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空き家

作者: 通りすがり
掲載日:2025/08/03

今から30年ほど前の話。


キャンプ場に向かって走る車の中、助手席で地図を見ていた山本が、次の交差点を左に曲がった方がキャンプ場への近道だと言い始めた。

その近道は鬱蒼とした森の中へと続いているように見える。

車を運転している藤田が不安げな顔をした。

「ほんとうに近道か。前にお前の案内で行った道、行き止まりだったことあったよな」

だが山本は自信満々といった口ぶりで返した。

「今回は大丈夫。ほら、地図ではちゃんとキャンプ場まで繋がっているから」

たしかに今走っている幹線道路に沿って行くと森をグルっと大きく迂回するルートになるため、かなりの遠回りになってしまう。

今乗っている車はツードアで後部座席はかなり狭かった。後部座席にずっと座っていた加藤は、早く車から降りて体を伸ばしたかったので近道に賛成した。

藤田は不承不承といった感じだったが、二人に言われたのならしょうがないと、近道の方へと車を進めていった。

しばらく走ると車は完全に森の中となり、両側に見える景色は立ち並ぶ木々だけとなった。

助手席の山本は陽気に鼻歌を口ずさんでいる。

10分くらい進んで行くと徐々に木が少なくなり、開けた場所へと出た。

道路の右側には舗装されていない細い砂利道が森の奥に続いているのが見える。

その道の先には車が止められるようなスペースがあり、大きな木造の家らしき建物が見える。

その木造の家は周囲を完全に森に囲まれていて、おそらく上空から見たら森にそこだけぽっかり穴が開いているように見えただろう。

そのとき山本が先程までのご機嫌な様子から一変し、顔を苦しそうに歪めている。

「実はさっきから腹が痛い気がしてたんだけど、ちょっと我慢できないかも。あそこでトイレ借りれないかな」

藤田はしょうがないという感じで頷くと、道を外れて砂利道を進み、そして家の前に車を止めた。

山本は車を降りトイレを貸してもらえるか聞くために家の玄関と思わしき方へと足早に向かっていった。

扉をノックしながら中に向けて声をかけているようだったが、しばらくすると扉を開けて中へと入っていった。

加藤も藤田も車を降りて体を伸ばしたり屈伸したりして、狭い車内で凝り固まった体を解す。

すると山本が家の中から必死の形相をして飛び出してきた。

「この家は誰もいないみたいだ。さすがに勝手にトイレ使うのは気が引けるから森の方でしてくる」

そういうと山本は急いで家の裏にある森の中に入って行った。

取り残された加藤と藤田は、山本が出てきた扉を開けて家の中へと入ってみた。

たしかに山本が言うように人がいるような気配はない。畳2畳分くらいの広さの玄関を上がると、左手には大きなリビングと思われる部屋があり、右手には2階に続く階段、正面には奥まで続く廊下がある。

左手の部屋の中を覗いてみると机やソファー、棚などが置かれたままとなっており、一見すると誰かが住んでいるかのような感じにみえる。

だがよく見るとどれも埃を被っていて、人が住まなくなってから年月が経っていることがわかる。

床も埃だらけなので靴のまま玄関から上がり、部屋へと入ってみる。

「これって不法侵入にならないかな」

藤田はそう言いながら、恐る恐るといった感じで加藤の後ろ続いて部屋の中に入ってきた。

部屋の奥には嵌め込み式のカウンターがあり、その奥はキッチンとなっているようだった。

部屋の中を横切りキッチンを覗くも、そこもやはり埃まみれだった。食器や調理器具などが生活していたであろうそのときのままに残されている。

藤田はキッチンの引き出しを一つ一つ開け閉めしながら中を確認している。

「この家なんか変じゃないか」

動くたびに舞う埃を手で払いながら、加藤は同意を示すように頷いた。

「俺も今思ってた。人が住まなくなって長いのは間違いないだろうけど、そのわりに家の中は妙に整頓されている。大抵このような人気がない空き家は、不法侵入した奴らに荒らされるものだが、その形跡はまるでない。人が住んでいなくても管理されているなら納得だが、そう考えると俺たちが来た時に鍵が開いていたのが謎だ」

「そうだな、鍵を開けた誰かがいるならどこにいるのだろう」

その時、家の外から山本の叫び声が聞こえる。

そのただならぬ様子に慌てて二人は家を飛び出した。

家の前には腰を抜かしたように倒れ込んでいる山本がいて、二人の姿を見ると山本は家の裏手の方を指差した。

「出た!出た!」

二人が山本の指差す方を見ると、そこには全身がガリガリに痩せたボサボサの白髪頭の老婆が立っていた。手には杖らしき木の棒を持ち、それを振り回しながらこちらに向かって喚き散らしている。

