オンジョサマ
書きました。
人称はなんか書きたいように書いただけなので、次話は普通に三人称とかかもしれません。
面白かったら感想とかいいねくださいね。笑顔になるので。
【現地調査】
この家に住んでいたヒト? あー、三十前半くらいの、男のヒトだったわね。
この前の事件の事でしょう?
聞いた? どう見ても他殺なのに、凶器は特定出来ないし、事件当時は全部戸締りされてて、誰の出入りも確認出来なかったって。足跡もご本人しかないそうよ。そーそー。密室殺人事件? 探偵小説じゃあるまいにねぇ。
アナタここのヒトの御親戚? あらそう大変ねぇ。警察の動きも鈍いみたいだし……。
あー、だから調べてるのね。おばちゃん暇だから質問なら聞くわよ?
最近のヒトの出入り? いつも監視してるワケじゃあるまいに、流石にそれは……ああでも、知ってるかしら、物凄く独り言が多いヒトだったって。だから最初は誰かと一緒に暮らしていたんじゃないかって話だったんだけど、実際はそうでもなかったみたいで。
こころの病とか抱えていたのかしら?
この家? 近所の奥さんがあのヒトとお話したっていうのを聞いた限りじゃ、自分の持ち家らしいわよ。その奥さんはずっとココら辺に住んでたから知ってたみたいだけど、両親から引き継いだ家じゃあないみたい。新築だしねぇ。ここ三年くらいかしら。アタシは最近越して来たの。
仕事? 親戚なのにお仕事も知らないの? あ、疎遠だったけど、書類の関係で? お役所はそういうの求めて来るから大変ね……さて、毎日同じ時間に家を出てたみたいだから、たぶん普通の会社勤めじゃないかしら?
ただお家を買ってるし、ほらあの車庫、良い車とまってるでしょ。かなりお金まわりは良かったんじゃないかしら。町内会のイベントや清掃活動なんかにも顔を出してたわよ。雑費も出してくれて。社交的で、お金持ちで、顔だってほら、悪くなかったし。うふふっ。
あらやだ故人だったわね。でもだからこそ、他人の出入りはアタシ見た事ないし、奥さんも子供もいないようだし、なのにお家からは談笑するような声が聞こえて来ていたから、不気味だったって話はあったわ。
こんなのでいい? ええ、犯人見つかるといいわねえ。
私だ。鍵は封筒の中に入っている。電話は切るなよ。私と話している間は安心だ。
新人のお前にはなかなか厳しい仕事であるとは思うが、だいたいこんな事件の上か下くらいの難度の仕事が舞い込む事になるから、覚悟を決めるには良いと思うぞ。
時間は……二〇〇〇、周囲に人影は。うん。警報装置はないし、電源も落ちてる筈だ。
まずは玄関。手に塩を塗り込め。有難いヤツだから。荒れるぅ? 馬鹿言えほら早くしろ。
よし、封筒から札を二枚。一枚はお前の丹田……腹に直貼りしろ。一枚は腕だ。直貼りだぞ。
千切れたり、燃えたり、黒ずんだりしたら直ぐその場を離れろ。こんなところに出て来る奴なんぞ大した事はないと思うが、とにかく言われた通りにしておけばお前は無事だ。
電話は切るな。低級なら電磁波妨害もしてこない筈だから。
開いたな。素早く中へ入れ。入れたな。
所感。直感。曖昧だが大事だ。こういう仕事だから。家の中の第一印象はどうかな。
そりゃお前、ヒトが死んだ電気も来てない家なんぞ、暗くて怖いのはそうだろ。フラッシュライトを焚け。配信カメラつけろ。
映像確認、ノイズ無し。ふむ……何ともないな。ただの家だ。しかしこういう手合いは思い入れの深い場所に強く思念が残るもんだ、そこを探すぞ。間取り図は……と。これだな。
仏さんは『千堂一郎』三十五歳。
埼玉の機械部品加工業の営業だ。役職はない。
遺体は居間で見つかった。おそらくだが絞殺されている。合鍵の有無は不明だが、家は全て戸締りされた状態だった。発見者は同僚で、連絡が取れず出勤して来ない事を疑問に思い、この家を訪ねたという。庭に回って中を覗いた結果、カーテンの隙間から倒れている一郎氏を発見、通報に至った。
人間関係は少なからず見える範囲では良好。ただし友人などはおらず、誰かを家に招くような事もなかったらしい。
凶器は不明。警察のお漏らし情報では、索状痕らしきものはあったが、ナイロンロープや荒縄、電気コードなどといった物体ではなかったという。その筋のヒト曰く、髪を束ねたようなモノで絞められたのではないか、との事。
それだけなら警察がアレコレ理由つけて自殺なんかにして片付けるだろうが、捜査に入った警察官の九割が謎の体調不良を起こしている。有毒物質を疑われたが原因特定出来ず、なんならその調査に入った完全防備の捜査員まで体調不良だ。
現場を捜査出来ないという事から、現在見送りになっている。
だからこそウチに仕事が回って来る訳だな。
あ、まずベランダの窓を開けておけ。直ぐ逃げられるようにな。うん、生垣が高いから他人には見られないな。よし、居間だ。
ついたか? 死体は多少尿を漏らした程度で、部屋に大した汚れもない。ほら早く行け。
ついたか? よし。何? 死体? お前霊視出来たか?
出来るならちゃんと履歴書に書け。どこに勤める気だったんだよ。
死体ねえ。札は? 異常なしなら、その霊視で視える死体は残留思念というか、魂の残滓がカタチ保ったまま空間に張り付いているだけだろう。魂の寝汗みたいなもんだ。
細かい説明など今はしないぞ。
鞄から緑色の機械を取り出せ。ネットで売ってるような偽スピリットボックスじゃあないぞ。私が開発した真なる霊との対話機『お話大好き君』だ。名前がダサいぃ? 自覚はある。まあ別に誰かに売ってるワケじゃないから良いんだ、仕事しろ。
はい電源。五秒待ったら赤いボタン。白いボタン。音量つまみを5に設定。設置。
上出来上出来。そうするとお前の持ってるそのちっさい端末と私の端末に霊のボヤキが届く筈だ。もちろん、霊が居ればの話だがな。
ノイズキャッチ。感度が低いな。うん。ダメだな、録音したままにするから、次に行こう。
二階の私室だ。二階には部屋が三つある。主人の私室、物置にされた部屋、それと謎の部屋だ。
好きだろ、謎の部屋。私も嫌いじゃない。だが今日はちょっと嫌だがね。
流石新築、廊下も階段も軋まないな。主人の私室は一番手前だ。開けてみろ。
……なんだ? 何かあったか?
書斎……にしていたのかな。分厚い専門書ばかりだな。しかし本業は営業職だろう。人文書の類は一通り、あと神智学やら民俗学、オカルト本もあるな。漫画本は一冊もない。
で、この男、金回りが怪しいんだ。
手取りはそこそこ、まあ今どきならちゃんと貰ってる類ではある。ボーナスもあった。だが男一人にその立派な家のローン組んで貰えるか? その高級車のローン組めるか? 家族も大体死んでる。
単身者のローンは勿論組めるんだろうが……言う程担保の取れる仕事とも思えんし。
という訳で調べたんだが……なんと全部一括購入している。車はなんとかなるかもしれんが、家はな……ローン組まないとか小さい工務店は嫌がるだろう。たぶんデカいところで、更に金額上乗せして黙らせたと考えられる。
狂ってるだろ。なんだそれ。どこからそんな金が出て来る?
で、当然税務署もそんなもの見逃す筈がない。調査が入ってる。だがお咎めなしだった。
全部ちょっとグレーな方法で調べたから、詳細が知れんのだ。漁ってくれ。パソコンなんかは捜査の為にまだ警察に有るだろうから、それ以外になるな。
税務署が入っているって事は、収入の記録に残り難い金だった筈だ。例えば株やらFXだったらそんな事はないだろう? 個人情報を入力して金を動かしている訳だから金の出どころが追える。
だからココの主人は現ナマで手にしてる事になる。
現ナマで手にして、少量使うだけならば誰の目にも留まらない。だが家やら車やらはどうしても記録に残る。公的書類を書かねばならないからだ。
記録に残った大量の金が動いたら税務署が睨む。
そして睨んだ筈の税務署は何も言わなかった。
つまり結果的に合法の現金だったワケだ。ああ、例えシッカリ納税があったとしても、怪しんだら調査するのが仕事だからな、あいつら。ほんとすごいぞ。
で、新人。ここから推測出来る稼ぎはなんだ?
そうだな。お前が今手に取った、その紙切れ、公営ギャンブルだ。馬券だな。中央は農林水産省の外局だから、金が増えるかどうかは別にして、正当な金だよ。
中馬競馬場、三連単……千円一点買い……? 記念馬券かなにか?
あーお前はやった事無いか。
お馬さんの一、二、三着を順番通りに当てる賭け事だ。最大十八頭ぐらいで走る訳で、馬とヒトなんて不確定要素モリモリの存在がバチバチに走る訳だから、答えなんぞ誰も持っちゃいない。
つまり、出走する沢山のお馬さんを選んで買わないと、なかなか当たらないもんだって事だ。
三連単を一種類だけ……三頭だけ一通りを選んで当たるもんじゃない。
どれどれ中馬の10R……ん? げぇっ、それ、帯だぞ。百万馬券だ。無換金?
