥には最新式のキッチンが備え付けられている。二人暮らしには十分すぎるほどの空間で、天井も高く、窓からは柔らかい光が差し込んでいた。
家具や家電もすべて新品で揃えられており、いかにも「制度のために用意されたモデルルーム」といった趣だ。
「へぇ、こんな感じなんだ」
後からやって来たましろが隣に並ぶ。その時軽く肩と二の腕が触れて、それだけで少しドキドキしてしまった。
(これから、この家でこの子と二人暮らし……)
今は素っ気ないけど、しばらく一緒に暮らしてればいずれ仲良く……。
そんなことを考えてそわそわしていると、ごく小さな機械の駆動音のようなものを感じた。
『ようこそ! このたびは仮婚制度にご参加いただきありがとうございます!』
突然、二人の前に妖精のような女の子が現れた。
……妖精というのは比喩ではない。身長は三十センチほど。赤いツインテールに、背中に羽のような光のエフェクトがついた小さな女の子。
デフォルメされた、アニメキャラのような出で立ちで、にこにこ笑顔を浮かべながら蒼太達の前に浮かんでいる。
『これからお二人の新婚生活をサポートするAI、アイと申します! どうぞよろしくお願いします!』
元気よくお辞儀する。少し驚いたけどどうやら最新式の空間投影型ホログラムのようだ。
『それでは、あらためましてこの制度とこれからの生活について簡単に説明させていただきますね。そちらのソファにおかけください』
ホログラムの少女――アイに促され、蒼太とましろはソファに腰掛ける。するとアイは眼鏡に教鞭といったどことなく女性教師っぽいスタイルで二人の前に表を表示する。
『まずこの『仮婚制度』についてざっくり説明すると……「少子化ヤバいから高校生のうちから相性いい男女に新婚生活を体験させてみよう! あわよくばそのまま結婚してくれたら嬉しいな!」っていう制度です!』
ド直球な言い方に蒼太は思わず苦笑し、ましろはジト目でため息をつく。
『これからお二人には最長で一年間、この家で新婚生活を体験していただきます。ただそれに際して、いくつか注意点があります』
アイがそう言うと、表にいくつかの注意点が表示された。
『まず事前に説明があったと思いますが、このお家はトイレやお風呂を除いて基本的に常時私がモニターしています。もちろん『ちょっとプライベートな時間がほしいな……』って時にはプライベートモードの申請もできますのでご利用ください。ただしあまり大きな声を出したりすると自動的に解除されちゃいますのでそこはご了承を』
その辺は蒼太も聞いていた。何せ高校生の男女の二人暮らし、少し恥ずかしい気もするけど安全のためには仕方ないことだろう。
ましろはというと、ソファの肘掛けに頬杖を付きながら「ずっと監視されてるとか息つまりそう……」と不機嫌そうに呟いていた。
『安全第一なのでそこはご理解くださいね? また、集められたデータは私だけが管理します。外部からはたとえ総理大臣だって覗けませんのでご安心ください』
アイはコホンと咳払いすると、さらに説明を続ける。
『続きましてこちらも重要、制度への協力金のお話です!』
視界の端で、ましろがピクッと反応するのが見えた。
『この制度はまだ試験段階ですので、ご協力いただいたお二人には成果に応じた協力金が支払われます。お二人が夫婦らしいふるまいをしていただけるとラブラブポイントがアップ! 支払われる支援金が増額されます!』
「……その夫婦らしいふるまいって、具体的には?」
『いい質問ですね。まずは日常生活での行動……手を繋ぐ、一緒にご飯を作る、二人でデートするなどです。それに加えて私がご提案する“ミッション”を実行していただくとさらに高得点! より効率的にポイントを稼ぐことができます』
「ふーん……」
ましろはチラリと蒼太の方を見ると、突然その手を掴んできた。
「へ?」
突然のことに目をぱちくりさせる蒼太をよそに、ましろはそのまま指まで絡ませてきて……いわゆる恋人繋ぎにしてしまう。
「ゆ、雪代さん!?」
「……なによ。さっきこいつがそういうルールだって説明したとこでしょ」
冷めた声でそう言って、ましろはアイの方を見る。
「……で、アイだっけ? これで支援金増えるの?」
『はいもちろん、積極的な行動素晴らしいです! そのまま説明が終わるまで手を繋いでいただけたら、ラブラブポイントに加点しておきますね』
「……わかった」
ましろはそう言うと、そのままキュッと手に力を込める。
一方の蒼太はというと、完全に固まってしまっていた。
何せ相手は、一目惚れしてしまうほど可愛い女の子。おまけに硬質な態度の本人に対して、その手はびっくりするほど柔らかい。
女の子とこんなに長く手を繋いだ経験がない蒼太はもうこれだけでドキドキで、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしていた。
(ゆ、雪代さんはこういうの慣れてるのかな……?)
