弐 甘い匂いに誘われて
「なんか...甘いな、匂いが。」
脱衣所に入ると、それはそれは美味しそうな甘い香りがする。
お菓子のような...砂糖のような...それこそ、【ドーナツ】のような...。
ドーナツという単語が出てきたとき、俺はハッとする。
「まさか...」
風呂場に続くドアを見る。
すりガラスの奥に、丸い、だが中心に穴が開いているから、円に近い何かが動いている。
俺は察する。あれが、シュウヤが言っていた【ドーナツ】みたいなやつだ。
「静かに...帰ろう......」
俺はゆっくりと後ろへ下がろうとする。だが、
ピチャッ
「あっ...」
俺は床に落ちていた液体に足を滑らせその場にドンッと尻もちをついた。
それと同時にすりガラスの向こうの影も止まる。
まずいと思い、俺は急いで立ち上がり部屋を出る。
「はぁ...はぁ...はぁ...」
とりあえず濡れた靴下を脱ごうと自分の足を見る、すると、赤かった。
俺は息を呑んだ。これは、【人間の血液】だ。
驚いてるうちにバタンッと中で音がした。何も考えずに俺は走る。
靴下を脱いだおかげか滑らずに走れる。
さっきの物置に戻ろうと急カーブをこなす。
すると曲がり角を曲がった瞬間、ドタドタドタと大きな足音が聞こえる。
「はぁ...はぁ...はぁ......!!!」
捕まったら多分、殺される...
それを直感で感じ取った俺は急いで物置のドアを開け、シュウヤの近くへ隠れる。
「は、おいツバ、」
「静かに...!」
俺は喋っていたシュウヤの口を手でふさぐ。
外ではドタドタと今も足音が鳴っている。
「......」
「っ......」
2人で息を殺していると、外の足音も落ち着き、遠ざかっていくのを感じた。
俺とシュウヤは殺していた息を精一杯吸い、落ち着く。
「ふぅー......。悪い、俺がばれてたら2人とも共倒れだったな。」
「ほんとだよっ...!馬鹿がっ!!」
大声にならない程度でシュウヤは俺に怒鳴ってきた。
そりゃそうだ。危うく2人とも死ぬところだったんだから。
「で...見たのか?あれ、」
「見てはない。でも、わかった。あれは確かに『ドーナツ』だ。しかも、多分だが人を殺す。」
俺はさっき脱いだ血の付いた靴下を見せる。
それを見たシュウヤは顔を青くしてギョッとする。
「もしかして、セナは...」
「...死体までは見ていないからわからないが、もしかしたら...」
「くそっ......!!...俺のせいで.......俺のせいで.........」
悔しそうな顔をしたシュウヤは唇を噛みしめ、端から血がこぼれる。
それでもまだ腰は抜けているみたいだが。
「とにかく、セナの安否を確認するためにも俺はまだ探索する。」
「あぁ、頼んだぞ...」
俺は物置を後にした。
再び脱衣所に行こうか迷ったが、やめた。
またあいつが戻っていたら襲われてしまう。
だから俺は1つ横の部屋に行ってみる。
看板には、【書庫】。
「鍵は...開いてるな。」
俺は書庫の扉を開け、中に入った。
中はほとんどが本棚で埋め尽くされており、本棚もまた、本で埋め尽くされている。
まあ書庫と言えばこんなものだろう。
「なんか使えそうなのないかなぁ...」
ここから逃げるヒントになるものがあるかもしれないと踏み、俺は探索を始めた。
本棚をすべて見ていく中で、少しだけ変なところがあった。
1枚、本と本の間に挟まっている紙があったのだ。
俺はそれを抜き取った。
「なんだこれ...『研究データ』、?」
何かはわからないが、とにかく読んでみることにした。
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研究データ『どぉなつ』No.9
生物【どぉなつ】の食について。
彼らに今まで食べ物を与えたことは無かった。
何かを食べようとしなかったからだ。
研究のため、町にいた人間を1人殺害した。
その死体をどぉなつの前にやると、どぉなつはその人間の死体を食べた。どうやらどぉなつは人間を食べるようだ。
研究を続ける。
被験者 どぉなつ
担当者 ====
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「これは......」
どうやらあの謎の生物は、【どぉなつ】と言うらしい。
そしてそのどぉなつは、人間を食べるのだ。
つまり、あの脱衣所でどぉなつは食事をしていたんだ。
考えるだけでもゾッとする。すぐ目の前で人間が食われていたなんて。
「どぉなつ...だいぶやばいな。」
担当者が誰か気になったが、黒く擦れていて見えない。
まあ今はどうでもいいがな。
そう考えていると隣の部屋からガタンッと音が聞こえた。
やはりまた脱衣所に戻っていたんだ。
「行かなくて大正解だったな...」
しかし、食べられたとなると、あれがセナかどうかの確認は取れるんだろうか...
いや、今は考えても仕方ないな。セナが生きていたとして、救うにも誰かが生きていなきゃ意味がない。
俺は足音が遠ざかって行くのを聞き、部屋を出た。
今度は出て右側にある曲がり角に行ってみよう。
「行くか...」
曲がり角を曲がろうとした。
その時。
「......」
俺の身長の1.5倍はあるであろう、優しい目があり、口は笑っているが血濡れている。
どぉなつが居た。鉢合わせたのだ
「...やっべ。」
俺は急いで方向を変えて走り去った。
とてつもなくうるさい足音を背に向けながら。