引き出しも開けてみろ……――馬券、馬券、馬券……ちょいと机に並べて見てくれ。
…………なんだっこれ……。
うんとな。勝馬投票券は当然換金しなきゃ金にはならん。ネットじゃあなく、現地の競馬場や、賭け事の出来る公営の場所でコイツを記入して、当てて、交換して金になる訳だ。
目に見える範囲だと、そいつら全部的中してるぞ。他にもあるな、出して並べて写真を取れ。うお……その端の馬券はレースが大荒れした時の奴だ、配当金が二百万超えてる。
……さて。いよいよおかしい奴だな。さっきも言ったが、三連単を一点だけ買って当たる奴なんていうのは、相当のヤバい奴だ。トータルで負けてる。が、その男は家と車を買って余りある程的中させていて、しかも換金していない高額配当までゴロゴロ出て来る。
換金して得た分はしっかり税金払っていたんだろ。だからお咎め無しだったワケだ。とはいえ、税務署にマークはされてただろうな。怪しい奴すぎる。
……正気じゃない。確率的にあり得ない。化生の仕業って事だ。
なんで金の出どころを気にしたか分かったか? 分かったなら、次の部屋だな。倉庫部屋だ。
あ、馬券は既に交換期限が切れてるから、ただの紙切れだぞ。戻せ。
故人の遺物を漁る仕事になる。罪悪感とかあるかな? ないか、いい新人だ。
大体こういう場所は過去の趣味の遺産が放り込まれてる。競馬が趣味だったというには異様だが、他に興味のある物事も過去あったかもしれない。
大学はええと……地方の文化人類学科か。文系から営業職ってのはソレっぽすぎて世知辛いな。ただ外回りは好きだったと見える。そこの手前のリュック開けてみてくれ。
ふむ。当時そのままといった様子だ。文化人類学というよりは民俗学に興味があって、フィールドワークをしていたのだろう。東北各県の地図、ロードマップ、手帳、水筒、地方伝承の本、民間信仰の本、それ等をまとめたレポート類……まあ手帳だろう。開けて見せてくれ。
……コミュニケーション能力と言語能力が高かった事がうかがえるな。現地のナマリのきつい老人からもしっかり聞き取っているようだ。よく調べている、論理的だ……へえ……ふむ……うん……あ、済まない。それは押収。鞄に詰め込め。
殺された人間の死の原因を探るのに、何で過去の趣味や学びを調べる必要があるか解るか? いいか、私達が相手にしているのはまっとうな人様じゃない。バケモノだ。霊やら妖怪とかいう類だ。そういうのは大体の場合過去の因果や執着に起因する。
ただ、のんべんだらりと暮らしている奴に、そんなものは憑かない。何となく生きている奴にイベントは起こらんだろう。あったんだよ、何かしらの『イベント』が。
ヒトの執着が、奴らを引き付ける。
あの馬券を見る限り、かなり力の強いモノが憑いていたと考えるのが妥当だ。さっきは大したことない奴とは言ったが、調べれば状況も変わるものだ。という訳で鞄から『霊・プロテクター』を出して首に巻いてくれ。
当然私が開発した対霊障装備だ。凄いゾ、霊的存在からの眩暈、吐き気、頭痛等を緩和し、低級霊ぐらいならパンチ一発で極楽浄土ご予約間違いなしだ。これはかなり実用的だから、将来クラファンに成功した暁には量産して爆儲け出来る予定だからな、楽しみにしておいてくれ。
他に目ぼしいものはあるか?
キャンプ用品、安物だな。最近の稼働形跡がない。そういえば車も大きめのオフロードだったが。しっかし……コミュニケーション能力は高くとも、友達は居なかったみたいだ。
交友歴が全く漁れないんだよ。特に女。
顔はそこそこ、金もあってコミュ力もあるのに、女が居ない。同性愛者だったという話もない。仕事ぶりは真面目で明るく皆からの評価も良い。
女に興味がなかったのかな、お前はどう思う?
……まあ、確かに。一人が好きだったのかもしれないな。たまにふらっと外に出て、群衆の中で孤独を楽しむ奴は居る。普段のコミュニケーションに疲れていたというのは、考えられる。
それに金があるんだ、七面倒臭いご交際を省いて性欲を解消したいなら、お店で済む。おかしいとは言わないよ。
だがな、家まで新築で買っている。
お前、一人でただ暮らすのに、こんな何部屋もある家をおっ建てる必要あるか? 私にはどうしてもそこが理解出来なかった。将来を見据えてってなら一応理由になるだろうが、そんなもの、将来を見据える相手が出来てから相談して建てたって良い筈だろう。
で、だ。それにほら、居間なんかも見ただろう。
――明らかに二人分、生活用品が存在する。
しかも片方は女物だ。
ここには、女が居る。確実にな。さ、次の部屋だ。
謎の部屋だぞ。怖すぎるな。
配信カメラ良好。『お話大好き君』は相変わらず男のうめき声しか拾わん。ああ、これは霊が居るというより、死んだ男の空間に染み付いた断末魔を拾っているだけだから、居ないといえば居ない。寝言みたいなもんだ。
それはいいか、音声、映像再チェック。良好。
他の装備品も確認しろ。札は無事。OK。開けてくれ。
……女の部屋だな。明るい色彩の壁紙にカーテン、ベッド、調度品もなかなか高級だ。一般邸宅には似つかわしくない程立派と来てる。お貴族様でも居たかな?
ふむ。あ、そこの戸棚開けてくれ。煌びやかに飾られている部屋にしては和風過ぎる。それ、桐っぽい戸棚。そこだけ明らかに異質だ。
うーん? 祭壇……? なんかぼんやり光っている物体がないか? カメラの解像度低いのはいただけないな。近く新調しよう。新しい実働調査員も入った事だし。
その光ってるの取れるか? え? 背後から気配がする……? おっ、ヤベッ。
うわっ!! ノイズひっどい!! 聴こえるかッ!! 『霊波動探知機』オンにしろ。メーターが赤に触れたら確実に居るぞ。常時付けていたいのは山々なんだが、そいつは凄く電池を喰うから、ちょこちょこしか使えないんだよ。手元見せろ。
うわ、振り切れてる。後ろにいるぞ、それ。
眼を合わせるな。振り返るな。名前を呼ばれても返事をするな。知らないフリをしろ。実際警察官達に霊感は無かった。無かったからこそ反応もしなかった。体調不良で済んでる。命は取られていない。相手と繋がるな。波長を合わせるな。
おい、新人、聴こえてるか? 聴こえ、聴こえきこきこきこえきこきこきこえきこえてきこえていますか?
こんば
んはどちらさまです
か
あな
たさまはだ
れですかかれのおとも
だちで
すか
い
まはも
にふしてい
ますからおとなし
くしてほ
しいのですじゃ
まをしますか
なら
ころしましょうか
はあぁぁぁこっちにも聴こえて来る、ダメだダメだダメだコイツ強すぎるッ!! カテゴリA+相当ッ!! 実働調査員緊急離脱スイッチ、オンッ!! 耳塞げ、目は半開きにしろ、相手を視界に捉えるなッ!!
人様に言えない技術でもってして、今その場にある霊力を滅茶苦茶に乱してるから、早く走って逃げにがしませんにがしませんにがしませんにがしませんにがしません
逃げろ逃げろ逃げろぉぉぉッッ!!
……。
……。
……。
おい、無事か。映像が乱れて何がなんだかわからなかった。え、律儀に窓開けて、窓閉めて、雨樋を伝って降りた? ウルトラ凄いフィジカルと胆力だな。素晴らしい新人すぎる。奴さんはどうだ?
映像越しでも影が視えるな。うえ、窓から視てる。が、家からは出ないようだ。地縛霊の類か? しかし恐らく呪いは貰っただろう。札見てみろ。うわ、真っ黒じゃないか。陰湿だな。恐らく女の霊だし仕方ないか。
いや、霊だったか? 霊波動探知機は、能動的な霊的反応を感知するだけだから、それが何なのかは判別しない。取り敢えず戻って来い。情報を整理するぞ。
【物品検証】
初任務ご苦労。うえ、ひっどい瘴気だな……花星、お祓い。
は~い。うえ、キモ。なんこれ。新人君何貰って来たのこれ。頭出して。はいポンポンっと。お腹出して。はいなでなで。おっ、結構鍛えてるじゃん、えっろ……。
花星、お前さあ。
んま、七割くらい取れたんじゃない? 本格的に払うなら儀式一式必要だし。
そうか。はい、除霊手当て。あとコンビニで夜食買って来てくれ。
あざーす。お、気前良いじゃん所長。新人君もどんどん霊障貰って来てね、アタシの取り分増えるから、うふふっ。じゃ、行ってきまーす。
……顔はびっくりするくらい清楚で美人だし巫女なんだが、淫乱でな。ま、とにかくご苦労。映像と物品を照らし合わせながら、お前の所感やらも交えて検証したい。夜遅くなるが構わないかな?
