第八話 なんて日だ!
なんて日だ!
そう言わずにはいられないほど、俺の情緒はもうメチャクチャである。
朝はついに南野さんが恵に告白をすると聞いてショックを受け、覚悟をしていたハズなのにショックを受けている自分の愚かさに凹み、その感情の正体が反面教師にしていた周囲の人間への侮辱に等しいことに気づき、俺は自分の薄汚さに絶望した。
――そして現在、最悪なタイミングで彼女ができたらしい恵の件で頭を悩ませている。
(最悪だ……、よりにもよって、何故このタイミングで……)
恵が俺の管轄外――たとえばバイト先などで告白をされ、結果付き合うことになるケースはこれまでにもなかったワケではない。
ただ、具体的な人数としては俺が把握している限りたった二人だけである。
これは恵が今まで付き合ってきた人数と、告白された回数を考えれば、極稀と言ってもいい数字だろう。
そもそも恵は俺がいない環境では自分から女子に近づくようなことはしないし、バイトも男しかいないような場所でしかしていないので、告白される回数自体も少ないと思われる。
流石の俺もその全てを把握しているワケではないが、もし学校外で気になる女子がいたらほぼ間違いなく俺に相談してくるため、今回のようなケースは恐らく一目惚れレベルだったハズだ。
そんな一瞬でコミュ障かつ若干女子が苦手な恵を懐柔するとは、恐らく相当な美女か悪女の二択である。
そして過去二名はどちらも最終的に悪女だったことがわかったため、その件以降恵の警戒心は増々強まった。
となると相当な美女なのだろうが、そもそも美女慣れしている恵を落とすなんて、一体何者だ……?
もしかしたら、現代のクレオパトラ――いや、恐らく日本人だろうから、現代の小野小町のような存在に告白されたのかもしれない。
それならば、恵が即OKを出すのも頷ける気がする。
しかし、そうなると流石の南野さんでも、告白が成功する確率は低いかもしれない。
俺が太鼓判を押せばいけるかもしれないが――って待て待て! 彼女持ちに告白させるとかそもそも非常識過ぎるだろ!
全く知らない状態であれば仕方がないとは思うが、今の俺は恵に彼女がいることを知ってしまっている。
そのうえで南野さんに告白させては、略奪愛を後押しすることになってしまう。
いっそ南野さんに伝えなければ――とも一瞬考えたが……、やはり俺が知っている時点でアウトだ。
俺が恵の恋愛窓口になっているのは周知の事実だし、それは当然恵も把握している。
つまり、南野さんが告白すれば、ある程度俺のお墨付きであることは伝わってしまうのだ。
そして、俺が先程いけるかもしれないなどと考えたように、恵は俺を信頼してOKしてしまう可能性がある。
そうなった場合、南野さんの告白が成功したなら結果オーライ! という話には当然だがならない。
まず第一に、南野さんには略奪愛をさせてしまうことになるし、一時的にとはいえ二股されているような状態になってしまう。
既に胃が痛い状況だが、ここからさらに恵の現恋人に恨まれて色んな被害にあう恐れもあるだろう。
……真に恨まれるのは、俺だというのにだ。
そして何より、恵の精神にも著しいダメージを与えることになる。
恵は俺に彼女ができたと報告したが、その状況で俺が南野さんを勧めてきたらどう思うだろうか?
まず間違いなく悩むだろうし、その結果どちらを選んだとしても心にしこりは残るハズだ。
南野さんを選べば、告白をOKしたくせに即フッたことで彼女にも確実に恨まれるし、下手をすれば悪い噂が広まって危険な目にあう可能性すらある。
俺に対する信用や信頼もがた落ちになるだろうし、友情にも浅くないひびが入るだろう。
実際に見たこともない彼女さんにだって気の毒な話だ。
というか、本当にそうなってしまえば、一番の被害者は彼女さんといことになる。
告白してOKをもらって、何もしてないのに次の日にフラれるとか、俺ならショックで寝込む自信がある。
そしてようやく立ち直ったところで、仲睦まじくデートしている南野さんと恵なんか見てしまえば……
考えるだけで恐ろしい……
というか、何が起きたとしても真の原因は俺なので、想像すると罪悪感で胃に穴が開きそうになる。
恐らく彼女さんは自分がフラれた真の原因が何なのかを知ることはないだろうが、もしそれが全然知らない第三者である俺のせいだと知ったらどんな気持ちになるだろうか?
……駄目だ。
罪悪感と恐怖もあるが、そもそもそんな鬼畜な所業、俺には絶対できない。
やはり一番いいのは、俺の口から南野さんに恵に彼女ができたことを伝え、告白を諦めてもらうしかないだろう。
それでも告白すると言われる可能性もなくはないが、恐らく南野さんなら身を引くと思われる。
そんな強気な面があるのなら、もっと昔に告白していただろうからな……
しかし、それしかないとはいえ、気が重すぎる……
心なしか腹も痛いし、もう胃に影響が出始めているかもしれない。
こんな状態でもし南野さんに泣かれでもしたら、それがとどめになってしまいそうだ。
……だが、それでも俺はやらなくてはならない。
俺が目指し、憧れたラブコメ主人公の親友(悪友)キャラは、たとえこんな状況でも心折れずに笑うハズだ。
まあ、流石にこんな状況に陥る親友キャラはいないかもしれないがな……
全く授業に集中できないまま、昼休みに突入する。
スマホを確認すると、いつの間にかメッセージ通知が点灯していた。
ロックを解除して確認してみると……、やはりメッセージの送り主は、南野さんだった。
『今日の放課後、最後の練習に付き合ってもらえますか?』