9話『ついにましろさんがデレ始めました!』
翌朝、月曜日。
蒼太がキッチンで朝食を作っていると、階段の方からゆっくりと足音が降りてきた。
振り向くと眠たそうに目をしょぼしょぼさせたましろが、とぼとぼリビングに現れる。
「……おはよ」
「おはよう。今日は早起きだね?」
「んー……」
ましろは欠伸をかみ殺しながら椅子に腰を下ろす。
ましろはいつもかなり遅いので、こうして一緒に朝食を食べることは珍しい。蒼太は嬉しそうにテーブルに朝食を並べていく。
豆腐とワカメの味噌汁に、卵焼きに納豆。ご飯は炊き立てでほかほか湯気を立てている。
そうやって自分の前に朝食が並べられていくのを、ましろは相変わらず目をしょぼしょぼさせながら見ていた。
「なんというか、よく朝っぱらからこんなに作れるわねぇ」
「別に簡単なものばかりだし料理は好きだしね。それに……今日はできたてをましろに食べてもらえるしね」
嬉しそうに輝くような笑顔を浮かべる蒼太。ましろはなんとなくバツが悪いのか、すっと目を逸らす。
「毎度のことながら、あんたよく恥ずかしげもなくそんな台詞吐けるわねぇ」
「そんな台詞?」
「あーもういいもういい、あんたも大概変なやつっていうか、天然っていうか……」
ブツブツ言いながらましろは食事に手をつける。しばらく、カチャカチャと朝食を食べる音だけがリビングに響く。
そんな時、ましろがぽつりと口を開いた。
「朝ごはん食べたら……昨日のゲーム、続きしない?」
「え?」
「ほら、昨日ちょうどボス戦前で終わってたでしょ? ゲーム的にもいいところだったし、続きが気になるというか……」
蒼太は思わず苦笑した。
最初は自分の指導のために始めたゲームなのに、今やすっかりましろの方がハマっている。
一緒にやりたいのは山々だ。だが蒼太は申し訳なさそうに顔をしかめた。
「ごめん。この後学校があるから……」
「あ……そっか。あんたは学校あるのよね……」
家に引きこもっているましろは完全に曜日感覚が消失しているようで、しょんぼり肩を落とした。
「えっと、なんかごめんね? 何だったら先に進めててもいいから……」
「……ふん」
ましろは小さく鼻を鳴らすと、ごちそうさまと手を合わせて二階に戻っていく。
ちょっと寂しい気もしたが、登校前というのはあまり時間がない。蒼太も食器を片付け、学校に行く準備を整えるのだった。
†
放課後。
学校からの帰りのバスに揺られながら、蒼太はぼんやりと外を眺めていた。
物憂げに、小さくため息をつく。
(昨日、ましろと一緒にゲームするの、楽しかったな……)
二人並んで、笑い合ったり言い合ったりしながらゲームして。
これまでどうにも他人行儀だったのが、初めて家族っぽいことができた気がする。
けれど自分には学校がある。家に引きこもっているましろとはどうやっても生活リズムがずれてしまう。
自分がいない間にゲームを一人で進めて一緒にやってくれなくなったらどうしよう。ついそんなことを考えてしまう。
だが家に帰ると……。
「おかえり」
「え? あ、た、ただいま」
「……何よその反応」
「いや、ましろがリビングにいるの珍しいから……」
いつもなら、蒼太が学校から帰ってきてもましろは部屋に引きこもっている。だが今日は、まるで蒼太を待っていたかのようにリビングのソファに腰掛けていたのだ。
「別にいいでしょ。それよりほら」
ましろは蒼太のペンタブを差し出してくる。
「夕食の前にボス倒しに行くわよ。あんたが帰って来るのずっと待ってたんだからね」
「ましろ、待っててくれたんだ……」
「だ、だから何よその反応は。そもそもあんたの絵の練習のために始めたゲームなんだから当然でしょ」
「う、うん! それじゃ、やろっか」
二人で並んでゲームして、夕食食べて、寝るまでの時間にまたゲームする。
今度のボスはなかなか強くて、流石のましろも苦戦している。
蒼太もましろの指導のおかげかごく簡単な物なら描けるようになったので、ましろが前衛、蒼太がサポートという作戦で戦っていた。
「きゃー!? ちょ、やばいもう体力ミリしかない!? 蒼太壁、早く壁出して!」
「う、うん!」
「よーしナイス。そのままちょっと耐えなさいよ~、今新しい召喚獣描いてるから」
ましろはこういうゲームに熱中しちゃうタイプなようで、普段のダウナー気味な感じとは打って変わって元気に声を上げている。
……あんなに身体とか動いてるのに、どうして真っ直ぐな線が引けるんだろうと常々思う。
そうして蒼太のサポートの甲斐もあって、どうにかボスを撃破した。
「よーしやった!」
「ふー……手強かったね。お疲れさま」
「ん、あんたもお疲れ~!」
ボスを倒した高揚感からか、ましろは素直に褒めてくれた。そして笑顔で軽く手を上げる。
ちょっと面食らったけど、ここでごちゃごちゃ言うのは流石に野暮だ。蒼太も手を上げてパチンと軽くハイタッチした。
……と、そこで気付いた。
ここまでずっと大人しかったアイが、何やら涙ぐんで二人を見ている。
「ど、どうしたのアイ?」
『お二人がようやく新婚夫婦っぽいイチャイチャを見せてくれたと思うと私、感無量で……』