よし、まずは立地的な観点から見てみるか。地図を見てくれ。
なんてことない住宅地だ。過去に大戦が起こった歴史もない。高度経済成長期に開拓された平地だな。新築だが、元も住宅だった。新聞を漁ってみたが事件の類は起きた形跡がない。つまり心理的瑕疵もない土地という事になる。孤独死などは解らんがね。
鬼門、裏鬼門問題無し。綺麗に霊道が通っている。滞り蟠りは無し。
土地の問題は排除。次だな。
建物自体の瑕疵はどうか。たまにあるんだが、霊木を伐り出して建材にしたり、墓石を踏み台や庭石にしてしまった結果、宿っていた霊や精霊や神の類が悪さをする事がある。こればっかりは追いかけようのない過去だな。
井戸の類は、無し。そりゃそうだな。井戸はヤバい。あれを埋め立てた一件を調査した事があったが、花星が一週間生死の境をさ迷ったからね。
保留。次だ。
『お話大好き君』の録音データだ。イヤホンを。男の声だろう。ノイズを除去しても、セリフらしいセリフはないね。ただ呻いているだけだ。お前には何か聴こえるだろうか。
なにをきいてるの
うん? 女の声がする? なんて言ってる?
駄目だ破棄破棄破棄映像データも破棄。そのお菓子の缶取ってくれ。うん。データ削除。メモカは缶の中に入れて塩漬け。御札で封印。ああ、塩って良く用いられるだろう。電気に対する絶縁体みたいなものなんだよ。塩は霊気を通し難い。
今は何か聴こえるか? 聴こえない。パソコン無事。そうか。うん。
もうご本人様はいらっしゃらなそうだな。死者に話を聞くのが一番早いもんでね。
まあしかし……ここまで介入してくるレベルかぁ……。
まだお前に繋がっているというのもあるが。
ああ、そうだ、最初に説明したが、この事務所は別に霊的存在を除霊するような霊能探偵事務所でも、祓い屋でもない。
不可解な事象に出会った依頼主に対して、それなりの答えを用意する場所だよ。明らかに人間の範疇に無いと思われる事件事故に遭遇し、警察は捜査を断念するだろう。しかし被害者や遺族はそれで納得などしない。
だから我々が居る。我々は本来アフターケアでしかないんだ。致し方なく実力行使をする事もあるが。故に要らない正義感などを掲げる必要はない。深入りすればそれだけ深みにハマる。抜け出せなくなったら私は助ける術を持たない。ここで長く働きたいなら、自身の実力を弁える事だね。
ま、いきなり大当たりを引いてしまったようだが。
辞めるなら止めないよ。人手不足ではあるが、危険に無理を言って突っ込ませるような真似を好んでしている訳ではないからね。仕方ない、他に任せるさ。
……そうかい。じゃ、続きだ。
次は手帳だね。コイツが本命になるだろう。ふむ、書店などで売っている普通のものだ。合皮。金持ちになる前に買ったのかな。あの倉庫にあった物品等も、引っ越し用の箱に入ったものや、少し古くて安価なものばかりだった。つまり一郎氏は、途中から突然金持ちになった訳だ。
どれどれ。最後の記述は十五年前。二十歳の大学生の頃だ。あの鞄の中身を見ただろう。時間の流れがピタリと止まったようだった。こんなに事細かに、情熱的に微に入り細を穿つ記述をしているにも関わらず、この日からすっかり手帳を弄っていない。
何か、信じられないような変化があったんだ。
最後にフィールドワークとして訪れたのは、東北のド田舎。地元のお祭りの起源を詳しく調べていたようだね。村の組合や集会所に足を運んで聞き取り、おおやけになっている伝承との照らし合わせ、地域ごとの多少の差異の見極め、矛盾点の洗い出し――良く出来ている。
そしてこの記述だ。『人欠山』『御女様』
ヒトカキヤマ、なんて山はない。地元での呼び名だろう。御女様は土着神の一柱だろうね。
村で一番大きな神社では大山祇、野槌、木花咲耶を祀っているが、土着神を神道形式で祀る際に習合したものと思われる、という記載があるな。ヤマノカミとノノカミとそれの娘だから、まあ良くある構図だろう。
レポートの方は……この村、見返村の祭りについて書いている途中で止まっているなあ。
……手帳に何か挟まっている。これは……羽だな。少し黄ばんでいるが。流石に鳥類学者でもない私には、見当もつかない。しかしわざわざ拾って残しているからには、意味があるか。
よし、これはOK。じゃあお前が遭遇した霊的存在についてだ。
配信カメラ越しでは影にしか見えなかったが、お前にはどう視えただろうか。薄目で見てただろうが、特徴を話してくれ。モンタージュしよう。ははっ、私は大体の事が出来るからねえ。尊敬したまえよ。
部屋を覆う程の長い髪? もう容姿じゃなくて空間そのものだな。顔は。目は見えなかったと。皺などは見受けられなかった、かなり若い様子。頬骨は張っておらず、鼻はそれなり。口は小さかった。声も少女のようだった、か。
こんなカンジかな? そっくりだろう。つまりこれが容疑者だ。
十代中盤の少女の見た目だ。中学生くらいだね。男を殺したのもこの霊的存在と推測するが、お前はこの霊的存在に何か言われたかな? 殺す以外に。
喪に伏している……? 男を弔っていたと主張しているのか。それを邪魔したお前を攻撃して来た、となる訳だね。まだ少し、この霊的存在を犯人とするには足りないか。
さて、ここまで話して、お前はどう思うか。
うん。彼はこの村で何かを見た。何かをした。結果祟られたか、憑かれたか、というのが平凡な着地点だろうね。霊的少女の身元を知る必要がある。間違いなく、ただの少女の悪霊じゃない。最悪、この土地の土地神という線も浮かんでいる。厄介だ。
ああ、村ね、名前を聞いて思い出したよ。うん。もう廃村になっている。
見返村土砂災害。十五年前、人欠山が山体崩壊を起こし、土砂が人家を襲った結果ね。その時のニュース記事がこれだ。死者六十名、最悪の自然災害と言える。
というわけで、明日は開いているかな? ドライブと行こうじゃあないか。
【出張調査】
村が無くなってから、通じていた道も廃道になったようで、まったく手入れがされていないな。夏じゃなくて良かったよ、夏だったら草ボーボーで藪漕ぎが必要になるからね。どうした、具合が悪そうな顔をして。運転? 早く着いたのだから良いだろう。
……あと二キロなんだが。流石にまだ歩きたくないな。新人、あの木退けられるかい?
おー、すごいな。フィジカルモンスターだ。お前は高校時代何かしていたのだったか。履歴書には打ち込んだ事はない、という履歴書らしからぬ事しか書かれていなかったが。
まあいいさ。まだ秋とはいえ東北の夜は冷える、早めに原因特定と行こう。このトンネルを抜けた先にあるのだが……車は通れそうにないな。仕方なし。歩こう。
ふうむ。十五年前の今頃、夜半過ぎ。世界が終わったのじゃないかと思われるような巨大な地響きと共に、人欠山は崩壊した。人里に注ぎ込む清流をなぞるようにして土砂が殺到し、周辺にあった集落を丸ごと飲み込んだという。
生き残ったのは少し外れの丘に住んでいた住人二名、寺の住職と娘だな。救助は困難を極めた。翌朝には首長からの出動要請を受けた陸自が投入されたものの、まだ崩れるかもしれないという事で、なかなか重機を入れられず……誰も助からなかったそうだ。
当時の写真だ。これはもう時間がどうのじゃあないな。即死だろう。
装備は買って来たよな、山用の上着とズボン。特に靴。うん。廃屋や廃村なんていうのは、もはや人が入るようには出来ていない。スニーカーなんぞで入ったらガラスや瓦礫を踏み抜いて足を怪我する。面白半分の廃墟マニアが祟りと騒ぐ状況の完成だ。こんな山奥でお前を背負って車に辿り着ける自信はないよ、私は。
ちなみに廃村探索をしていた動画配信者が二名行方不明になっている。
動画には謎の歌声が残っていたって話だな。おお、怖い。
フラッシュライトは良し、予備も良し、霊能装備系統良し、行動食類良し。あ、もち米の奴。いいよな、美味しいし腹持ちが良い。チョコバーも良い。マヨネーズも良いな。お前、過去に遭難でもした事あるのか……?
