第九話 告白
決戦の地、旧校舎の空き教室に到着した。
この場所は旧生徒会室であり、実は今でも倉庫として利用しているため常に開放されている。
立ち入り禁止にはなってはいないが、特に公表もされていないため生徒会など一部生徒にしか知られていない。
つまり密会にはもってこいの場所なのだが、利用用途は専ら恵への告白会場となっている。
今時直接告白などキツイと思われるかもしれないが、恵の場合メールやSNSの類で受け付けると大変なことになるため、仕方ない措置なのだ……
過去に一度、気を許した女子にスマホの番号を教えた結果、その番号は瞬く間に全ての女子に共有され、通知音が鳴り止まなくなるという事態に陥ったことがある。
その際は最終的に俺も巻き込まれ、二人してノイローゼ気味になったためスマホごと変更せざるを得なくなった。
それから恵は俺以外に電話番号を教えなくなり、SNSも鍵アカウントになっている。
俺はそこまでガチガチではないが、それでも教える連絡先はいざという時消したりブロックしやすいSNSやトークアプリに限定していた。
そんなワケで恵へ告白する手段は直接対面でするしかなく、ほとんどの場合俺を経由してここに告白の場を設けることになっている。
つまり、今俺がここに来たのは、そういうことだ。
「お待たせ、南野さん」
「ううん、私こそ、急に呼び出してごめんなさい」
南野さんが緊張した面持ちでそう返してくる。
これが練習だと知らなければ勘違いしてしまいそうなくらい、真に迫った演技だ。
あくまでも練習として俺と付き合った南野さんであれば、告白の練習をしたいと言ってくるのも予想はしていた。
しかし、まさかこんな心境でそれに臨むことになるとは思いもしなかった。
今となっては覚悟することの無意味さは重々承知しているが、それはそれとして、せめて対策を練る時間くらいは欲しかった……
どうする?
俺の中では、恵に彼女ができたことを伝えるのは決定事項となっている。
しかし、それを伝えるタイミングはどうすべきか?
普通に考えれば無意味になりかねないこの告白練習の前がベターではあるが、南野さんの迫真の演技からはこの練習に対する本気度が伝わってくる。
今事実を伝えれば、それに水を差すことになってしまうだろう。
もちろん、告白しないのであれば水を差すも何もないのだが、実際に告白するかどうかは南野さん次第であるため、しないと断定はできないのだ。
南野さんであればしないでくれるとは思いたい……が、もしすると言われても俺には止める権利がない。
告白すれば昼に想像したような悲惨なバッドエンドルートに突入する可能性は高いが、それだって確定したワケではない。
もし俺にできることがあるとすれば、個人的にはオススメできないことを説明し、する場合は身の危険を回避するため関係は人に知られないようにするくらい、か……?
正直、それだって過干渉な気がして気が引けるが……
「ど、どうしたの……?」
「……いや、何でもないよ」
俺の複雑な心境を察したのか、南野さんが不安そうに確認してくる。
いかんいかん、南野さんを不安にさせてどうする。
……もう考える時間はないし、腹をくくるとしよう。
可能な限り平静を装い、予め準備しておいたセリフを脳裏に浮かべる。
「それで、話っていうのは……」
これが演技でなくとも内容は明らかであるため、実に白々しいセリフだ。
しかし、告白だと決めつけるのは自信過剰のようで印象が悪いし、万が一告白でなかった場合は恥ずか死してしまう。
だからどんなに白々しくとも、ここではわからない体で尋ねるのがベストである。
「あの、あのね? 桧山君は覚えているかな? 中学二年生のとき、私が先輩達に囲まれてるところを、桧山君が、助けてくれたこと……」
「……」
緊張してたどたどしく喋る南野さんは大変かわいらしいのだが、正直困惑している。
まず、対恵シミュレーションなのに「桧山君」でいいのかという点と、恐らく恵とのエピソードを覚えているかなどと言われても知るワケがないという点でだ。
当然だが、俺は南野さんの告白内容を事前に聞かされてはいないし、こっちから確認してもいない。
だから完全にアドリブで反応するしかないのだが、全く知らない話をされた場合、一体何と答えるのが正解なんだ……?