「ここから出ていけ、ここは私たちの家だぞ」

その様子からどうやらこの家の持ち主のようだ。

今は住んでいないのかもしれないが、家の様子を見に来て鍵をあけてあったのかもしれない。

そこにずかずかと他所者の三人が突然やってきて、二人は不法侵入、一人は家の裏で用を足している。

怒られて当然のシチュエーションだ。

加藤はまずいと思いとっさに老婆に向けて頭を下げて詫びた。

「申し訳ありません、誰も住んでいない家だと思って勝手に入ってしまいました」

藤田も加藤に倣って頭を下げた。

「すぐに出ていきますので許してください」

その間も老婆はずっと「ここから出ていけ、ここは私たちの家だ」を繰り返えすばかりだった。

3人は顔を見合わせ、ここはすぐに立ち去った方が良さそうだと思った。

倒れている山本を二人が抱えるように立たせると、慌てて車に飛び乗りその場から走り去った。

後部座席に乗った山本は、びっしょりと汗で濡れた顔をタオルで拭いていた。

「いやー、焦った」

運転席の藤田も額の汗を拭いながらハンドルを操作している。

「あれはやばかったな、下手したら不法侵入で通報されてるかも。でもあの婆さん、普通じゃなかったよな。俺、最初鬼婆かと思ったし」

加藤も老婆のことを思い出し、あれはさすがに異常だと思った。

「しかし、とりあえずは逃げれて良かったよ、いちおう用は足せてスッキリしたし」

山本が悪びれる様子もなく笑いながら言った。

「元はと言えばお前がトイレしたいとか言い出したのが悪かったんだ」

助手席で苦笑いをした藤田がそう言うと、頭を掻きながら山本も苦笑した。

「悪かった、悪かったよ。もう今のことは忘れて早くキャンプ場に行って楽しもうぜ」

それには加藤と藤田も同意だった。



やっとのことでキャンプ場についた。

このキャンプ場は管理人が常駐しており、まずはそこで受付をする必要がある。

管理事務所と思われる小さなプレハブ小屋に行くと、中から無精髭を生やした強面な小柄な中年の男性が出てくる。

「遅かったから心配していましたよ」

風貌とは似つかわしくない愛想の良さそうな笑いを浮かべた管理人に、加藤と藤田は謝罪しつつも、予定時間より遅くなったのは山本が途中でトイレに行きたいと言い出したせいなんですと言い訳をした。

「この辺は何もないからトイレなんかどこにも無かったでしょう」

管理人がそう訊くと、三人は来る途中に見つけてトイレを借りに寄った家で、怖い老婆に怒られたことを話した。

管理人は怪訝な表情を浮かべた。

「君たちどの道から来たの」

三人は、森の中を抜ける道から来たことを告げた。

「じゃあ、今の話はあの家のことか」

管理人はそういうと、顎の無精髭を撫でながら、あの家に纏わる話を三人に話して聞かせた。

あの家にはもともとある夫婦とその息子の3人が住んでいた。旦那は大工で、あの家は父親が一人でコツコツと建てた家族の自慢の家だった。その中でも特に母親の家への思い入れは相当なものだった。しかし住み始めて数年経ったとき、突然父親が病気で亡くなり、母と息子の二人だけになってしまった。その後、息子は大学へ進学し都会に出て行ってしまい、大学卒業後もそのまま都会に住んだ。息子は結婚を契機に母親に都会に出てきて一緒に住もうと誘ったが母親はこの家から離れたくないと拒んでいた。そしてしばらくして母親も亡くなり、今では誰も住む人がいない家となった。

「今は空き家ということなの。じゃあ俺たちが見たあの婆さんはなに」

管理人は強面の顔でニヤッと笑った。

「当然その母親のお化けってことだ」

三人は顔を見合わせた。皆まさかという思いから笑ったが、その笑いは引きつったものだった。

俺たちが見た婆さんは幽霊だったのか...。

三人の困惑した様子を見ていた管理人は、笑いが抑えきれずに吹き出した。

「いや、ごめんごめん、冗談だよ」

管理人は笑いが収まるのを待ってから言った。

「あの家の息子は都会に住んでいて、なかなかこちらの家の様子を見に来れないから、近くの街に住む親せきに管理をお願いしているらしいよ。たまにだけど同じ赤い車があの家の前に停まってるから、たぶん君たちがあったのはその親戚の人だよ」

「はははっ、幽霊じゃないってさ」

それを聞いて三人は、管理人の話に簡単に騙されたことの恥ずかしさもあり苦笑を浮かべた。



三人は管理人と別れると、荷物を取りに車に戻っていた。

加藤は藤田が真剣な表情をして何かを考えている様子に気づいた。

「どうかしたか」

加藤がそう尋ねると藤田は立ち止まって二人に向けて言った。

「今の管理人さんの話、なにか変じゃないか」

「何がだよ」

「だって、あの家を管理しているその親戚の人って、近くの街に住んでいるんだろ」

「そう言ってたな」

山本が頷いて答える。

「俺らがあの家にいた時、あの家のそばに俺たち以外の車止まっていたか」

加藤も山本もあの時のことを思い出してみるが、そのような車は見た記憶がない。

「いや、止まってなかったな」

「近くの街からあの家まで車で少なくとも30分以上はかかる。車が無かったらどうやってその親戚はあの家まで来たんだよ」

加藤と山本もそれを聞いて、あっと思った。たしかにそれは変だ。

「それに思い出してみろ、あの婆さんが言っていた言葉を」

藤田はゾッとするような低い声で言った。

「あの婆さんは『ここは私たちの家だ』って、そう言っていたんだぞ」

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