まあいい、そろそろ出口……見返村だ。
うぉもっっく苦しッ!! 重苦しいッ!! なんだここ。地獄かな? 抜けるような青空、秋の心地よい風、谷間に拡がるクソみたいな激重瘴気が実に味がある。梅雨に草むら歩く方がまだマシぐらいの不快度だ。
流石のお前も苦い顔だな。お、供養塔だ。手を合わせておこう。お饅頭もどうぞ。
あ、軽くなった。誰も供養に来ないもんだから、霊が拗ねてるんだろうね。というか一族郎党全部死んだわけだから、誰も拝みようがないだろうに。お供え追加ァッ!! よしっ。
いや~~~、しかし、凄いな。ここからの眺めは。ほら、丁度あの辺りに人里があった。今は全部土砂に埋もれてる。瓦礫の山がポツポツ覗いているぐらいか。
彼の手帳を頼りにしてみよう。簡易の地図も付属している。実に良く出来ているね。このトンネルから続く道の先、人里の入口辺りに駐在所。その先の丘にあるのは墓地と寺。
神社があったのは人欠山の麓だが、土砂で流されてしまっている。とはいえ行かない訳にもいかないから、人里を踏み越えて進んで行こう。あの山の抉れた部分だ。凄い崩落面だな。山としてのカタチこそ保っているが、半分崩れ落ちてるようなもんだろ、あれ。
しかし辺鄙なところにあるだろう。村の起源を探るに、平家の落ち武者伝説が出て来る。ただし、平家の落ち武者伝説は星の数程ある。犯罪者が隠れ住んでいた場所にヒトが集まった結果集落が形成された、とかそんなオチが大半だね。
そもそも集落が正式に公文書に記載され始めたのは明治になってからだ。江戸中期の資料にも一応僅かばかり見返村と思しき記載もあるけど、それより前がない。図書館で調べるのに骨が折れたぞ。あー、平家が滅んだ頃よりずっと先だね。
ただ面白いのが、この村には降臨伝説がある。これは手帳にも記載があるな。日照りが続いて人々がバタバタと倒れ始めた頃、人欠山の山頂に光が降りて来た。飢饉に喘ぐ人々を見かねて、徳の高い神様が現れたのだとして村人が見に行くと、そこには赤子が居たという。
赤子が泣くと同時に雨が降り、瞬く間に山が蘇り、田畑は潤い作物は実をつけたのだとか。
まー、よくある話だ。ウチの実家も田舎でね。そっちは洪水に悩んでいた。ある日ふらっと現れた坊主が、自分を逆さまに埋めて念仏を唱えよと言ったという。するとそれ以来川の洪水は収まった。そんな話は、日本の至るところに、歴史ならず口伝のみで伝わっていたりするよ。
坊主? そりゃ死んださ。後の学術発掘で、確かにヒトが埋められていたと確認が取れた。
おっと左手にあるのは墓地だね。ふむ……いわゆる長方形の御影石は少ないな。殆どが、山から拾っただろう岩に家名を掘ったものばかりだ。そういう土地柄なのか……あれぇ……?
ちょっと寄って行こう。新人、その墓の裏を見てくれ。何か彫ってあるかな?
観音菩薩か。元から女性的に描かれるものだが、もっと女性的……あ、これマリアだな。
マリア観音だ。するとなると、ほら、あっちは十字架があしらってある。
少なくとも近代においては、別に隠されている訳でもないな。どういう意味って? ここ、隠れキリシタンの里だよ。
地理的にも恐らくは、伊達家に追われて逃げて来た人々だろう。
伊達家も最初はキリシタンに寛容だったが、幕府からの禁教令を受けて地元のキリシタンを弾圧した歴史がある。まあ歴史的に様々な事情があるので、深くは突っ込まないが、そうなると当然、逃げるだろう。逃げた先がココだったという事だ。
見返村……ああ、ミカエルをモジったのか。
その事について、一郎氏は……言及していないな。なんでだ? 彼ほど調べるのが得意で、コレについて言及しないなんて事はない筈だ。意図的に書いていないと考えるのが妥当だろうね。
つまり、書きたくない事情があった。
どれ、もう少しで神社跡だ。行こう。
うーん、見事にただの地滑り跡だな。本殿拝殿社務所に母屋に鳥居から何から、全部流されてしまっている。まさか地面を掘る訳にもいかないね。
えーと、見返浅間神社。建立されたのが、明治初期。主祭神は木花咲耶姫。摂社に山祇と野槌。神主は地元の人間だ。以降その一族が祭祀を担っていたようだ。苗字が当時の村長と同じだが、集落は苗字の数が少ないから血族とも言いきれ……いやもうみんな血族みたいなものだな。
恐らくは木花咲耶と習合させた御女様をおおやけに祀っていたのは間違いない。丁度今の時期に例大祭が行われていたようだ。ああ、降臨伝説と同じ時期であるから、御女様とはつまり降臨した赤子の事なのだろう。仮にだがね。
さて、ここで問題になるのが、御神体だな。この神社には本殿があった。本殿があったならばそこが神様の仮の家であり、御神体などが祀られていたりする。本殿が無い場合はそれに変わる依代や磐座があるのだが、ここは本殿がある。
それは木花咲耶の御神体なのか、御女様の御神体なのか。完全に習合してしまっていて、ない交ぜになっており、同じものとされたのか。
災害の生き残りは、これを掘り返したりしなかったのだろうか。無理と諦め、他に御神体の替わりとなるものを祀った祠があるかもしれないな。生き残りは坊主一家の二人であるし、仏式に切り替えたか。いやキリシタン形式かな?
ああ、隠れキリシタンは寺を隠れ蓑としている事が多々あった。その寺院の観音像はたぶんマリアの意匠が込められたものだったろう。現代では隠す意味もないから、もっとオオヤケな姿をしていたかもしれないが。しかし寺院も既に取り壊されているしなあ。
御女様は山に降臨したとされる。その後村人の手によって近くの洞穴に運ばれ、一年を過ごしたという伝承があったと、一郎氏の手記に残されている。
洞穴、そこに祭祀跡が残っているかもしれない。
……低い山とはいえ、崩れてるし、全く整備されていない藪じゃないか……ノミとかダニとか嫌だな。熊も怖い。お前は平気か? ああそう、野生児だったんだな。元気で何より。本来ならお前だけ行かせたいが、頭脳労働を任せる訳にもいかないか……。
登るぞ。
ああおい、ガンガン進むな運動馬鹿め。お山大好きお猿さんかぁ? あ、好きなんだな。悪かったよ……ええと、こっちに山の裏手に回る細い道が、一応地図にも書き記されてる。もう誰も歩いていないだろうから、獣道と変わらんだろうけど。
あ、おい、あれなに? 鹿? 鹿かよ。脅かすな。くっちまうぞ。美味いんだよな。あ、ダニは要らないぞ。ちなみに宗教上の理由で馬は食えないんだ。私に奢る時は気を付てくれ。
山の裏手は結構険しいな。というか岩肌に鉄杭が打ち込まれている。鎖も這わせてあるな。この削れ方、すり減り方、手にしっかり馴染む岩の感触。
んー、こりゃ、山岳信仰の跡かな。修験者の山行用の。明らかに登山道じゃない。
他の信仰があったのか? 宗教の坩堝みたいな村落だな。
うお、こっちは崩れてる。登れるかな……いやお前は登れるだろうよ。ほら手ぇ貸せ。
誰があかちゃんの手だよ繊細なんだよ。笑うな。手袋しよっと。
言葉が荒っぽくなったり、落ち着いたり忙しいのは、昔からだから気にするな。余裕が無くなると、どうしても荒れるんだ。
おい野生児。こういった場合、どういう場所に洞穴があったりするか、予想出来るか?
なるほど。確かに岩盤が露出してるところの方が出来やすいな。ええと、地図上で等高線の狭い場所……もう少し先だな。
なんか寒い。薄暗い。空はあんなにも青いのに。まあ陰に入っているから当然だが。それにしても体感が低いな。だいたいそういう場合は近くに霊が居る。あいつら温度低いんだよ。逆に高い霊とかいるんだろうか。
はあ……はあ……知的なアテクシにはキツすぎる……。お、平坦になったな。あっ!! あれは洞穴じゃないか? おーおー、みっけみっけ。よーしよしよし。
フェンスで囲われてやがんの。はい、ペンチ。ザクザクいけ、ザクザク。はや、お前はマクタ製電動工具かよ。素晴らしいな。
はいご対面。
表側から見える祭壇は神道形式だが、護摩壇の跡も見受けられる。やはり山岳信仰もあったと見えるな。
あー、その祭壇退けてくれ邪魔だから。祟られないから。
というかもうお前は祟られてるかもしれんけど。はい、お邪魔しますっと。
中は結構広いな。五、六人ぐらいなら余裕だ。
ふむふむ。奥に見えるのは、もうだいぶ浸食されてるが、マリアの肖像だな……ううん? 壁画か。こっちは、如来かな。こっちは菩薩……このマリア肖像の隣にある仏は、解らないな。厳めしい顔に、独鈷剣……にしてはカタチが変だな。山岳信仰の仏だろう。この土地独自の仏かもしれん。写真だけ取っておいてくれ。あ、天井には日輪がある。なんだここ。
横穴もあるね。ライトで照らしてくれ。こっちが本体だろう。
蝋燭の残骸、捧げものの残骸、それと……うん。祠だ。
あー、はいはいはい。理解。超理解。祠把握。
この石造りの祠、壊れてる。ガッツリ割れてる。地震で倒れた、と言われればそれまでだが、人為的に破壊された、もしくは破壊してしまった、というのが一番あり得る線だな。
祠破壊の案件は、過去十二件受けた事がある。祟りのメジャーどころだ。大体は行楽地や都会の片隅にある祠を、クソガキがバチコンぶっ壊してしまいましたってのが多いところだな。祠を依代にしていた低級の狐の霊やらタヌキの霊やら猫の霊やらが、枕元に立ったり、事故を引き起こしたりと多様だが、規模は小さい。
もし、だが。
この祠が破壊された事を起因として、山体崩壊を起こしたというのならば……祠破壊史の中でも屈指のヤバさだろう。なんだよ祠破壊史って。
地質学的に検証した記事もあった。到底崩れるとは思えない山だったそうだ。山体崩壊はそもそも火山活動が主な原因だが、ここに火山はない。当日地震だっておきちゃいない。ある日突然、山が丸ごと崩れて、人里は数百年の歴史に終止符を打った。
ん。お前の足元、少し陥没したように抉れてる。何か埋まってないか。あー……うわ、うわー……あ、ヤだな……凄く嫌だ。はいスコップ、もしくはシャベル。呼び名は良いか。掘ってくれ。私は少し離れているから。
……掘れたか? うむ……お前良く平気だな……それ頭蓋骨だ。少し見せてくれ。
綺麗だな。新しいのか? んや、歯の治療痕がないな……現代人で歯医者に行かない奴がいるか? まあ居るか。居たとしたらもっと歯が汚いだろうに、美しいもんだ。
ええと、頭骨の両側が滑らかで、サイズも小さい。歯も小さい。子供で女だな。ほかの骨も有る? いらない、いらないっす。近づけんなッッ!!