正直に知らないと答えれば脈が薄そうだし、覚えてるよと噓をつくのもあまり良くない気がする。
せめて、俺もその場にいたのであれば――って待て、今なんか思い出したぞ?
確かに中学の頃、先輩に囲まれていた南野さんに俺と恵で声をかけたことがあった。
すぐに思い出せなかったのは、その囲んでいた先輩達というのが女子だったからだ。
いやだって、可愛い女子が先輩に囲まれているなんて言われたら、絶対男に言い寄られてるの想像するじゃん?
「……懐かしい。覚えてるよ。あのときは災難だったな」
南野さんは助けてくれたなんて言っているが、実際はそう大したことはしていない。
俺はただ少し大きめの声で話しかけただけで、基本は恵のご威光を利用しただけだ。
恵はコミュ障なうえに女子が苦手なので、あのときは俺の後ろに隠れていただけなのが、その魔除け効果はたとえ何もせずとも絶大だったのである。
「っ! 桧山君も、覚えててくれたんだ……」
「うん。あの先輩達、恵の顔見た途端顔真っ青にして逃げ出したからね。相変わらず恵効果スゲーなってちょっと面白かったし」
一時期、恵と同じクラスの女子が上級生に絡まれるという事件が頻発したことがある。
恵と同じクラスというだけでも女子の中では既にVIPみたいな状態だったので、どうやら嫉妬やら牽制の的にされたようだ。
それがよりにもよって本人に見られてしまったのだから、先輩達にしてみれば最悪な状況だったのだろう。
まあ、あんな顔するくらいだから悪いことをしている自覚はあったのだろうし、自業自得なんだがな……
「私、あのとき本当に怖くて、だから桧山君が声をかけてくれて、本当にホッとして……」
なるほど、なるほど……
つまりアレが、南野さんが恵に惚れたきっかけだったワケだ。
「改めて、あのときは本当にありがとうございました!」
「いやいや、俺、別に何もしてないしね」
あのときもお礼を言われた気がするが、俺自身本当に何もしていないので深々と頭を下げられると恐縮してしまう。
いや、実際は恵へのお礼なのだからいいのかもしれないが、恵にしたってこんなに感謝されても困るような気がする。
「そんなことないよ! だって、きっと緒方君だけだったら、話しかけてこなかったと思う! 私はあのとき、間違いなく桧山君に助けられたんだよ!」
「う、うん……?」
あれ? 確かに恵の解釈としては正しいのだが、これだとマジで俺へのお礼になってしまうぞ? いいのか?
「あれから私は、ずっと桧山君のことが気になってて……、結構頑張ってアプローチもしたんだよ? でも、桧山君全然気づいてくれなくて、だから――」
いや、これ演技だよね?
ちょっと演技に熱が入っちゃって、なんか恵と俺の区別がつかなくなってるだけだよね?
こ、困るなぁ……、なんだかすっごく、心臓がバクバクするんですけど……?
「私も覚悟を決めたんです。桧山君、好きです! 私と、付き合ってください!」
「っ!」
き、来た……
とうとう来てしまった……
演技とはいえ、これは中々にクるものがあるぞ……
一応シミュレーションはしていたが、俺の想定では「緒方君」呼びだったので少々イレギュラーな状況だ。
まるで本当に自分が告白されているような気分だが、仮にそうだったとしたら俺は断らなければいけない。
しかし、これはあくまでも恵への告白の練習である。
ここで俺が断れば、練習で負のイメージを与えてしまいかねない。
練習通り……、そう、落ち着いて、練習通りに応えればいいのだ……
「お、俺も、南野さんのことが好きだよ! 俺で良ければ、付き合ってほしい!」
――パチパチパチパチ
俺が勇気を振り絞って告白に応えた瞬間、背後でパチパチと拍手が鳴り響いた。