あっさりやって来たし、意外と恋愛経験豊富なんだろうか? そんなことを考えてましろの方を見るが、完全に冷めた顔で何を考えてるかまったく読み取れない。
そうしていると視線に気付いたのか、ましろはギロリとこちらを睨んできた。
「なに? 何か文句あるの?」
「い、いや。別にないけど……」
「……ふん」
ましろはまたそっぽを向いてしまう。
『仲睦まじいようで何よりです。それでは説明に戻りますね』
そう言ってアイは説明を続ける。
『仲良くしていただくのはけっこうですが、それ以上の行為には双方の同意が必要です。今回のような手を繋ぐなどは積極的かつ健全な行動として加点対象ですが、同意のない過激な行為……例えば無理やりキスしたり身体を触るなどは、酷い場合は即通報対象になりますので要注意です』
「そ、そりゃそうだよね……」
『でも、逆に言えば……』
ほんの少し、アイの声が蠱惑的になったような気がした。
『同意さえあれば――キスをしたり、お互いに触れ合ったりすることも評価対象ですからね?』
「っ……」
『そして、新婚なんですからもちろん……』
二人が持っている、政府から支給されたスマホがペコンと音を鳴らす。見てみると見覚えがないアプリがインストールされていた
「これは?」
『性交同意アプリです』
アイの返事に蒼太は思わず吹き出した。
『要するに、エッチしたい時はそのアプリで双方の同意の上で行ってください。避妊の有無など詳細な設定もできるので後で確認してくださいね』
「な、ななな……!?」
『そりゃあ、そもそもこの制度は少子化対策の制度ですし、同意の上なら法的にも問題ないのに駄目ですなんて言っては本末転倒でしょう。あ、もしも仮婚中に妊娠した場合も、政府がきっちり出産と子育て支援を行いますのでそこはご安心くださいね』
あまりのことに、蒼太はもう口をパクパクさせてしまっていた。……つい、頭の中で浮かんでしまった想像を必死に振り払う。
ちらりと横を見ると――。
「……は? 何か変な想像してない? ……キモ」
「ご、ごめん……!」
ましろに絶対零度の視線を向けられて蒼太は小さく縮こまる。そんな様子にましろもため息をつく。
「もう説明終わり? ……荷物、部屋に置いてくる」
それだけ言って立ち上がり、ましろは階段をとんとんと上っていった。
†
荷物を部屋に置いたましろはそのままベッドに腰を下ろし、深いため息を吐いた。
頭に浮かぶのは自分の仮婚相手の顔。
(あれが私と相性最高の相手なわけ? ……全然そんな感じしないんだけど)
どこか頼りなげでおどおどした雰囲気。ナヨナヨしていて男らしさの欠片もない。
(まあ……どうでもいいけど)
最悪の場合、この前読んだ漫画みたいにキモくてデブで乱暴などうしようもない相手に酷いことをされるかもなんて考えていたのだ。
それを考えれば全然マシ。少なくとも、無理やり変なことしてくるようなタイプじゃなさそうだ。
せいぜい、金づるになってもらえれば十分。
(そう、私はお金を貯めて、一日でも早く家を出る)
そのためだったら何だって……は言い過ぎだけど、好きでもない男子との同棲だって我慢する。
「絶対に、私は夢を叶えるんだから」
自分に言い聞かせるようにそう声に出した。