ったくガキかお前は……うん、しかし果たして、死んでから埋められたのか、殺されて埋められたのか。どうしてわざわざこんな祭祀所に遺骨があるのか。祭祀所だからこそなのか。ひとまず埋め戻してくれ。丁寧にな。
見返村で行われていた、土着信仰の儀式を知りたいが……資料も無いだろうな。おおやけに行われていた祭に関してのものしか見当たらなかったんだよ。だからこそ、一郎氏は色々調べたのだろうが。
む。お前の右手にあるのはなんだ。祭壇の近くにあった? 十字架か。綺麗に縦半分に割れているな。少し見せてみろ。
謎金属製の小さいロザリオだな。マジなんの金属だ。
文字は~~……読めん。日本語でもなさそうだな。ヘブライ語?
なあ……文字は良いが……それよりほら見ろよ……なんか、ぼんやり光ってるぞ……何の光だよこれチェレンコフ光かぁ? というかお前に近づけると光るな。
……――……――うん、宜しい。引き上げだ。なんぞ祟りの一つでも被るかと思ったが、何のアクションもない。つまり既にここの主は居ないのだろう。
村の跡地に行こう。聞き取り調査をする。
『お話大好き君』三台設置OK。祭壇、供え物、ヨシ。
お前はこの紙に書かれている言葉を読むだけで良い。さ、始めるぞ。
おーおー、早いな。ガンガン集まって来る。
ま、私の霊視は弱いからみんな影にしか見えないが。
あーあー、皆さん、こんばんは。初めまして。探偵事務所のような方面から来たカンジです。あ、お供え物はどうぞご自由にお取りください。お茶もどうぞ。うお、凄い、お供え物が目の前でガンガン減ってくな……まあかなり持って来たから大丈夫だ。
実はですね、お伺いしたい事がありまして。そちらの機械に話しかけて貰っても?
こいがや?
それです。どうもお手数かけます。
なにすや?
実は依頼を受けて調査に来たのです。この村は十五年前の山体崩壊事故で多数の死者を出しました。あなた方はその死者でしょうか。
ひぃふぅみぃ……七割だべな
あ、他のも居るのか……うおっ寒っ……で、実はですね、調査の結果、これは祟りが原因なのではないか、という推測が立ったわけです。この村は降臨伝説があり、神社の神とは別の神を崇めていた。そうですね?
んだ
それは御女様ですか。
んだ
神社は明治政府の令によって建てただけであり、本来は山の裏手にある祠を拝んでいた?
んだ
同時に、ここは隠れキリシタンの村でしたね。聖母信仰、御女様信仰、山岳信仰、神社神道信仰が習合した結果の信仰が、この村にはありましたね?
よぐ調べたっちゃなやぁ
恐縮です。して、大変に答え難いお話だとは思うのですが……そのどれかの信仰に、人身御供の習わしはありませんでしたか。
あるわげねっぺや 原始人でもあるめに
そうですか……ともなると、あの洞穴にあった遺骨は、なんでしょうか。
そら御女様だべ も誰も手入れすねがら 棺からはみ出たんだべ
うわぁご本人かぁ……後程お祀り差し上げます。
御女様はな
はい。
御女様は神の御子であらせられる
……と、申しますと。
マリヤ様が御懐胎されで 産み落とされたのが 御女様だ
んなぁるほど……ああ、そういう事か。新人、つまりな、山体信仰だったんだ。
歴史には記されていないだけで、元は修験者の隠里でもあったのかな。故に山岳信仰が元からこの地には有り、そこにやって来たキリシタン達のマリア信仰が混じり……豊穣の山を聖母と捉えるようになっていったんだ。
そしてそこに現れた女の子を、神の御子として祀った。そうですか?
んだ
祠が壊れていました。何か思い当たる節は。
んだか……ねげど 前の震災でねがな 地震だべ
そうですか……。
にしてもオメ
私ですか。
無事なんだなや
山に……入って、ですか?
女人禁制だっちゃ 普通は死ぐど。
あはは……あ、ヒトカキヤマっていう物騒な名前も?
んだ 山さ入った女は死ぐ んだからヒトカキだ
それは何故でしょう。部外者を入れない為の山岳信仰の名残でしょうか。
怖え名前さしときゃヒト入らんべ 脅しだ
それに御女様が嫉妬深け神様だがらよ 若け女が入ったらみんな死ぐど
わかりました。ありがとうございました。
新人、鞄の中にあるお供え全部出して、お供えしてくれ。
あ、もう一つだけ。ヒトカキヤマの本来の名前は御歯黒山でしたが、出羽三山の羽黒山から来ていると推測出来ます。山伏達は既に居ないのでしょうか。
ふるぅい話すだがら 仔細は知れねなあ
お寺さんさ聞け 生ぎでっぺ
寺かぁ……災害の生き残りね……んー、まあ、理解しました。新人、行くぞ。
皆さま、安らかに昇天出来る事をお祈り申し上げます。
……御女さんはもういねが
いねべな
女子生きでだべ、んなら居ねべさ
おらだづのせいだべ
あの若け男は
御女さんが望んだんだべっちゃ
死ぬべくして死んだなやぁ
もういいべ
おらもうがおった
そら、今晩も唄うべ
拝まい、拝まい……
んだ、拝んべ
みていよ、みていよ、われらわれらまよえるもの、めすあげたまへ、めすあげたまへ
おっかよ、おっとよ、われらわれらわらすごを、めすあげたまへ、めすあげたまへ
おんじょや、おんじょや、われらわれらつみびとを、めすあげたまへ、めすあげたまへ
あろりきゃ、あろりきゃ、あろりきゃそわか
そーあれかし
……あー、これが動画投稿者の動画に残ってた唄か。讃美歌……録音……はしてあるな。
あ、機械回収します。ご苦労様でした。
お疲れさん。事務所の椅子の寝心地はどうだい。最悪だろう。私は好きだぞ。
おはようございまーす。あ、これ、頼まれてたヤツ。被害者の友好関係洗い直したの。
どれ……これどこから?