「な……!?」
これに反応したのはましろだ。ボッと顔が赤くなる。
「イチャイチャって何よ!? さ、さっきのはそういうのじゃないから!」
『まあまあましろさん。先ほどはとってもいい笑顔でしたよ? それに本当は一人ででも進めたかったゲームを、わざわざ蒼太さんが帰って来るまで待つなんて……いやーお二人の仲が順調に深まってるようで嬉しいです』
「わ、私だってそれくらいの協調性はあるわよ! こういうの、一人でやるより二人でやった方が楽しいし……って蒼太なんであんたまで涙ぐんでるの?」
「ましろが……あのましろがそういう風に言ってくれるなんて……」
『やりましたね蒼太さん! ようやくましろさんがちょっとだけデレてくれましたよ!』
「で、デレてなんてないわよも~! も~~!」
照れ隠しなのか、ましろが怒りながら足でげしげし蹴ってくる。
……口に出したらますます怒りそうだから言わないけど、こういうやりとりもいいな、なんて思ってしまった。アイもさっきからニッコニコだ。
『さて、そんな仲睦まじいお二人に新たなミッションを提案です』
そう言ってアイは空中にモニターを表示する。
『二人でゲームプレイ(カップルスタイル) +30ポイント』
「……カップルスタイルってなに?」
蒼太が不安そうに聞くと、アイは『大丈夫ですよ』と両手を振る。
『今回はそれほど過激なのではありません。こんな感じで、女性が男性の足の間に座った状態でプレイするということです』
アイはそう言って図解を表示する。
簡単に言うと、座った男子の足の間に女子が座って、後ろから抱くような体勢でゲームをプレイするということらしい。
『こういった姿勢は心理学的に、双方の安心感と信頼感を増加させるという研究結果も出ています』
「……まあ、最初の変な格好をしての同衾よりは全然ましね」
ましろは髪を弄りながらそんなことを呟く。その言葉に蒼太もあの時のことを思い出してしまってつい顔を赤くしてしまった。
『なおこのミッションはお得なミッションとなっておりまして、連続達成ボーナスがあります』
「連続達成ボーナス?」
『はい。これから五日間連続で同じミッションを出しますので、連続で達成する毎に追加でポイントを差し上げます』
「へえ、気前いいじゃない」
『ええ、お二人が仲良くなったお祝いみたいなものだと思っていただければ。で、どうします?』
「ふーん。ま、ポイントもらえるっていうなら私はいいけど。蒼太、あんたは?」
「ぼ、僕もましろがいいなら……いいけど」
そんなわけで、ここからはカップルスタイルでゲームを遊ぶことになった。
「そ、それじゃ、始めよっか」
ソファに腰を下ろした蒼太が、少し緊張した声で言った。ましろもペンタブを持ったまま、ため息まじりに頷く。
「はいはい……じゃあ前、座るわよ」
そう言って足を開いた蒼太の前に座る。。
(~~~っ)
近い。すぐ目の前に、ましろの後頭部がある。そこから何ともいい匂いがして、たちまち蒼太の心臓が早くなる。
だが、一方のましろはなんとも微妙な反応だった。
「んー……」
「ど、どうしたの?」
「いや、普通にこの体勢描きにくいんだけど」
距離感にドキドキしている蒼太に対し、ましろはそんなことよりプレイしやすい体勢かどうかの方が重要なようだ。
まったく蒼太のことを意識してる様子がない。
「えっと……じゃあ、どうする?」
「んー、じゃあ試しにもうちょい体勢変えてみて……」
そうやって試行錯誤を繰り返して……。
「うん、これならいいんじゃない?」
(いや近い近い近い……!)
最終的に、カーペットの上に座ってましろが蒼太の身体を座椅子の背もたれのようにする座り方に落ち着いた。
……さっきよりさらに密着している。ましろは蒼太の胸を背もたれにしてるものだから、ダイレクトに体温が伝わってくる。くっついてる部分がぬくい。
「アイ、座り方変えたけど別にこれでもいいわよね?」
『はい! というかむしろよりグッドです! さっきより密着度上がってますし!』
アイが『いいね!』とばかりに親指を上げた。真っ赤になってる蒼太を見てニコニコしている。
『というか、ましろさんってこういうスキンシップ、あんまり嫌がりませんよね? 仮婚に参加した女性は、その辺のハードルが高い方もけっこう多いんですが』
「ん? まあそうね、こいつが変なことしてくるとも思ってないし」
ましろの返答にアイが眼をキラキラさせる。
『おお~! つまりそれだけ蒼太さんのことを信頼していると!』
「いや、そもそもこいつのこと男子と思ってないし」
アイがずっこけるようにガクッとして、蒼太も小さく「ええ……」と声を上げた。
『いやそこは……思春期の男女が一つ屋根の下で一緒に暮らしてるんですから少しぐらい意識とか……』
「ないない。だってこいつ『漢!』って感じゼロじゃん」
『……じゃあ、ましろさん的に蒼太さんはどういう扱いなんです?』
「ん~……家事とかしてくれる大っきなぬいぐるみ?」
「ぬいぐるみ……」
蒼太は引きつった笑みを浮かべる。まあ、嫌われてないだけいいかと、自分を慰めつつため息をつくのだった。