警察のヒト。一晩で全部喋ってくれたし。上手だったよ。
うおー、凄いな。お前のケツは鴻毛より軽い。
ちなみにアタシ、女の子も大丈夫だよ。
こっち見るな。それで、スマホの通信履歴、その他被害者周辺の出来事か。
ああ、やっぱりな。
おい、新人。これを見ろ。被害者は殆ど友人も居なかったというのは話しただろう。ちなみに知っているだろうが母と妹は十二年前事故死している。それからも周囲の女が諸共死んでる。
女に興味が無かったんじゃない。女に近づけなかったんだ。職場も男所帯だな。
で、そんな一郎氏だが……一年前から、女と思しき者と連絡を取っていたようだ。あーあ。なんでかねぇ。ダメだろうねぇそれは。
うん。じゃあ整理するか。花星、お茶入れて。
はーい。
見返村はどうやら元は修験者の里があったようだ。そこに隠れキリシタン達が逃げて来た。どういうやり取りがあったかは知らないが、結果同居するようになったのだろう。
修験道は解るか? 西の方では役小角を開祖とする山岳宗教であり、神道仏教陰陽道とあらゆる方法を取り入れ、御山で修行することで御仏を感得しようというなかなか厳しい教えだ。
ま、あんな辺鄙なところに居た訳だから、こちらの修験者達も、出羽三山辺りの大手の御山には居られなかった者達か、御山の新規開拓で来たんだろうな。
出羽三山系ならば古修験だな。役小角よりも前に発生したものとされ、能除と呼ばれる人物が開祖だ。マリア肖像の隣に並んでいたあの厳めしい顔の仏は、能除に送られた諡号である照見大菩薩を映したものだろう。送られたのは江戸後期であるから比較的新しい。
で、修行の場でありながら、里に幸を齎す山としても尊ばれたんだな。そこに彼等キリシタンは豊かなる御山を聖母に見立て、山体信仰を見出したと見える。合理的とも言えるな。
……マリア信仰はイエズス会が持ち込んだ後、日本で独自発展を遂げた。慈愛という意味で観音菩薩とも合一され、日本古来のアニミズム多神教を下地としたものだ。所謂カトリックからしてみると、眉を顰めざるを得ないだろうが、地方に根付いた宗教は現世利益を求めてあらゆるものを絡めとり、習合して行く。
うーむ、しかしまあ、ここまでごちゃごちゃなのは、大変特殊だし、聞いた事もない信仰だが、他の世界から隔離され人里の中で熟成された、生き延びる為の信仰心の具現とも言える。
元居た修験者達との仲は良好だったろう。あの祠には、神道式、修験式、基督式、土着式と祭祀が成されていた。村民の聖地であろうあの場所で、信仰の全部が許されていたなら、宗教による人間同士の反発は、少なくとも抑制されていたのだろう。逃れて来た者同士でね。
で、だ。
そこに一人の女の子が現れた。たぶん捨て子だろうが、山伏が拾ったのだろう。女の子が現れた結果、村に幸が齎されるようになった。これが暗喩か現実かだが、私は現実であろうと踏んでいる。
勿論作物が突然生ったりはしないだろうね。外部から富が齎されたのだろう。
一郎氏はどうだ? あの馬券を見たろう。
御女様は、信じられない程の富を齎す性質を持つ、人から成った土着神だ。
その性質、神徳、加護は未来視じゃない。超幸運だ。
そして……強烈に嫉妬深いと見える。ヤマノカミの性質はどこも似通っているが、大体は女性が一人山へと入る危険性を指摘した話から派生し、女犯を禁ずる宗教色を帯びて神の性格に反映されたものであるが、この御女様は実際に嫉妬深いのだろう。
一郎氏は祠を破壊した事で御女様に憑かれた。幸運を齎される一方、女が近づけば死ぬような呪いを、貰った可能性が大と見える。そして女にかまけて、殺された、という推測が立つ。
お前がポケットに入れてる割れたロザリオ。それをもってもう一度、あの家に行ってもらう。
私らはダメだな。たちまち殺されてしまう。女だからな。
どうだ、おっかないか。可愛かったから大丈夫ってお前な。
男って厭だねぇ。なあ花星。
アタシは新人君も好きだよ。所長、社内恋愛おっけーだっけ?
お前もう黙ってろ。ともかく、最終調査だ。準備がいる。安全確保の為のな。今日の夜には出発するから、それまで体調を整えていてくれ。体調は大事だぞ。最終的にモノをいうのは、フィジカルだからな。
その点、お前は現地調査員として、完璧な性能を持っている。
最初の仕事だ。辛いかもしれんが、やり切るぞ、新人。
【最終調査】
花星、順調か。
隠形結界術式発動完了。起点に使った御札は一枚五万もするけど良いよね?
ひ、必要経費だからな。お腹痛い。出来たら車に戻って来い。近くに居たら祟られかねん。しかしこれで迷惑騒音の類はカット出来る。市街地はこれが面倒臭いし高くついてならない。なんとか機械的に処理出来るようにしたいから、お前の親父さんから製法盗んでくれ。
はーい。
親不孝薦めてホントに親不孝されるとそれはそれで罪悪感凄いな。ともかくご苦労、あとは新人だな。新人、聴こえるか。聴こえるな。
様々な情報から推し量るに、御女様は一郎氏に憑いた頃からかなり弱体化している。それはやはり御山を離れた事もあるだろうし、力を使い過ぎたという事もある。最大の理由は多分、取り憑いた先が死んでしまったからだろう。
霊的存在を長期間留めようと思えば、やはり依代は最適だ。霊でも神でも精霊でも、磐座や宝物、家や社など、一定の住まう場所を必要とするだろう。御女様は今それを喪った状況にある。祟る為に自身を分割した分霊という線もあったが、御山に入った私が無事である事を考えても、既に御山に御霊はなく、そこに居るのが本体だろう。
あと、あの馬券を見直した。時系列で順に並べたんだ。そうして見えて来たのが、最新の的中配当金の金額が少なかった事が解った。馬券も三連単が主だったものが三連複に、やがて馬連に、最後は複勝にと、予想が簡単な方に流れて行っていた。的中させるだけの神通力が減った結果だろう。
確実に弱まっている。人一人殺すくらいなら簡単だろうがな。
さて。件の悪霊の家は既に『霊・ジャマー』を設置し、霊力の集中が起こらないよう配慮してある。花星家直伝の結界も敷いてあるから、爆音で歌っても誰にも届かないぞ。逆に言うと他人に助けを求めても誰にも聴こえないが。
なんで早く使わないかって? 負荷が高くて直ぐ壊れる上に部品代が高いからだ。ウチがそんな立派な事務所に見えるか?
相手がカテゴリA+である事も配慮し、改良型『霊・プロテクター』も実験段階ながら稼働させる事とする。人体に齎される霊的妨害に対して旧来型よりも強い反発力を持っているが、長い時間稼働させると使用者の脳に負荷をかけすぎる。
頭パーになったら困るので、適宜使用に勤めてくれ。ホントにダメになったら花星が面倒みてくれるだろう。な?
安心してねっ。
だそうだ。勿論、これ等全ては最大限お前の身の安全を守る為の準備と装備であって、直接的な対峙など望んでいない。というか、今回は恐らく大丈夫だろう。私の精神衛生の為にゴテゴテくっつけただけだ。
では行け。配信カメラオン。札は張ったか? グローブはつけたか? よろしい、なるべく穏便に頼む。女の神様相手だ、言葉遣いには気を付けろよ。
じゃあ開錠。
……直ぐには来ないか。基本的なナワバリがあの謎の部屋なのだろう。部屋を神域化させて、自己の保護に努めている、という可能性はあるな。霊力の無駄な消費を抑える為に。
相手は地方の土着神とはいえ神だ。この国における神というのは、当然一神教の神とは性質がまるで異なる。原初はどこの国でも、自然現象を人ならざるものの力と考え祀ったアニミズムが元となるだろう。デーウスもその類だった筈だ。
人が増えて集落が形成されると、やがて抜きんでた者が権力者となる。権力者と宗教はガッチリと手を組んで行き、支配構造を強めて行く。これはどこの世界も同じだ。やがてヨーロッパ世界では一神教の台頭が土着の神々を駆逐し、帰順する者を聖人や天使、まつろわぬ者を悪魔という概念に押し込めて行ったが、それが島国規模で起こっていたのが日本とも言える。
支配者に従わぬ者はまつろわぬ者、まつろわぬ神として矮小化、習合、同化され、従う者は名と神話と領地を約束された。諏訪や出雲は解り易いだろう。地方豪族の中でも巨大だったこの二つの国は、他と扱いがかなり違う。注連縄の太さが朝廷にとっての恐怖度の現れだな。
広大な世界を舞台に拡散を続けて行った西方の諸国と違い、強烈な力と切実な願いが島国だけで濃縮されて行ったのが、日本という国だ。我々は願いと呪詛の大海を泳いで日々を暮らしている。
現代においても『神』が存在し得る場所なんだ。
お前が相手にするのは、ほんの少し前までしっかり拝まれていた土着神だ。信仰心こそ少なかっただろうが、それを感じさせない程の奇跡を身に宿した、な。
気配は。あるな。しかし殺意が前よりは低い。心変わりでもしたかな。ともかく神様で女の子だと解ったなら、必要なものは決まっている。
優しい笑顔、花束と贈り物だ。これが嫌いな女はおらん。私だって好きだ。もちろん全然知らんオッサンにそれで迫られたら怖いが。お前は若いし顔も悪くないから平気だろう。言葉は選べ。
さ、神の御前だ。祭祀セット一式展開。花瓶出して水注いで白百合を捧げろ。蝋燭を立てろ。お香も焚け。いきなり出て来られたら怖いからな、早めに済ませろよ。
よしよしよし。宜しい。ではノックだ。
……じんわり開いたな。こういう開き方が一番怖いのだが。まだ入るなよ。そういった神域には招かれて初めて道理が通る。道理を通さなきゃ敵対されても仕方がないからな。以前の我々がそれだ。
どうぞ
何か聴こえたか? どうぞ? よしよし、ゆっくり入れ。
御女様は見えるか? よし……交渉任せたぞ。
ご丁寧な入場、感謝します。
最近の方々は、乱暴に入ってこられるから。
貴方は……先日の。謝意を?
受けましょう。御赦しします。
どのようなご用向きですか。喪中なのですが。
一郎……はい。一郎が死にましたから、供養しています。
まあ、お花。生花は手に入らないので助かります。
お菓子も、甘いものは吾も好きです。
何か聞きたい事でもありましたか。
どうして死んだか、ですか。
……直接的な死因としては、吾によるものです。
……吾が望んで殺した訳ではありません。
一郎が望んだのです。
一郎は、呪いに苦しんでいました。
生半可なものではなく、彼の身体と心を蝕んだのです。
吾はそれを取り除く為に苦心しましたが、吾にそういった奇跡はなく。
……富を齎す程度しか、出来る事もなく。
はい。吾は御女様と呼ばれた、人の願いによって降り立った小規模の救世主です。
まあ、御詳しい。見返村へ足を運んだのですね。
もう、何も無かったでしょう。
たぶん……全ては吾の所為なのです。
……お恥ずかしいお話なのですが、聞いて貰えますか。
……そちら側で聞いている女達も。
――失礼。その者の上司です。一郎氏の死因を知る為とはいえ、この家を荒らした事を謝罪します。何分、不審死でしたので。
吾も配慮出来ませんでした。そも、殺さなければ良かったのかもしれませんが。
御赦しします。
有難うございます。さて、一郎氏の死ですが、直接的に手を下したのは御女様で間違いない。しかし、希死念慮に苛まれ続けてしまう程の呪いが、彼を苦しめていた。
そもそものお話、御女様は何故御山を下りたのでしょうか。
年月が経つにつれ、見返村はヒトが減りました。文明も豊かになり、既に吾の役割が機能していない事に気が付いたのです。平和な世であるならば、それに越した事はありません。
村人を救う必要性を失った吾は、自覚と共に自身が薄れて行くのを感じていました。なので、せめて最後に外の世界を見たいと願ったのです。
……いつも願われるばかりだった吾が、願いを望みました。
そこに現れたのが……一郎です。
一郎は、見返村の歴史を調べていました。彼の鋭い感性は直ぐに吾の存在を明らかにし、そうして寝所に辿り着いたのです。
で、一郎氏は、祠を破壊した。貴女の御霊はあの場所に縛られていたのですか。
縛られたいただなんて。吾はそれを望んで数百年の月日を過ごしました。見返の人々に、悪いところなんて一つもない。信心深く、温かく、誰にでも優しく、人の痛みを知り、困った人々に手を差し伸べる事の出来る、素晴らしい人達でした。
吾はそんな彼等を可愛く思っていました。けれど同時に、役割の終わりも悟ったのです。吾はあの地を去ろうと決意しました。そこに一郎が来た。
一郎には吾が視えていました。なので、外へ行きたいので、依代になって欲しいと、吾が願い出たのです。一郎は二つ返事で応えてくれました。
それにその……凄く優しかったので……。
――……あーあー。なるほど。故に彼は報酬として、強運を齎されていた。
はい。村全体に使っていた神通力は薄い拡がりでしたが、ヒト一人に集中させると、あんなにも幸運を齎すものであるとは知りませんでしたけれど。
使った先が賭け事だったのは、少し感心しませんが。今の日ノ本は、税の仕組みがヤヤコシイから、という理由でした。あれは正しかったのでしょうか。賭け事ですよね?
はい。物凄く面倒臭いので、突然お金が出てきたりすると、滅茶苦茶困りますし、得たら得ただけ納税義務があり、その支出を睨まれますから、公的な場所で強運で勝って得たというのならば、納税さえすれば文句は言われないかと。
なるほど。合理的な判断の下だったのですね。一郎は優しかったのですが、それだけが気になっていました。
して……見返村ですが。
……――それが痛恨なのです。まさか御山が崩れるだなんて。もしかすれば、吾が居たからこそ崩れずに済んでいた山だったのではないか、と。しかしそれも定かではありません。吾は吾の力の全てを把握している訳ではありませんので。しかしそれを知った一郎は、自分が安請け合いした所為だと、大変心を病んでしまいました。
それが彼の希死念慮に繋がるものですか。
いえ。何にせよ恐らくは吾の所為ですから、彼に咎などありませんというお話を、滔々と語りました。最初は苦しんでいましたが、それほどまでは。
では、他の呪いですか。失礼ながら、それも御女様を起源とするものでは。村では御女様は少し、やきもち焼きで、女は殺してしまうというお話がありました。一郎氏の周りの女は、皆死にました。
誤解です。吾に誰かを祟り殺すような神性はありません。そも、そのような願いを受けて成立していません。吾は誰かの切実な願いと父の愛によって顕現したもの。だからおかしいのです。村の守護でありましたから、御山の崩落に関しては、直接的な理由も解りますが……呪いを振りまくなど。振りまく理由もありません。
彼を呪っていた人物がいるのです。吾は――それが、凄く、赦せなくて。
一郎は、孤独を抱えて生きていました。吾を連れて出た数年後に母と妹は死に、恋人も無くしています。それでも明るく振舞うよう努めていたのです。しかし反動として、それ以上の踏み込んだ関係にはなれず、家族とはつまり死んで居なくなるものなのだと……そんな悲しい想いをするならば、居ない方が良いと。
……支えてあげねばと思ったのです。吾のワガママを聞いてくれた彼を、幸せにしてあげられればと……だというのに、彼の周囲の女は死にました。また、彼自身を蝕み始めたのです。原因不明の体調不良に始まり、身近な不幸が増え、病名もつかない謎の発作に襲われ、毎晩苦しんでいたのです。
何も出来ない吾は、あまりに辛く、悲しく。
……そういえば。貴方達、何故一郎の死を調べているのですか。どのような利害が?
遺族からの調査依頼です。
彼にそんな家族が居たのですか? お金目当てではありませんか?
でないならば、なんと素晴らしい事でしょうっ!!
しかし一郎はそんな素振りは見せませんでしたが……あっ……家族が近いと、不幸が、降りかかるかもしれないから……。
……――御女様の目の前に。
あっ――!!
種違いの弟だそうです。雰囲気は似ていますよね。それは少し事情が特殊でして、田舎の親戚に預けられていたそうで。生活費諸々、兄の一郎氏が払ってくれていたそうなのです。それが不審死した。弟のそいつは、どうしてもその死因を知りたかった。
……なんと。なんてこと。なんてこと……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
新人は何も恨んでないでしょう。そこに謎があり、恩義があり、真実を知りたかった。
だからこそ、我々と共に働いているのですが。
……――貴方達のお仕事は、吾のような霊性神性の引き起こす事件を、調べる事?
霊や神以外にも、警察がやんごとない事情で捜査を止めたもの、公権力じゃ煩わしくて手の出せないものや、しっかり調べれば現実的にあり得る話でした、なんてものも、含まれますが。
では。では依頼します。
この哀れな子の為にも、一郎を呪った者を――突き止めて欲しいのです。
……神様からの依頼は流石に初めてだな。
しかし、あい分かりました。この事件は、中間報告という形に留めましょう。まだ、我々の知らない何かがある筈だ。ああ、そうだ、新人。その割れたロザリオを。
あっ。それは。祠を壊した折に割れてしまって、半分しか見つけられなかったものです。
ああ、嬉しい。ほら、半分はこちらに。
こうして合わせれば、ほらぴったり。うふふっ。うれしい。
貴方、貴方も苦労したのでしょう。これを身につけていてください。吾はこれからそのロザリオに宿ります。貴方の護りになりましょう。そして必ず、必ず賊を見つけましょう。そして改心させるのです。
依頼料と軍資金は必要ですよね。次の日曜に中馬競馬場へ行きましょう。以前よりも的中率は減りましたが、コース特徴はしっかり頭に叩き込みましたし、血統も理解してきました、なにより、そう、なにより、吾はカミなので、パドックで馬のやる気を判断出来ます……ッ!! やる気◎判断の複勝圏率は脅威の八割ですっ!!
ネット馬券じゃない理由がそれか――!!
すげえ、神すぎる……ッ!! やったぞ新人ッ!!
中馬競馬場のラーメンとチキンが絶品なのです。捧げ物はあれがいいです。
安いもんだッ!! よーしよしよし、新人、引き上げッ!! 万々歳ッ!!
【調査一時中断】
で、その隣に立ってるすげぇ美人が、御女様ってコトでいいのか?
日女子と呼んでください。村に降りて人の女のふりをする時は、そのような名前を名乗っていたのです。可愛いですよね。
おお、自己肯定感がすごい。しかしともかく、なんでシスターの格好なので?
父程偉大ではなく、母程雄大でもありません。所詮は小規模の村の民衆に尽くす限定救世主です。つまりシスターでしょう。彼も可愛いと言ってくれます。ねえ?
お前顔真っ赤にしてんじゃないよまったく。しかし、本当に人の姿に見えるし、霊力もかなり抑えてある。どういう原理だそれ?
霊力は貴方達人間が思っているよりも柔軟であり、如何なる形にでもなります。一度このように人の殻を作ってしまえば、あとは漏れる霊力も減りますから、総合的に見ると節約になるのです。
へえ。神様故だな。しかしロザリオに収まっていた方が穏便では?
捧げ物は精神体でも美味しいですが、人の殻を被っていた方がよりおいしいからです。それに彼は独りぼっちでしょう。家族もおらず、経済的に支えてくれた兄も失い、不安で仕方ないに決まっています。なので吾が母替わりとして、彼の面倒を見ます。ねー?
とんでもねぇのが来ちまったな。それで、今後の方針なんだが、話しても?
勿論です。その為にいるので。
一郎氏に関わる問題は、どうやら私どころか貴女が思っているよりも複雑そうだ。見返村では貴女の事柄を調べられただけで、それ以上のものはなかった。どういった理由で一郎氏が呪われたのか、手段を尽くすにも限度がある、というのが現状だな。
そうですか……。
犯人の目星はないのか?
御山で呪いを受けると言う事はまずありません。今は厳しいでしょうが、吾が根を張った地で他人を呪うなんて真似を許す筈もないので。例えばさくっと殺されてしまっては、解りませんが、継続的な呪いなんてものは、臭気の強い食べ物と同じで、香ってきますから。
その香りを発し始めたのは。
彼の母と妹が死んだ辺りからです。それから立て続けに彼の身近なヒトが亡くなりました。
街に降りてからか。大まかでも何か、判断材料はないか。
人です。カミや妖の気配はありませんでした。人の恨みを感じます。
人ね。現代において、そんな沢山人を呪殺するような祟り屋なんて限られる。というか平安時代でもあるまいに、そんなサクサク殺せるもんかね。裏陰陽師連中か? ともするとそれに依頼した奴がいるかもしれんな。
いるのですか、そのような恐ろしい輩が。
居ない事も無い、ぐらいだ。依頼料が馬鹿高いから、一般人じゃ無理だね。逆に言えば、そんな事が出来る奴は限られるから、特定はし易くなる。人か化物かの判断が付いただけ僥倖だ。しかし簡単に表に出て来る奴等でもない。
ままなりませんねぇ……。
とはいえ、だ。それは普通の仕事の場合の話だ。我々はなんだ? そう、不可解不確定事象調査事務所だ。どうやってもそういう案件は舞い込んでくる。呪殺と思しきもの、人外の事件と思しきものを追いかけていれば、辿り着けるかもしれない。
まあっ!!
時間は掛かるかもしれない。だが努力はしよう。それで構わないかな、日女子様。
構いません。花星という娘に、霊力を補給出来るスポットなどを教えて貰ったので、吾が消えるまでの時間はまだまだ延長出来るでしょう。
アイツ淫乱な事以外はホント完璧だな……よし、ではこの事件に関しては適宜追加調査とする。新人、これからも現場に突っ込んで貰う事になるが、構わないな? 日女子様も必然的に関わる事になる。
勿論、まだ吾は人の助けが出来るのですね。
よろしい。では、新人一人と一柱。これからはバディで頼むぞ。
はい。お願いしますね、所長さん。貴方も。
では、新生事務所の門出を祝して……競馬に行こう。
え、平日ですよね? あ、チホウケイバ……一郎は中央ばかりでしたから。
競馬場飯食べたくない?
食べたいです。行きましょう。ああ、迷えるもの達に幸あれ。アーメン。
ほら行くぞ。熱い砂が待ってんだよ。あ、なんだよ。嬉しそうな顔して……ふん。最初ウチの事務所に来た時より、何倍もいい顔だぞ。
……これからよろしく、新人。気がかりは残ってるだろうが、お前は笑った方が良い。
その方がきっと楽しい。楽しいに越した事はない。
そうだろ?
【千堂一郎不審死事件 調査途中報告書】
監督責任者 愚乱荒栗亜(仮名)
実働調査員 三輪なつき
調査補助員 花星輝咲
事件概要
〇月×日 勤務態度良好であった千堂一郎氏(以下被害者)が出勤していない事を疑問に思った同僚は上司へと通達後、被害者の自宅へと赴き在宅確認を行ったところ、居間で倒れている被害者を発見、警察通報に至る。
被害者は首を絞められての窒息による死亡と断定されるが、索状痕らしきものは確認されるものの、手近なひも状のものとは考えられず、凶器は不明となる。また自宅は全てが施錠されており、警報機の発報も確認出来ず、指紋、足跡等も被害者本人のものしか確認されなかった。
警察捜査が進む中、三時間以上現場で捜査を続けていた警察官等に謎の体調不良を訴える者が多数発生した為、捜査は一時中断。毒物が散布されていた可能性も考慮し防護服を着用の上で危険物質の有無を調査したものの、防護服を着ていた捜査官もまた体調不良を起こす。
放射性物質を疑われたが計測器に反応もなく、捜査続行の目途が立たなくなり、現在は一時的に捜査を中断している。
依頼内容
×月〇日 事件を知った親族である三輪なつき氏(以下依頼人)により調査依頼がなされる。また数日後、警察関係者からも同様の依頼があった為、相談の結果、調査依頼費用の全額を警察関係者が負担するという事で合意する。
千堂一郎氏不審死事件(以下本件)の真相解明、および被疑者の特定。状況から察するに人外の関与が疑われる為、依頼人へは真相究明が非常に困難である事実を伝えた上で、出来る限りの情報を提供するという事で同意した。
その上で、依頼人自らが現場へと調査に入るという申し出を受け、監督責任者が許可。不可解不確定事象調査事務所(以下本事務所)は依頼人を雇用し、実働調査員として配置し、調査へと乗り出す。
調査途中報告
被害者自宅を調査した結果、霊的存在と遭遇。これに撃退されるという憂い目に遭う。自宅内の遺品の中から、被害者が過去に行っていた民俗学的フィールドワークの最中に、何かしらの呪詛、憑依、祟りを受けた事を推測した本事務所は、〇×県見返村へと調査の足を延ばす。
見返村での調査の結果、被害者は土着神からの霊的障害を受けていた事を特定し、相応の準備と装備を整えた上で再度自宅調査に取り掛かる。
霊的存在との対話に成功、真相は以下の通り。
被害者を殺害したのは自分で間違いない。
ただし、被害者は死を望む程の強烈な呪詛をその身に受けていた。
その呪詛は自分の放ったものではない。
呪者を特定し、改心を促したい。
霊的存在(以下オンジョサマ)は冷静であり、呪詛を振りまくような祟り神とは化しておらず、錯乱の兆候も見当たらない為、敵対的な存在であるとは認定出来ず。依頼人の同意の下、オンジョサマは依頼人と共に、被害者が死なずにはいられない状況へ追い込んだ真犯人を突き止める為、今後も調査を続けて行く。
(各自詳細情報は別紙にて記載)
報告書作成
〇月×日 三輪なつき
どこかのおぼえがき
僕は正直あまり頭が良くないので、超天才である所長閣下陛下先輩の話している内容はとんと解らない。というか正しいかどうかすら分からないし、民俗学ホラー漫画とか洒落怖みたいなノリなので、ちょっとおっかないまである。ヤバいまである。
ただ、彼女が本気で僕を心配してくれているのはそうだし、花星さんはなんかえっちだし、日女ちゃんは可愛いし、みんなに構って貰えて、辛かった日々の事なんてすっかり過去になりつつある。
兄貴は殆ど顔を合わせた事がなかった。ただ、気が付いた時から僕に連絡をくれて、生活費とお小遣いをくれた。連絡を貰えると、僕にもちゃんと親族がいると解って嬉しかったから、お小遣いなんかは二の次だったと思う。
歳は離れていたけど、兄貴は優しい人だった。どうしてそんな人が理不尽に死ななきゃならないのか、どうしてそんな事が許されてしまったのか、甚だ理不尽に感じた僕は、この世界に飛び込む事にした。
結果が正しかったかどうかはまだ解らない。一応手を下した神様は解ったけれど、介錯人を人殺しとは呼ばないだろう。苦しむ時間を減らしたにすぎない。所長達の話では、日女ちゃんが手をかけずとも、遠からず自死したであろう、という話も聞いている。
もしかしたら復讐心はあるのかもしれない。日女ちゃんはそれを咎める。けれど彼女も、誰が兄貴を呪ったのか、それをずっと気にしている。
一発殴るくらいは許されるだろう。
こんな事をして、今日ものうのうと生きているのだろうなと思うと、腹が立つ。
処遇はともかく、絶対に見つけてやろうと、心に誓った。
その夏は合同合宿で、別の学校の奴らとも一緒に練習していた。
高校生が田舎に集まったらやる事と言えばそう、肝試しだ。
皆が大した事ねぇなあなどとエラそうな事を言っていたので、僕は迫真の演技でもってして、肝試しの道中に怪異がいたという事実を皆に伝えた。怪異は暗がりの中からヌッとあらわれ、【まみむめも】【まみむめも】と言いながら走って近づいてくるという設定だ。
滅茶苦茶笑われた。まあウケたならいい。
翌年、卒業した僕の下に後輩から連絡が来た。
「先輩、やっぱりいましたよ、まみむめも……二人行方不明になって、戻ってきたんですが、暗がりを凄く怖がるようになっていて。もう合宿滅茶苦茶。いやー、無事でよかったっすね、先輩」
それから毎年のように、まみむめもの怪異が出現するようになり、肝試しは永劫禁止となった。
創作の怪談が現実に起こって、僕は背筋に寒気が走った。
OBとしてついて行って、肝試しに紛れ込み脅かしたのは僕だが、攫っちゃいない。
九割実話小話【本編には一切かかわりのないお話です。】




